そうして無事に壁尻とか呼ばれる最悪な罠から、俺は抜け出した。
ブラッドに思うところはあるが、今は我慢する。
それよりも、なぜこの罠が発動したかだ。
まずブラッドは罠感知のスキルを持っていたはずだが、それをすり抜けるほどに隠蔽されていたのだろう。
次にブラッドには発動せず、俺だけが罠により捕らわれている。
考えられるとすれば、違いは性別だろうか。
今の俺はレフと融合したことにより、なぜか少女になっている。
そしてこの罠はブラッドの行動から鑑みて、卑猥な目的で設置されている気がした。
であるならば、性別差による発動条件をつけられていても不思議ではない。
ツクロダも、ブラッドの壁尻など見たくはないだろう。
当然、俺も見たくはない。
加えてもしかしたらだが、一つ前の階層の罠が絶妙なタイミングで発動したのは、これが関係していそうだ。
いや、ツクロダがあの罠で、女を狙うとは考えづらいな。
そういえばあの時は、ブラッドを宙に浮かせていた。
おそらく反応したのは俺ではなく、ブラッドだったのだろう。
そう考えると、腑に落ちる。
だとすればブラッドが罠を発動させた結果、自爆ネズミが死亡したことになるな。
俺がカード化できたのは、なぜだろうか?
おそらく罠の発動した者は関係なく、自爆による自害が影響している気がする。
つまりカード化は、自害した個体も対象になるということだ。
意外なところで、カード化の更なる条件を知ることができた。
とりあえず、罠についてはもういいだろう。
それよりも、さっさと次の階層に行くことにする。
縮小解除して元の大きさに戻ると、俺は歩き出す。
「ま、まってくれよ!」
「……」
「む、無視か!? いや、あれは助けるためで、下心は……あんまなかった! 本当だ!」
「少し黙ろうか?」
「……はい」
俺はブラッドにそう言うと、五階層目に下りた。
ここが五階層目か。一見すると、特に変わったところはなさそうだ。
相変わらず、灰色の壁と光源となる石が天井に埋め込まれている。
他に変わったところは、見られない。
しかし油断はできないので、慎重に進んでいく。
すると少しして、嫌な予感がした。
だが通路の先には、何も見えない。
こういう時は、モンスターに先行させよう。
俺はそう思い、ホブゴブリンを召喚して歩かせた。
「ピピピッ」
「ん? 何の音だ?」
「電子音?」
どこからともなく、そんな音が聞こえた直後にそれは起きる。
壁の一部が開き、銃のようなものが現れた。
そして当然、思った通りのことが起きる。
ズガガガガガガッ!
「ごぎゃぁ!?」
ホブゴブリンは無数の弾丸により、ハチの巣になってやられてしまった。
「おいおいおい、ここはファンタジー世界だぞ!? SFに出てくるラボかよ!?」
「これは、酷いね……」
銃を破壊すればいいかもしれないが、それによってスタート地点に戻される可能性もある。
加えてどうやら、あの銃に罠感知は発動しなかったらしい。
あれは罠ではなく、防衛装置的な感じだろうか?
それとも、それだけ高度な隠蔽がされているのかもしれない。
ちなみに銃を鑑定してみると、リビングアーマーが持っていた物よりもランクの高い物のようだった。
つまり、威力もその分高いことになる。
俺は何とか耐えられそうな気がしたが、ブラッドは無理だろう。
途中で力尽きるのは、目に見えていた。
それに俺も銃撃を受け続ければ、流石に厳しいかもしれない。
また凍らせたダークネスチェインを近づけてみたが、簡単に貫通されてしまった。
罠ゾーンのような強引な突破は、できそうにない。
「こりゃ、どうするんだ? たぶん俺にはどうしようもないぞ?」
「うーん。どうしよっか」
とりあえず、もう一度観察してみることにした。
今度はスモールマウスを向かわせる。
だが一定の箇所を通過すると、やはり電子の後に銃が現れた。
当然、スモールマウスはやられてしまう。
電子音がしてから、数秒だけ時間があるようだ。
それと銃は、壁が開くようにして現れる。
構造からして、後ろへと撃つことはできない。
なので銃のある壁を過ぎれば、撃たれることはないだろう。
しかし第二第三の銃が現れると思うので、それも難しい。
であれば、開くよりも先に駆け抜ければ大丈夫だろうか?
いや、そんなことは想定されているはずだ。
走っても間に合わない位置に、銃が設置されている気がする。
だとすれば、壁が開くのを物理的に防ぐのはどうだ?
壊すわけではなく、開くのを押さえる感じだ。
けれども銃が現れる壁の位置は、かなり高い。
ホブゴブリンでは、届かないだろう。
なら飛行可能なモンスターならとも思ったが、城への侵入の際に囮として使ってしまった。
またそうしたモンスターの力では、壁を押さえきれないだろう。
飛行可能で、壁を押さえられる程のモンスター……いることにはいるんだよな。
ちょうどこのダンジョンで手に入れた、ロックハンドとロックフットが正にピッタリなのである。
しかし召喚すれば、流石に怪しまれるだろう。
俺が倒したモンスターをカード化することが、バレるかもしれない。
さて、どうするべきか……。
そう頭を悩ませていると、ブラッドがふとこんなことを言った。
「なあ、あの壁、凍らせられないのか? 凍らせれば、たぶん開かないと思うんだが」
「あっ……」
なぜそれに気が付かなかったのかと、俺はつい声をもらしてしまう。
そして実際試してみると、氷に阻まれて壁が開くことはなかった。
難しく考え過ぎたな。こんな簡単なことが思いつかないとは……。
このダンジョンで色々考えすぎた結果、思考に偏りができていたようだ。
もう少し頭を柔らかくした方が、良いのかもしれない。
そうして俺は銃が出る壁を凍らせながら、少しずつ前進していくのだった。
ちなみにこの方法は合法と判断されたのか、スタート地点に戻されることは無さそうである。
また壁だけではなく、床や天井からも銃が飛び出てくる。
しかしモンスターを囮にすることで、場所の確認は容易だった。
加えてこの階層には、モンスターがいないようである。
壁の銃だけで、十分だと思ったのかもしれない。
実際壁が開くのを阻止できなければ、攻略は難しいだろう。
そして順調に進み続け、俺たちは一つの扉を発見する。
ここまで扉などを見たことがなかったので、当然警戒した。
だが中に気配があるので、開くことを選択する。
一応ホブゴブリンに開けさせると、中には思いもよらない光景が広がっていた。
「ア”ア”ア”」
「うぅうう」
「ぐヴぁ……」
これは、酷すぎる……。
部屋の中には、様々なモンスターと融合させられた少女たちがいた。
しかも体が部分的に溶けており、筋肉や骨が露わになっている。
人工モンスターの失敗作、やっぱり思った通りだったか。
鑑定してみると少女たちには、人工モンスターのエクストラがあった。
人工モンスターは、改造に失敗すると自壊するという効果内容がある。
つまりツクロダは改造に失敗した少女たちを、ここに押し込めているようだった。
見れば、獣と融合させられた少女が多い。
ツクロダが俺に執着した理由の一つは、ここにありそうだな。
人工的に、獣人を作ろうとしたのだろう。
「こ、こんなのは、許せねえ。人間のすることじゃねえよ!」
「そうだね。私もこれはあんまりだと思うよ」
ブラッドも、これには怒りを抑えられないようだった。
そして俺たちにできることは、少女たちを楽にさせるくらいである。
なるべく痛みのない方法で楽にさせ、遺体は生活魔法火種で骨も残さず焼きつくした。
小部屋で煙などが充満するかと思ったが、不思議なことに煙はどこかへ消えていく。
どうやらこのダンジョンは、換気能力が優れているらしい。
見れば壁の一部がいつの間にか、換気扇になっている。
こちらに危険が無かったからか、直感も働かなかった。
まあ、そんなことはどうでもいいか。
それと、彼女たちのカード化はしない。
ツクロダに復讐をさせる機会を作るよりも、早く楽にさせた方がいいと思った。
そもそも人工モンスターは、個を失う。
つまり彼女たちに、復讐をどうこう思うような気持ちは既に存在しないのだ。
加えてカード化すれば、終わらない地獄が始まる。
彼女たちは自壊しており、いずれ死亡していただろう。
だがそれでカード化してしまうと、例え自壊で死亡してもカード化直後に戻ってしまうのだ。
なので俺は、カード化をしなかった。
例えカードを後から処分できるとしても、その考えは変わらない。
「なあ、何でツクロダは、あの子たちを楽にさせなかったんだろうな」
「たぶん、観察するためだったり、何かに使えると思ったんじゃないのかな」
「そうか。とんだマッド野郎だな」
「そうだね」
胸糞悪い気持ちを抱きながら、俺たちは部屋を出る。
その後は似たような部屋や卑猥な罠類などは無く、通路を進んでいく。
もはや銃の防衛装置など、意味はない。
するとしばらくして最奥に辿り着いたのか、大きな扉が現れる。
「やっと着いたみたいだね」
「ここが、そうなのか」
俺たちはついに、目的の場所に辿り着いた。
目の前には、ボスエリアへと続く扉がある。
つまりこの先に、ツクロダがいる可能性が高かった。
ようやくだ。この戦いに、決着を付けよう。
「ツクロダを見つけ次第、頼んだよ」
「ああ、分かっている。俺も逃がす気はねえ」
そうして俺とブラッドは、ボスエリアへの扉を開くのだった。
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