ようやくハパンナの街が見えてきたので、近くで下りる。
既に融合は解いているので、直接乗り込むのはやめておいた。
中にはジフレの時の姿を見ている者もおり、そうした者に説明することはできない。
融合について知っている者は、少ない方がいいだろう。
そういう訳でグリフォンをカードに戻すと、俺は正面から入る。
警備は厳重だったが、ハパンナ子爵家のメダルがあるので問題はなかった。
街の中はある程度の落ち着きは取り戻しているものの、人々の表情は暗い。
また外に出ている者の数が、明らかに少なかった。
あれだけの襲撃があれば、まあ当然かもしれない。
それからしばらく歩き、俺はハパンナ子爵の屋敷にやってくる。
どうやらハパンナ子爵たちは闘技場から移動したようで、屋敷に戻ってきているみたいだ。
門番の人に通してもらい、俺は屋敷に入る。
「ジン様、ご無事でしたか! お話は伺っております。ささ、こちらへ」
すると執事のセヴァンに迎えられ、俺は部屋に通される。
ちなみに通されたのは、以前ハパンナ子爵と初めて会った部屋だ。
そしてしばらくすると、ハパンナ子爵がやってきた。
「ジン君、よく帰って来てくれた。それと、姿も元に戻ったみたいだね」
「はい。融合が解けて、元に戻りました」
やはり最初に気になったのは、融合が解けたことのようだった。
まあそれについては、仕方がない。
あんなことがあれば、ハパンナ子爵の記憶にも強く焼き付いていたことだろう。
「それで、肝心のツクロダだったかな? その者はどうなったんだい?」
「そちらにつきましては、確実に息の根を止めました。あのような規模の襲撃は、もう心配しなくても大丈夫です」
「本当か! それは素晴らしい!」
俺の報告を受けて、ハパンナ子爵は歓喜した。
それほどまでに、国は追い詰められていたのだろう。
どうやら多くの有力なテイマーやサモナー、使役されたモンスターが死亡したことにより、様々な面で影響が出ているようだ。
この街では俺が阻止したが、他の街では使役モンスターの被害が尋常ではないらしい。
多くの一般テイマーやサモナーが、活動をできなくなってしまったようだ。
それによりダンジョンからの食料供給が滞り、また商人の移動もままならないらしい。
この世界ではダンジョンから食料が手に入ってしまうだけに、それ以外の食料自給率が低いようである。
今は備蓄である程度どうにかなっているが、これ以上何かあれば厳しかったようだ。
他にも周囲の貴族から支援要請も来ており、そちらへの対処にも追われているとのこと。
中には市民が暴徒化した街もあるらしく、避難民も増えているらしい。
俺が想像していたよりも、この国は危なかったようだ。
そして俺はツクロダが行っていたことや、ラブライア王国の事についても説明する。
流石にこれには、ハパンナ子爵も動揺を隠せない。
まさか一人の人族により、国が乗っ取られる事態など前代未聞のようだ。
加えて洗脳が解けておらず、その内信者たちが何かしらの報復行動に出るかもしれないということに、頭を悩ませていた。
一応しばらくはラブライア王国も混乱しており、すぐには起きない可能性が高いことを伝えておく。
また魔道具はツクロダが死亡したことにより、ほぼ全てが自壊したか爆発した事も話す。
これにはハパンナ子爵もほっとしたようで、ある意味無くなって良かったと言っていた。
あの魔道具を狙う者は既に多くおり、新たな火種になっていたのは確実だったという。
まあ、銃の威力を見れば当然だろうな。
けれどもツクロダ以外には作れず、そのツクロダも既にいない。
銃自体も自壊して無くなったので、大丈夫だろう。
それに神授スキルによって作られた物だし、残骸を解析してもすぐに再現できるとは思えなかった。
あとは聞けば、王都から使者が来たらしい。
理由はもちろん、俺が王都に現れたことについてだ。
ハパンナ子爵は説明に困りながらも、当家の客人で王都で俺が話した内容は概ね事実だと伝えたという。
ちなみに俺が融合していることについては、秘密にしてくれたようだ。
しかし今後の問題として、ジフレの扱いについて考えなくてはいけない。
なのでしばらく融合もできず、簡単になれないことを伝える。
それからハパンナ子爵との話し合いの結果、ジフレは報告を終えた後いなくなってしまったことにした。
むしろ、それしかない。
一応権力闘争に巻き込まれることを嫌がっており、今回手を貸したのはこの大陸のためという理由付けを行う。
実際ツクロダを倒した俺は救国の英雄であり、このままでは間違いなく貴族社会に飲み込まれるらしい。
それは絶対に嫌なので、ジンではなくジフレの姿で良かったとも言える。
だがその代わり、国からの褒美などが無くなる事も告げられる。
現状国に金銭的な余裕は無いと思われるので、褒美は爵位とかになるらしい。
それかジフレは女だったので、王族と結婚することが褒美になる可能性もあったようだ。
どう考えても、それは褒美ではない。取り込みだろう。
逆に褒美など、いらなかった。
金銭などが欲しい訳じゃないし、俺は俺のためにツクロダを倒した。
なので、報酬ゼロでも構わない。
それにブラッドを倒したことも含めて、既に報酬を得た気分になっている。
ポイントや神授スキルの強化は、ある意味十分な報酬と言えた。
しかしハパンナ子爵が個人的に報酬をくれると言うが、金銭は辞退しておく。
この街も、余裕はないだろう。
けれども報酬を渡さないのも、ハパンナ子爵としては避けなければならない。
なのでハパンナ子爵家の宝物庫にある物品から、選ぶことになった。
そうして宝物庫に通された俺は、その中から欲しい物を吟味していく。
ハパンナ子爵は欲しいものは好きなだけ持って行っていいと言っていたが、流石にそれはやめておこう。
さて、どれがいいだろうか。
宝物庫は広く、様々な物が綺麗に並べられている。
希少な装備品やアイテム、スキルオーブなどもあった。
しばらく悩んだ末、俺はその中で三つのスキルオーブを選ぶ。
一つ目は、縮小のスキルオーブ。
名称:縮小のスキルオーブ
説明
使用することで、縮小のスキルが習得できる。
レフには既に使っているが、何となく今後必要になる気がしたので選んだ。
二つ目は、自然魔力回復速度上昇(小)のスキルオーブ。
名称:自然魔力回復速度上昇(小)のスキルオーブ
説明
使用することで、自然魔力回復速度上昇(小)のスキルが習得できる。
これは以前から欲しいと思っていたので、丁度よかった。
俺はあらゆる場面で魔力を消費し続けているので、必須級スキルである。
そして三つ目は、召喚移動のスキルオーブ。
名称:召喚移動のスキルオーブ
説明
適性があれば、使用することで召喚移動のスキルが習得できる。
どうやら召喚したモンスターの近くに、自身を高速移動させるスキルらしい。
サモナー専用スキルのようで、直接自身が狙われた時などに使用するようだ。
これがあれば、戦闘の幅が大きく広がるだろう。
ちなみにこのスキルは大変貴重らしく、俺が選ぶと一瞬ハパンナ子爵の顔が引きつっていた。
もしかしたら家宝級のスキルオーブだったのだろうか? 逆に貴重過ぎてこれまで使えなかったのかもしれない。
訊けば初代ドラゴニア王が、似たようなスキルを使っていたとのこと。
モンスターと自身の場所を瞬時に入れ替えるスキルの話は、かなり有名なようだ。
また俺がスキルオーブを三つに抑えた理由は、このスキルオーブを選んだからでもある。
流石にこれ以上は、欲張り過ぎだろう。
ハパンナ子爵との関係も壊したくないし、これくらいでちょうど良い。
まあ、あと何個か選んだとしても、ハパンナ子爵は気にしないと思うが。
そうして報酬を受け取ったその時、いつも通り二重取りが発動した。
結果として同じスキルオーブが二つずつ、計六つになってしまう。
だがハパンナ子爵がこれを気にした様子はないので、俺は何も言わずに増えたスキルオーブも含めてしまい込む。
もはや、二重取りについては何を言っても仕方がない。
そうしてその後も、ハパンナ子爵とは今回の件について話し合いを続け、無事に報告を終える。
またしばらくの間滞在することを伝えると喜ばれ、客室を引き続き使用することになった。
そして休憩がてら客室で一息ついていると、今度はルーナとリーナがやってくる。
「おにいちゃんだ! あれ? 猫ちゃんは?」
「ごめんな。レフはしばらく召喚できないんだ」
「えー」
「こら、ジンさんを困らせちゃダメでしょ! ジンさん、ルーナがすみません。そしておかえりなさい!」
「いえいえ、ただいま戻りました」
二人が元気そうなので、何よりだ。
ちなみにリードについてだが、どうやら兵士長のディーバと共に、ダンジョンでオークを倒し続けているらしい。
食料問題は確実に来るので、今のうちから集めているようだ。
また他の兵士たちもダンジョンに同行したり、街中を巡回して治安を守っているようである。
「本当はリードお兄様が危ないことをするのは、当家としては避けないといけないのです。しかし自分も何かしたいと、そう言ってダンジョンに行ってしまったのですよね」
リードならオークのいる階層くらいディーバもいるし大丈夫だと思うが、それには理由があるらしい。
どうやら使者が来たときに、王都にいる長男の死が告げられたという。
恋人を守るために、銃弾の盾になったらしい。
それにより、次男だったリードが跡取りになったとのこと。
なるほど。それを考えると、ダンジョンに行くのはやめた方がよかったのだろうな。
ハパンナ子爵からは長男が亡くなった話は聞かなかったし、そんな雰囲気は感じなかった。
スキルオーブの時は一瞬表情が変わったが、長男の死亡についてはかなりの気を張って、悟られないようにしていたのかもしれない。
客人の前で情けない姿を見せられないという、貴族としての矜持だろうか。
なおルーナにはまだ長男が亡くなったことを告げていなかったからか、そのことをリーナが耳打ちしてくれた。
「ふたりでこそこそ、つまんない! ルーナもいっしょ!」
するとルーナは自分が仲間外れにされたと勘違いしたのか、そう言って抱き着いてきた。
「ああ、ごめんな」
俺は謝りながら、ルーナの頭を撫でる。
「えへへ」
「じー」
「そのように見られましても、リーナ様にはしませんよ」
「へっ!? べ、べべつに羨ましいなんて思っていないわ!」
「そうですか」
咄嗟にそう言ってしまうと、リーナは顔を真っ赤にしてそのように反論した。
長兄を失ったリーナだが、言葉からは喪失感による精神的異常は見られない。
いや、隠しているだけか。
長兄の事を話すリーナの雰囲気からは、兄妹仲が良好そうに見えた。
心の奥底では、喪失感に襲われているのかもしれない。
そう思った俺は、気が付けばリーナに近付き、頭を撫でていた。
「ふぁああ!?」
するとリーナは途端に奇声を上げて、部屋を出て行ってしまう。
これは、やりすぎたかもしれない。
けれどもそれに対して、ルーナがニコリと笑みを浮かべながら、こんなことを言う。
「おにいちゃん、前よりやさしくなった!」
「そうかな?」
「うん!」
俺はそれを聞いて、あることを思う。
実感は無かったが、これがレフと長時間融合したことによる、精神的な変化なのだろうか?
そういえば撫でることに対して、全く違和感がなかった。
確かに以前の俺なら、そう思ったとしてもリーナの頭を撫でなかっただろう。
ルーナは幼いからこそ、そうした変化に敏感だったのだろうか。
まあ、なってしまったものは仕方がない。
嫌な感じはしないし、受け入れよう。
そうして俺は、ルーナの頭を再び撫でるのであった。
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