063 ハパンナ子爵家の人々

 屋敷に戻ると、一人の少年が俺を待っていた。

 金髪碧眼の優しそうな少年であり、年齢は俺と同じくらいだ。

「やあ。君がジン君かい? 僕はリード・ハパンナ。この家の次男だよ」

 そう名乗った少年は、二次予選に出場するというハパンナ子爵家の次男だった。

「お初にお目にかかります。冒険者のジンです」

 次男といえども貴族なので、口調には気をつけておく。

「そこまでかしこまらなくてもいいよ。君の話はディーバから聞いたけど、どうやら凄いみたいだね。僕はこれでもサモナーとして自信があったんだけど、君には敵いそうにないな」
「いえ、それほどでは……」

 リードが向ける目は、まるでスターに会った一般人のように輝いている。

 ディーバは一体、彼に何を吹き込んだのだろうか。

「いやいや、謙遜しなくてもいいよ。ディーバは僕の師匠だからね。その師匠に勝ったんだ。逆に謙遜されると僕が困るよ」
「そ、そうですか。分かりました」

 どうやらディーバは、リードの師匠だったみたいである。

 その師匠が何か言えば、このような眼差しを向けられても仕方がないのかもしれない。

「ああ。それにこんなところで立ち話もなんだし、夕食もまだだろう? 実は僕もなんだ。だから食事を摂りながら、色々訊かせてほしいのだけど、いいかな?」
「は、はあ」

 何というか、押しが凄い。

 それと食事がまだなのは、俺を待っていたからだろうな。
 
 これは遅くなってしまい、申し訳ないことをした。

 とりあえず断れそうにないので、俺はリードと食事を共にする。

 長テーブルがある部屋で、向かい合いながら食事を摂ることになった。

 なんとも食べづらい。

 マナーについては気にしないという事だが、気を使うに決まっている。

 それに今日の出来事を訊きたいと言ってきたときには、どうしようかと思った。

 食事中にソイルワームの話など、できるはずがない。

 なのでかなりぼかしながら、気を使って会話をした。

 普段ここまで気を使った会話をすることが無かったので、かなりしんどい。

 食事など、味わう余裕はなかった。

 それを聞いていたリードはというと、終始ニコニコと笑みを浮かべている。

 流石にここまでの好意を向けられると、無下にはできない。

 そうして食事が終わった後も話が続きそうだったので、今日は疲れていることを理由に何とか部屋に戻ることができた。

 だが代わりに、明日の予定を空ける派目になる。

 明日も大変になりそうだが、それは明日の俺に任せよう。

 ちなみにだが、リードは普段王都の学園に通っているらしい。

 この時期になると毎年長期休暇になるので、それで実家に帰省してきたとのこと。

 おそらく長期休暇は、今予選が行われているオブール杯があるからだろう。
 
 それほどこの大会は、オブール王国にとって重要な行事のようだ。

 俺はリードの帰省理由を思い出しながら、ようやく一息つく。

 正直夕食は、ソイルワームの巣穴攻略よりも疲れたな。

 大浴場もあるらしいが、今日は止めておこう。

 俺は生活魔法の清潔を発動すると、ラフな格好に着替えてすぐさま眠りにつくのだった。

 その時レフが出せ出せとうるさかったが、この高そうなベッドを毛だらけにする訳にはいかないので、気づかないふりをする。

 そうして意識が沈んでいくと、あっという間に次の日の朝を迎えた。

「にゃー!!」
「仕方がないだろ。諦めろ」
「にゃにゃ!!」
「こら、よじ登るな」

 早朝レフをカードから出すと、ご機嫌斜めの様子だった。
 
 おそらく、今日は一日カードから出していることになるだろう。

「あっ、猫ちゃん!」
「ん?」

 廊下に出ると、一人の幼女が声を上げて近寄ってくる。

「あなた、だぁれ?」
「私はジンといいます。お嬢さんのお名前は?」
「るーなはね、るーなっていうの! 4さいですっ!」

 ルーナと名乗る幼女は、おそらく子爵の娘だろう。

 近くにはメイドがおり、様子を伺っている。

「この猫は、レフというんだよ。私の友達で、ちょっと甘えん坊なんだ」
「あまえんぼう?」
「ああ、だから撫でてあげると喜ぶよ」

 そう言って俺はルーナと目線を合わせると、レフを持ち上げて前に出す。

 レフ、分かっているだろうが、絶対に危害を加えるな。

「にゃーん」
「わぁ! かわぃい! もふもふしてる!」

 するとルーナは喜びながら、レフを撫でまわし始める。

 だがふと何かを思ったのか、突然手が止まった。

「おねえちゃん、この猫ちゃん、るーなにちょうだい!」

 まあ、そうなるか。

 性別を間違えられているのは、この年齢だし仕方がない。

 だが流石に、レフをあげるのは色んな意味で無理だ。

「この子は大切な友達だから、すまないけど、あげられないんだ」
「えぇ……」

 やばい、ルーナが泣きそうだ。

 レフを触らせたのは間違いだったか? いや、最初からレフに興味を向けていた。

 こうなるのは、時間の問題だったはずだ。

 しかしここからどうすればいいのか、全く分からない。

 そんな風に俺が困り果てていると、誰かが向こうから近づいてくる。

「ルーナ! お客様を困らせちゃだめでしょ!」
「お、おねえさま! で、でも」

 すると腰まで伸びた金髪と、青い瞳をした少女が現れた。

 年齢はおそらく、十三歳ほどだろうか。

「でもじゃないでしょ。この猫ちゃんだって、かわいそうよ。ルーナだってお父様たちと離れ離れになったらいやでしょ?」
「う、うん……」
「なら、分かるわよね?」

 少女の言葉に納得したのか、ルーナがうるうるした瞳でこちらを見上げる。

「おねえちゃん、猫ちゃん欲しいって言って、ごめんなさい」
「いや、いいんだよ。あげることはできないけど、この子と遊んでほしいな」
「う、うん!」

 俺がそう言うと、ルーナはかわいく笑みを浮かべた。

 な、何とか助かったな。

 心の中でそう安堵していると、少女が俺のことをじっと見ている。

 なのでとりあえず、俺はお礼と自己紹介をすることにした。

「助かりました。私は昨日よりお世話になっている、冒険者のジンと申します」
「あっ、始めまして。リーナ・ハパンナです。えっと、女性、なのですか?」
「いえ、私の性別は男です」
「そ、そうですよね。男性方が来られたと聞いていたので、少し混乱してしまいました」

 おそらくルーナが俺のことをおねえちゃんと呼ぶものだから、性別が一瞬分からなくなったようだ。

「おねえちゃんは、おにいちゃんなの?」
「ああ、そうだよ」
「きれいだから、おねえちゃんかと思った!」
「それは、ありがとう」
「えへへ」

 少し迷ったが、頭を撫でてあげるとルーナはとても喜んだ。

「いいなぁ……」
「ん?」
「い、いえ。そ、そういえば、リードお兄様が探していましたよ」
「リード……様がですか?」

 危ない。勢いで呼び捨てにしそうになってしまった。

「はい。おそらく今は食堂にいると思います」
「るーな。おなかすいたぁ。おにいちゃん、いこう?」
「ん? あ、ああ、わかったよ」

 俺はルーナに手を引かれ、食堂に行くことになった。

 家族の団らんだよな? 俺が行っても良いのか?

 そう思ったがリーナも特に気にせずについてくるので、そのまま向かう。

「あ、ジン君探したよ!」

 すると食堂にはリードがおり、俺を見て嬉しそうに声を上げた。

「おや、おはようジン君、昨日はあれから色々あったみたいだね」

 他にもハパンナ子爵が声をかけてくるが、なぜかシオシオで覇気がない。

「あら、貴方がジン君ね。思っていたよりかっこいい子だわ。私はこの人の妻でシーナ・ハパンナというの。よろしくね」

 そう言って笑みを浮かべるのは、三十代に見える女性。なぜかツヤツヤしており、生気に満ちている。

 これはもしかして、さっそく交換した媚薬を使ったのかもしれない。

 だが流石にそれを訊くわけにもいかないので、俺は気づかない振りをする。

「お初にお目にかかります。冒険者のジンと申します」

 ハパンナ夫人に名乗ってから、頭を下げた。

 それとハパンナ子爵家には他にも長男がいるみたいだが、どうやらここにはいないようだ。

「ああ、長男のジーゾは今王都にいるんだ。長期休暇にも帰ってこない困った子でね」

 ハパンナ子爵はやれやれといった風に、首を振る。

 もしかして長男は、何か難のある性格なのだろうか。

 だがそこで、ハパンナ夫人が口を挟む。

「ふふ、あの子ったら、男爵家の女の子に夢中なのよね。家族よりも愛に生きるのは、どこかの誰かさんとそっくりだわ」
「ぐっ」

 どうやら、恋人の方を優先しているというだけだった。

 この反応から、ハパンナ子爵も若い頃はそうだったのかもしれない。

 そんな軽い雑談のあと、当然のように俺の食事も用意された。

「ジン君もどうぞかけてくれ。君は我が家の客人なんだ。遠慮することはない」
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
「おにいちゃんも、甘えんぼさん?」
「はは、そうだね」

 レフの事を思い出したのか、ルーナがそう言って笑う。

 ちなみにレフには、床にミルクと餌が用意されていた。

 それを勢いよく頬張っている。

 お前はその姿になってから、本当に自由だな。

 そんな事を思いながら、ハパンナ子爵たちと朝食を摂るのだった。

 

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