015 初依頼

「うん。これなんかどうかな。今近い時間帯ではこれがお勧めだよ」
「倉庫から別の倉庫への荷移しか」

 受付のカウンターに戻ると、ルチアーノが早速依頼を勧めてくる。戦闘系の依頼だと思っていたので、少し腑に落ちない。ちなみにだが、冒険者のルールなどの説明も事前に訊いたが、概ね探索者と繋がる部分が大きかったので、問題はなかった。

「そうだね。今の時間帯だとほとんど良い依頼は取られているからね。これでもG級ではおいしい依頼なんだよ」
「なるほど」

 確かに、時間は昼をだいぶ過ぎてるし、良い依頼は午前中に無くなってしまうのだろう。

 そう納得した俺は、懐がさみしい事もあり、依頼を受けることにした。

「それじゃあ、よろしく頼むよ。あ、そういえば、今日の宿は決まっているかい? 決まっていないのであれば、今回の依頼報酬で泊まれる宿屋を紹介するよ」

 宿屋など本当は必要ないが、どこにも泊まっていないことがバレたら一大事なので、宿屋も紹介してもらうことにした。

 まあ、宿屋に泊まったら、どのみちホームに戻るから無駄になると思うけど。

 戻らなければ、エレティアの機嫌が悪くなるし、逆にエレティアを宿屋に入れるわけにはいかなかった。

「丁度泊まるところを探す予定だったからありがたい」
「それはよかった。宿屋の名前は鳥のゆりかご亭といって、場所は大通り少し外れるんだけれど――」

 それから、俺はルチアーノから紹介された宿屋の場所を訊くと、次に依頼の指定された場所についても教えてもらう。

「依頼は東門近くの倉庫街にあるランザ商会が所持している第四倉庫だ。そこに十三時集合となっているから、あとニ、三十分という感じかな。少し時間的にぎりぎりだけれど、多少の時間のずれは問題ないそうだ。その分、労働時間に足されるからね」
「なるほど。了解した」
「依頼を終えたらこの依頼書に押印を貰ってきてくれ」
「ああ、わかった」

 依頼書を受け取ると、更に詳しい道順や目印をいくつか訊いて、俺は依頼に指定された場所へ向かうことになった。

 ようやく、初依頼か。討伐系じゃなかったのは少し残念だったが、最初だし仕方がないだろう。そもそも、G級やF級は町での依頼がほとんどらしいからな。

 俺は少し早足で倉庫の荷移しが行われる場所へ足を運んだ。時間もそこまで経過していないので、無事に間に合うことができただろう。

 えっと、ランザ商会の第四倉庫は……ここか?

 辿り着いた倉庫街の一角に、それらしい人たちが集まっている。俺は、そこに声をかけに行く。

「すみません。冒険者ギルドの依頼で倉庫の荷移しを受けた者ですが、ランザ商会のラーズドさんでしょうか?」

 最初はため口と迷ったが、ここは丁寧口調にすることにした。舐められてはいけないと言われつつも、それは冒険者関係者にであって、依頼者に対してでは無いと思ったからだ。

「おう。俺がラーズドだ。そういうお前は新人冒険者か。ずいぶん育ちのよさそうな喋り方だが、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。体力には自信があります」
「そうか、そりゃ頼もしい」

 見た目は厳つい四十代の男だが、喋ってみると案外話しやすそうな人だった。俺以外にも、数人作業する者がいるようで、冒険者はもちろん、商会に直接雇われている人なのか、まるで奴隷のような格好の人がいる。

「おい見ろよ。獣人だぜ」
「低級の依頼だから仕方ないだろ」

 俺以外の若い冒険者二人組が、奴隷のような恰好をしている獣人に対して、陰口を叩いていた。あまり気分のいい物ではないが、関係が無いので気にしないことにする。

「そんじゃまあ、冒険者の者たちには、第四倉庫の中にあるこの木箱と同じものを全て、隣の第五倉庫に運んでもらう。人数的に厳しいだろうから、うちから獣人どもを何人か手伝わせるから、是非こき使ってくれ。では頼むぞ」

 すると時間になったのか、ラーズドが依頼の説明をし始めた。運ぶ木箱はそこそこ大きく、何とか一人で運べるような大きさだ。それと、獣人が運ぶのを手伝ってくれるらしい。

 ん? 雇われている獣人が運ぶのなら、なんでわざわざ冒険者に依頼するんだ?

 ふと俺にそんな疑問が浮かぶ。そこに俺と同じことを思ったのか、冒険者が仲間内で話し始める。

「なんで獣人に全部やらせないんだ?」
「あ? お前知らないのか? ラーズドさんは俺らのような底辺冒険者が喰っていけるように、わざわざ依頼をしてくれる人格者だぞ!」
「そ、そうだったのか……ラーズドさんまじぱねぇ!」

 なるほど。そういう理由だったのか。あの人が、人格者ね……。

 俺が視線を動かすと、そこにはラーズドと複数の獣人たちが見える。

「おらっ! 獣人ども! もたもたしているんじゃねえ! 誰のおかげで飯が食えていると思っているんだ! 奴隷になりたくなければ、さっさと冒険者たちの案内を始めろ!」
「ひぃっ! すみません!」
「わ、わかりました!」

 ラーズドの辛辣な物言いに、若い冒険者たちが絶賛する人格者には、到底見えない。

 確かに、俺は話しやすい人物だと先ほど感じた。だがそれは、俺が同じ人族だからだろう。同族に対しては人格者でも、他種族にはそうでないらしい。

 善人が平気で種族差別か。この国の根は、相当深いようだな。

 差別を差別と思わない暮らしをしてきたのだろうと、俺は思った。先いほどの冒険者も同様な感じからして、一個人がそのような思想をただ持っているということではないようだ。まだ確定するほど深くは知らないが、獣人に対する差別はこの町周辺には広がっていることを理解する。

 そう考えると、ルチアーノは異端なのかもしれないな。もしかして、外から来た俺にこれを見せたかったのか?

 なんとなくそんなことを思いながら、獣人たちが倉庫の中へと案内をしてくれた。そして、俺たちが倉庫内の一角に辿り着くと、木箱がいくつも山積みにされているのが目に入る。

「こ、こちらになります。この木箱を、隣の第五倉庫にある同じ場所に置いてほしいとのことです」

 緊張をしているのか、汗を流しながらも獣人が仕事内容を端的に説明してくれた。
 
「ったく、依頼だから仕方が無いが、獣人と同じ空間で仕事とかやになるぜ」
「体力だけはあるんだから、せいぜい人族様の役に立てよな。おら、さっさと運べよ!」

 説明を聞くと、若い冒険者二人が愚痴をこぼしながら、獣人たちに働くよう命令を下す。当然、二人はのろのろと仕事が遅い。

「うっ、わかりました」

 第三者の視点から見ると、差別はかなり酷いものだが、ここで俺がどうこう言うつもりはなかった。何か獣人を擁護することを言えば、その時点でつまはじきにされ、悪ければ獣人と同じ差別を受けかねない。

 結局、俺が何かしても面倒なことになるだけだ。それは俺にとっても、獣人にとっても良くないだろう。状況を考えない偽善は、救うべき相手に追い打ちをかけることになる。まあそもそも、助ける気が無いがな。

 心の中が何故かもやもやとしつつも、自分にそう言い聞かせて、俺は木箱を運ぶ。

 意外と軽いな。いや、身体能力がそれだけ上がっているのか。

 元の世界を基準で考えれば、天と地ほど違う。木箱をいくつも積み上げて走ったとしても、疲労することは無さそうだった。当然、そんなことはせずに一つずつ運ぶが。

 そうして、俺は木箱を順調に運び続けた。


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