057 領主邸での模擬戦 ①

 客室の一つを与えられた俺は、そこでさっそくレフに縮小のスキルオーブを使用する。

 するとレフは縮小により、まるで毛長黒猫のように小さくなった。

「にゃん!」

 そしてレフはそんな鳴き声を上げながら、俺の足に体を擦りつける。

 加えてレフから抱き上げてほしいという思念が伝わったので、俺はレフを両手で抱えた。

「にゃにゃ!」

 レフはそれが嬉しかったようで、俺の顔をペロペロと舐める。

 そんな俺の元に、訪問者がやってきた。

「ジン様、グレートキャタピラーの件につきまして、お話に参りました」

 そう言って現れたのはセヴァンであり、どうやら冒険者ギルドへと話を通し終えたらしい。

 またグレートキャタピラーの巨体を保存するため、現在場所を用意しているとのこと。

 二日後くらいに、俺がその場所に納品すればいいらしい。

 あとは時間があれば、兵士長とモンスターバトルの模擬戦をしてほしいみたいだ。

 俺もちょうど暇を持て余していたので、それに同意して今から案内してもらう。

 ちなみにレフはカードには戻らず、そのまま俺について行くらしい。

 そうしてやってきた場所は、先ほどグレートキャタピラーを出した練習場である。

 見物なのか、多くの兵士たちが待っていた。

「君がジン君か。俺はここで兵士長をしているディーバだ。君の噂は既に聞いているぜ。それでダンジョン踏破者の実力を是非見たくなってな。どうか俺とモンスターバトルをしてほしい」

 そう口にするのは、ディーバと名乗る三十代後半の男性。

 俺とモンスターバトルをしたいようであり、もちろんここにはそのために来たので了承する。

「わかった」
「よし、それじゃあさっそくやるか!」

 するとディーバは年齢に見合わず嬉しそうな笑みを浮かべて、専用の場所に移動する。

 練習場には、モンスターバトルをする為のスペースが用意されているようだ。

 おそらくこの試合は、俺の実力を確認することが本来の目的だろうな。

 だがまあ、タヌゥカの時のこともあるし、実力は早めに見せておいた方がいいだろう。

 指定位置に俺が立つと、ディーバが簡単なルールを説明し始める。

「ルールは一対一の三回勝負だ。動けなくなるか降参したら負けとなる。何か質問はあるか?」
「別にない。いつでも始めてくれ」

 どうやら勝ち抜き戦ではなく、三匹のモンスターでそれぞれ勝つ必要があるみたいだ。
 
「それじゃあ、まずはこいつからから行くぞ」

 そう言ってディーバは、オークを召喚した。

 ディーバはサモナーなのか。それにあのオーク、かなり鍛えられているな。

 加えて全身に鎧を身に纏い、手には槍と盾を装備している。

 これは強敵だ。

 それにおそらく、オークを出したのは様子見だろう。

 これ以上に強いモンスターが、控えているに違いない。

 出すとしても、同じオークでは負ける可能性がある。

 であるならば、ここはあいつを出そう。

「いでよ、ハイオーク」

 俺が繰り出したのは、ハイオーク。

「うおっ!? ハイオークか!? よく使役できたな! もしかして、あのモンスターハウスのハイオークなのか?」
「あのモンスターハウスがどこを指しているのか分からないが、ハパンナダンジョンの五階層目にいたやつだ」
「おいおい、俺が言ったのはそこだよ。こりゃ、凄い奴が現れたな。だが見たところ使役したばかりで、鍛えてはいないみたいだな。それなら、俺の方に分があるぜ」

 するとディーバは、オークに命令を出す。

「ロルゴ、三番だ」
「ぶひ!」

 たったそれだけの命令で、オークが動き出した。

 なるほど。番号で事前に命令を決めているのか。

 オークは盾を前に出しながら、少しずつ近寄ってくる。

 このまま闇雲に戦ったら、ハイオークの方が負けるかもしれないな。

 なら、ここは面白いことを試してみよう。

 実験無しのぶっつけ本番だが、やってみる価値はある。

 俺はまずハイオークに全感共有を発動した後、以心伝心+で心を通じ合わせた。

 更にカード召喚術や軍団行動、軍団指揮などで情報共有や意思疎通を補助していく。

 ”お前の全てを俺にゆだねろ”

 そしてそのように命じると、ハイオークの体がまるで俺の体のように動かせるようになっていく。

 ハイオークの全ての感覚を共有し、僅かな時間差もなく命令を下す。

 それによって、ハイオークは完全に俺の傀儡くぐつと化した。

 よし、行くぞ。

 そうしてハイオーク、いや俺はパワーアップを発動して能力を上昇させる。

「ロルゴ、二番だ!」

 するとそれを見て、ディーバが命令を下した。
 
 どうやら、守りを固める命令のようだ。

 俺は棍棒を手に持ち、振り上げる。
 
 対してオークは、盾の側面から槍を繰り出してきた。

 しかし、それが俺の狙いだ。

 その瞬間槍の軌道から僅かに回避すると、槍を脇へと挟む。

「ぶぎ!?」

 オークはそれに驚愕して引き抜こうとするが、全く抜ける様子がない。

 俺はその隙を見て棍棒を槍に振り下ろし、叩き折る。

 反動でオークがたたらを踏むのに対し、俺は続けてタックルをかます。

「ぶぎゃっ!?」

 オークはそれを盾で防ぎきれず、勢いのまま尻もちをつく。

 そうなれば、もう勝負は決まったも同然だ。

 棍棒をオークの脳天に振り下ろそうとしたその時――。

「まいった。ロルゴの負けだ」

 ディーバがオークの敗北を宣言した。

 ふぅ、これは結構疲れるな。

 それにハイオークの闘争本能に、少し影響を受けた気がする。

 ディーバが止めていなければ、あのオークを殺していたかもしれない。

「まさか思念だけで完全に命令を下せるとは、こりゃレベルがちげえな」

 そう言って頭をかくディーバに対して、俺は落ちている折れた槍を生活魔法の修理で直してから、ディーバへと返す。

「折って悪かったな。これは返しておく」
「おおっ、修復まで出来るのか。すげえな。あんがとよ」

 ディーバは俺にお礼を言うと、オークに槍を渡して送還する。

 俺も元の位置に戻り、ハイオークを戻した。

 さて、次は何が出てくる? いや、ここは俺から出すべきか。

 一戦目はディーバがモンスターを先に出したので、次は俺が出す番だ。

 下手に弱いのを出すと負けるかもしれないし、コイツで行こう。

 俺が続いて繰り出したのは、安定した強さを持つホブンだ。

「ゴブア!!」

 グレートキャタピラー戦ではやられてしまったが、既に復活している。

「ホブゴブリンか。次は俺も格上を出そう。出てこい、サベス!」
「シャー!」

 するとディーバが次に出したのは、大蛇だった。

 言葉通りなら、ホブゴブリンの格上モンスターということになる。

「六番だ!」

 ディーバの命令で、大蛇が動き出した。

 捕まったら不味そうだな。よし、初回からでかいのを叩きこもう。

 とりあえず殺すわけにはいかないし、胴体を狙うことにする。

「ゴッブア!」

 俺の命令を受け、ホブンは大蛇の胴体に向ってスマッシュを横なぎに叩きこむ。

「ギャッシャ!?」

 すると一撃で大蛇はくの字に折れ曲がり、動かなくなった。

「……嘘だろ。何でホブゴブリンがスマッシュを使えるんだ? もしかしてユニーク個体か? それとも、希少な武器を持たせているのか? どちらにしても、普通じゃねえ……」

 ディーバはこの光景に対して、有り得ないものを見たように驚く。

 まあ普通のホブゴブリンに棍適性は無いし、そもそもホブンはダンジョンボスだ。

 基礎能力が全く違う。
 
「俺のホブンは少し特別なんだ」

 そう言ってサモナーのような送還に見せかけて、ホブンを消す。

「どうやら、単独でダンジョンを踏破したというのも、あながち嘘じゃなさそうだな」

 どうやらディーバは、そもそも俺がダンジョンを単独で踏破したことを信じていなかったらしい。

 モンスターがいるとはいえ、単独で踏破するのはやはり普通では無いようだ。

 これは疑われても、仕方がないだろう。

「それじゃあ、次は俺の一番強いモンスターを出す。だから、ジン君も相応のものを見せてくれ」

 そう言ってディーバが最後に繰り出したのは、四メートルはある岩の巨人。

「凄いな」

 俺は思わず、そう呟いた。

「こいつはロックゴーレムのロックだ。等級でいえばBランクになる」
「なるほど」

 今更だが、モンスターにはランクが存在している。

 下はFから始まり、E.D.C.B.A.S.SSと上がっていく。

 ちなみにオークはDランクであり、カード化したグリフォンがおそらく同じBランクだ。

 ただこのランクは野生の場合であり、テイマーやサモナーに育てられれば、当然ランク以上に強くなる。

 野生の格上モンスターを、テイマーが育てた格下モンスターが倒すことも可能という訳だ。

 つまりあのロックゴーレムは、野生のBランクよりも強い。

 ましてや、ディーバがあれほど自信を持って出したモンスターだ。

 そうとう力を入れて育てたのだろう。

 であれば、俺の手持ちで勝てるモンスターはあいつしかいない。

 俺がそう考えた時だった。

「にゃーん」
「レフ……」

 俺の足元でこれまでおとなしくしていたレフが、静かにそう鳴いた。

 理由は分かり切っている。

 レフは、自分が戦うと言っているのだ。

「よし、行ってこい」
「にゃん!」

 俺はレフを信じて、送り出した。

「おいおい、なんだその猫ちゃんは? もしかして俺を馬鹿に……え?」
「グルオウッ!」

 縮小が解除されて現れた黒毛の巨大獅子に、ディーバは言葉を失う。

「レフ、お前の新たな力を見せてくれ」

 そして、戦いが始まった。

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