121 エルフの村の冒険者ギルド

 それから無事に宿屋を見つけた俺は、とりあえず一泊の料金を払い部屋に通される。

 エルフの国とはいえ、造りは人族のものとそこまで違いはない。

 ただ人族の宿屋より、とても清潔という感じだろうか。

 値段もそこまで高くないので、良心的だ。

 過去に泊まったシルダートの宿屋は、高いわりに部屋が汚かった。

 そう考えると、エルフの国の宿屋は当たりと言えるだろう。

 また一階部分は食堂になっており、朝と夜の食事はサービスでついてくるようだ。

 今は昼なので、夕食が楽しみである。

 ちなみに昼は既に済ませていたので、摂る必要はない。

 そういう訳で宿は確保したので、次の目的地に向かう。

 場所は、この村にある冒険者ギルドだ。

 事前に場所は調べてあったので、迷うことはない。

 だがフォレストバード経由で見つけるまで、実はとても時間がかかっている。

 理由は冒険者ギルドが、普通の小屋にしか見えないからだ。

 まあエルフの国で冒険者はあまり活躍していないみたいだし、こんなものか。

 そんな事を思いながら、俺は冒険者ギルドへと入る。

 やはり思っていた通り、中に冒険者はいない。

 見れば掲示板も無く、受付にはエルフの女性がうたた寝をしていた。

 これでよく成り立っていると思うが、そもそも冒険者ギルドは創造神が統一している。

 もしかしたら、儲かっていなくても運営できる理由があるのかもしれない。

 まあ、それについてはどうでもいいか。

 俺は受付に近づくと、エルフの女性に声をかける。

「あの……おーい」
「ぐぅ。すぅ」

 声をかけても、女性はひじをつきながらよだれを垂らして、うたた寝を続けている。

 これは声をかけても、起きそうにないな。

 仕方がないので、肩に手を伸ばして揺らす。

「起きてくれ」
「……うん? あれ? ご依頼ですかぁ?」

 するとエルフの女性は目を覚ますと、そんなことを口にする。

「いや、冒険者だ。何か依頼がないのかと思って、声をかけさせてもらった」
「冒険者でしたかぁ。あらぁ? 君、初めての子よねぇ?」

 女性は眠そうなゆっくりな声で、そう言った。

 目が細く、何だかポヤポヤした雰囲気の人物である。

「ああ、少し遠くからやってきた。一応Dランク冒険者だ」
「あらぁ? Dランク? 君、今いくつかなぁ?」

 これは、年齢を訊いているんだよな? まて、エルフは何歳で成人なんだ?

 そんな細かいことは、情報収集できていない。

 現在俺は十五歳だが、果たしてエルフ的にはどうなのだろうか?

 しかし下手な年齢を言って、怪しまれるわけにはいかない。

 だが正直に十五歳と答えても、面倒なことになる可能性がある。

 エルフの寿命は、三百歳~五百歳。中間の四百歳を基準に考えると、十五歳相当は四倍の六十歳か?

 いや、そう単純な計算とは限らない。

 けれども、このまま黙っている方が不味いだろう。

 ここは一か八か、正直な年齢を答える方に賭けるべきか。

 俺がそう決断した時だった。

「君、もしかしてぇ、十五歳くらい?」

 女性にピタリと年齢を当てられて、俺は一瞬動揺してしまう。

「え? 何でそう思う?」
「だってぇ。それくらいの見た目でしょう? 十八を過ぎたら、流石に私も迷うけどねぇ」
「そ、そうか」

 もしかしたらエルフは、十八歳くらいまでは人族と同じように成長するのかもしれない。

 だから十五歳である俺は、見た目通りの年齢だと思ったのだろう。

 これは下手に年齢を偽らなくて、本当に良かった。

「それでねぇ。君、十五歳?」
「あ、ああ十五歳だ」

 ここは嘘をついても仕方がないので、正直に言う。

「なるほどねぇ。それで君、お名前は何て言うかなぁ?」
「ジンという」
「ジン君ね。村名と氏族名は無いのかなぁ?」

 村名と氏族名? エルフにはそんなものがあったのか?

 情報収集中は、エルフ達は名前だけを呼び合っていた。

 それはもしかしたら皆知り合いのようなものであり、今更フルネームを名乗る必要が無かったからかもしれない。

 又はそうしたタイミングに、出くわさなかったという可能性もある。

 だがここで下手に偽名を言うと、ボロが出そうだ。

 ゆえに俺は、正直に話す。

「そういったものは無い。ただのジンだ」
「そう。そういうことなのね」

 するとそれを聞いた女性は、受付から出てくると俺と向かい合い、唐突とうとつに俺のことを抱きしめてくる。

「え?」
「もう大丈夫よ。よく頑張ったわね」

 そう言って、女性が俺の頭を撫で始めた。

 何がどうなっているんだ?

 突然の出来事に、俺も混乱する。

「お、おい……」
「うんうん。全部分かっているわ。お姉さんに任せなさい。泊るところはあるの?」
「宿はとっている」
「お金は十分に持っている?」
「十分に暮らしていけるほどある」

 そんな質問を、俺は何度かされた。

 十五歳で村名と氏族名が無いのは、ここまで心配されることなのだろうか?

 よく分からないが、ここは流れに身を任せるしかない。

 それよりも、そろそろ離れてほしいところだ。

 この人の胸が大きすぎて、少し息苦しい。

 ◆

「ごめんなさいねぇ。苦しかったでしょ? お姉さん、気持ちが溢れちゃってぇ」
「いや、大丈夫だ」
「それは良かったわぁ。それはそうと、私の名前はキィーリア・プルヌていうの。よろしくねぇ」
「ああ、よろしく頼む」

 胸から解放された後、エルフの女性はキィーリアと名乗った。

 プルヌというのは、村名。つまりこの村の名前でもある。

「それでぇ、ジン君はやっぱり、上のランクを目指す感じかなぁ?」
「ん? ああ、まあそんな感じではあるな」

 とりあえず国境門を行き来できるBランクまでは、上げておきたい。

 万能身分証はあるが、方法は複数あったほうがいいだろう。

「やっぱりそうなのねぇ。お姉さん。あまりお勧めしないなぁ。たぶんだけど、頑張ってAランクに上げて戻っても、使い潰されるだけよ? それなのに、中央と四大村に行くことを禁止されているのでしょう?」

 ん? どういうことだ? 戻る? 使い潰される? キィーリアは何を思ってそう言っているのだろうか。

 もちろん、先ほどの事が関係していることは明らかだ。

 これは予想だが、不遇な扱いを受けて追放されたと思っているのだろうか?

 それでAランクまで上げれば追放が取り消されるが、戻っても碌な扱いを受けないという事かもしれない。

 更にはランクの上げやすい場所に行くことを、禁止されていると思っている。

 もしそれが本当なら、俺ははたから見ればかなりあわれな少年かもしれない。

 ただそんな限られた状況を瞬時に思い浮かべるということは、エルフの国ではよくある事なのだろうか。

 だとすれば、結構エルフの国も闇が深い。

 詳しい内容が気になるものの、その疑問を口にすれば、流石に怪しまれる可能性がある。

 機会があれば、そのことについて情報を集めよう。

 なので今は、キィーリアの問いかけに同意しておく。

 今更違うとは言えないし、仕方がない。

「まあ、そんな感じだな」

 俺がそう答えると、キィーリアが次にこんな事を口にした。

「なら、大家に戻ることは止めてぇ、ハイエルフのところに行った方がいいわよ」
「……」

 ハイエルフか。

「ここ最近、特殊な力・・・・を持ったエルフ達がハイエルフを名乗って、国の南に集まっているの。全てのエルフの平等と、今の閉鎖された国を解放するのが目的みたい」
「……」

 平等に、解放。

「権力を握る中央と大家を打ち破って、古臭いエルフから脱却するんだって。最近若いエルフの間で、話題になっているのよ」

 支配者の撃破と、若者からの人気。

「けど一つ問題があって、あのダークエルフを私達エルフと同列に扱うんだって、それだけがマイナスなのよねぇ。それが無ければお姉さんも行きたいけど、ダークエルフなんて野蛮な連中がいるなら様子見ねぇ」

 差別されているダークエルフも、同列。

「でもダークエルフは西端の荒野から出てこないし、たぶん大丈夫よ。Aランクを目指して大家に戻るよりも、そっちの方が良いはずだわ。ね、騙されたと思って、ハイエルフのところに行ってみない?」

 いつの間にかキィーリアは、ポヤポヤした雰囲気など無くなる勢いで、そうまくし立ててきた。

「いや、結構だ」
「えっ」

 俺は一言そう言うと、冒険者ギルドを後にする。

 後ろからキィーリアの声が聞こえるが、無視をしてその場から駆けだした。

 

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