「お゛に゛い゛じゃんどごぉおお!!」
「……っ!」
その声が俺の隠れている教室の掃除用具入れの前から聞こえてくると、次第にそれは遠くへと去って行く。
よし、行ったか。
その声が遠ざかったことにより、俺の呼吸は少しづつ落ち着いていく。
外から聞こえてくるあれ、かわいい声でお兄ちゃんどこと呼んでいるのは、この世界で妹化した元クラスメイトだ。
正直言って夢だと思いたい。
そもそも、こういうのって普通はゾンビとかだろう? なのに、噛まれたそいつは例外なく妹化する。
俺はクラスメイトが遠くから襲われるのを見ていたが、そいつの顔は今から妹化するというのに満足そうな顔をしていた。
そう、妹化した人間は、例外なく美少女になるんだ。そして、噛みつくときに小さな両腕で抱きついて、上目遣いで微笑んでくる。俺もこれなら死んでも本望だと多少思ってまった。
しかし、妹化したら俺という存在がどうなるのかが怖くてたまらない。
さっき掃除用具入れの外で叫んでいた妹は、昨日までニキビだらけの気持ち悪いオタクだった。
それがあの仕草に言葉遣い、元の精神は無いと思う。
いや、オタクだからわざとそう言うロールを……いやいや、それこそ軽率だ。
他の妹たちも似たような行動をとる。そう考えると元の精神は消滅したと思ってもいいだろう。
ちなみに、妹たちは目の前に男と女がいた場合、最初に男を狙うが、男がいない場合、女を見てお姉ちゃんと言って襲い始める。
奴らは見た目はかわいい美少女だが、やはり小説に出てくるゾンビのと似ていると俺は思う。
違いは、見た目と襲う優先、そして、攻撃の無効化。
もう一度言う、攻撃の無効化だ。
俺達は最初、そのかわいい見た目から攻撃するのをためらった。
だが、やはり命がかかわってくると、それも関係なくなり、モップなどで殴りつけ攻撃を始めたのだが、妹たちは攻撃の当たる直前に見えない壁を作り出し、その攻撃を防いだ。
それはどんな攻撃に対しても発動し、妹たちを物理的に倒せないとわかったその結果、俺を残してクラスメイト達は全滅した。
正直、俺が生き残ったのは運が良かったからだ。
皆最初は体育館などに逃げ出したが、廊下の途中にいた下級生だったと思われる妹たちが一斉に襲いかかってきた。
その時最後尾だった俺が見たのは、最前列から聞こえる叫びと、妹化していく光の柱。
俺はそれを見て一目散に教室へと戻り、今現在いる掃除道具入れの中に隠れている。
クラスメイトが全滅したと思ったのは、誰も教室に戻ってこないのと、次々に起こる妹化の光を見てそう判断したからだ。
そもそも、一番最初、校庭に複数のかわいい女の子が入ってきて、誰がこうなると予想できる? ゾンビなら教師などが関係者以外立ち入り禁止だと言って噛まれるのが定石だが、相手はかわいい美少女。
学校に何か用があると思ったのか誰も止めなかった。
その結果、3階にいる俺達3年生は完全に気がつくのが遅れ、最初入ってきた美少女に皆驚きはしたが、警戒はしていなかった。
被害者が出て初めてこれはやばいと動き出したときにはもう遅い状況。
正直、そのとき最初に現れた妹を含め、2、3人妹化したが、教室に戻ってきたときにそいつらが居なくてよかった。
今さっき現れたのはあとから来た妹だ。
さて、状況はあらかた思い出した。
改めて考えると、これはひどすぎるよな。
要するに殺せないゾンビみたいなものだ。
どうやって生き残ればいい?
正直人類詰んだんじゃね?
そう思いながら、俺は目の前の小さな隙間から教室の様子を見ようとした。その時。
「おにぃちゃんみーつけたっ!」
「ひぃっ!」
目の前の隙間をのぞき込むように、それは俺を捉えていた。
ガゴッ!
掃除用具入れの扉を開けようと妹がする。
俺は、それをさせないと手に力を入れ阻止しよとするが、妹の力は見た目以上に強く、あっけなく扉は開かれた。
「おにーちゃんぎゅー!」
「くっ!」
俺は迫って来る妹の両肩を掴み、抱き着きを阻む。
このとき、俺は一瞬しまったと思った。
何故なら、肩を掴んでいるとはいえ、首をひねり、無理やり噛みつこうとすれば噛みつける距離だったからだ。
しかし、妹は抱き着くことを優先しているのか、噛みつこうとはしない。
どうやら、ゾンビと妹は違い、噛みつくことよりも、抱き着く方が優先順位が高いようだ。
ならば、ここで抱き着かれるわけにはいかない。
「おにーちゃん手を放してよぉー! ぎゅーってできないー!」
妹は力任せに迫って来る。俺の腕も痺れはじめ、もはや妹に抱き着かれるのは時間の問題になっていた。
くそ、俺はここで死ぬのか?
そう思ったとき、俺にある考えがよぎる。
どうせここで終わるなら、これくらい許されるよな。
俺は、どうせここで終わるならと、妹の肩を押さえていた右手を離し、それを小さな胸に移動させた。
やわらかい。
それが俺の最後に思ったこと……にはならなかった。
「きゃ、きゃあああ!! お兄ちゃんのエッチ! もうしらないっ!」
そう言って顔を真っ赤にさせた妹は、どこかへ去って行く。
「へ?」
そこには間抜け面した俺と、妹が隙間をのぞき込むために使った椅子だけが残されていた。
◆
よし、俺は如月凛夜17歳。高校3年生……名前も言える。大丈夫だ。
俺は先ほどのことを思い出し、死ぬかもしれなかったと急に恐怖がこみ上げてきた結果、再び掃除用具入れの中で心を落ち着かせ、自分の名前を思い出すことで生きている。大丈夫だと自分に言い聞かせていた。
ここは危険だよな。もしかしたらまた戻って来るかもしれないし。だが、教室の外はもっと危険か。
妹がエッチなことで逃げていくのが分かったが、全てがそうとは限らない。個体によっては多少エッチなことをしても動じない妹もいる可能性がある。
やはり、根本的な解決には至ってはいない。
まじでどうしろっていうんだよ……
多少落ち着きを取り戻した俺は、掃除用具入れから出ると転がっている椅子を立たせる。
ん?
そのとき、先ほどは椅子に隠れて見えなかったが、何やら金色に光る玉のような物を発見した。
何だこれ?
それは手のひらに乗る大きさのガラス玉のようなもので、その中に金色の光が渦を巻いている。
俺は、警戒しながらもそのガラス玉を拾う。
その瞬間、≪スキル『また今度なLV1』を取得しました≫
となにやら聞こえてきた。
は? スキル? というか『また今度なLV1』ってなんだ?
そう思ったら、脳内にその効果が流れ込んでくる。
スキル:また今度なLV1
効果
妹及び姉のターゲットから外れることができる。
1日の使用限度5回
なにこれ?
意味は理解できたが、なぜこのようなものがあるのか瞬時には許容できない。
というか、妹以外にも姉がいるのかよ!
俺はそのことの方が驚きを隠せない。
そうなると、パッと見、女子がやつらなのかどうか判断が難しくなるな。
「み、みつけたぁ!」
「え?」
そんなことを考えていると、教室の扉を開けて現れたのは新たな妹だった。
「おにーちゃーん!」
「ま、また今度な!」
俺は襲いかかってきた妹に対して、一か八か咄嗟にそう叫んだ。
「うーん。そうなんだ……お兄ちゃんが急がしいなら仕方ないね……」
そう言って妹はがっかりしながら教室から去って行った。
「た、助かった」
まさか、これが本当に使えるとは……
流石に効かなければ今回はやられていたかもしれない。
そう思うと、俺は運が良い。
俺は教室の扉を再度閉めると、あのガラス玉がまた落ちていないか探す。
だが、そう何度も都合よく落ちてはおらず、俺はがっかりしながらも、椅子に腰かける。
とりあえず、これからどうするかだよな。
ここにいてもいずれ先ほどのように攻めてこられる。
仲間が必要だ。
俺は教室から出る決意をした。
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