078 闘技場への帰還

 闘技場に戻ってくると、大勢の兵士たちが見える。

 まさに厳戒態勢というやつで、俺の登場にもかなり警戒をしていた。

 ハパンナ子爵家のメダルが無ければ、面倒なことになっていただろう。

 また置いていったハイオークとオーク軍団もいたので、それを送還する事で納得してもらった。

 ただ現状守りを減らしたくないということなので、再び召喚しておく。

 どうやらハパンナ子爵は、まだこの闘技場にいるらしい。

 他にも襲撃犯の仲間がいるかもしれないので、下手に隙を見せられないとのこと。

 加えて俺が捕まえたカボンは、兵士に引き渡した。

 どうやら先に捕らえたミシェルは、現在闘技場の地下牢にいるようだ。

 そこは大会中に悪さをした者や、手の付けられなくなったモンスターを入れておく場所らしい。

 手に入れたい情報はだいたい抜き取ったので、引き渡しても問題はなかった。

 その後俺は兵士の一人に案内をされて、ハパンナ子爵たちのいる場所に移動する。

 またその間に、両手足の先を人へと変化させることに成功した。

 足にはニーハイソックスと靴が現れている。

 戦闘以外では不便なので、人の形にできたのは正直助かった。

 そうして俺は、部屋へと辿り着く。

「ねこみみおねえさんだ!」

 すると突然、ルーナがそう言って駆け寄ってきた。

 どうやら無事だったらしい。

 ただ、尻尾を触らないでくれ。なんだかくすぐったい。

「しっぽ!」

 自由に動く尻尾を避けるように動かすと、遊んでくれるのかと勘違いしたルーナがじゃれついてくる。

「こら! 困っているでしょ! やめなさい!」

 そう言ってリーナがルーナを捕まえて、引きはがす。

「あぁ!」

 ルーナは俺の尻尾に手を伸ばし、残念そうに声を上げる。

 尻尾を握られるのはもう止めてほしいが、まあ、元気そうなので良かった。

 あの光景は、正直トラウマになっていてもおかしくはない。

 ここまで元気ということは、もしかしたらあの光景を見ていない可能性もある。

「えっと、ジフレさんでよかったよね? いろいろ訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「いいよ。私はそのために戻ってきたからね」
「う、うん。それじゃあ、お願いするよ」

 リードは俺の正体に気が付いたはずだが、どこかぎこちない。

 もしかしたら、戸惑っているのだろう。

 まあ、知り合いの少年が、いきなり猫耳美少女になったらそうなってしまうのも、仕方がない。

 ちなみに周囲には、ハパンナ子爵と夫人、ディーバや護衛の兵士、他には有力者たちがいる。

 逃げ出した観客たちは、空から見た時には既にいなかった。

 わずかに残った人たちは、おそらく他の大部屋にいるのかもしれない。

 そんなことを思いながら、俺はモンスター園で得た情報を口にする。

 だが話の途中、あまりにも俺が情報を得ているので、有力者の一人が疑った。

 なので仕方がなく、相手の心を読むことができるのを伝える。

 試しにその疑った人の心を読むと、何やらやけにリードの尻について心の中で語っていた。

 そこから実は男色家でリードを狙っていることが判明したので、耳打ちをする。
 
 有力者の男性は、知られるはずのない事が知られてしまい、相当焦っていた。
 
 だがこれで心が読めるのは真実だと、周囲に伝わったみたいだ。

 すると今度は、心を読まれているんじゃないかと怖がられる。

 なので心を読むときは分かりやすい違和感があるので、読まれたかどうかは分かると伝えた。

 けれどもそれを証明するために、兵士の一人が確認をするという。

 なので心を読むと、兵士がずっと心の中でこう言っていた。

 ”両手を猫のように握り、片足を後ろにあげて、『心が読めるにゃん♡』ってウィンクしながら言ったら信じます!!”

 そんな妙に細かい指示を、何度も心の中で繰り返してきたのである。

 俺は呆れながらも、これで信じてくれるなら仕方がないと思い、行うことにした。

 何より俺と融合しているレフが、なぜかとても乗り気だったというのもある。

「心が読めるにゃん♡」

 そう発した瞬間、まるで時が止まったように感じた。

「うぉおおお!! 本物ッ! 圧倒的本物ッ! 圧倒的感謝ッ! 確かに心が読まれる違和感がありました!!」

 兵士の男がそう声を上げて、喜びと感謝を伝えてくる。

 それにより、まるで止まっていた周囲の時が、再び動き出す。

「ねこのおねえちゃんかわいい!」
「わ、私もドキッとしました」

 ルーナとリーナもそう言って、好意的だった。

 大人たちも、どこか温かい目で見ている。

 ただ一部の有力者からは、危ない何かを感じた。

 それとリードは顔を赤くして、何かを言いかけては、止めてを繰り返している。

 俺の正体に気が付いているからこそ、恥ずかしい気持ちになったのだろう。

 これは正直俺も恥ずかしい。黒歴史を生み出してしまったかもしれない。

 まあ、とりあえず信じてもらえたので、話の続きをした。

 しかし真実を知れば知るほど、どうしようもない雰囲気が漂っていく。

 それはツクロダの恐ろしさを、より理解したからだろう。

 二次予選が行われている街は、全て襲撃された。

 もちろん、王都もだ。

 王都では本戦が行われるが、予選も行われる。

 更に王都には、千体のリビングアーマーが現れる予定らしい。

 この街に現れた、十倍の規模である。

 王都には優れたテイマーやサモナーが大勢いるが、被害は免れないだろう。

 そんな時にラブライア王国から進軍されれば、勝つのはかなり難しい。

 どうやらこの国の兵士の大部分は、テイマーやサモナーとのこと。

 そんなテイマーやサモナーがモンスターを預けている場所も、今回襲撃された訳である。

 つまり優れたテイマーやサモナーだけではなく、そのモンスターたちも同時に大打撃を受けた状態だ。

 敵を迎え撃つにしても、この状況ではそれもままならない。

 まさか神聖な大会で、このような悪辣あくらつな作戦を実行してくるなど、誰も思わなかったようだ。

 なので、他の街で防ぐことは難しい。

 実質、相手の作戦の大部分が成功したことで、既に戦争で負けたも同然だった。

 この暗い雰囲気も、仕方がないのである。

 では、ここから巻き返すには、どうすればいいのだろうか?

 一つだけ、その方法がある。

 だがそれには、俺の命も賭ける必要があった。

 けれどもまあ、この街は短い間とはいえ愛着があるし、ハパンナ子爵やその家族に世話になったのも確かだ。

 恩を返すなら、ここだろう。

 なので俺は覚悟を決めると、こう口にした。

「大丈夫、私が何とかするよ。そのツクロダってやつを倒せば、全部解決だからね」

 俺はそう言って、笑みを浮かべる。

 それに転移者が悪さをしたなら、それを止めるのもまた転移者の使命な気がするしな。

 ツクロダは、この大陸を支配しただけでは止まらないだろう。

 いずれ、国境門を越えて他の国を攻め落とす。

 それに神授スキルを使い熟せるようになってしまえば、手が付けられなくなる。

 今ならまだ、何とかなるはずだ。

 育つ前に、倒すべきだろう。

 正直心の中で育った方が面白いという声と、早いうちに芽を摘んで世話になった人たちを助けるべきだという声がせめぎ合っていた。

 しかしそこに、レフが皆を助けたいと強く願ったことで、天秤てんびんが傾いたのである。

 今はレフと融合しているからか、レフの優しさが俺の心を動かした。

 だからこそ、俺が一人で元凶であるツクロダを倒しに行く。

 しかしそんな時、これまで黙っていたリードが声を上げた。

「そんなのダメだよ! 危険すぎる!」

 リードはクシャリと顔を歪め、まるで今にも泣きだしそうに見える。

 そんなリードに、俺は何と声をかければいいのだろうか。

 

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