それから無事に宿屋を見つけた俺は、とりあえず一泊の料金を払い部屋に通される。
エルフの国とはいえ、造りは人族のものとそこまで違いはない。
ただ人族の宿屋より、とても清潔という感じだろうか。
値段もそこまで高くないので、良心的だ。
過去に泊まったシルダートの宿屋は、高いわりに部屋が汚かった。
そう考えると、エルフの国の宿屋は当たりと言えるだろう。
また一階部分は食堂になっており、朝と夜の食事はサービスでついてくるようだ。
今は昼なので、夕食が楽しみである。
ちなみに昼は既に済ませていたので、摂る必要はない。
そういう訳で宿は確保したので、次の目的地に向かう。
場所は、この村にある冒険者ギルドだ。
事前に場所は調べてあったので、迷うことはない。
だがフォレストバード経由で見つけるまで、実はとても時間がかかっている。
理由は冒険者ギルドが、普通の小屋にしか見えないからだ。
まあエルフの国で冒険者はあまり活躍していないみたいだし、こんなものか。
そんな事を思いながら、俺は冒険者ギルドへと入る。
やはり思っていた通り、中に冒険者はいない。
見れば掲示板も無く、受付にはエルフの女性がうたた寝をしていた。
これでよく成り立っていると思うが、そもそも冒険者ギルドは創造神が統一している。
もしかしたら、儲かっていなくても運営できる理由があるのかもしれない。
まあ、それについてはどうでもいいか。
俺は受付に近づくと、エルフの女性に声をかける。
「あの……おーい」
「ぐぅ。すぅ」
声をかけても、女性は肘をつきながらよだれを垂らして、うたた寝を続けている。
これは声をかけても、起きそうにないな。
仕方がないので、肩に手を伸ばして揺らす。
「起きてくれ」
「……うん? あれ? ご依頼ですかぁ?」
するとエルフの女性は目を覚ますと、そんなことを口にする。
「いや、冒険者だ。何か依頼がないのかと思って、声をかけさせてもらった」
「冒険者でしたかぁ。あらぁ? 君、初めての子よねぇ?」
女性は眠そうなゆっくりな声で、そう言った。
目が細く、何だかポヤポヤした雰囲気の人物である。
「ああ、少し遠くからやってきた。一応Dランク冒険者だ」
「あらぁ? Dランク? 君、今いくつかなぁ?」
これは、年齢を訊いているんだよな? まて、エルフは何歳で成人なんだ?
そんな細かいことは、情報収集できていない。
現在俺は十五歳だが、果たしてエルフ的にはどうなのだろうか?
しかし下手な年齢を言って、怪しまれるわけにはいかない。
だが正直に十五歳と答えても、面倒なことになる可能性がある。
エルフの寿命は、三百歳~五百歳。中間の四百歳を基準に考えると、十五歳相当は四倍の六十歳か?
いや、そう単純な計算とは限らない。
けれども、このまま黙っている方が不味いだろう。
ここは一か八か、正直な年齢を答える方に賭けるべきか。
俺がそう決断した時だった。
「君、もしかしてぇ、十五歳くらい?」
女性にピタリと年齢を当てられて、俺は一瞬動揺してしまう。
「え? 何でそう思う?」
「だってぇ。それくらいの見た目でしょう? 十八を過ぎたら、流石に私も迷うけどねぇ」
「そ、そうか」
もしかしたらエルフは、十八歳くらいまでは人族と同じように成長するのかもしれない。
だから十五歳である俺は、見た目通りの年齢だと思ったのだろう。
これは下手に年齢を偽らなくて、本当に良かった。
「それでねぇ。君、十五歳?」
「あ、ああ十五歳だ」
ここは嘘をついても仕方がないので、正直に言う。
「なるほどねぇ。それで君、お名前は何て言うかなぁ?」
「ジンという」
「ジン君ね。村名と氏族名は無いのかなぁ?」
村名と氏族名? エルフにはそんなものがあったのか?
情報収集中は、エルフ達は名前だけを呼び合っていた。
それはもしかしたら皆知り合いのようなものであり、今更フルネームを名乗る必要が無かったからかもしれない。
又はそうしたタイミングに、出くわさなかったという可能性もある。
だがここで下手に偽名を言うと、ボロが出そうだ。
故に俺は、正直に話す。
「そういったものは無い。ただのジンだ」
「そう。そういうことなのね」
するとそれを聞いた女性は、受付から出てくると俺と向かい合い、唐突に俺のことを抱きしめてくる。
「え?」
「もう大丈夫よ。よく頑張ったわね」
そう言って、女性が俺の頭を撫で始めた。
何がどうなっているんだ?
突然の出来事に、俺も混乱する。
「お、おい……」
「うんうん。全部分かっているわ。お姉さんに任せなさい。泊るところはあるの?」
「宿はとっている」
「お金は十分に持っている?」
「十分に暮らしていけるほどある」
そんな質問を、俺は何度かされた。
十五歳で村名と氏族名が無いのは、ここまで心配されることなのだろうか?
よく分からないが、ここは流れに身を任せるしかない。
それよりも、そろそろ離れてほしいところだ。
この人の胸が大きすぎて、少し息苦しい。
◆
「ごめんなさいねぇ。苦しかったでしょ? お姉さん、気持ちが溢れちゃってぇ」
「いや、大丈夫だ」
「それは良かったわぁ。それはそうと、私の名前はキィーリア・プルヌていうの。よろしくねぇ」
「ああ、よろしく頼む」
胸から解放された後、エルフの女性はキィーリアと名乗った。
プルヌというのは、村名。つまりこの村の名前でもある。
「それでぇ、ジン君はやっぱり、上のランクを目指す感じかなぁ?」
「ん? ああ、まあそんな感じではあるな」
とりあえず国境門を行き来できるBランクまでは、上げておきたい。
万能身分証はあるが、方法は複数あったほうがいいだろう。
「やっぱりそうなのねぇ。お姉さん。あまりお勧めしないなぁ。たぶんだけど、頑張ってAランクに上げて戻っても、使い潰されるだけよ? それなのに、中央と四大村に行くことを禁止されているのでしょう?」
ん? どういうことだ? 戻る? 使い潰される? キィーリアは何を思ってそう言っているのだろうか。
もちろん、先ほどの事が関係していることは明らかだ。
これは予想だが、不遇な扱いを受けて追放されたと思っているのだろうか?
それでAランクまで上げれば追放が取り消されるが、戻っても碌な扱いを受けないという事かもしれない。
更にはランクの上げやすい場所に行くことを、禁止されていると思っている。
もしそれが本当なら、俺ははたから見ればかなり哀れな少年かもしれない。
ただそんな限られた状況を瞬時に思い浮かべるということは、エルフの国ではよくある事なのだろうか。
だとすれば、結構エルフの国も闇が深い。
詳しい内容が気になるものの、その疑問を口にすれば、流石に怪しまれる可能性がある。
機会があれば、そのことについて情報を集めよう。
なので今は、キィーリアの問いかけに同意しておく。
今更違うとは言えないし、仕方がない。
「まあ、そんな感じだな」
俺がそう答えると、キィーリアが次にこんな事を口にした。
「なら、大家に戻ることは止めてぇ、ハイエルフのところに行った方がいいわよ」
「……」
ハイエルフか。
「ここ最近、特殊な力を持ったエルフ達がハイエルフを名乗って、国の南に集まっているの。全てのエルフの平等と、今の閉鎖された国を解放するのが目的みたい」
「……」
平等に、解放。
「権力を握る中央と大家を打ち破って、古臭いエルフから脱却するんだって。最近若いエルフの間で、話題になっているのよ」
支配者の撃破と、若者からの人気。
「けど一つ問題があって、あのダークエルフを私達エルフと同列に扱うんだって、それだけがマイナスなのよねぇ。それが無ければお姉さんも行きたいけど、ダークエルフなんて野蛮な連中がいるなら様子見ねぇ」
差別されているダークエルフも、同列。
「でもダークエルフは西端の荒野から出てこないし、たぶん大丈夫よ。Aランクを目指して大家に戻るよりも、そっちの方が良いはずだわ。ね、騙されたと思って、ハイエルフのところに行ってみない?」
いつの間にかキィーリアは、ポヤポヤした雰囲気など無くなる勢いで、そうまくし立ててきた。
「いや、結構だ」
「えっ」
俺は一言そう言うと、冒険者ギルドを後にする。
後ろからキィーリアの声が聞こえるが、無視をしてその場から駆けだした。
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