001 現実からの逃避

 日々の疲労に嫌気がさしたことは無いだろうか? アットホームな職場と言いつつ、実際は奴隷労働所だと思ったことは? そう思ってしまった時、自己防衛の為だろうか、現実逃避をしてしまう。それはもう、自分の事を誰も知らない、しがらみの無い世界に行きたくなるほどに。

 だから、行くのだ。第二の世界VRMMOへと。

 ◆

 もう一つの新しい世界。それがSecondセカンド Lifeライフ Onlineオンライン通称SLO。

 現実世界で行えることは大概できる事は勿論、そこにファンタジー要素の加わった正に、別世界で第二の人生だ。

 ああ、発売日にこうして抽選に運よく当選したなんて、未だに信じられない。こんなにうれしかったことなんて何年ぶりだろうか。

 俺は日々のストレスから少しでも逃れるため、日本中……いや、世界中から今注目されているVRMMO、Second Life Onlineの販売抽選を駄目元で応募したところ、運よく今日こうして当選のメールが届いた。

 そんなにプレイする時間は無いだろうけれど、少しでも現実逃避というストレス発散ができるのなら、それで十分だ。

 しかし、本音で言えば一日中やっていたい。この体と精神を完全に分離してゲーム内に住み着きたいが、そうはいかないよな。

 それよりも当選したと決まったのなら、まずは機材を揃えないといけない。貯金は今まで使う機会が少なくて結構溜まっているし、早速今度の休みに買いに行こう……と思ったが、休日出勤だろうから無理か。仕方が無いのでネット注文しよう。

 そうして、俺は必要なものをネット注文し、Second Life Onlineの準備を無事に終えた。

 そして、配信当日に向けて代休を申請。ただし代休申請した時はまるで罪人を見るような視線だった。流石にゲームがしたいからという理由は言えず、止む無く親戚の結婚式だと偽ってしまう。

 更に俺は今まで休日出勤をし続けてきたが、代休は殆ど貰ったことが無い。そのかいもあってか運よく代休を取ることができた。

 はあ、代休一つ取るのに何でこんな嫌な気持ちにならなければいけないのか……嫌なら転職しろってことなんだろうけど、それが簡単にできたら苦労はしないよな……社畜。会社の奴隷か。アットホームな職場ってそういう事だよな。

 それに、代休を与えたのだからうちはホワイトだと言われている気がしてならなかった。実際他と比べてどうなのか判断できないところがまた転職の不安要素なんだよな……。

 そんな事を代休当日に思い出しつつ、長いダウンロード時間を待ち終えると、待ちに待ったSecond Life Onlineを緊張しながらも起動する。

 ようやくだ。ゲームの中くらいは全てを忘れて、今日は精一杯楽しもう。

 そう思うと同時に、俺の意識はゲーム内に移動する。

≪ようこそ! Fastファースト Lifeライフ Offlineオフラインへ!≫

 その器械的なメッセージが唐突に告げられた。

 ◆

 青い空、白い雲、そして広場の木陰に座り込んでいる俺は、いったいなんだろうか……。

 目が覚めると、見覚えのない小さな広場と思わしき場所にいた。

 まるで老人が縁側でほのぼのとしているかのように、俺は木陰で胡坐を掻いている。

 何なんだ? 俺はどうしたんだ? 今まで何をしてきた? どんな風に生きてきたのか、それすらも思い出せない……。

 そんな雰囲気の中、俺の内心は真逆のように荒れ果てていた。それもそのはずで、今までの人生が全く思い出せないのだから当然だ。

 何かないか? 手掛かりになるものならば何でもいい。

 俺は周囲に自分の荷物らしきものが無いことを確認すると、続けてズボンのポケットを探る。

 ん? これは……手紙?

 探った右のポケットから、折りたたまれた手紙が出てきた。内容はいくつかに別れており、それを俺は順番に読み始める。

Fastファースト Lifeライフ offlineオフラインにようこそ! 貴方は****によって選ばれ、この世界に招かれました! それに伴い、ゲーム固有システムの一部が凍結されました。現在使用可能な固有システムは、ストレージ、ステータス、称号、パーティ、フレンド、言語理解、PVP、アナウンスが主になります。なお、死亡した際の復活はございませんのでご注意ください。新たなる人生をお楽しみくださいませ』

『貴方は以下の内容により、ポイントを取得しております』
 ・固定ボーナスポイント(10p)
 ・名称の削除(5p)
 ・記憶の一部削除(25p)
 合計40ポイント

『ポイント使用による貴方の取得済み内容は以下の通りとなっております』
 ・名称作成(5p)
 ・若返り23→18 (5p)
 ・ランダムガチャ×6(30p)
 →1. アルカナ『愚者』 2.アルカナ『運命の輪』 3.草 4.生活魔法  5.アルカナ『吊るされた男』 6.半性転換
 使用合計ポイント40

「ん? ……んんっ!?」

 ツッコミどころ満載の内容だが、その中で俺は最後の半性転換という項目に注目し、改めて自分の姿を手で触れながら確認する。

 その結果、黒い髪が肩程まで伸びており、身長はおそらく170cm前後。そして、体つきは明らかに女性的であり、胸は無いに等しかったが、男性よりは確実にある。

 ここまで見れば性別は女性なのかと思われたが、下半身には男性の象徴が有ったので、性別は男性であると断定した。因みに服装は皮のブーツに、茶色いズボン、緑色のシャツとラフな格好だ。

 俺は男だよな? いや、そもそも男だった記憶すら無い。半性転換で女からアレが生えたのか、男からアレだけ残ったのかが不明だ。しかし、精神的には男だと思う。なら俺は男だ。そうに違いない。

 俺は記憶喪失と半性転換という状況故に、重い溜息を吐く。

 というか、俺は自分で記憶を消したのか……それで名前と年齢を変えて、残りをランダムガチャにつぎ込んだと……。過去の俺は何故そうしたんだ……。

 その結果として半性転換。残りは生活魔法と、明らかにハズレと思われる草。そしてアルカナと名のつくものが3つ。

 アルカナってタロットカードか? 愚者とかあるし。

 俺の知識にはその単語が浮かぶが、それ以外の情報は記憶には無かった。

 とりあえず、ステータスやらストレージやらも気になるし、そっちを確認してみるか。

 そう思ってとりあえず手紙を再度折り畳み、ポケットにしまった瞬間。

「あれ? お姉さん、もしかして稀人まれびとさん?」
「ほんとだー!」
「美人なお姉さん……」

 幼い女の子二人に、男の子一人が突然現れたかと思えば、そう声をかけてきた。

「え? 稀人? 何だいそれは?」

 俺は反射的にそう言葉を返す。

「お姉さん稀人さんなのに知らないの? 稀人さんって別の世界からやって来た人達のことだよ」
「みんな知ってるよー」
「薄着のお姉さん……」

 稀人か。そういえば手紙にも名称不明な存在から、世界に招待されたとか書いてあったな。それと男の子の言動がおかしいが、大丈夫だろうか。

「そうなんだ、教えてくれてありがとう。でもどうして私が稀人だってわかったのかな?」

 自然と口調が俺から私に変わった。どうやら俺は親しい人以外には私口調な気がする。

「んー。見れば分かるよ? でもどうしてかは分からないけど」
「だよね。稀人さん初めて見たけど遠くからでも分かったもんね」

 よく分からないが、稀人だと確信できる謎の力が働いているらしい。

 俺が稀人について理解を深めていると、男の子がいつの間にか俺に抱きついてきて、お腹のあたりに頬ずりをしていた。

「お姉さん良い匂い……」
「!?」

 いったいどうしたんだ? 子どもの突発的な甘えたい衝動か何かだろうか? それと今更だが、お姉さんではなくお兄さんだ!

 人畜無害そうな男の子を見てそう思うが、よく見ると若干息が荒く、匂いの嗅がれ方に不快感があった。

 もしかしてこいつ、確信犯か!?

 その瞬間体に身の毛がよだつ。そして、どうにかして引き剥がさなければという衝動にかられたが、その前に女の子二人が動く。

「ダメだよランドくん! 離れて!」
「そうだよもう! えっちなんだから!」
「えへへ……」

 何だろうか。このランドという名の男の子、将来ある意味大物になる気がする。

 女の子二人の手によってランド君は引き剥がされたが、その顔がしてやったり、という表情だった。

「お姉さんごめんなさい。ランドくんはスケベなんです」
「いつもは優しくて真面目なんだけど、きれいなお姉さんを見るといつもこうなの!」
「別に気にしてないから大丈夫だよ。でもランド君? 突然抱きつくのは駄目だぞ」
「えへへっ、ごめんなさい」

 こいつ本当にわかっているのだろうか……。

 そう思っていると、間の抜けた表情のランド君は、何かを思いついたのかその表情を更に崩すと、俺の手を掴んで引っ張る。

「ど、どうしたんだ!?」
「お姉さん稀人でしょ。なら冒険者ギルドまで案内してあげる!」

 どうやら冒険者ギルドまで連れて行ってくれると言うが、もしかして手を繋ぐ口実だろうか……いや、それは考えすぎ……。

 そう思った時、ランド君が横から俺の胸を見て、何か落胆したかのように溜息を吐いた。

 こいつ……。

 俺は思った。仮に胸がそれなりにあったのなら、何か理由をつけて飛び込んでくるのではないだろうかと。俺の中でランド君がエロランド君に変わった。

 しかし、だからといって手を振りほどくのは大人気がない。

「もうっ! またランドくんエッチな顔してる! お姉さんと手をつなぐの禁止!!」
「そうだよ! 私たちが案内するからランド君は後ろから来なさい!」
「わかったよ……へへへっ」

 女の子二人がそう言ってエロランド君を引き剥がし、左手に茶色いショートカットの女の子、右手に同じく茶色いロングヘア―の女の子が代わりに手を繋ぐ。

 どうやらこの二人は双子のようだ。因みにエロランド君は一応赤髪赤目という特徴がある。

「私はシフィ―って言うんだよ!」
「私はミフィーって言うの」

 左手のショートで活発そうな女の子がシフィ―ちゃん。右手のロングで大人しそうな女の子がミフィ―ちゃんというらしい。

「よろしく。私の名前は……ルイ・ウィンターだよ」

 頭の中で浮かんだ自分の名前が、ルイ・ウィンターだと確信を持ってそうだと言えた。


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