034 国境門を越えた先

 国境門を越えると、そこは草原だった。

 壁はなく、広々としている。

 だが当然、そこには待ち構えている存在がいた。

「ぐるるる!」
「ぎゃおーん!」
「がぐるが!」

 見渡す限りのモンスターが、俺を取り囲んでいる。

 上空にも、何体ものモンスターが円を描くように飛んでいた。

 まあ、そうなるよな。

 しかし周囲のモンスターは威嚇いかくはするものの、襲ってくることはない。

 宣戦布告をする国だからな。国境門から少人数で出てくれば、襲わないように命令しているのだろう。

 ということは、もうすぐ権力者なり強者なりがやってくる。

 流石にこの状況では、分が悪い。

 Bランク冒険者以上は他国に行くことが可能となっているが、それは敵対しなかった国だったり、敗戦後の亡命などで行われるのではないだろうか?

 そもそも、俺はEランク冒険者だ。それを追及されると面倒になる。

 捕まるのはもってのほかだし、この数を倒せるほどうぬぼれてもいない。

 であるならば、残された選択は限られている。

 俺は脳内で即座にそれを判断すると、実行に移した。

「光球」

 魔力を盛大に込めた眩い光が、周囲を包む。

 続いて未だ現れている幻影、ホワイトキングダイルに全力のウォーターブレスを発動させた。

 なお幻影は右手から背後へと移しており、大きさもできるだけ元に戻している。

 それにより、モンスターの群れに空白ができた。

 加えて俺は幻影にウォーターブレスを発動させると同時に、駆けだしている。

 また後ろから微風で追い風を作り、ウォーターブレスの反動を相殺した。

 当然魔力の消費が半端ではないが、仕方がない。

 更に殿しんがりとして、背後にモンスターを逐一ちくいち召喚していく。

 だが周囲のモンスターの方が強く、ゴブリンやオークたちは簡単にやられてしまう。

 けれども最低限の時間稼ぎができたことで、俺はモンスターの群れをなんとか突破する。

 ちなみに上空に召喚したジャイアントバットとポイズンモスは、足止めにもならなかった。

 なので地上のモンスターの群れを突破した後は、幻影に上空のモンスターを攻撃させる。

 しかし何匹かやっかいなモンスターがおり、引き離せない。

 いつの間にか狂化が解けていることも、影響している。

 またこのどこまでも広がる草原も、敵からは見やすかった。 

 特に猛禽類もうきんるいの頭と、獅子の胴体を持つモンスターがやっかいだ。

 あれはおそらく、物語にもよく登場するグリフォンというモンスターではないだろうか?

 鑑定したいが、その余裕はない。

 それと倒したモンスターをカード化しようとしたが、なぜかできなかった。

 ここはモンスターを使役する国だし、他人のモンスターは奪えないという事かもしれない。

「ウィンドカッター!」
「なっ!?」

 するとよく見れば、グリフォンの背には誰かが乗っている。

 その人物が上空から、魔法を放ってきた。

 ウィンドカッターは、薄い緑色の刃だ。

 見えづらく、そして速い。

 何とか直感とシャドーネイルで撃ち落としつつ、ウォーターブレスや水弾連射を放ち続ける。

 だがグリフォンはそれを難なく避け、背にいる人物が合わせるように魔法を放つ。

 よくできた連携である。

 そうした攻防が続き、ようやく草原の先が見えてきた。

 よし、森に入ればなんとかなる。

 幻影を魔力が続く限り召喚し続けられるのは、幸いだった。

 逃走途中も、ストレージからマジックポーションを取り出して使用している。

 それにより、魔力切れは無い。

 ストレージに幸運の蝶の物資を入れていたこともあり、数はそこそこあった。

 この物資は、いつか倍の金額で返そう……。

 できるか分からない事で苦しい気持ちになりつつも、俺は森へと駆けこんだ。

 森に入ると、俺は姿隠しを発動させる。

 隠れるなら幻影も消した方がいいのだろうが、一度消すとしばらく使えなくなるだろう。

 ホワイトキングダイルのカードも、おそらく同様だ。

 これは本能的に理解できた。

 なので幻影を極力小さくして、森を駆ける。

 できるだけジグザグに進み、直線を避けた。

 しかし森を抜けた直後、背後から攻撃を受ける。

「ぐあっ!?」

 俺は突然の事に対処できず、地面を転がった。

 何がっ……。

「これでも倒せぬか。面倒だな」
 
 するといたと思ったグリフォンが、上空で静止する。

 声の主は男であり、グリフォンの背にいる騎士風の恰好をしていた。

「貴様、何者だ? どのような目的で我が国へと入った?」

 時間稼ぎか? いや、そんな感じはしない。

 ここで逃げれば、余計に面倒になりそうだな。

 それに、そろそろ幻影を維持し続けるのがキツイ。

 ここは、ある程度素直に話した方がよさそうだ。

「俺は旅人だ。モンスターを使役するというそちらの国に興味があった。俺もモンスターを使役するからな」
「そうか。では、なぜ戦争の直前にやってきた? 加えて逃げるなど、何か企んでいるのではないか?」

 まあ、そうだろうな。俺でも疑う。

「俺はモンスターを使役できる。だから国でそちらの国の者と勘違いされて、攻撃をされたんだ。それで戦争前にもかかわらず、やってきた。逃げたのは、疑いをかけられるのが分かり切っていたからだ。この実力があれば、逃げ切れると思っていたのある」

 嘘はついていないが、男から厳しい視線が向けられているのを、ひしひしと感じた。

「なるほど。貴様の言葉が全て事実だったとしよう。だがな。我が軍のモンスターに甚大な被害を与えたのも事実だ。戦争前という事も加味すれば、当然重罪だ。貴様はどのみち、死刑になる」

 最悪の結果だ。

 しかし逃走せずに捕まっていても、似たようなものだろう。

 拷問されて、死ぬ可能性もある。
 
 それなら今の力を活かし、逃げる方が得策だと思った。

 計算外だったのは、ここまで追跡を可能とする目の前の存在だろう。

「だが、お前じゃ俺を殺せないぞ?」
「……悔しいが、そうであろう。故に提案である。我が国の軍門に下り、防衛奴隷として戦え。成果を出せば、今回の罪は不問になるだろう。更に運が良ければ、地位と名誉を手にする事もできる。貴様にとっても良い提案であろう?」

 なるほど。それが狙いか。

 この逃走劇で、俺を倒せないことを理解したのだろう。

 戦争も近いことを考えれば、何時までも相手をしている暇はない。 

 加えて悠長に提案を持ち掛けてきたのは、同様に自分も倒されないことを理解したからだろう。

 実際俺の攻撃は、ことごとく回避されている。

 普通に考えれば、男の提案は魅力的だ。

 しかしそれは、俺が戦場に出てラスターダ王国と戦う事を意味している。

 あの後どうなったか分からないが、プリミナとジェイクは未だに生きているはずだ。

 もし戦場に残っているとすれば、戦うことになる。

 それは、恩を仇で返すどころの話ではない。

 むしろ恩を少しでも返したいのであれば、目の前のコイツに屈してはならない。

 だから、何としてでもここで倒そう。

 無言で俺は、召喚可能なモンスターを全て出す。

 しかし地上にではない、全て上空・・に召喚した。

「な、なにぃ!?」

 男は上空からモンスターが降ってくるなど、考えの埒外らちがいだったようだ。

 回避が間に合わない。

 特にスモールモンキーなどは、他のモンスターを足場にして飛び移っている。

 加えてその手には、ジャイアントリーチを抱えていた。

「キシャー!」

 ジャイアントリーチには、吸血と麻痺攻撃がある。

 一匹だとザコだが、数がそろうとやっかいだ。

「ぐるぅう!?」

 グリフォンも無数に噛まれて動きが鈍くなり、更には運悪くそこへオークが落ちてきた。

 オークの重さと勢いに耐えられなかったのか、グリフォンは地面へと押しつぶされる。

「ランバート!? き、貴様ぁ!!」

 何とか転げ落ちるようにして生き残った男は、グリフォンの名前を呼んで怒りをあらわにした。

 だが、その時にはもう遅い。

「喰らえ」
「グボァッ!?」

 魔力を込めたシャドーアーマーの拳が、男の心臓を容易に貫いた。

 そしてホワイトキングダイルの幻影が、ウォーターブレスでグリフォンに止めを刺す。

 既に虫の息だったが、油断はできない。

「どうやら、俺の勝ちのようだな」

 この結果が戦争にどのような事をもたらすのか分からないが、少なくともこの男はかなりの地位と力を持っていた。

 俺の速度に追いつき、互角に渡り合ったのだ。

 上空からのモンスター召喚を読まれていれば、千日手になっていただろう。

 そして俺は、いつもの癖でグリフォンをカード化しようとした。

 あ、他人のモンスターはカード化できないんだったか。

 逃走中の事を思い出し、俺は一瞬落胆した。

 しかし予想とは違い、結果はことなる。

 グリフォンが光の粒子になり、俺の手にカードとなって現れた。

 これは……!?

 思わぬ結果に、俺は驚愕きょうがくを隠せない。

 だが少しして、理由を何となく理解した。

 おそらく、使役していた男が死亡したからだろう。

 モンスターが死亡してもカード化できなかったのは、死亡しても契約的な何かが残っていたからかもしれない。

 けれども、その逆は無かったようだ。

 結果として今、俺の手にはグリフォンのカードがある。

 だがしかし、今はそれを気にしてなどいられない。

 俺は、歓喜していた。

「ははっ、グリフォンゲットだ!」

 グリフォンは幻影とシャドーアーマーを身に纏う俺の速度に、ついてこれたモンスターである。

 嬉しくないはずがない。

 他にも追っていたモンスターがいたが、俺の速度に引き離されていった。

 そう考えると、このグリフォンというモンスターがどれだけ凄いのかがよくわかる。

 さて、喜ぶのはここまでにして、とっとと逃げよう。

 ここにいつ、敵がやって来るのか分からない。

 俺はモンスターをカードに戻すと、男の亡骸を一先ずストレージにしまう。

 そして最後の力を振り絞り、全力で駆けだした。

 もはや、俺を止められる者はもういない。

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