082 王都ラブアで情報収集

 無事に宿屋を見つけ、ようやく俺は一息つく。

 ちなみに宿のグレードは、真ん中辺りだ。

 低すぎると面倒な事が起こりそうな気がするし、高すぎるのも考えものである。

 確かにグレードの高い宿には権力者がいそうだが、情報収集にはリスクがともなう。

 この見た目を活かした誘惑を行い、その隙に心を読めればいいのかもしれない。

 だがこんな状況下でも、それを行うのは嫌だった。

 本格的に、何かを失う。

 なのでまずは中級の宿に泊り、そこを起点に情報を集める事にする。

 グレードの高い宿は、最終手段とすることにした。

 そういう訳で拠点を得た俺は、王都の中を練り歩く。

 ぱっと見は平和な街並みであり、活気がある。

 子供も元気よく走っているし、大人たちは談笑をしていた。

 治安も良く、兵士たちも真面目そうに見える。

 一見戦争とは無縁に思えるが、会話を聞くとそれが浮き彫りになった。

「ドラゴルーラに連戦連勝だとよ」
「やっぱり、ツクロダ様のおかげだな」
「ああ、何でもツクロダ様が作った魔道具で、敵は手も足もでないらしい」
「ははっ、いい気味だ。所詮テイマーやサモナーなんて、モンスターがやられるとただのザコだしな」

 そんな風に、盛り上がっている。

 また他の方では、こんな会話が繰り広げられていた。

「俺はツクロダ様がこのまま王になっても、おかしくないと思うぜ」
「だよな。あの演説で、俺は目覚めたぜ」
「お前もか? 俺も同じだ。やはり、ツクロダ様を実際に見なければ、これは分からないよな」
「ああ、あの演説に行かなかった奴は、未だにツクロダ様のこと悪く言う奴もいるし、今度の演説は必ず連れていくぜ」
「俺も、寝たきりのおふくろを背負ってでも見に行かせるつもりだ。死ぬ前にツクロダ様を見られないなんて、かわいそうだ」

 どうやら民衆は、ツクロダに心酔しているみたいだ。

 いや、これはどう考えても洗脳か。

 演説に行ってから目覚めたというのが、怪しすぎる。

 おそらく演説中、広範囲に影響を及ぼす洗脳装置を用意したのだろう。

 この国は、ほぼツクロダの手中に収まっていると考えた方が良さそうだな。

 であるならば、下手な動きをすれば密告される可能性が高い。

 グレードの高い宿は客の秘密を守ると思っていたが、これは逆になりそうだ。

 ツクロダの事を探ろうとすれば、面倒なことになるだろう。

 より慎重に行動しなければ、全てが水の泡になる。

 目立つ行動も、避けなければならない。

 これは思っていたよりも、情報収集は手間取りそうだ。

 まず、人に直接訊くのは危ない。

 そいつがツクロダの信者であれば、密告のリスクがある。

 またこうした立ち話を聞き続けるにしても、情報の質は噂話程度だろう。

 なのでここでとれる手段は、大きく分けて二つ。

 一つ目は今のように立ち話を聞きつつ、王都中を回ること。

 二つ目は多少のリスクを取ってでも、情報の質を高めることだ。

 まだ王都に来たばかりなので、とりあえずは一つ目でいいと思うが、しばらくしたら二つ目の選択をすることになるだろう。

 そこからは、時間との勝負になると思われる。

 なので、それまでに基本的な情報を集めておこう。

 ひとまず方針が決まったので、俺は引き続き王都内を歩き続ける。

 見れば普通に冒険者もいるので、とりあえずギルドに立ち寄った。

 王都の冒険者ギルドということもあり、大きく立派だ。

 中は意外にも人が多く、依頼の数も豊富である。

 王都の出入りは厳重だが、王都で活躍している冒険者は、例外的に出入りができるのだろうか?

 そんな事を思いつつも、俺は依頼の貼られている掲示板を覗く。

 ふむ。どうやら、王都にはダンジョンがあるらしい。

 依頼から見るに、アンデッド系や物質系のモンスターが多いようだ。

 リビングアーマーも、このダンジョンが原産地なのだろう。

 あの数をどうやって用意したか不思議だったが、謎が一つ解けた。

 おそらく人も雇って、捕獲していると思われる。

 また国の兵士も、動員されているのだろう。

 でなければ、オブール王国の襲撃に数千ものリビングアーマーを用意できるはずがない。

 他にも多く捕獲するために、何か専用の魔道具があるかもしれないな。

 その魔道具はとても気になるところだが、流石にダンジョンに潜る余裕はないだろう。

 カード化の意味でもダンジョンには凄く行きたいが、諦める事にする。

 あと気になるのは……ケモ仮面? なんだこれは……。

 王都には現在、謎のケモ仮面なる犯罪者が現れており、その捕獲が依頼として貼られていた。

 タイミングが悪すぎる。

 これは余計に、正体を見られる訳にはいかなくなった。

 場合によっては、融合を解いた方が良いかもしれない。

 戦力は大幅に下がるが、見つかって騒がれるのは面倒だ。

 レフが絶対に融合は解かないと騒いでいるが、するときはする。

 解除後はおそらく一週間くらい、レフのカードは使えなくなるだろう。

 またカード化も、同様に出来なくなる。

 その痛手を回避するためには、バレないように細心の注意を払うしかない。

 俺がちょうど、そう思った時だった。

「そこのお嬢ちゃん、ちょっと話を聞いてくれないか?」
「ん? あなたはっ!?」

 そう言って声をかけてきたのは、黒髪黒目の男。明らかに日本人を彷彿とさせる人物だった。

 もしかして、コイツがツクロダか!?

 俺はあせりと共に、急いで距離をとる。

 その勢いに、周囲の冒険者がなんだなんだと注目し始めた。

「ま、待て、俺は怪しい者じゃない。俺の名はブラッド。ただの冒険者だ」
「ブラッド?」
「ああ、ブラッドだ」
「ふーん」

 どうやら、俺の勘違いだったらしい。

 嘘を言っている雰囲気もしなかった。

 だがどう見ても、コイツは日本人だろう。

 黒髪黒目で平たい顔。二十代半ばのどこにでもいる男性だ。

 ほかにも、コイツからはとてつもない何かを感じる。

 おそらく、相当強い。

 これで転移者でなければ、驚きだ。

 確か以前、ジョリッツがジャイアントボアを転移者らしき者から譲ってもらった話を聞いたな。

 たぶん、それがこの者なのだろう。

 ラブライア王国に移るとも聞いていたし、間違いない。

 とりあえず、話だけでも聞いてみよう。

 もしツクロダと繋がりがあるようなら、消すしかないが。

「で、話を聞いてもらえるか?」
「わかった。でも、人のいないところがいいな」
「あ、ああ。もちろんだ」

 そうして、俺はブラッドと名乗る男とギルドを出た。

 ちなみに周囲の冒険者たちは、冴えない男がナンパに成功したと思ったのか、とても驚いていたようである。

 これならたぶん、ツクロダに密告される可能性は低いだろう。

 少し失敗してしまったが、切り替えて行くことにする。

 さて、わざわざ俺に声をかけてきたということは、色々と気づいているということだ。

 この短期間で情報が知られたとも思えないし、そういった神授スキルを持っているのかもしれない。

 一応警戒は解かずに、いつでも戦えるように意識をしておこう。

 そう思いながら男についていくと、次第に周囲の景色がさびれていく。

 見るからに、スラム街という雰囲気だ。

 城壁の周囲にもできていたが、王都内にも存在している。

 ただ内と外では、全く違うように見えた。

 おそらく城壁の外に集まる者たちは、王都の中に入れば希望があると信じている。

 対してこの場所の者たちは、まったく希望が無い。

 紛れもなく、落伍者らくごしゃの集まりだった。

 大人も子供も共に生きる気力がなく、やせ細り病に侵されている。

 少し大通りに出れば、幸福な市民たちがいることも相まって、対比が酷い。

「周りが気になるか? これがこの国の現実だ。スキルの種類による差別は、確かにあまりない。だが、徹底的な実力主義がある。この者たちは、それに負け続けた者の末路というわけだ」

 ブラッドが悲しそうに、そうつぶやいた。

 テイマーやサモナーでなくても、実力さえあれば成り上がることができる。

 それが、この国の良いところなのだろう。

 けれどもその分だけ、競争がより苛烈かれつになる。

 少しずつだが、この国の暗い部分が見えてきたな。

 そんなことを思いながら、俺は一つのボロ小屋へと案内される。

 罠であれば、その時は実力で打ち破るしかない。

 だが、この男は俺を騙す気がないと思われる。

 以心伝心+で表層から感じる限り、男からの敵意は一切なかった。

 それでも念のため警戒は解かないが、おそらく大丈夫だろう。

 実際中に入っても、何もなかった。

「こんな場所で悪いな。だが、良い店の個室はおそらく全滅だ。情報が筒抜けになる。だから、こうした場所の方が逆に安全なんだ」
「なるほど」

 ブラッドの話にも一理ある。なら、ここに来たのも納得だ。

「それじゃあ、まずは改めて自己紹介をしよう。俺の名はウルフマン・ブラッドボーン。ウェアウルフだ」

 そう言うとブラッドの姿が見る見るうちに、狼男へと変わっていく。

「狼男?」
「ああ、人化で人に化けていた。そして、巷で騒がれているケモ仮面とは、俺のことだ」

 

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