008 野良犬少女に餌付けした結果。

 この村は、思ったよりも規模が大きい。といっても、村にいるプレイヤー全てが泊まれ宿は当然無いし、村人よりも多いことを考えれば、よくこの数を村に受け入れたな。いや、そもそも、プレイヤーたちは村の中で出現したから、受け入れるしかなかったのか? それとも、ゲーム的な理由で受けれたのか……その点についてはよくわからないな。

 俺が村についてそんなことを思いつつも、村の中を一通り回ってはいるが、どの店も満員で入ることすらできず、そもそも食材が足りていないようだった。聞こえてきた話では、出てくるものもホーンラビットの肉料理だけのようで、味付けも薄いらしい。

 早速この世界は、初日から食料不足になっているじゃないか……。仮に飢餓状態にでもなれば、この世界の住民は姿を消し、プレイヤーだけの世界になるのではないか?

 そんな不安を覚えながらも、俺は仕方がないと人がいない木の前に腰を下ろすと、町で買った保存食をストレージから取り出し、その場で食べ始める。

 この干し肉、固くてしょっぱいな……。確か、ホーンラビットの肉からできているのだったか。そういえば、そもそもホーンラビットの肉っていう名称は頻繁に聞くけど、どうやって皆それを手に入れているんだ?

 固くしょっぱい干し肉を噛みながら、俺は何となくホーンラビットのドロップ成果を思い出す。

 確か、最初は普通にホーンラビットからドロップすると思っていたけど、今までに手に入れたのは全てホーンラビットの角だけ……これっておかしいよな?

 そう疑問に思いながら思考を回していると、ふとその原因が徐々に見えていくる。

 他のプレイヤーが倒したホーンラビットからは、肉がドロップするのを何度か見たんだよな……。やはり、もしかしなくても原因は、俺の所持している豪運のスキルが影響しているに違いない。薄々、そんな気はしていたんだよな。LV10の豪運の割に、結構面倒なことに巻き込まれているとは思っていたが、どうやら豪運は、ドロップアイテムなどに関係していたようだ。

 ここにきてスキルの選択を間違ったのではないかと、俺は後悔をした。豪運をLV10にするために使用したポイントは、所持していたポイントの約三割であり、決して少なくはない。だが、今更そのことを考えたところで仕方がなく、またそこまで今のところ悪影響が無いというだけよかったと、俺はそうポジティブに思うことにした。

 それに逆に考えれば、レアドロップしか出ないということを思えば、いずれそれを取引材料などにして、有用なものが手に入る可能性がある。決して、これは選択ミスなどではない。

 自分にそう言い聞かせるようにして気持ちを切り替えると、俺は新しい干し肉を取り出した。

「ん?」

 しかし、口に運ぼうとしたその時、なにやら近くの茂みから視線を感じた。俺はそれに対して、ゆっくりと視線だけを動かし、確認をする。そこには涎を垂らしながら、物欲しそうに指をくわえている少女のプレイヤーが一人いた。

 ……なんでこっちを見ているんだ? いや、俺じゃなくて干し肉か。

 そう思い何となく干し肉を動かすと、少女の視線も干し肉の方へと移る。そして俺の口に近づけると、少女の口がそれに連動するかのように開いた。

 これは……食べづらいな……。とりあえず、場所を移すか。

 若干ため息を吐いて立ち上がると、俺は手に持った干し肉を少女の方へと投げる。

「あっ!?」

 それに反応して少女が干し肉をキャッチしようと試みたが上手くいかず、そのまま後方に飛んでいく干し肉を、少女が全力で追いかけて行く。俺は少女が干し肉に夢中になっている隙に、別の場所に移動することにした。

 ◆

 はぁ、どうしてこうなった……。

「わんわん!」

 今、俺の目の前には、先ほどの少女が犬の鳴きまねをしながら、地面に背をつけ腹を見せるようにして、みっともなくも降伏のポーズをしている。それに加え、少女の種族は獣人であるのか、先っぽの白い黒色の耳と尻尾があることにより、その情けなさに拍車がかかっていた。

「これはいったい、何の真似だ?」
「その声色は少女のもの! やっぱり私の嗅覚に間違いはなかったっす!」
「は?」

 その下っ端のような口調はスルーしておくとして、そもそも、どうやってこんな短期間に俺を見つけ出したのかと思えば、獣人らしく嗅覚を駆使してここまで追ってきたのか。

「飼ってほしいっす! 餌付けしたなら最後まで面倒みてほしいっす!」
「引っ付くな離れろ!」

 少女がそう言って鼻水を垂らしながら、俺の腰にしがみついてくる。

「嫌っす! もう後がないっす!」
「お前にプライドはないのか!」
「そんなものとっくに捨てたっす!」

 やばい奴に目をつけられてしまった。まさか干し肉一つでここまでするとは。

「なら男に媚び売って食わせてもらえばいいだろ!」
「それだけは嫌っす! そんなことしたら最後、私自身が食べられてしまうっす!」
「なら食べられてもいいような男に媚びを売ればいいだろ!」
「初めては結婚してからじゃないと嫌っす!」
「くそッ、離れろ!」

 そんな言い争いをしながらも、俺はなんとか少女を引きはがすことに成功した。

「ひ、酷いっす!」
「酷くはない。そもそも、食べ物が欲しいのであれば、魔物でも狩ればすぐに手に入るだろ!」
「それができたら苦労はしないっす! 私は攻撃不能っていう酷すぎるバッドスキルがあるせいで、一人じゃ狩りができないんっすよ!」
「は? 攻撃不能?」

 その名称通りなら、相当ひどいものだが。

 少女の言葉に俺は、攻撃不能とはいったいどのようなものなのかと、そう疑問に思ってしまう。しかし、簡単には自分の弱点の詳細など教えるはずがないと、一瞬俺が思考したところで、驚くことに少女が隠す素振りもなく、攻撃不能というバットスキルの効果を口にし始めた。

「そうっす。攻撃不能というバッドスキルは、攻撃行動と判断されると、体がたちまち動かなくなるっす。そのせいで、このバットスキルを知ったプレイヤーたちは、誰も私とパーティを組んでくれないっす。それに加えて、キャラクターメイキングでランダムを選んだことで、運悪くアイテムも手に入らず、所持品も初期装備の服と靴しかないっす」
「それは……災難だったな」
「同情してくれるっすか? じゃあ、飼ってほしいっす!」
「それは断る!」
「ひ、酷いっす!」

 同情はするが、それとこれとは話が別だ。お荷物を養う余裕はない。

「諦めて男に媚びるか、戦闘以外の技能で職を見つければいいんじゃないのか?」
「む、無理っす。私は嗅覚と逃げること、あとは十円玉くらいの結界しか作れないっす。そして最後に残された直感のスキルが、あなたについていかなければいけないとそう告げているっす!」
「……ん? 結界?」

 もしかしてあの結界魔法だろうか。

「そ、そうっす! 結界魔法っす! 特殊スキルに分類されているし、きっと将来性は高いはずっす! 他のプレイヤーからはバッドスキルが酷すぎて面倒を見れないと言われたっすけど、いつか育ててよかったと、そう思えるはずっす!」
「……確かに、結界魔法は将来性が高いことは認めるが、仮に育ちきった時、お前が裏切ってどこかへ行くかもしれないだろ?」

 結界魔法はあればとても便利だが、使えるレベルにすのは大変だ。それに、多様性の高い結界スキルは、様々な才能が無ければその力を存分に発揮することができない。例え使えるレベルまで育ったとしても、突然いなくなられた場合、その苦労も水の泡だ。

「そ、そんな不義理なことはしないっす! 約束するっす! それに、飼ってくれるなら体を売る以外は大抵何でもやるっす!」

 少女はそう言って、到頭土下座までし始める。

「おいおい、見てみろよ! なんか土下座してるぜ!」
「女の子に土下座させるとか鬼畜かよ!」
「よく見ると土下座の子、かわいいな。胸も大きいし」
「ちょっと俺、あのを子助けてくる!」
「お、おい待てよ! 助けに行くのは俺だ!」

 め、面倒なことになった……。

 いつの間にか周囲には、幾人ものプレイヤーが集まっており、その中の何人かのプレイヤーが少女を救おうと、下心満載でやって来る。

「おい! そこのローブのガキ! その子を解放しろ!」
「女の子に土下座させるとか最低野郎だぜ!」
「その子を賭けて俺と決闘だ!」

 などと、プレイヤーの男三人がそう叫びながら、村の中で堂々と武器を取り出した。


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