018 長かった一日の終わり

「はぁ……」

 今日は、人生で一番濃い一日だった。

 俺は現在、数人が入れそうな大きな風呂に入っている。

 もちろん、俺一人だけだ。

 入浴の順番は鬱実、夢香ちゃん、瑠理香ちゃん、俺になっている。

 入浴までにひと悶着あったが、そのことは忘れよう。

 湯にかっていると、色々なことが頭によぎる。

 これからの生活についてもそうだが、やはり三人が俺に向ける感情だろう。

 正直今更だが、三人が俺に好意を持っているのは理解していた。

 鈍感系主人公のように、これまであえて知らないふりをしている。

 理由として、一度関係が深まればいろんな意味で戻ってこれなくなり、破滅する気がしたからだ。

 こんな世界だからこそ、秩序は保った方がいい。

 思い込みかもしれないが、何かが俺にそれを強く訴えかけている。

 他の奴なら、据え膳食わぬは男の恥とか言うかもしれない。

 だが、そうしてしまうと細い糸のようなものが切れて、堕落しそうで怖かった。

「はぁ、何でこんなことで悩んでいるんだろうな……」

 愛だの恋だの、今はそんなことを悩んでいる状況ではないというのに。

 しかし、少しずつだが三人との関係性が近くなってきたことも事実だ。

 鬱実は昔から変わらないが、夢香ちゃんはこれまでより積極的な気がする。

 瑠理香ちゃんに限れば、助けたことで確実に距離が縮まった。

 そこでふと思い浮かぶのは、とある物語。

 無人島に漂流した三人の男と、一人の女の話。

 最初はスムーズに生活していたが、次第に女を求めて男同士で争い初め、最後には殺し合いに発展すると言うものだ。

 俺たちの場合男女逆だし、そこまで過激なことにはならないだろう。

 しかし、その中で俺が誰か一人と恋人になるとする。

 確実に、空気が悪くなるだろう。

 まあ、鬱実だけはある意味喜びそうだが。

 またそれとは逆に、俺が三人と関係を結ぶという選択もあるが、それこそあり得ない。

 俺にそこまでの度胸は無いし、ハーレムは漫画の世界だからこそであって、現実世界でそれは考えられなかった。

 結局、このままの状態が一番いい。

 もし仮にだが、間違って子供ができた場合、この世界で産むのはリスクがありすぎるという考えもあった。

「はぁ、何でこうなったんだろうな……」

 普通に高校を卒業して、普通に大学に入り、普通に就職して、普通に結婚して子供が生まれる。

 そんな人生は、もう望めそうにない。

 駄目だな、もう出よう。

 考えすぎると、嫌なことばかり思い浮かんでしまう。
 
 俺がそう思って風呂から上がろうとしたそのときだった。

「も、もう少しで見えそう」
「鬱実さん、やめましょうよ!」
「嫌ならあなただけ帰っていいよ? あたしは残るから」
「なっ、それなら私だって残ります」
「あれ? 凛也お兄ちゃんのパンツが無い……」
「ふっ、お宝は早い者勝ちよ」
「鬱実さんまさか……」
「えーずるいよ! るりにも見せて!」
「いいわよ。あたしが堪能した後に貸してあげる」
「やったー」
「えっ、それじゃあ、私にも……」

 すりガラスの扉の向こうが、何やら騒がしい。しかも、若干扉が開いている。話の内容も駄々漏れだった。

 いや、普通逆じゃね? 何で俺が覗かれているんだよ!

「はぁ……考えていたのも馬鹿らしい」

 あれだ。好感度駄々下がりというやつだ。

 俺がこの三人に惚れる可能性は低いだろう。

 心配して損した気分だ。

「お前ら! 全部聞こえているぞ! それと俺の下着は返せ!」
「まずいわ! 逃げるわよ!」
「えっ!? 鬱実さん待ってください!」
「二人とも嘘でしょ!? るりをおいて行かないで!」

 ドタドタと音を鳴らして、三人が遠ざかっていく。

「……もう少し、浸かっているか」

 ある意味悩みが吹き飛んでしまったので、俺は改めて風呂を堪能した。

 それから十数分後、俺が風呂から出ると、三人はどこかへりくだるような態度で近づいてくる。

「凛也さん、喉乾いてないですか? 冷たいお茶をどうぞ」
「ああ」
「凛也お兄ちゃん、るりが肩揉んであげる」
「ああ」
「凛也君、それじゃあ、あたしが足を舐めてあげるわ」
「ああ……いやそれはやめろ!?」

 鬱実だけおかしかったが、その後四人で早めの夕食を摂り、各自部屋へと戻った。

 ちなみに、今の時刻はもう夕方だ。

 部屋に戻ると、俺は改めて自分の部屋の再現度に驚く。

 鬱実のやつ、何が楽しくてここまで再現しているんだよ……。

 家具や小物はもちろんのこと、ゴミ箱の中身まで再現されている。

 正直ドン引きだった。

 でもまあこんな状況だし、今はありがたいと思うことにしよう。

 俺はそう思い込むことにした。

 そして、俺は部屋の引き出しの中から、ドライバーを取り出す。

「さて、絶対あるよな……」

 コンセントや目覚まし時計、置物などを調べてみると、やはり盗聴器があった。

 更に、小型の監視カメラなども隠されており、俺は恐怖を覚える。

 俺のアパートの部屋にも、あったんだろうな。

 いや、パソコンのモニターに一度映されたし、確実にあることは知っている。

 鬱実、流石にこれはありえないだろ……。

 実際に見つけてしまうと、俺はより深くそれを実感してしまう。

 見つけた盗聴器や監視カメラなど破壊することも考えたが、この世界では貴重品になる。

 俺は少し悩んだが、それを誰もいないメインルームの机に分かりやすく置くことにした。

 流石に、見つかったことがこうしてバレれば、鬱実も自重するだろう。するよな?

 もしかしたら他にも隠されている可能性があったが、もう時間はあまりない。

 今日一日で疲れたというのもあるが、深夜に起きてコンビニに行く必要がある。

 睡眠不足で油断してしまうのはまずいので、俺は早々に眠ることにした。

 それと、無駄だとは思いつつも、部屋のカギは閉めておく。

 目が覚めたら、今日の出来事がすべて夢だったらいいな。

 シスターモンスターとかいう、馬鹿げた存在なんて本来あり得ない。

 そう、これは夢だ。ぜんぶ、ゆめ……。

 俺の意識はあっという間に沈んでいった。

 ◆

 カチャリ

 凛也が眠ってから十数分後、部屋のカギが静かに開けられる。

「ふふ、甘いわ凛也君。ここはあたしの秘密基地よ」

 小さな声でそう呟き現れたのは、鬱実だった。

 黒い下着姿だけという大胆な格好である。

 体の凹凸がはっきりとしており、胸のサイズは88と高校生にしては大きい。

 普通の男子高校生であれば、この姿を見て前のめりになってしまうだろう。

 鬱実はゆっくりと、足音を立てずに凛也の寝ているベッドへと近づく。

 そして布団に手をかけたところで、凛也の寝言が鬱実に聞こえてくる。

「ゆめ……ぜんぶ……」
「えっ……」

 思わず鬱実の手がそこで止まった。

「り、凛也君、もしかして夢香ちゃんといかがわしいことしている夢を……はぁはぁ」

 鬱実はそこで、妄想を始める。

『夢香ちゃん全部、入ったよ?』
『すごい、すごいです凛也先輩!』
『うぅ! あたしの凛也君が泥棒猫に寝取られたぁ!』
『鬱実さんはそこで私と凛也先輩が愛し合う姿を見ていてください!』
『ごめんな鬱実、お前のことは好きだけど、夢香ちゃんに堕とされちまったよ……』

 鬱実は荒い息を上げながら、よだれを垂らして妄想と現実がごっちゃになった。

 そして、妄想に引きずられるかのように、声を上げてしまう。

「はぁはぁ、うぅう! あたしの方が先に好きだったのにぃ! 悔しぃぃ!」
「うわぁああ!? なんだ!?」

 当然の如く、凛也はその声に驚き飛び起きた。

 目と目が合う二人。

 一瞬時が止まる。

 しかし、凛也はこの状況を僅かな時間で理解した。

 ああ、鬱実が夜這いに来たのだろうと。

「やっぱり侵入してきやがったな! 持っている鍵をよこせ! そして出ていけぇ!」
「あぁあ! 凛也君があたしに冷たいぃ!」
「うるさい! 寝かせろ!」
「じゃあ一緒に寝てあげるぅ!」
「近寄るな痴女が!」
「凛也君があたしに辛辣ぅ!」

 そんな騒がしいやり取りをしていたからだろう。新たに二人がやってくる。

「あれ? 凛也さんどうし……ひゃぁ!? ナニしてるんですか!?」
「ええっ!? 何で鬱実お姉さんがここに!? それに何でエッチな下着だけなの!?」 

 やってきたのは、夢香と瑠理香であった。

 状況が混沌としていく。

「これは違うぞ! 鬱実に夜這いされかけたんだ! 早く出ていけ!」
「そんなぁ! 添い寝するだけでいいから、さきっぽ、さきっぽだけだからぁ!」
「うるさい! 話がややこしくなるだろ! その口を閉じろ!」
「え!? 凛也君の唇で閉じさせてくれるの!?」
「なんでそうなるんだよ!」

 鬱実の狂った発言に、凛也は頭がおかしくなりそうだった。

 しかし、その発言を聞いて二人は納得したのか、鬱実の引きはがしにかかる。

「鬱実さん、いい加減にしてください!」
「そうだよ! これは普通に犯罪だよ!」
「二人とも離してぇ!」

 そうして、変質者は二人に捕縛されて連れていかれるのであった。

「はぁ、つかれた……もう一度寝よう」

 再び部屋の鍵をかけると、凛也はベッドで横になる。

「眠れないんだが……」

 先ほどとは違い、今度は中々寝付けない凛也であった。


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