109 リジャンシャン樹海 ⑤

 まず初めにレフは、シャドーアーマーに身を包む。

 相変わらず、SFに出てきそうな見た目だ。

 漆黒の鎧に身を包む四足獣は、それだけで迫力がある。

 敵のスパークタイガーもその気配に気が付き、レフへの警戒を強めて攻勢に出てきた。

「グォウ!」

 スパークタイガーの雄たけびと共に、雷が放たれる。

 おそらくこれが、放電という種族特性だろう。

 対してレフは器用に回避していき、逆にシャドーニードルを打ちこんでいく。

 習得させたばかりのスキルだが、既に扱い慣れているようだ。

 だがその攻撃も、スパークタイガーのまとう雷により防がれる。
 
 蓄電という種族特性は、自身の使う雷属性のスキルを強化するだけではなく、守りにも使えるようだ。

 次にスパークタイガーは一瞬光ったかと思えば、レフの背後へと移動していた。

 目にも留まらぬ高速移動。エレクトリックムーブという種族特性を使ったと思われる。

「グゴウ!」
「グルル!」

 そしてスパークタイガーは、雷を纏った前足による一撃をレフに叩きこんだ。

 これにはレフも、対処が追いつかない。

 だがその攻撃は、シャドーアーマーの守りを突破できるほどではなかった。

 魔法は得意でも、物理戦闘力はそこまで高くはないみたいである。

 加えてレフはすぐさま体勢を立て直し、ダークネスチェインで相手の動きを封じ込めた。

「グォオ!?」

 スパークタイガーはもがくが、簡単には抜け出せない。

 その隙に、レフはシャドーアーマーに魔力を溜めていく。

 これが決まれば、レフの勝ちだろう。

 そう思った時だった。

「グォオウ!」

 スパークタイガーが唐突に、声を張り上げる。

 すると一筋の雷がレフのいた場所に直撃し、爆風と共に土煙を巻き上げた。

 これがスパークタイガーの切り札、サンダーブレイクだろう。

 蓄電していた全ての雷も使用した一撃は、正に強敵をほふるだけの威力を有していた。

 見た目こそ規模の小さな雷だが、相当の魔力が込められている。

 俺でも受ければ、ただでは済まないだろう。

 そして土煙が収まると、そこにレフの姿はない。

 スパークタイガーも、この光景に凶悪な笑みを浮かべた。

 だが、それは大きな油断となる。

 ボロボロのシャドーアーマーを纏うレフが、敵の側面から現れた。

 傷ついているがそれでも立っており、強烈な前足の一撃をスパークタイガーへと繰り出す。

「グルオウ!」
「ギャウン!?」

 相手は攻撃を受けるまで気が付かず、そのまま頭部が粉砕された。

 シャドーアーマーに込められた魔力が、一度に放出された結果である。

 加えて前足の先端には、シャドーネイルも生えていた。

 どのみち頭部の粉砕を免れても、切り裂かれて死亡していただろう。

 ボロボロだが、シャドーアーマーはその役目を果たしたようだ。

「よくやったレフ」
「にゃーん」

 シャドーアーマーを解いたレフは大きいのにもかかわらず、猫のように甘えてきた。

 よく見ると側面が焼け焦げているので、超級生活魔法の治療を使用する。

 これはシャドーアーマーで守っていなければ、かなり不味かったかもしれない。

 そうして無事に怪我が治ると、レフが俺の顔を舐めてくる。

 おいおい、その巨体で顔を舐めるのは止めてくれ。舌がざらざらしていて少し痛い。

 だが活躍したことは事実なので、身体を優しく撫でてやった。

 ちなみにあの状況からどのようにしてレフが逆転したのかというと、縮小と隠密にある。

 レフはサンダーブレイクが当たる直前、縮小で直撃を回避した。

 といっても完全には避け切れなかったようで、側面から雷を受けたみたいである。

 加えてシャドーアーマーに込めていた魔力を活用して一部を弾いたようだが、それでもダメージは受けていた。

 そして弾かれた雷で爆風が上がると同時に、隠密で気配を消したのである。

 また爆風の勢いとダークネスチェインを利用して、その場から離脱したようだ。

 爆風自体のダメージは、そこまで大きくはない。

 シャドーアーマーは本来鎧であり、魔法物理どちらの耐性も上昇させている。

 逆に魔力を込めたシャドーアーマーを僅かでも突破したサンダーブレイクは、かなり強力だった。

 もし直撃していたら、シャドーアーマーの防御力でも危なかったかもしれない。

 そして後はスパークタイガーが油断しているうちに移動して、元のサイズに戻り、あの一撃を加えた感じだ。

 この一連の動作はほんの一瞬の出来事なので、スパークタイガーも見逃したらしい。

 実際スパークタイガーは、サンダーブレイクの発動中は雄たけびのように声を張り上げていた。

 この技に、相当自信があったのかもしれない。

 まあこの樹海の主だろうし、正しく敵無しだったのだろう。

 けれども結果としてレフの作戦がうまくはまり、倒すことに繋がった。

 スパークタイガーも、まさか敵が小さくなって避けるとは考えてもいなかったようだ。 

 そう考えるとレフは、進化した直後と比べて戦闘自体がかなりうまくなっている。 

 おそらくこの戦闘の巧さは、俺と融合したことが関係しているのだろう。

 融合で俺もレフの影響を受けていたように、またレフも俺の影響を受けていたみたいである。

 またツクロダ関連での戦闘経験を、レフも得ていたのだろう。

 俺と融合している間に、色々と学んだようだ。

 そんなことを思いながら、俺はスパークタイガーをカード化した。

 手元には問題なく、カードが現れる。

「スパークタイガー、ゲットだ!」
「にゃーん!」

 俺の台詞に合わせて、レフも鳴き声を上げた。

 このスパークタイガーはレフの願い通り、レフのフュージョン素体として使うことにする。

 そのためこのカードを、俺はあまり使わないことに決めた。

 理由は使えば使うほど、そのモンスターに少しずつ個性が出てくる気がしたからだ。

 それによりレフの個性と混ざってしまうのが、何だか嫌だった。

 もちろんツクロダのような強敵が現れれば、その限りではない。

 またスパークタイガーに訊きたいことがあったのも事実なので、言ったそばではあるものの、一度召喚することにした。

 俺はスパークタイガーをさっそく召喚すると、他に強いモンスターがいないか確かめる。

 しかし結果として、スパークタイガーを超える強さを持つ個体や、同等のモンスターはいないらしい。

 スパークタイガーは思った通り、この樹海の主だったようだ。

 他に宝や珍しいもの、人工物、変わったものがないか訊いてみる。

 すると一つだけ心当たりがあるようなので、そこに案内をさせてみた。

 モンスター限定ではあるものの、こうした生前の記憶から情報を得られるのは、カード召喚術の優れた点だろう。

 そうしてスパークタイガーの案内の元、俺はとあるものの前にやってきた。

「嘘だろ……なんでこれがここに?」

 俺は驚愕きょうがくのあまり、そんな風に声を出してしまう。
 
 しかし、それも無理はない。

 なぜなら目の前にあるのは、俺も一度は通ったことのある国境門だったからだ。
 
 大きさこそ数メートルほどだが、確かに国境門である。

 扉も開いており、先の見えない闇が広がっていた。

 どうしてこれがここにある? リジャンシャン樹海に国境門があるなど、聞いてはいない。
 
 なので唯一これを知るスパークタイガーに訊いてみると、木の葉が落ち、白い雪が積もる時には既にあったという。

 そんなイメージが伝わってきた。

 つまり要約すると、数か月前に突然現れたのだと思われる。

 加えて一度入ったモンスターが戻ってこなかったので、警戒して入らなかったようだ。

 また稀にだが、骨だけの鳥が門の先から現れるという。

 それはおそらく、アンデッド系のモンスターだと思われる。
 
 スケルトンの鳥バージョンだろうか?

 まあ、それは別にどうでもいい。

 数か月前に現れたとすれば、ハパンナ子爵やディーバが知らなくても無理はないだろう。

 それにここは、樹海の最深部に近い位置だ。

 簡単に来られるような場所ではない。

 人で発見したのは、おそらく俺が最初だろう。

 問題は、どうしてここに現れたのかである。

 俺は国境門について、詳しくはない。

 基本的な知識はあっても、専門的な事はよく知らなかった。

 そもそも、そんな貴重な情報源が近くに無かったというのもある。

 ツクロダ戦後にハパンナ子爵家の書庫に入る機会があったのだが、国境門の本自体ほとんどなかった。

 あっても、既存の知識ばかりである。

 その中で書かれていたのは創造神ルートディアスが、国境門という試練を人々に与えたということだ。

 試練を乗り越えて勝利すればその国の領土が増え、敗れれば領土を失う。

 またBランク以上の冒険者の移動を、阻害してはならない。

 簡単にまとめると、そのような内容だった。

 他に創造神、神といえば転移者と関係ありそうだが、時期的にこの門が現れたのは転移者が現れる前だ。

 事前にそれを見越して、設置していたのだろうか?

 この樹海の奥にあるのも、転移者であればいずれやってくると予見していたのかもしれない。

 けれども、情報が少なすぎて確信が持てなかった。

 いつか国境門の詳しいことが分かる機会があれば、その時に調べることにする。

 今はそれよりも、この先に行くかどうかが問題だ。

 スパークタイガーの話通りならば、この先に行ったモンスターは戻ってこれなかったという。

 また骨の鳥が現れたということは、アンデッド系モンスターがいると思われる。

 ここは念のため、モンスターを送り出してみるべきだろう。

 俺はそう思い、こういう時に適しているゴブリンを召喚する。

「よし、この先に行ってこい」
「ごっぶ!」

 俺の命令を受けて、ゴブリンが国境門の中へと進んでいく。

 当然俺はゴブリンの視界と聴力だけを共有して、状況を確かめる。

 そして暗闇を進んだ先に抜けると同時に、ゴブリンは遥か上空から落下していく。

 どうやら国境門の先は、どこかの空に繋がっているようである。

 これでは、入ったモンスターが戻ってこないはずだ。

 俺は慌てふためくゴブリンの視界から、その世界の情報を得ていく。

 空は紫色であり、大地は灰色に見えた。

 緑も少なく、人工物らしきものは特に見えない。

 例えるならばそこは、まるで魔界と呼ばれても遜色そんしょくがなさそうな世界だ。
 
 そして最後にゴブリンが地面に激突する前に、共有状態を解いた。

 多少のタイムラグはあるものの、ゴブリンが死亡したのか手元にカードが戻ってくる。

 ふむ。今の一回で、かなりの情報が得られたな。

 まず飛行手段が無ければ、地面に激突するだろう。

 譲渡してしまったが、グリフォンが無いことがやまれる。

 召喚転移をしてもいいが、おそらく魔力が枯渇こかつするか足りないだろう。

 ゴブリンの視界と聴力を共有していたが、本来と比べて馬鹿にならない量の魔力が消費されていた。

 思わず途中で、リビングアーマーの召喚を全て解除したほどである。

 やはり国境門を超えるだけで、必要魔力が爆発的に増えるのだろう。

 であるならば、カードを譲渡せずにモンスターだけを残すのも危険だと思われる。

 維持に必要な魔力だけで、大変なことになってしまう。

 譲渡さえすれば、魔力は譲渡した者の魔力だけで補われる。

 譲渡したカードとの繋がりに対して、魔力消費が発生しなくて本当によかった。

 そうでなければ、この大陸に来た時点で詰んでいただろう。

 なのでこの先に進むのならば、まずは譲渡したモンスター以外を全てカードに戻す必要がある。

 また行くとしても、上空からの落下をどうにかする必要があった。

 大量のアサシンクロウに紐を繋げれば、もしかしたら飛べるかもしれない。

 いや、馬鹿らしいな。

 それなら、緑斬リョクザンのウィンドソードのウィンドと生活魔法の微風で、地面に激突する少し前に突風を発生させる方が現実的だ。

 ツクロダダンジョンを脱出する際にも使ったし、案外これでどうにかなる気がする。

 それでも無理そうなら、ストレージから何かクッションになる物を出そう。

 突風で勢いが軽減されるのであれば、流石に助かるはずだ。

 落下の問題については、一先ずこれでいいだろう。

 けれども一度行けば、おそらく当分は戻ってこれない。

 何らかの飛行手段が無ければ、上空の国境門までは辿り着けないだろう。

 であるならば、ここでやり残したことを全て終えた後に戻ってくればいい。

 本来はオブール王国が管理している国境門を通るつもりだったが、こっちの方が手間が無くていいだろう。

 実は元々ハパンナ子爵に書いてもらった書状と、万能身分証でどうにかするつもりだったのだ。

 それでも通れないようなら、強行突破するつもりだったのである。

 なのでこの小さな国境門は、正に渡りに船だ。

 オーバーレボリューション用の生贄と、残るダガルマウンテンの探索が済んだらここに戻ってこよう。

 俺はそう決めると、この場に一時拠点をもうけることにした。

 ただの更地ではなく、防衛に適したものだ。

 召喚転移用のモンスターがやられてしまえば、樹海の攻略が最初からやり直しになる。

 そういう訳で俺は魔力を多少回復させた後、せっせと作業に取り掛かるのだった。

 

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