シルダートの街を出て南へと進む。
国境門は、徒歩でおよそ半日の場所にあるらしい。
乗合馬車も出ているようだが混んでいるのに加えて、臭い・汚い・痛いの三重苦なので乗らなかった。
特にプリミナが嫌がったし、俺も以前乗ったときの記憶があったので乗らなくてホッとしている。
逆に朝帰りの三人は、少々眠いらしく乗合馬車を利用したかったようだ。
しかしプリミナに睨まれると、渋々歩くことに同意した。
そして道中は、特に語ることはない。
モンスターが出たが、相手にはならなかった。
そもそも、出現する数が絶対的に少ない。
多くの冒険者や軍などが行き来したからか、とても安全である。
次第に進んでいくと、いくつもの砦や壁が建っていた。
これはもし敵軍が来ても、進軍を遅らせるためだろう。
そうしてお昼近くに、俺たちは目的地である国境門へと辿り着いた。
国境門は黒色でとても大きく、横一列に並んでもかなりの数が一度に出入りできそうだ。
丘陵の離れた場所からでも、それがよくわかる。
更に国境門の周囲は、高い壁で囲まれていた。
壁の上部には、バリスタなどの兵器も備え付けられており、防衛側が有利そうに見える。
そして国境門を越えた更に奥には、どこまでも続く海が広がっていた。
なにげにこの世界に来て、初めて海を見た。
「何してんだ? ああ、ジンは初めてだったか。海もそうか?」
その場で固まって眺めていた俺に、ゲゾルグがそう声をかけてくる。
「ああ、初めてだ。あの海の先には、別の国とかあるのか?」
何となく、そう問いかけた。
するとゲゾルグを含めた面々は、何故か不思議そうな顔をする。
「何言ってんだ? 海の先は果ての境界しかないぞ」
「果ての境界?」
聞きなれない単語に、俺はつい訊き返してしまう。
「ジン君知らないの? 海の先には果ての境界があって、それ以上進めないのよ?」
「……なるほど」
プリミナの言葉で、何となく理解した。
目の前の国境門に、果ての境界。
数カ月に一度の開門に、敵国の存在。
負ければ国土が奪われ、勝てば逆に増える。
おそらくだが、この世界に別大陸という概念は存在しない。
国が分裂して一つの大陸に国が複数できる可能性はあるが、今いるラスターダ王国はおそらく大陸を統一している。
なぜならこれまで一度も、隣国について噂も無ければ聞いたこともなかった。
実際に訊けばどの海の先も、果ての境界だという。
加えてここ数百年、ラスターダ王国以外の国が周囲にはないらしい。
ゆえに国が敵国の防衛に割くのは、国境門だけになる。
だからこそ、これほど立派な防衛設備なのだろう。
それと果ての境界から進めないという事は、西に進んで東の陸地に着くことができないことになる。
あとは地平線が見えることから、この世界は平らではなく、緩やかな曲線を描いているのではないだろうか。
よくできた箱庭世界である。
そうして俺の質問を不思議に思われながらも、丘陵を降りて近くの野営地へと向かう。
ここの野営地は冒険者用になっており、到着したことを現地に派遣されているギルド職員に伝えに行く。
それが終わると、野営場所や配給についての説明を受けた。
とりあえず昼の配給が行われているらしいので、並んでパンや干し肉、エールをもらう。
エールは、各自持ってきた容器に補充するようだ。
容器を持っていなければ、金銭を払うことで売ってもらえる。
その後は野営地に移動して、テントを設置した。
俺たちのテントは、中サイズと小サイズの二つである。
中サイズはゲゾルグ・ジェイク・サンザが使い、俺とプリミナは小サイズを使う。
最初は男女別で分けた方が良いと進言したが、そんなスキマはないらしい。
それとプリミナが乗り気だったので、諦めるしかなかった。
まあ、異性というより弟みたいな扱いなので、問題ないだろう。
そして軽く昼食をとると、ジェイクを見張りに残してあいさつ回りに行くことになった。
ちなみに先にテントを設置したのは、良い場所が次第に無くなっていくからとのこと。
ここは仮設トイレや配給場所、臨時冒険者ギルドが近いのだ。
そうして俺はゲゾルグの知り合いの冒険者たちに、挨拶をしていく。
これまで人との関わりが少なく、他の冒険者との繋がりはなかった。
本来はこういう積み重ねで、横のつながりを作っていくのだろう。
それとゲゾルグ率いる幸運の蝶は、結構有名みたいだ。
俺が一時的にとはいえ加わったことに、驚く者が多くいた。
けれども、概ね俺が加入したことには好印象のようである。
一回り違うのにもかかわらず加入したという事は、それだけ将来性が高いと思われたようだ。
しかしそんなあいさつ回りで、問題が発生する。
「お、お前は!?」
「ん?」
するとあいさつ回りをしたパーティの一つに、なんとタヌゥカがいた。
取り巻きも一緒のようであり、女性だけの冒険者パーティに加入したようである。
「ジン、知り合いか?」
「いや、何度か顔を合わせた程度だ」
ゲゾルグに知り合いか訊かれたので、そう返事をする。
実際タヌゥカとは、その程度の関係だ。
鑑定の件を切っ掛けに、向こうから因縁をつけられているだけである。
「何でお前がここにいるんだ!」
「いや、普通に参加したからだが」
「そうじゃない! 負け犬のお前がどうやって他の冒険者に取り入ったか訊いているんだ!」
「はぁ?」
こいつは何を言っているのだろうか。
というか、未だに俺のことを負け犬扱いしているのか。
あれからホワイトキングダイルを探していたのだろうが、見つからなかった腹いせもあるのかもしれない。
「イレギュラーモンスターに無謀にも挑んで、逃げ帰ったお前程度がここにいても邪魔なんだよ! とっとと帰れ!」
するとタヌゥカの言葉を聞いて、ゲゾルグが前に出る。
「おいおい、いい加減にしろよ? ジンは俺たちがスカウトしたんだ。その力も認めている。お前も優良株だと噂だったらしいが、人間性には問題があるみたいだな?」
「なっ!? ランクだけの凡人が偉そうに――」
かっとなったのか、タヌゥカが言い返そうとしたところで、女性冒険者がタヌゥカの口をふさいだ。
「申し訳ない。タヌゥカはいつもは紳士なんだ。言い聞かせておくから、今のは聞かなかったことにしてほしい」
「はぁ、お前の顔を立てよう。だがな、新人の教育はしっかりしとけよ」
「ああ、承知した」
女性冒険者とゲゾルグは知り合いのようなので、一先ず落ち着いた……ように思われた。
「そこのお姉さん。そいつは役立たずの顔面改造野郎なので、追放したほうがいいですよ? それよりも、お姉さん美人ですね! どうでしょう。こちらのパーティに加わりませんか?」
するとタヌゥカが突然、プリミナにそう言って口説き始める。
「……あら? おかしいわね。君、もしかして魅了系のスキルを使ってないかしら?」
「えっ?」
プリミナの言葉に、タヌゥカが固まった。
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