024 イレギュラーモンスター

 ダンジョンの三層目に広がっているのは、どこまでも続く沼地だった。

 一層目の泥沼に近いかもしれない。

 所々に陸地や木が生えており、何となくだが薄暗く感じた。

 この沼地のどこかに、イレギュラーモンスターがいるらしい。

 タヌゥカの他にも、何チームかパーティがいた。

 一時的に同盟を組んで、挑むのだろう。

 おそらくイレギュラーモンスターの居場所も、おおよそ掴んでいる可能性がある。

 俺が向かうのを無理やりにでも止めなかったのは、所詮一人だと思ったからか、見つけるのに時間がかかると思ったからだろう。

 それか案外、同盟のルールで行動を制限されていたのかもしれない。

 可能性は高そうだ。

 どちらにしても、このままでは俺が見つける前に奴らが来るだろう。

 それなら、イレギュラーモンスターを見つけることを優先でいくしかない。

 たぶんあれだけの数が揃っていたという事は、イレギュラーモンスターは強いと思われる。

 おそらく見れば、一発で違いが分かるだろう。

 タヌゥカたちが集団で行動するなら、こっちは軍団だ。

「いでよ、軍団」

 そして呼び出すのは、捜索に適していそうな以下のモンスターたち。

 ・ゴブリン30匹
 ・グレイウルフ25匹
 ・ジャイアントバット10匹
 ・ポイズンモス10匹
 ・オーク50匹
 ・スモールモンキー30匹

 合計155匹の群れ。

「イレギュラーモンスターと思わしき個体を探し出せ!」

 俺は召喚したモンスターにそう命令をして、腕を振るった。

「ごぶ!」
「グルル!」
「キキィ!」
「ギ」
「ぶひ!」
「ウキイ!」

 モンスターたちは声を上げると、沼地へとバラバラに散っていく。

 俺もシャドーアーマーを身に纏い、沼地を駆けだした。

 これだけ数がいれば、おそらく見つかるはずだろう。

 沼地を駆ければ、様々なモンスターが目に入る。

 マッドクラブはもちろんのこと、巨大なカエルやヒルのようなモンスターがいた。

 それらを無視して、イレギュラーモンスターを探し続ける。

 するとしばらくして、ジャイアントバットの一匹から、それらしい個体を見つけたとの思念が届く。

 元々召喚したモンスターと意思疎通はできていたが、軍団行動のスキルでその範囲がかなり伸びた。

 加えて意思疎通もしやすくなり、何を伝えたいのか分かりやすくなっている。

 俺はジャイアントバットが知らせた場所へと、急いで向かう。

 そしてとうとう、イレギュラーモンスターと思われる個体を発見した。

 なるほど。あれは間違いないな。

 その個体の見た目は、真っ白な巨大なワニである。

 バスのように大きく、まるで恐竜のようだ。

 当然のように、まずは鑑定を飛ばす。

 種族:ホワイトキングダイル
 種族特性
【水光属性適性】【水光属性耐性(大)】
【威圧】【あぎと強化(大)】
【狂化】【悪食】【自然治癒力上昇(大)】

 エクストラ
【イレギュラーモンスター】 

 スキル
【水弾連射】【ウォーターブレス】
【ライトウェーブ】【ライトベール】

 何だこのステータスは……。

 今まで見てきたモンスターの中で、圧倒的に最強だ。

「グルル」
「ちっ、気づかれたか」

 どうやら、鑑定されたことに気が付いたらしい。

 ホワイトキングダイルが、俺のいる方向へ首を動かす。

 それなりの距離があるので、俺は今のうちに三層内にいるモンスターをカードに戻していく。

 遠くに散っていたモンスターだが、カードに戻すのは一瞬だった。

 そして再度召喚して、ホワイトキングダイルに向かわせる。

 追加でマッドクラブやグリーンスネーク、ホブゴブリンも呼び出した。

 流石にホーンラビットには、荷が重すぎる。

「全軍行け!」

 百七十を超えるモンスターが、ホワイトキングダイルに突撃していく。

 しかし相手も何もしないはずがなく、空中に現れた無数の水弾がモンスター達を襲う。

「グギャァ!?」
「ぶひぃ!?」

 一撃でゴブリンやオークがやられ、カードに戻っていく。

 今のがおそらく、水弾連射だろう。

 続いてホワイトキングダイルの口から、一閃の水が薙ぎ払うかのように放たれる。

「キャインッ!」
「ギギ」
「キキィ……」

 すると先ほどよりも多く、モンスターが蹴散らされた。

 あれが、ウォーターブレスか。

 威力は水弾連射以上だな。

 だがそこでジャイアントバットやポイズンモスが辿り着き、超音波や毒鱗粉を発動させる。

 状態異常になれば、戦闘は有利になりそうだ。

 けれどもそこで、突如してホワイトキングダイルの頭部に光のベールが現れる。

 その瞬間毒鱗粉が消し飛び、超音波も何の効果も発揮しなくなった。

 ライトベールは、あそこまでの効果があるのか。

 並大抵の状態異常など、おそらく通らないだろう。

「バウッ!」

 次にグレイウルフたちが迫り、ホワイトキングダイルに襲い掛かる。

 だが硬い鱗を突破できず、悪戦苦闘しているようだ。

 ダメージはあまりなさそうだが、ホワイトキングダイルも鬱陶うっとうしくしている。

 それが我慢ならなかったのか、ホワイトキングダイルの全身から光の波が全体に走った。

「ギャイン!?」
「ごぶあっ」
「ぶぎぃ」

 近い者ほど被害が大きく、グレイウルフの群れはかなりの数が減ってしまう。

 凄い威力だ。あれがライトウェーブか。

 だが、そろそろだな。初見の属性魔法は見れたし、俺も行こう。

 俺が動かなかったのは、無駄にモンスターを消費していたのではなく、観察するためだった。

 狂化は見れていないが、鑑定の説明では暴走状態になる代わりに、身体能力を大幅に上昇させるようだ。

 そしてエクストラのイレギュラーモンスターの効果は、以下の通りである。

 名称:イレギュラーモンスター
 効果
 ・通常個体よりも生命力や魔力、身体能力が大幅に上昇する。
 即死効果が無効になる。
 ・あらゆる隷属状況下でも、自由行動を可能とする。
 ・知力を上昇させ、個を確立する。
 

 効果はエクストラのダンジョンボス効果の、完全上位互換だ。

 加えてカード化できたとしても、命令を聞かない可能性が高い。

 しかしそれでも、欲しかった。

 レアモンスターが手に入る機会を、俺は絶対に逃したくはない。

 シャドーアーマーを身に纏った俺は、駆けだす。

 ホワイトキングダイルは、群がっている他のモンスターの対処に夢中であり、俺など眼中にはない。

 だからこそ、この一撃に全力を出す。

 限界まで魔力を込めたシャドーアーマーのあらゆる境目から、赤い光が溢れる。

 そしてエクストラの直感が、ここだと俺に告げた。

 「喰らえ」

 跳躍した俺は、ホワイトキングダイルの脳天に踵落としを決める。

「グガッ――」

 短い鳴き声が聞こえたかと思えば、クレーターが出来上がり、沼地は周囲へと波を作り飛び散った。

 着地した瞬間、シャドーアーマーが砕けるようにして消え去る。

 魔力を限界まで高めた一撃を放つと、こうなるらしい。

 まずいな。想像以上に消耗した。

 だが、手を抜ける相手じゃなかったのも事実か。

 ホワイトキングダイルが狂化を使い、俺を完全にターゲットにしていたら、あの一撃を繰り出す余裕はなかった。

 あれはかなりの集中力と、操作性が求められる。

 爆発寸前の魔力をコントロールして、抑え込んでいたのだ。

 敵の攻撃を避けながらできる芸当ではない。

 長期戦になれば、タヌゥカたちの横やりも入っただろう。

 それにウォーターブレスや至近距離でライトウェーブを受ければ、俺もただでは済まなかったはずだ。

 一撃で倒したが、油断ならない相手だった。

 俺はそう思いながら、ホワイトキングダイルをカード化させていく。

「ははっ、ホワイトキングダイル、ゲットだ!」

 手に入れたカードに、俺は思わず笑みを浮かべてしまう。

 ホブゴブリンがエースだとすれば、コイツは切り札だ。

 まあ、命令を聞かないかもしれないという不安材料はあるが、それは今後考えよう。

 俺は生き残りのモンスターたちも、カードに戻していく。

 今回半分以上のモンスターが、やられてしまった。
 
 まさか、ホブゴブリンもやられてしまうとは……。

 種族的にもエクストラ能力的にも負けていたので、仕方がないか。

 そうして一人になって疲れからため息を吐くと、不意に集団が近づいてくる。

「お、おまえは! おい、イレギュラーモンスターはどうした! ここで戦闘が行われていたことは分かっているんだ! 話せ!」

 すると案の定、タヌゥカたちがやって来て騒ぎ出す。

 おそらく周辺の荒れた感じや、戦闘音などを聞いて判断したのだろう。

「見て分からないか? ここにはもういない。俺の収納スキルにもないぞ?」
「そんなことは分かっている! あれは一人で倒せるような存在じゃない! 訊いているのはどこに行ったかだ!」

 タヌゥカはそう言って、怒りをあらわにする。

 どうやら、タヌゥカはホワイトキングダイルを見たことがあるらしい。

 もしかして、単独で挑んで負けたのだろうか。

 そうなると撃滅斬という神授スキルでは、倒せなかったということになるが。

「さあ、なぜそれを教えなければならない。冒険者なら、自分で探したらどうだ。安心しろ、俺はもう帰る。ゆっくり探せばいい」
「ちっ、負け犬野郎が無駄なことしやがって。言われなくても探すに決まってるだろ! お前は明日、俺の英雄譚を知って絶望しろ!」

 おいおい、最初見かけた時のふるまいと違い過ぎるだろ。化けの皮が剥がれているぞ。

 後ろの取り巻きもドン引きしているのに、気が付いていないのだろうか?

 というか、俺はそこまで恨まれる事をしただろうか。

 せいぜい鑑定をやり返して、偽装を打ち破りステータスを見たくらいだろ。

 それとも、同じ転移者というだけで気に食わないのか?

 まあ、相性は悪そうだし、なるべく関わらないようにしよう。

「わかったわかった。それじゃあな」
「負け犬野郎は帰る途中で朽ち果てろ!」

 最後まで暴言が止まらないタヌゥカを背に、俺はその場を後にするのだった。

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