「……お、おい! 大丈夫か!」
飛び出してきたのは、一人の男性冒険者だった。
「もしかして、あの時の少年か!? いったいなにがあった!」
よく見れば男は以前俺に二層目の情報を教えてくれて、そのお返しにマッドクラブを渡した男のようである。
「魔力が……」
「魔力? もしかして魔力欠乏症か!? ほら、これを飲め!」
すると男は懐から青い液体の入った瓶を取り出すと、俺の口に運ぶ。
にがっ……何だこれ、いや、若干だが魔力が回復してきている。
これは、マジックポーションというやつか。
通常のポーションが傷を癒すとすれば、マジックポーションは魔力を回復させるものだ。
しかしマジックポーションの方が高価であり、安い物でも銀貨一枚かかる。
それを躊躇わず使用してくれるとは、男はかなりの善人なのだろう。
だがおかげで、だいぶ体が楽になってきた。
「助かった」
「待て、ゆっくりしていろ。まだ立ち上がるな。魔力欠乏症を甘く見ると、酷い目に遭うぞ。場合によっては、死ぬこともあるからな」
「死?」
この症状は魔力欠乏症と呼ばれるらしい。そして男が言うには、これで死ぬこともあるようだ。
思っていたよりも、俺の状態は危なかったのかもしれない。
「そうだ。だがここは何があるか分からない。俺が運んでやる」
そう言って男は俺を肩に担ぐと、そこからしばらく歩き出した。
「ゲゾルグ、ここにいたのか?」
「一人で先走り過ぎだ。少しは後ろを見ろ」
「ちょっと、皆私のことを置いていかないでよ」
すると俺を助けた男仲間なのか、二人の男性と一人の女性の声が聞こえてくる。
それとどうやら、この男はゲゾルグという名前らしい。
「まあ待て、マッドクラブの少年が魔力欠乏症で倒れていたんだ。あのままだと危なかっただろう。つまり、また俺の虫の知らせが役に立ったわけだ」
虫の知らせ? スキルだろうか? それとも、それとは関係ない第六感か?
「装備が前と違うようだが……おっ、本当だ。あの時の少年じゃねえか」
「そりゃ、助けないわけにはいかないな。お前のおかげで、俺はマッドクラブが好物になったほどだぜ」
「あら、良い装備ね。よく似合っているわ。ゲゾルグ、降ろしてやりなさい。私が介抱してあげるわ」
女性がそう言うと、ゲゾルグが俺を降ろす。
「また会ったわね。自己紹介をしておくわ。私は治癒士兼属性魔術師のプリミナよ。で、君を助けたのがリーダーのゲゾルグ。マッドクラブが好物になったがタンクのジェイクで、残ったのが斥候のサンザよ」
プリミナと名乗った二十代前半の女性が、メンバーを含めて紹介してくれた。
「俺は、ジンだ」
「そう、ジン君ね。どうやら外傷はなさそうだし、状態異常も見られないわね。本当に魔力欠乏症だけみたい」
俺を見て、即座にプリミナが状態を見抜く。
戦闘での多少の傷は、デミゴッドの種族特性である再生で、既に治っている。
ちなみに再生も魔力を消費するが、完治したのは戦闘の途中だろう。
なので戦闘後に発動していたら、結構ヤバかったかもしれない。
「まじか、あれだけの出来事があって、魔力欠乏症だけなのか」
「遠くからでもわかるほど、すげえ戦闘音だったんだがなぁ」
「ああ、普段逃げることがほとんどないダンジョンのオークたちが、血相を変えて全力疾走しているほどだったな」
どうやら、俺とホワイトキングダイルの戦闘は、遠くからでも分かったらしい。
加えて周辺にいたモンスターたちは、いつの間にか逃げ出していたようだ。
「私は危険だから行かない方がいいって言ったんだけどね。ゲゾルグは自分の虫の知らせに絶対の信頼を寄せているのよ。まあ、そのおかげでジン君を見つけられたのだし、良かったわ」
「加えて斥候の俺に頼まず一人で突っ走るくらいだからな。いつも言っているが、見に行くなら俺の仕事だぞ」
なるほど。だからゲゾルグが一人で現れたのか。
「仕方がないだろ。虫の知らせが急がないとヤバいって伝えてきたんだからな。実際コイツは俺が来なければ、魔力欠乏症で死んでいたかもしれなかったんだぜ」
実際俺は、それほど不味い状態だったらしい。
これは、反省しなければいけないな。
「それでジン君、一体何があったのか、教えてくれることはできる? 冒険者だから、言いたくなければ言わなくてもいいわよ」
プリミナはそう言うが、ある程度の話をする必要はあるだろう。
助けてくれた恩人に、何も言わないのはだめだ。
「まず前提としてだが、国境門が開いて、宣戦布告をされたらしい。そしてその戦争に出るため、ダンジョンで切り札の調整をしていたんだ。それでやり過ぎて、こうなった」
俺はホワイトキングダイルの事は伏せつつ、事実を口にする。
「国境門が開いただと!? 詳しく話してくれ!」
すると俺が魔力欠乏症になった経緯よりも、国境門が開いたことの方が気になったみたいだ。
どうやら、四人はダンジョンに数日潜っていたようで、国境門が開いた事を知らなかったようである。
なので俺は、自分が知っていることを全て話した。
「そうか。モンスターを従える国か。こりゃ、手強そうだな。今回は俺たちも参加しよう」
「おっ、久々の参加か。腕がなるぜ」
「お前ら好戦的すぎるぞ。斥候の俺には荷が重いんだがな。まあ、仕方がない」
「はぁ、あなたたち、私がいないとすぐ死んじゃうわよ。頭を使うことを覚えなさい」
すると四人も俺の話を聞いて、国境門での戦争に参加するようだ。
「けどジン、お前ランクいくつだ? 戦争の参加は個人だとDランクは必要だぞ」
「えっ……Eランクは参加できないのか……」
よく考えると、駆け出しが参加しても無駄に数を減らすだけになる。
それなら、制限がかかっていても不思議ではない。
マジか……。
「それなら、私たちのパーティに一時参加すれば問題ないじゃない。うちはこれでもCランクの上位だし、Eランクを一人入れても参加できるわよ」
「意外だな。俺もそれを考えていたが、プリミナは反対すると思っていたぞ」
「何言っているの。あの戦闘音と遠くでもわかる魔力の凄さを考えれば、ジン君は私以上に魔力が高いわよ。この子なら大活躍間違いなしだわ」
すると驚くことに、一時的に俺をパーティに入れてくれるという。
個人では参加できない俺にとっては、正に渡りに船である。
「なるほどな。どうだ? 俺たちのパーティ。幸運の蝶に入らないか?」
そう言って、ゲゾルグが手を差し出してきた。
これを断る理由はないな。
「よろしく頼む」
そうして俺は、一時的に幸運の蝶というパーティに加入することになった。
色々あったが、二層目に来たのは結果的に正解だったな。
運も良かった。それに、幸運の蝶か。正にその通りだ。
パーティ名は、ゲゾルグの虫の知らせから来ているのだろう。
実際それにより、何度も救われているようだ。
それから街へ帰還することになったので、道中話をしながら歩く。
俺ができることを伝える中で、カード召喚術も話している。
試しにグレイウルフを召喚してみると、四人は驚いていた。
また以前会ったときはグレイウルフを連れていたので、その部分も気になっていたみたいである。
加えて戦争に参加したい理由も相手の国がモンスターを使役するので、カード召喚術師として見逃せなかったことを伝えた。
あとは中級生活魔法を使えることを話すと、プリミナが喜んだ。
どうやら下級生活魔法は使えるようだが、下級にはやはり清潔がないらしい。
それとシャドーアーマーや、ホワイトキングダイルの事は言っていなかったりする。
恩人でパーティに参加させてもらったが、全てを一度に話すべきではないと思った。
機会があれば、見せることもあるだろう。
他には、収納系スキルがあることも話すことになった。
これは道中、マッドクラブを振る舞う時に気が付かれたので仕方がない。
ちなみに、マッドクラブが好物になったというタンクのジェイクが、どうすれば泥臭さを消せるのかを知りたがった。
なので中級生活魔法の清潔を使うことで、消せることを教える。
「プリミナ。中級生活魔法を覚えてくれ」
「私だって覚えたいわよ。けど中級生活魔法って、スキルオーブが希少だし高すぎるのよね。下級生活魔法は使い込んだから、おそらくランクアップできると思うのだけど」
「金、貯めるか」
「そうね」
そんなやり取りの中で、スキルをランクアップさせる方法を知った。
どうやらある程度スキルを使い込んだうえで、上位のスキルオーブを使う必要があるみたいである。
だとすれば、二重取りでスキルが統合して進化するのは普通ではない。
それに進化とランクアップで、名称が違っている。
おそらくスキルの統合進化は、二重取りの隠し効果だろう。
思わぬところで二重取りのヤバさを、また一つ知ってしまったな。
そうしてマッドクラブを美味しく頂いた数時間後、無事にダンジョンを出ることができた。
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