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 糸目の男の鍛冶屋に向かう道中、エフィンは見た目平然を装っていたが、内心ではかなり焦っていた。

 何故ならば、この錬金鍛冶術というユニーク級スキルを見せることによって、利用されたり、はたまた奴隷として売られるかもしれないからであり、その場合エフィンがこの筋肉に覆われた肉体を持つ、糸目の男から逃げられる可能性は極めて低い。

 しかし、これ以外に思いつく方法はエフィンには無く、あの場で下手な嘘をつけば、疑いは強まり、今以上に切り抜けられる可能性は低くなっていたであろう。

 だとすれば、正直に言ってうまくいけばそれで良く、失敗しても従順な振りをして隙を作り、それを機にエフィンは逃げ出す気でいる。

 その方が成功率は高いとエフィンは判断した。

 そして、到頭エフィンは糸目の男の鍛冶屋に辿り着き、その緊張は一気に高まる。

「さぁ、素材はこっちだ」

 その言葉はもはやエフィンにとって、緊張故か犯罪者の囁きにしか聞こえない。

「う、うん」

 だが引くわけにもいかず、エフィンは糸目の男について行く。

「ここの素材なら好きに使ってくれて構わないよ」

 糸目の男に連れてこられた場所には、鉄のインゴットや、何かの革や鱗などが置いてあり、近くには鍛冶道具もそろっていた。

 当然だが、糸目の男はエフィンがスキルで作り出すとは思ってはおらず、出来上がるまで待つつもりであり、もしあのハンドアックスほどの物ができるのであれば、エフィンを内弟子にでも誘おうとかと糸目の男は思っていたのだが、この後の出来事でその考えは一変する。

 それは、エフィンが品定めするかのように素材を見た後、その手に魔物、シャドウハウンドの革を持った途端、その革が光のシルエットに一瞬にして包まれたかと思えば、エフィンの手にあったシャドウハウンドの革は真っ黒なレザーマントへと変貌していたからだ。

 糸目の男はその驚きの光景に、糸のような細いその目が限界まで開かれる。

「これで証明できましたよね?」
「あ、ああ」

 糸目の男は、エフィンの言葉にそう返事はしたものの、その返事はどこか上の空であり、しばらくすると何かを天秤にかけているのか、エフィンとそのレザーローブを交互に糸目の男は見る。

 現在糸目の男の脳内では、ある欲望と理性の戦いが起こっていた。
 それはこのエフィンという少年を、どうするかであり、脳内には3つの選択肢が出ている。

 1つ目は、このまま内弟子にするという選択で、そうすれば今後糸目の男の鍛冶屋がより大きく成長するというのが予想できた。

 2つ目は、現在装備類を瞬間的に作り出す鍛冶師がいると噂を聞きつけやってきた子爵の息子、ブタリオン・ゲブルスにエフィンを引き渡すということであり、そうすれば大金が手に入るということ。

 そして3つ目は、その噂の鍛冶師であるドワーフ、ギルオンにこのエフィンのことを教えるかであり、その理由はエフィンのスキルがギルオンのユニークスキルに酷似しており、もし同じものならば親族の可能性が高いからだ。

 ユニーク級スキル以上のものは、稀に親や数代前の先祖からスキルを受け継ぐ可能性があり、ドワーフのギルオンは、8年ほど前に息子夫婦を亡くし、その息子は行方不明になっている。

 それが目の前の少年、エフィンの可能性が高く、そのスキルといい、年齢が一致しているのだ。

 更に、ギルオンの息子の嫁は人族であり、生まれる種族比率でいえば、見た感じ人族のエフィンは、十分、いや、間違いなくギルオンの孫だと、糸目の男は確信している。

 故に自分の利益を取るべきか、知り合いの鍛冶師にエフィンのことを教えるべきなのか、糸目の男はその善と悪が頭の中で戦っており、それは糸目の男の中で今までにないものだ。

 しかし、それも現実では一瞬の思考であり、そう待たず答えは導き出され、糸目の男は答えを口にする。

「ちょっとここで待っていてくれ! 今から君のおじいさん・・・・・を連れてくるよ!」

「え?」

 糸目の男は自身の悪に討ち勝ち、そうエフィンに言うと、すぐさまギルオンにそのことを伝えるべく鍛冶屋を勢いよく飛び出していった。

 当然そこには突然のことに訳が分からないと棒立ちになっているエフィンを残して。

 ◆

 糸目の男が飛び出して行ってから暫くして、外からはどこかで聞いたことのあるドワーフの声と、糸目の男の話声が聞こえてきた。

「本当に儂の孫なんじゃろうな! もし嘘ならお前の舌を引っこ抜いてやる!」
「本当ですって! 彼のスキルを見れば絶対納得しますから!」

 そんな話声がエフィンに聞こえてきており、それは次第に大きくなる。そして、到頭エフィンの目の前までやってきた。

「お主が儂の孫を自称する者か?」
「え?」

 エフィンは別に自称したことなど当然なく、それよりも声をかけてきたドワーフにエフィンは驚く。

 何故なら、目の前のドワーフはユニーク級スキル錬金鍛冶術を捨てた人物だったからだ。

「なんじゃ? やはり違うのではないのか?」
「そんなことないですって! とにかくまずは彼のスキルを見てください! えっと、エフィン君だよね? さっきのやつをもう一度やってくれないかな?」
「え? う、うん」

 エフィンはその迫力に対して咄嗟に返事をしてしまい、言ってしまった以上後には引けないと、先ほどのレザーマントを作り出したときのように、今度は爬虫類のような濃い緑色の鱗束を手に持つと、エフィンは錬金鍛冶術を発動させ、鱗束を薄暗い緑色のブーツにへと瞬時に変えてみせた。

「なっ! なんじゃと!」

 鱗束がブーツになるのを見て、ドワーフのギルオンは驚きを隠せない。

 それはどう見ても自身が使っていたユニーク級スキル、錬金鍛冶術と同じ現象であり、長年使っていたスキルを見間違うはずは無かった。

「どうですか? このスキルはどう見てもギルオンさんのスキルと似ていますよね?」

 糸目の男もそれを再び見て、やはりそうだとギルオンに若干興奮気味にそう問いかける。

「似ているもくそも無いわい! これはまさしく儂の持っていた・・・・・錬金鍛冶術に違いない!」

「という事はやはり彼はギルオンさんの孫……え? 持っていた?」

 糸目の男はギルオンの持っていたという言葉に一瞬聞き間違いかと疑った。
 だが、それは聞き間違いではないことをすぐに知る。

「ああ、捨てやったわい! あの貴族がしつこいんでな! 目の前で捨てたときの慌てよう、あれは見ものだったぞ!」

「な、なんてことを……」

 ギルオンの錬金鍛冶術というスキルは、ものすごい価値を秘めたものであり、それがあれば大金を掴むのも夢ではなく、実際にギルオンはそのスキルを使い、大金を掴んでいて、今ではその残った金で暮らせていけるほどだ。

 それを捨てた。糸目の男には信じられない。捨てるのならば自分が欲しかった。だが、捨てたスキルを手に入れる方法などこの世には無く、捨てられたスキルは永遠に戻っては来ない。

 それがレア級までならば、努力次第では戻って来るが、それがユニーク級となれば話は違う。

 ユニーク級は生まれ持ってのものや、奇跡的なこと、また幸運でなければ手に入れることはできず、努力ではどうにもならないものだ。

 故に糸目の男はいつの間にかその細い目でギルオンをこれでもとばかりに睨み付けていた。

「ぬう、お主の気持ちもわからなくはないが、儂は鍛冶師をやめたのじゃ、いらないものは捨ててしまうだろう」

「それでも! ……くっ!」

 糸目の男は祖父と孫の感動の再開時よりも、気持ちが高ぶっており、今にもその怒りは爆発しそうだった。

「すまぬな。そのことについてはいくらでも話す。じゃから今は孫との再会を喜ばせてはくれぬか?」

「う、は、はい……」

 ギルオンの言葉で、糸目の男はスキルを捨てたことへの追及を取りやめる。流石に自分がこの感動の再開に間を指していると気がついたからだ。

 糸目の男の言葉で、感動の波は一度打ち消されてしまったはものの、ギルオンはやはり孫との再会はうれしく。もはやエフィンのことを疑う気持ちはギルオンにはない。

 ギルオンはエフィンへとゆっくりと近づくと、ゆっくり口を動かして声を発する。

「エフィンという名なのじゃな。儂はお主の祖父、ギルオンじゃ。今は何のことかわかるまいが、それはゆっくり教えていこう。8年は長かったが、これからはたっぷり時間がある。お主はもう一人ではない、今日からは儂がついている。さぁ、一緒に帰ろう」

 ギルオンは途中から涙目になり、最後にはその瞳から涙が零れおちながらも、エフィンに向けて手を差し伸べた。

 それに対して、エフィンは戸惑いながらもその手を掴む。

 それは感動的な場面であり、糸目の男は先ほどの怒りなどはどうでも良くなって、その細い目からは涙が流れる。

 この場面を見れば、誰もが何かしらの感動を覚えるような空気が流れており、この奇跡に2人は例えようもない気持ちが溢れていた。

 そう、ただ1人エフィンを除いてだが。

 エフィンは当然感動など無く、奇跡とも思っていない。ただ運が良かったとは思っているだけだ。

 そもそも、エフィンはギルオンの孫などではなく、スキルもギルオン本人が持っていたものを拾ったのであり、遺伝でもなんでもない。

 更には、エフィンは親の記憶が無いとはいえ、ギルオンの孫などという可能性は無いと思っている。

 この錬金鍛冶術を抜きにして、人族、8歳孤児の男の子がこの世界にどれほどいるだろうかと。

 故にエフィンはギルオンの孫だと思ってはいないし、そんなことよりもピンチを切り抜けたばかりではなく、住むところまで手に入るとは幸運だと、エフィンはそのことの方がうれしく、若干涙目になっているのはそのためだった。

 しかし、そんなことなど2人は知るよしも無く、エフィンも祖父に再会できてうれしがっていると思っているのだ。

「それじゃあエフィン、帰るかの。それと、お主にも世話になった。名は確か……なんじゃったか?」

「わ、私の名はホソイメですよ」

 ギルオンの言葉に糸目の男、もといホソイメは多少ショックを受けながらもそう名乗る。

「おお、そうじゃった。ホソイメ、この礼は必ずするからの。さぁ、行こうかエフィン」

「う、うん、でもその前に装備が……」

「ぬぅ……エフィンよ、レザーマントとブーツは持っていってもいいが、ハンドアクックスは諦めてくれぬか? 儂はお主に武器を持ってほしくは無いのじゃ」

「……わかった」

 実際にはハンドアックスを手放したくなかったが、これから一緒に住むのであれば、ここは大人しく諦めるのが得策だとエフィンは判断した。

「それじゃあ、このハンドアックスは素材代という事で私がもらってしまうけどいいかい?」
「構わぬかエフィン?」
「うん、いいよ」

 そうして、それから多少会話があったものの、エフィンは作り出したレザーマントとブーツを装備して、ギルオンと共にホソイメの鍛冶屋から出る。

 幸いにも装備した2つは自動調整のスキルがついており、エフィンにぴったりのサイズになった。

 それに、ボロボロだったローブと靴はホソイメが処分してくれるとのことで、ホソイメの鍛冶屋に置いてきている。

「これから色々話すこともあるが、よろしくのエフィン」
「うん、よろしく」

 鍛冶屋密集地でドワーフのギルオンと、その孫で人族の子どもエフィンは、道すがら手をつなぎ、仲良く歩いて行った。

 ギルオンはこれから孫との楽しい生活が待っていると気持ちを輝かせ。

 それとは別にエフィンはこれからゴミ漁りをしなくていいと喜んだ。


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