あれからダンジョンの二階層目に来た俺は、誰もいないような奥地へと足を踏み入れている。
余程のことがなければ、他の冒険者がやって来ることはないだろう。
そしてある程度開けた場所に出ると、俺は目的を実行に移す。
「いでよ、ホワイトキングダイル」
俺の言葉と共に、巨大な白いワニが姿を現した。
「グォウ」
ホワイトキングダイルは、召喚者の俺に興味が無いように見える。
どうやら、命令を聞く気はないらしい。
やはりか。
俺がここに来た目的は、このホワイトキングダイルの召喚と、命令を聞かない場合の対処法を考えることである。
「俺の命令に従う気が、ないということか?」
「グガウ」
伝わってくる思念からは、不意打ちで倒した卑怯者の命令などきけないとのこと。
不意打ちで倒されたことに、相当不服らしい。
けれどもカード化されたことにより、俺に対して攻撃的なことができないようだ。
できるのはこうして、命令を無視することである。
なるほど。あらゆる隷属状況下でも、自由行動を可能とするというイレギュラーモンスターの効果があるが、絶対では無いらしい。
神授スキルであるカード召喚術の方が、支配力が勝っているようだ。
矛盾対決は、こちらに分がある。
だが完全に支配できないことには変わりなく、命令を聞かせるのは骨が折れそうだ。
結局コイツが命令を無視する理由は、まだ自分の方が強いと思っているからだろう。
一対一の真っ向勝負で打倒せば、少しくらいは命令を聞くかもしれない。
俺は軽く息を吐くと、シャドーアーマーを身に纏う。
ちなみに一日経ったことで、再び発動できるようになった。
「いいだろう。なら、俺とお前の一対一の勝負だ。かかってこい」
「グォオ!!」
俺が許可したからか、ホワイトキングダイルは召喚者の俺に攻撃できるようになる。
そして巨体とは似つかない速度で回転して、硬い尻尾を俺に薙いできた。
「ははっ、いきなりだな! こちらも行くぞ!」
ホワイトキングダイルの先制攻撃を回避すると、跳躍して以前のように踵落としを狙う。
だが相手も同じ轍は踏まないらしく、ライトウェーブを繰り出してくる。
近いほど威力を増すそれは、俺を容易に吹き飛ばす。
くっ、やはりやっかいだな。
それとどうやら、シャドーアーマーと属性の相性が悪いらしい。
魔力を多く注ぎ込まなければ、鎧全体が崩壊するところだった。
加えて俺が吹き飛ばされた隙に、ライトベールで状態異常の対策をしている。
俺には状態異常系の攻撃は無い。しかしあるとして想定しているとは、見た目にそぐわず用心深いようだ。
続けてホワイトキングダイルは、水弾連射を発動させる。
無数の水の弾丸が、俺を襲う。
だが軌道自体は単調なので、避けやすい。
俺が勝っているのは機動力と、瞬間的な高威力を出せる接近攻撃だろう。
ホワイトキングダイルもそれが分かっているからか、俺の接近に警戒をしていた。
攻撃を回避して近付けば、ライトウェーブで後退を余儀なくされる。
ホワイトキングダイルは、俺の体力と魔力切れを狙っているのかもしれない。
そうとう、自身の体力と魔力に自信があるようだ。
しかし、それは俺も同じこと。
だがそれで勝っても、ホワイトキングダイルは認めてくれない気がする。
どうにかして、納得いくような倒し方をしなければならない。
くそ、ここで遠距離攻撃手段が無いことが悔やまれる。
そこら辺の木を引き抜いて、投擲してみるか?
いや、逆に隙を見せることになる。
なら、どうすれば……なにか、何かないか?
俺が頭を悩ませていると、ふとスキルオーブ屋で買おうとしたスキルのことを思い出す。
投擲、ストーン、ウィンドカッター、ホーリーアロー、シャドーニードル。
いずれも、タイプの違う属性スキル。
そうだ、俺にもあるぞ。無数の属性を持つ、そんなスキルが。
そしてそれを高めるだけの魔力や集中力、操作力が俺にはある。
「暗闇」
「ぐがぁ!?」
ライトベールを発動させたはずなのに、目の前が突然暗くなった事でホワイトキングダイルは慌てだす。
それは状態異常攻撃ではない。ただの生活魔法だ。
俺は笑みを浮かべながら、次の準備に取り掛かる。
「氷塊」
小さな氷の塊を生み出すそれは、氷山のように巨大化していく。
だがその時には、ホワイトキングダイルがライトウェーブで、暗闇を消し飛ばすところだった。
しかしその瞬間先に暗闇を解除して、数十の眩い光球を顔面周囲に作り出す。
「がぅ!?」
「暗闇からいきなり明るくされると、良く効くだろ?」
そして、準備は整った。
「喰らえ!」
強大な氷塊を、俺は投擲する。
更に過剰なまでに魔力を注ぎこんだ微風を発動させて、軌道修正と勢いをつけた。
光球に一瞬視界を奪われたホワイトキングダイルは、弧を描いた氷塊をその背で受けることになる。
「ぐがぁああ!」
ホワイトキングダイルの巨体が、氷塊に押しつぶされていく。
ライトウェーブを発動させても、氷塊が動くことはない。
今なお微風により左右からは支えられ、上部から勢いがつけられている。
巨体を動かそうにも、もがくだけだ。
するとホワイトキングダイルは、ここで狂化を発動させた。
「ガウガァ!」
目が赤く光り、オーラのようなものが浮かび上がる。
身体能力を大幅に引き上げ、強引に立ち上がろうとし始めた。
凄いな。この氷塊から逃れるというのか。
確かに、驚異的なパワーアップだ。
しかしその代わり、お前は重要なものを失った。
氷塊からとうとう抜け出したホワイトキングダイルは、巨大な顎を開き、俺を噛み殺そうと迫る。
だがその時には、俺のシャドーアーマーも赤い光に満ちていた。
「失ったそれは、人に匹敵する知力だ」
「ぐぎゃぁが!?」
一瞬で下に回り込んだ俺のアッパーが、ホワイトキングダイルの下顎を撃ち抜く。
あまりの勢いに、ホワイトキングダイルがひっくり返った。
「流石にこれなら、納得したよな?」
「がぐぅ」
最後に正気に戻ったのか、ホワイトキングダイルはそう鳴いて光の粒子に変わる。
そして俺の手に、灰色のカードになって戻って来た。
「俺の勝ちだ」
俺のつぶやきと同時に、シャドーアーマーが砕け散る。
この前戦った以上の疲労感が、俺を襲った。
流石に、これはまずい。
魔力と集中力を使い過ぎた。
本来戦闘用ではない生活魔法を、強引に魔力で強化したつけが回ってくる。
くそ、やはり遠距離攻撃の習得は必須だな。
今回はどうにかなったが、毎回通用するような戦い方じゃない。
これが今の俺の、限界か。
デミゴッドとして力のおおよそを知れたという意味では、為になった。
ここから成長しなければ、いずれ死ぬことになりそうだ。
ホワイトキングダイルより強いモンスターは、当然沢山いるだろう。
転移者たちも強くなるし、単独戦闘に特化したチートスキルも存在する可能性がある。
それを前にしたとき、今のままではどうにもならない。
俺自身も、そしてモンスター軍団も強くしなければ。
まずい、歩くのも億劫だ。
この気持ち悪さと頭痛、気怠さは、魔力の使い過ぎが原因か。
魔力の使い過ぎで、モンスターを召喚できそうにない。
いつも有り余る魔力があるせいで、モンスター召喚時に魔力が必要なことと、そこから維持に魔力を消費し続けることを忘れていた。
勝つことに、集中しすぎたせいか。
すると運悪く、近くの草むらから足音が聞こえてくる。
まずい。この状況だと、相手をする余裕がないぞ。
なら、この装備の姿隠しは使えないか? いや、これも発動と維持に魔力が必要だ。
数分休めば発動できるが、その数分が無い。
この世界に来て、俺は初めて死を意識した。
無理やりにでも発動を……だめだ、集中力も使い切っている。
うまく発動できない。
本当に不味い。しかも今のせいで、余計に魔力と集中力が減った。
身体も震えて、寒気まで感じる。
くそ、どうすれば……。
俺がもがいている内に、とうとう草むらから何かが飛び出してくるのだった。
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