翌朝俺は宿を引き払い、村を出る。
空を見上げれば、よく晴れていた。
やはり雨や曇りよりも、晴れの方が好きだ。
それと今回は徒歩ではなく、乗合馬車に乗っている。
冒険者が多いので、定期的にこの村とシルダートを行き来しているらしい。
しかしこれも経験だと思って乗ったが、正直失敗した。
速度は歩くより少し早い程度だし、狭い・臭い・不安定である。
俺は三半規管が強いのか、酔うことはない。
だが馬車は凄く揺れるし、他の人は酔うことに加えて尻も痛めている。
そして何より、この世界の人たちは狭い空間だと臭い。
特に中年男性がヤバイ。
他の冒険者たちも臭かった。
パーティメンバーらしき女性は、顔を歪ませている。
逆にこの乗合馬車を護衛している者たちの方が、外で気持ちよさそうに歩いていた。
鼻が麻痺するまで耐えれば良いことだが、それもある事件で限界を迎える。
「オロロロロロ」
「うわっ!?」
「こいつ吐きやがったぞ!」
「くせぇ!」
「馬車を止めろ!」
「最悪だ!」
一人の男が酔って吐いたのだ。大惨事である。
俺との距離は離れていて助かったが、その付近の人には吐しゃ物がかかったようだ。
もう、乗合馬車で長距離移動するのは止めよう。
それから乗合馬車が停止したので、俺は外に出れた。
空気がうまい。
よし、ここで降りよう。
俺は御者にここで降りることを伝えた。
当然代金は返ってこないが、構わない。
あの空間に閉じ込められるのは、拷問だ。
他にも何人か同様に降りるようであり、顔を歪ませていた女性はパーティメンバーの男にキレていた。
なにやら乗るのは反対だったとか、金が無駄になったとかで揉めている。
まあ、俺は関係ないので関わらないでおこう。
中級生活魔法の清潔を発動させると、俺は走り出した。
背後から何か声が聞こえるが、気にしない。
おそらく、清潔を発動するところを見たのだろう。
しかし関わるのは面倒だったので、そこそこの速度でしばらく走り続けた。
流石に人外の速度は控える。
それから道中モンスターにも遭遇することなく、日が沈んでいく。
冒険者の行き来が激しいからか、モンスターとは出会わなかった。
ちょうど野営地があったので、そこで一晩過ごすことにする。
けれども他にも使用している人たちがいるので、注意が必要だ。
少し離れたところで一人用の簡易テントを張り、グレイウルフとホーンラビットを一匹ずつ召喚しておく。
グレイウルフには警戒をさせて、ホーンラビットは抱き枕だ。
狭くても一匹くらいなら問題ない。
中級生活魔法の種火で火を起こすと、村で買った串焼きやスープ、果物を食べる。
ストレージ内は時が止まっているので、料理は温かく、果物は新鮮だ。
すると野営地にいた二人の男が、近付いてくる。
「うおっ、グレイウルフにホーンラビット!? 使役しているのか?」
「おい、よく見れば別嬪だぜ。お嬢ちゃん、こんな場所に一人だと危ないぜ」
暗いからか、中性的な見た目の俺を少女だと判断したようだ。
「いや、気にしないでくれ」
「何言ってんだよ、俺たちがいるから野営しているんだろ? これって寄生だぜ?」
「そうだ。小金貨一枚か、一晩相手をしてくれるなら見逃してやるよ」
声の質も中性的なので、男だと気づかれなかった。
愛玩モンスターにもなるホーンラビットを連れているのも、原因かもしれない。
「払わないし、相手もしない。それに気が付いていないようだが、俺は男だ」
それを聞いた途端、男たちの態度が一変する。
「なっ!? 騙しやがったな! このカマ野郎!」
「ふざけんじゃねえぞ!」
更に二人が騒いだからか、奥から残っていた二人が追加でやって来た。
「なに騒いでんだよ? って女か!」
「お前ら、もしかして振られたのか!」
状況が掴めない男たちがそう言うが、すぐに俺が男だと分かると睨みつけてくる。
「ったく、寄生カマ野郎かよ。仲間の繊細な心が傷ついたし、有り金全部と装備、あと使役しているモンスター二匹で許してやるよ」
男の言葉に、俺はため息が出た。
ここまでくると、盗賊と変わりない。
手慣れているし、こいつらは似たようなことを繰り返しているのだろう。
ここで処理しておくのが、世の中のためか。
周囲にゴブリン軍団を召喚して、男たちを襲わせる。
「なっ!? ゴブリン!」
「おいおい! 全員武器もってやがる!」
「数も尋常じゃねえ!」
「お、おい! こんな時だ、お前も戦え!」
四人の男は焦りながら武器を抜くが、足は震えてガクガクだ。
そんなんじゃ、生き残れないぞ?
ゴブリン軍団に襲われている男たちを尻目に、俺はテントを片付ける。
「お、おまっ! こんな時になにして……」
「ぐあぁ!?」
「た、助け!」
「死にたくない!」
男たちはそれなりに抗うが、武器持ちのゴブリン軍団をどうすることもできず、全滅した。
うん。やはり人を殺しても何も思わないな。
一定の基準越えとタイミングが合えば、俺は今後も人を平然と殺すだろう。
異世界は過酷だし、これくらいがちょうど良い。
それに、こいつらと盗賊との違いが分からないしな。
必要な物をゴブリンに剥ぎ取らせ、遠くに遺棄させる。
やはり、そこそこ金を持っていた。
野営地で、追い剥ぎのようなことをしていたのだろう。
野営道具や防具などは、生理的に受け付けなかったので捨て置く。
武器は短剣をサブ武器にさせることで、ゴブリンに上手く渡している。
サイズが合えば防具も使わせたのだが、仕方がない。
やることを終えてゴブリン軍団とホーンラビットをカードに戻すと、代わりに光球を発動させて辺りを照らす。
デミゴッドは正直、しばらく徹夜しても問題無い気がする。
ここで寝泊まりする気分じゃ無くなったし、このまま先に進もう。
それと、暗い中あの速度で走るのは危なそうだ。
グレイウルフに周囲を警戒させながら、歩くことにする。
すると光球に誘われたのか、モンスターが顔を見せた。
「ぐげげ」
「ゴブリンか」
「ぐげっ」
剣を抜いて瞬殺すると、またもやモンスターが現れる。
それはぱっと見、薄茶色をした巨大な蛾だった。
種族:ポイズンモス
種族特性
【毒鱗粉】【毒耐性(小)】
鑑定してみると、毒の鱗粉を巻き散らすらしい。
デミゴッドには状態異常耐性(特大)があるので大丈夫だと思うが、急いで仕留めよう。
そうして剣を振るうと、簡単に倒せてしまった。
おそらく、ポイズンモス自体はザコモンスターなのだろう。
毒鱗粉がやっかいなだけなのだと思われる。
一応持っていないモンスターなので、カード化しておく。
集団の敵に不意打ちで送り込む時には、それなりに役立ちそうだ。
そうして夜の街道を歩いていると、光球の明るさに誘われたのか、何度かポイズンモスが襲ってきた。
稀に以前手に入れたジャイアントバットも混ざっており、残りはゴブリンだ。
結局最初のポイズンモスも含めて、ポイズンモスのカードは七枚になった。
ジャイアントバットは元々持っていたのを足して、五枚になる。
夜に出会いやすいモンスターもいることが知れたので、今後度々夜中に出歩くことにしよう。
そうして朝日が昇り、休憩して朝食をとる。
夜通し歩いたが、やはり疲れはほとんど感じない。
これなら、このまま進んでも問題なさそうだ。
休憩を終えると、グレイウルフをカードに戻して軽く走る。
早朝の澄んだ空気が美味しい。
それから数時間後、俺の目の前には立派な城壁で囲まれた街が見えてくる。
あれが国境の街、シルダートなのだろう。
そこで何が待ち受けているのかワクワクしつつ、俺は門へと近付いた。
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