国境門を越えると、そこは草原だった。
壁はなく、広々としている。
だが当然、そこには待ち構えている存在がいた。
「ぐるるる!」
「ぎゃおーん!」
「がぐるが!」
見渡す限りのモンスターが、俺を取り囲んでいる。
上空にも、何体ものモンスターが円を描くように飛んでいた。
まあ、そうなるよな。
しかし周囲のモンスターは威嚇はするものの、襲ってくることはない。
宣戦布告をする国だからな。国境門から少人数で出てくれば、襲わないように命令しているのだろう。
ということは、もうすぐ権力者なり強者なりがやってくる。
流石にこの状況では、分が悪い。
Bランク冒険者以上は他国に行くことが可能となっているが、それは敵対しなかった国だったり、敗戦後の亡命などで行われるのではないだろうか?
そもそも、俺はEランク冒険者だ。それを追及されると面倒になる。
捕まるのはもってのほかだし、この数を倒せるほどうぬぼれてもいない。
であるならば、残された選択は限られている。
俺は脳内で即座にそれを判断すると、実行に移した。
「光球」
魔力を盛大に込めた眩い光が、周囲を包む。
続いて未だ現れている幻影、ホワイトキングダイルに全力のウォーターブレスを発動させた。
なお幻影は右手から背後へと移しており、大きさもできるだけ元に戻している。
それにより、モンスターの群れに空白ができた。
加えて俺は幻影にウォーターブレスを発動させると同時に、駆けだしている。
また後ろから微風で追い風を作り、ウォーターブレスの反動を相殺した。
当然魔力の消費が半端ではないが、仕方がない。
更に殿として、背後にモンスターを逐一召喚していく。
だが周囲のモンスターの方が強く、ゴブリンやオークたちは簡単にやられてしまう。
けれども最低限の時間稼ぎができたことで、俺はモンスターの群れをなんとか突破する。
ちなみに上空に召喚したジャイアントバットとポイズンモスは、足止めにもならなかった。
なので地上のモンスターの群れを突破した後は、幻影に上空のモンスターを攻撃させる。
しかし何匹かやっかいなモンスターがおり、引き離せない。
いつの間にか狂化が解けていることも、影響している。
またこのどこまでも広がる草原も、敵からは見やすかった。
特に猛禽類の頭と、獅子の胴体を持つモンスターがやっかいだ。
あれはおそらく、物語にもよく登場するグリフォンというモンスターではないだろうか?
鑑定したいが、その余裕はない。
それと倒したモンスターをカード化しようとしたが、なぜかできなかった。
ここはモンスターを使役する国だし、他人のモンスターは奪えないという事かもしれない。
「ウィンドカッター!」
「なっ!?」
するとよく見れば、グリフォンの背には誰かが乗っている。
その人物が上空から、魔法を放ってきた。
ウィンドカッターは、薄い緑色の刃だ。
見えづらく、そして速い。
何とか直感とシャドーネイルで撃ち落としつつ、ウォーターブレスや水弾連射を放ち続ける。
だがグリフォンはそれを難なく避け、背にいる人物が合わせるように魔法を放つ。
よくできた連携である。
そうした攻防が続き、ようやく草原の先が見えてきた。
よし、森に入ればなんとかなる。
幻影を魔力が続く限り召喚し続けられるのは、幸いだった。
逃走途中も、ストレージからマジックポーションを取り出して使用している。
それにより、魔力切れは無い。
ストレージに幸運の蝶の物資を入れていたこともあり、数はそこそこあった。
この物資は、いつか倍の金額で返そう……。
できるか分からない事で苦しい気持ちになりつつも、俺は森へと駆けこんだ。
森に入ると、俺は姿隠しを発動させる。
隠れるなら幻影も消した方がいいのだろうが、一度消すとしばらく使えなくなるだろう。
ホワイトキングダイルのカードも、おそらく同様だ。
これは本能的に理解できた。
なので幻影を極力小さくして、森を駆ける。
できるだけジグザグに進み、直線を避けた。
しかし森を抜けた直後、背後から攻撃を受ける。
「ぐあっ!?」
俺は突然の事に対処できず、地面を転がった。
何がっ……。
「これでも倒せぬか。面倒だな」
すると撒いたと思ったグリフォンが、上空で静止する。
声の主は男であり、グリフォンの背にいる騎士風の恰好をしていた。
「貴様、何者だ? どのような目的で我が国へと入った?」
時間稼ぎか? いや、そんな感じはしない。
ここで逃げれば、余計に面倒になりそうだな。
それに、そろそろ幻影を維持し続けるのがキツイ。
ここは、ある程度素直に話した方がよさそうだ。
「俺は旅人だ。モンスターを使役するというそちらの国に興味があった。俺もモンスターを使役するからな」
「そうか。では、なぜ戦争の直前にやってきた? 加えて逃げるなど、何か企んでいるのではないか?」
まあ、そうだろうな。俺でも疑う。
「俺はモンスターを使役できる。だから国でそちらの国の者と勘違いされて、攻撃をされたんだ。それで戦争前にもかかわらず、やってきた。逃げたのは、疑いをかけられるのが分かり切っていたからだ。この実力があれば、逃げ切れると思っていたのある」
嘘はついていないが、男から厳しい視線が向けられているのを、ひしひしと感じた。
「なるほど。貴様の言葉が全て事実だったとしよう。だがな。我が軍のモンスターに甚大な被害を与えたのも事実だ。戦争前という事も加味すれば、当然重罪だ。貴様はどのみち、死刑になる」
最悪の結果だ。
しかし逃走せずに捕まっていても、似たようなものだろう。
拷問されて、死ぬ可能性もある。
それなら今の力を活かし、逃げる方が得策だと思った。
計算外だったのは、ここまで追跡を可能とする目の前の存在だろう。
「だが、お前じゃ俺を殺せないぞ?」
「……悔しいが、そうであろう。故に提案である。我が国の軍門に下り、防衛奴隷として戦え。成果を出せば、今回の罪は不問になるだろう。更に運が良ければ、地位と名誉を手にする事もできる。貴様にとっても良い提案であろう?」
なるほど。それが狙いか。
この逃走劇で、俺を倒せないことを理解したのだろう。
戦争も近いことを考えれば、何時までも相手をしている暇はない。
加えて悠長に提案を持ち掛けてきたのは、同様に自分も倒されないことを理解したからだろう。
実際俺の攻撃は、ことごとく回避されている。
普通に考えれば、男の提案は魅力的だ。
しかしそれは、俺が戦場に出てラスターダ王国と戦う事を意味している。
あの後どうなったか分からないが、プリミナとジェイクは未だに生きているはずだ。
もし戦場に残っているとすれば、戦うことになる。
それは、恩を仇で返すどころの話ではない。
むしろ恩を少しでも返したいのであれば、目の前のコイツに屈してはならない。
だから、何としてでもここで倒そう。
無言で俺は、召喚可能なモンスターを全て出す。
しかし地上にではない、全て上空に召喚した。
「な、なにぃ!?」
男は上空からモンスターが降ってくるなど、考えの埒外だったようだ。
回避が間に合わない。
特にスモールモンキーなどは、他のモンスターを足場にして飛び移っている。
加えてその手には、ジャイアントリーチを抱えていた。
「キシャー!」
ジャイアントリーチには、吸血と麻痺攻撃がある。
一匹だとザコだが、数がそろうとやっかいだ。
「ぐるぅう!?」
グリフォンも無数に噛まれて動きが鈍くなり、更には運悪くそこへオークが落ちてきた。
オークの重さと勢いに耐えられなかったのか、グリフォンは地面へと押しつぶされる。
「ランバート!? き、貴様ぁ!!」
何とか転げ落ちるようにして生き残った男は、グリフォンの名前を呼んで怒りを露わにした。
だが、その時にはもう遅い。
「喰らえ」
「グボァッ!?」
魔力を込めたシャドーアーマーの拳が、男の心臓を容易に貫いた。
そしてホワイトキングダイルの幻影が、ウォーターブレスでグリフォンに止めを刺す。
既に虫の息だったが、油断はできない。
「どうやら、俺の勝ちのようだな」
この結果が戦争にどのような事をもたらすのか分からないが、少なくともこの男はかなりの地位と力を持っていた。
俺の速度に追いつき、互角に渡り合ったのだ。
上空からのモンスター召喚を読まれていれば、千日手になっていただろう。
そして俺は、いつもの癖でグリフォンをカード化しようとした。
あ、他人のモンスターはカード化できないんだったか。
逃走中の事を思い出し、俺は一瞬落胆した。
しかし予想とは違い、結果はことなる。
グリフォンが光の粒子になり、俺の手にカードとなって現れた。
これは……!?
思わぬ結果に、俺は驚愕を隠せない。
だが少しして、理由を何となく理解した。
おそらく、使役していた男が死亡したからだろう。
モンスターが死亡してもカード化できなかったのは、死亡しても契約的な何かが残っていたからかもしれない。
けれども、その逆は無かったようだ。
結果として今、俺の手にはグリフォンのカードがある。
だがしかし、今はそれを気にしてなどいられない。
俺は、歓喜していた。
「ははっ、グリフォンゲットだ!」
グリフォンは幻影とシャドーアーマーを身に纏う俺の速度に、ついてこれたモンスターである。
嬉しくないはずがない。
他にも追っていたモンスターがいたが、俺の速度に引き離されていった。
そう考えると、このグリフォンというモンスターがどれだけ凄いのかがよくわかる。
さて、喜ぶのはここまでにして、とっとと逃げよう。
ここにいつ、敵がやって来るのか分からない。
俺はモンスターをカードに戻すと、男の亡骸を一先ずストレージにしまう。
そして最後の力を振り絞り、全力で駆けだした。
もはや、俺を止められる者はもういない。
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