019 シルダートのダンジョン

 ふむ。やはり何ともないな。

 現在俺は、泥沼に入っている。

 当然マッドクラブに足を挟まれるが、何ともない。

 むしろマッドクラブの場所が分かるので、ちょうどよかった。

「ギギ……」

 マッドクラブの胴体はA4サイズの紙くらいの大きさだ。そこに鋏や足が生えている。

 俺はそれを右手で持ち上げると、左手からシャドーネイルを繰り出して一撃で仕留めた。

 そう、今俺はシャドーアーマーを身に纏っている。

 この漆黒の鎧は、魔力を流せば流すだけ性能が上がっていくようだ。

 しかしその分持続して消費される魔力も増えるので、注意が必要になる。

 硬さはマッドクラブの鋏を通さず、指差から生やしたシャドーネイルは容易に相手を切り刻む。

 接近戦なら、かなりの強さだろう。

 そういう訳で俺はマッドクラブを仕留め、カード化していく。

 ちなみにグレイウルフ二匹は待たせている。

 性能確認はバッチリだな。

 俺はシャドーアーマーの強さに満足しながら、泥沼の中央にある孤島に上陸する。

 だがそこで、ふと考えた。

 ここで宝箱に罠があったら、嫌だなと。

 なので孤島にゴブリンを召喚して、俺は距離をとった。

 そしてゴブリンに宝箱を開けさせると、案の定毒ガスのようなものが広がっていく。

「うわっ……」

 なんという悪辣あくらつな仕掛けだろうか。

 この宝箱、取るまでに何人か犠牲者が出るだろ……。

 そうして毒ガスが無くなり、毒状態のゴブリンをカードに戻した俺は、ようやく上陸を果たす。

 宝箱の中を見ると、指輪が一つ見つかった。

 名称:耐地の指輪(下級)
 説明
 装備している間、地属性耐性(小)を得る。

 鑑定してみるとこのような効果だが、正直微妙。

 デミゴッドには、属性耐性(特大)がある。

 塵も積もればなんとやらなので、他の指輪が手に入るまではつけておくか。

 そう思い部分的にシャドーアーマーを解除して、左手の人差し指につける。

 ちなみにこの部分的な解除は、雨の日の村で時間を持て余した時にできるようになった。

 いずれは部分的な発動ができるようにしたいので、練習しようと思う。

 泥沼の帰り道でもマッドクラブを仕留め、最終的に行きと帰りで十二匹仕留めた。

 なお十匹はカード化しており、二匹は手づかみで陸まで運ぶ。

 ぱっと見うまそうなんだが、泥臭さがヤバいな。

 俺に料理の腕はない。焼くか煮て塩などをまぶすくらいしかできない。

 そうだ。清潔をかけてみよう。

 俺は周囲に人がいないことを確認すると、シャドーアーマーを解除する。

 そしてマッドクラブに、中級生活魔法の清潔を発動させた。

「おお」

 マッドクラブの泥と臭みが、見事に消える。

 泥が落ちても、色合いは茶色のままだ。

 しかしここで残念なことに、この大きさが入る鍋を持っていない。

 だが諦めることができず、中級生活魔法の土塊を発動させる。

 土塊は土の塊を生み出すだけだが、魔力を込めると硬く固まり、形もある程度いじれた。

 熟練の使い手であれば、土塊で器など作れるかもしれない。

 俺の場合は有り余る魔力と操作力、そしてエクストラの直感などが活躍して、小さな風呂釜のようなものが完成する。

 そこへ飲水で水を満たし、魔力で温度を上げた巨大な火種で沸騰させていく。

 見た限り魔力で固めた土塊の釜は、崩れることがないようである。

 魔力の無駄遣いとは、正にこのことだ。

 そして旅のために買い溜めておいた塩をぶち込み、微風を内部に発動して混ぜていく。

 最後にはお待ちかねのマッドクラブを一匹投入して、茹で始める。

 ちなみに周囲はグレイウルフ達が見張っており、何かあれば知らせてくれるので安心だ。

 それから少し経ち、茶色かったマッドクラブが真っ赤になる。

 実に旨そうな色だ。

 剣を使って何とかマッドクラブを引き上げると、端を持って移動させる。

 最初は熱いと感じたが、それは気のせいで別に火傷せず痛みもない。

 デミゴッドの性能の凄さを、改めて実感した。

 また事前に用意しておいた土塊製の器に、マッドクラブを置く。

 さて、実食といこう。

 俺はマッドクラブの足を易々と引きちぎり、殻を割る。

 すると中から肉厚の身が姿を現した。

「これは、凄いな」

 地球でもここまで立派なのは、まずお目にかかれないだろう。

 しかし、問題は味だ。

 俺は喉を鳴らすと、マッドクラブの身を口に運ぶ。

「うまっ」

 食べた瞬間に、蟹の旨味と風味が駆け巡る。

 これはヤバい。

 そこから俺の手は止まらず、蟹みそも含めて一人で全て食べ切った。

 マッドクラブは大きいので一匹、いや食材になったから一杯か。

 それだけ食べれば満足だ。

「よし、もっと捕まえよう」

 そうと決まれば、行動は速い。

 シャドーアーマーに身を包み、泥沼の中を徘徊し続けた。

 マッドクラブの仕留め方も、シャドーネイルを口にねじ込んで身を傷つけないように気をつける。

 時間も忘れて、マッドクラブを狩り続けた。

 途中冒険者がやって来て、俺をモンスターと勘違いするハプニングがあったものの、うまくやり過ごす。

 見られるよりも、マッドクラブの捕獲の方が大事だった。

 そうして泥沼にいるマッドクラブを概ね狩りつくすと、俺はダンジョンから出ることを決める。

 ダンジョン内の草原地帯は日が沈み、既に真っ暗だった。

 シャドーアーマーを解除すると、中級生活魔法の光球を浮かべて出入口を目指す。

 外に出れば、ダンジョンとの時間に違いはないのか、同様に暗い。 

 俺は宿に戻ると夕食の代わりに、以前焼いたホーンラビットの肉をかじる。

 マッドクラブの旨さを知った後だからか、とても不味く感じた。

 そして次の日は宿をもう一日更新して、街に繰り出す。

 欲しいのは、大きな鍋である。

 金物屋を見て回ると、大人数パーティ用の大鍋を発見した。

 マッドクラブを縦にすれば、おそらく二杯は入りそうだ。

 かなり高かったが、購入を決めた。

 運ぶのは難しそうなので、店主に見られるのを諦めてストレージに収納する。

 店主は驚いていたが、収納系スキル所持者を抱える大型パーティを知っているのか、特に何も言わなかった。

 まさか俺一人が、マッドクラブを食べたいがために購入したとは思うまい。

 次に塩を同じように、大量購入する。

 これで盗賊から手に入れた金銭は、だいぶ無くなった。

 まあさいあく、ダンジョンで野宿してマッドクラブを食べて過ごすさ。

 それからは、他の宿屋を探しつつ街を見る。

 やはりあの宿屋より安くなると、どんどんスラムに近付いていく。

 個室はほとんどなく、雑魚寝状態だ。

 駆け出し冒険者たちは、こうした宿を利用しているのだろう。

 流石にこうした宿に泊まるくらいなら、ダンジョンでの野宿の方がいい。

 グレイウルフやホーンラビットは、ある意味高級寝具だ。

 モンスターたちに見張りをさせれば、安全な上に獲物も手に入る。

 そう考えると、ますますあの宿に泊まる意味がなくなってきたな……。

 よし、更新してしまった明日まで泊ったら、ダンジョンに引っ越そう。

 傍から聞けば頭のおかしい言動だろうが、俺は大まじめだ。

 生活魔法とストレージがあれば、ダンジョン内でも十分快適に暮らせるだろう。

 そうと分かれば、必要な物を買いに行くか。

 宿代を気にしないで済むから、気楽だな。

 俺は足取りが軽くなるのを感じながら、店を回る。

 そうして必要な物をそろえたら、冒険者ギルドに行き常備依頼をメモした。

 これで、ダンジョンへの引っ越し準備は終わったな。

 だいぶ時間が余ったが、どうするべきか。

 ああ、そういえば、国境門があるんだっけ。

 マッドクラブのせいで、完全に忘れていた。

 大きな街だし、図書館とかありそうだ。

 ギルドにいる物知りそうな人物に金を渡して訊いてみると、案の定図書館があった。

 場所も教えてもらったが、どうやら冒険者が入場するにはBランク以上であり、なおかつ退出後には返金されるが、金貨一枚が必要らしい。

 入るのは万能身分証でどうにかなりそうだが、金貨一枚は無かった。

 むしろ先ほど使い過ぎて、金欠だ。

 当面の目標は、金貨一枚を稼ぐことになる。

 それか国境門が開くという噂だし、開けば自然と色々分かるだろう。

 つまりはしばらく、ダンジョンにこもることになりそうだ。

 俺は目的を明確化させると、冒険者ギルドを出てダンジョンへと向かった。

 モンスター軍団も、この際に増強することにしよう。

 ダンジョンの奥に行けば、強いモンスターもいるはずだしな。

 そうして俺は、再びダンジョンへと入場した。

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