「ジョン!!」
俺が森から出ると、少年がそう言って駆け寄ってきた。
なので俺は、グリーンキャタピラーをその場に降ろす。
「キシャ……」
「ジョン!!」
ん? 何となく、グリーンキャタピラーが嬉しそうじゃない気がするな。
なぜだ?
そんなことを思っていると、俺に話しかけてくる者がいた。
「すまない。俺たちはDランクパーティの赤き抵抗の者だ。ここでゴブリンに襲われている少年がいると知らせがあってやって来たんだが……?」
すると三人の男が現れるが、既に解決しているような雰囲気に首をかしげている。
「遅い! 遅すぎる! この人がいなかったら、俺のジョンは死んでいた! やっぱりモン無しは役立たずだ!」
「な、なに!」
「よせっ」
「はぁ……」
何だ? 少年がいきなり豹変したぞ。それとモン無し? 聞いたことのない呼び名だが……とりあえず、注意した方がいいか。
「待て、この人たちは助けに来たんだろ? そこまで言う必要はない。それに、十分速いと思うが? 俺が居合わせたのは偶然だ。そのことを忘れないでくれ」
「で、でもそいつらはモン無しですよ? ろくにモンスターを使役する努力をしてこなかった奴らですよ?」
……なるほど。モン無しとは、おそらくモンスターを使役していない者への蔑称だろう。
宿屋の時も思ったが、この国はテイマーやサモナーでなければ見下されるらしい。
これは俺が少年に何かを言ったところで、意味をなさないだろうな。
「そうか。なら黙っていてくれ」
「えっ……」
俺はそう口にすると少年を無視することに決めて、男たちに近付く。
「俺はジン。旅の者だ。ここに居合わせたのは偶然になる。この先にゴブリンの村があったが、既に壊滅済みだ。俺のホブゴブリンの背にいるホブゴブリンが、その村の長だった個体だ」
俺が状況を説明すると、男たちはポカンとしていた。
だがそこから再起動すると、戸惑いながらも返事をする。
「あ、ああ。分かった。とりあえず、そこの少年と冒険者ギルドまで来てくれないか? ギルドマスターが待っていると思う。俺たちはギルドマスターの指示で、ここに来たんだ」
なるほど。やはりあの木の上にいた鳥系モンスターから、情報を得ていたのだろう。
少年が襲われているのを見て、目の前の男たちを派遣したのだと思われる。
であるならば、既に俺が倒したことも筒抜けなわけだ。
これは、普通に行った方がいいだろう。
「分かった。おい、お前も冒険者ギルドまで来てもらうぞ」
「わ、分かりました。それと、ゴブリンの剥ぎ取り素材です!」
俺に対して素直な少年は、剥ぎ取るように言っておいた素材を袋ごと渡してくる。
それを受け取ってカバンにしまうと、俺たちは一度冒険者ギルドに向かうのであった。
◆
村に入ると、やはりホブンが目立つ。
まあ、ホブゴブリンがホブゴブリンを背負っているのだから、当然だろう。
そして冒険者ギルドにやって来ると、既に初老の男性が待ち構えていた。
「ご苦労様。そのホブゴブリンを一度解体場に移してから、話を伺ってもいいかな?」
「ああ、構わない」
優しそうな初老の男性の肩には、あの森にいた鳥系モンスターがいる。
おそらく、この初老の男性が使役しているのだろう。
それから解体場にホブゴブリンを移動させると、ホブンとレフを消す。
カードは手元に戻さず、直接異空間へと転送する。
初めてやったが、意外と上手くできた。
「ほう。君は変わった召喚術を使うみたいだね」
「まあ、そんなところだ」
興味深そうに消えたモンスターを見る初老の男性だが、一瞬鋭い眼光になったのは気のせいではないだろう。
その後は一つの部屋に連れてこられると 奥に立派な机と椅子があった。
例えるなら、校長室に近い感じだろうか。
その立派な椅子に、初老の男性が座る。
「さて、初めての者がいるみたいだから、まずは挨拶をしよう。私がこのノブモ村の村長兼ギルドマスターである、ザッパルトです」
まあそうだと思ったよ。
だからこの初老の男性、ザッパルトが村長兼ギルドマスターでも驚きはない。
「挨拶も済んだので、改めて話をさせてもらいますね。私は元々ゴブリンの村付近に置いていたこのアサシンクロウを通して、全てを見ていました。
そこの少年がグリーンキャタピラーやスライムに足止めをさせて、自分だけが逃げ出したことも、そしてそのジャイアントキャタピラーを助けるために、君がゴブリンの村を壊滅させたこともね」
その言葉を聞くと、少年の顔が曇る。
こいつ、あれだけジャイアントキャタピラーを助けてくれとか言っておいて、足止めに利用したのか……助けたのは、失敗だったかもしれない。
しかもスライムについては、一切聞いていないぞ。
ゴブリンの村にはいなかったし、既にやられていたのだろう。
俺が呆れた視線を向けると、少年はバツが悪そうに視線を逸らした。
「まあ理由はどうあれ、ゴブリンの村の壊滅は喜ぶことはあっても、それで罰することはしません。だから安心してください」
俺がそれを気にしていたことを理解していたのか、ザッパルトがそう言って笑みを向ける。
「ここに呼んだのは、あくまでも詳しい経緯の内容を、直接聞くためです。お願いできますか?」
「もちろん、知っていることは話そう」
「……わかり、ました……」
そうして俺と少年は、ザッパルトに経緯の説明をした。
まず事の始まりは、少年が俺にモンスターバトルで負けたことにある。
負けたことが悔しかった少年は、戦力増強のためにゴブリンかレアモンスターを求めて森に入った。
もちろん、ゴブリンの村について噂は聞いていたが、それがこの森の先だとは知らなかったらしい。
しかし大雑把だが、ギルドではゴブリンの村についておおよその場所を開示しており、危険を事前に知らせていた。
なのでこれは、少年のミスということになる。
そして少年は森に入ると、当然複数のゴブリンに襲われることになった。
この数では流石にどうしようもなく、グリーンキャタピラーとスライム二匹に足止めをさせて、自分は逃げたという。
その後何とか逃げることに成功したとき、偶然俺を見つけたわけだ。
強そうなモンスターを連れた俺を見て、少年はグリーンキャタピラーが急に惜しくなったらしい。
なので必死に懇願して、グリーンキャタピラーを救ってくれと言ってきたみたいだ。
これはあわよくば、俺のモンスターをゴブリンの村で死亡させる算段だったのではないだろうか。
その考えは当たっていたのか、俺の視線を受けて少年が冷や汗を流す。
まあそこからは、俺の知っている通りだ。
「なるほど……まずそこの少年は、救助費として彼に銀貨五枚、赤き抵抗に銀貨一枚払うこと」
「そ、そんなぁ! そんなお金ありません! それにこの方に払うのは納得できても、なんで何もしていないモン無しに払わなければいけないんですか!!」
納得がいかないのか、少年が声を張り上げる。
だが、ギルドマスターの言っていることは真っ当だ。
「黙りなさい。これは決定事項です。ギルドからの救助要請で向かわせた場合、結果はどうあれ対象の冒険者には支払いの義務が生じます。
もちろんギルドからも多少の救助費は出ますし、救助要請自体に問題があれば払う必要はありません。ですが、今回は正当な理由です」
「ぐっ」
ギルドマスターの言葉に、少年が押し黙る。
まあ無償で助けに向かうように言っても、冒険者は動かないはずだ。
それに救助費の支払い義務が生まれれば、冒険者も無茶を避けるようになるだろう。
「費用が足りないようであれば、ギルドから借金ができます。それか、何かを売って用意するしかありません。どうしますか?」
「くっ……ジョン、グリーンキャタピラーを売ります……」
「そうですか……」
少年の回答に、ギルドマスターはどこか悲しそうな目をした。
この少年、結局助かったグリーンキャタピラーを売るのか……どうしようもないな。
「これでお前もモン無し仲間だな」
「う、うるさい! 俺はお前らとは違うんだ! すぐにモンスターなんてテイムしてやる!」
同席していた赤き抵抗の面々が、嬉しそうに少年を冷やかす。
少年はそれが我慢ならなかったのか、怒りの声を上げた。
「君たちはもういい、席を外しなさい」
ギルドマスターは溜息を吐くと、少年と赤き抵抗の面々を部屋から追い出す。
そして俺と二人きりになると、改めてお礼を言われる。
「今回は助かりました。正直討伐メンバーが中々集まらなかったので。予選が終われば、強いモンスターを連れている者も、そのまま村を出てしまいますからね」
どうやら俺が倒したことは、肯定的に受け取られているようだ。
正直、余計なことをしたと文句を言われなくて良かったと思っている。
「もちろん特殊状況という事で、ランクとは関係なく達成とします。加えて君一人という事も鑑みて、依頼はCランクとして処理させてもらいますね。報酬も増額します」
これは普通にありがたい。現在Eランクなので二つ上の依頼を達成したことになり、貢献度は一回で四回分と計算される。
更に二重取りが発動すれば、八回分だ。
ランクアップには全然届かないが、Dランクになるのもそう遠くはないだろう。
それからギルドマスターとの話も終わり、俺はホブゴブリンの売却費も含めて報酬をもらった。
もちろん報酬には二重取りも発動して、金額もかなりのものになる。
これでしばらくは、金銭に悩む必要はないだろう。
それとEランクとしてはかなりの実力を示したと思うが、特別ランクアップなどは無いようだ。
これはギルドを統一した創造神からの、コツコツ上げていくようにというメッセージかもしれない。
あとは、少年の救助費もギルドから貰っている。
正直グリーンキャタピラーを売って、銀貨六枚を超えるのだろうか?
使役されていたことが考慮されて多少は高くなるだろうが、所詮はグリーンキャタピラーである。
足りなければ、少年がギルドから借金をするだけだ。
まあ、もはや名前も知らない少年のことなど、どうでもいいが。
そんなことを思いながら、俺はその後宿に戻り一日を過ごすのであった。
明日はいよいよ大会の予選日なので、気持ちを切り替えていこうと思う。
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