次の日、エフィンはどうしたらこのスラム街の生活から抜け出せるかを考えていた。
そこでまず思い浮かぶのがウェストピッカーの効果でスキルを多く取得して強くなることで、エフィンはどうしたらスキルを多く手に入れられるか考える。
まず前提条件として、他人がスキルを捨てる瞬間を見ている必要があるのだが、そもそもスキルというのは簡単に取得できるものでなく、またある程度の適性が無ければレア級以上のスキルを取得することはできない。
そして、スキルは6つ目を取得した場合に限り捨てることができるのだ。故に他人がスキルを捨てる瞬間に遭遇するのはなかなか難しいと言える。
このスキルの情報に関しては以前年長者に聞いていたので知っていることだった。
因みに、スキルレベルの最大値は5であり、1が凡人、2が普通、3が熟練者、4が師範、5が英雄で、また同じレベル5でも差というものがあるという噂だ。
それと、ユニークスキル以上はレベルが存在しないことも聞いていた。
次に思い浮かぶのは、冒険者ギルドで登録して金を稼ぐという手段だが、登録するには銀貨1枚必要であり、とても今の生活では稼げる量ではない。
そもそもこの世界の通貨は鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、王金貨というものがあり、硬貨は10倍で次の硬貨の価値になるのだが、エフィンは今まで鉄貨しか手にしたことが無かった。
故にその100倍である銀貨など今の状況では稼げるはずがないのだ。
それならばどうするか、銀貨1枚を手っ取り早く手に入れる方法は、やはり他人から奪うという方法だが、その場合、1人を倒して奪ったとしても、その仲間が報復に来る可能性もあるし、そもそも勝てない可能性もある。
だが、それも多くのスキルを得た場合どうだろうか、例えば敵を攻撃するのに役立つスキルと、その証拠を隠すまたは逃げるためのスキルを持っていれば可能ではないだろうかと前世の記憶を得て賢くなったエフィンはそう思う。
そして、冒険者登録をした後にこの町から脱出すればそれも問題が無くなると。
冒険者証は身分証明にもなり、町を出る際に必要になる。また無い場合町に入るのにはそれなりのお金がかかるので、町を出るには必要になるのだ。
そうと決まれば、とりあえず現状では以前通りゴミを漁るしかないので、エフィンはゴミ捨て場へと歩き出す。
◆
ゴミ捨て場へたどり着くと、同業者達がまるでゾンビを見るかのように驚いた顔でこちらを見ており、何やら仲間同士で話し始めたそれが、偶然エフィンに聞えてきた。
「まじかよ、あいつ確か衰弱して死にかけていたはずだろ」
「やっぱりあいつ人間じゃないんだって」
「もしかして呪いで他人から体力でも奪ったんじゃ……」
スラム街ではエフィンのように衰弱して動けなくなると、大概の場合は死んでしまうことが多く、仲間がいたとしてもよほどの関係でなければ助けはしない。
衰弱した者に食べ物を無償で与えれば自分がそうなる可能性があるからだ。
更に、グループを組んでいる者はエフィンのようにあの虫を食べることはほとんどない。
何故なら1人が病気にかかれば全滅する可能性もあるからであり、病気にならなかったエフィンの方が稀で、エフィンの場合は生命力強化が助けになったのもある。
故に1人ぼっちのエフィンが衰弱から回復していることに皆が驚きを隠せず、それはあの虫を食べている可能性が高いとも思わせ、この日からスラム街では呪いに加えて、病気もうつされるという噂までが広がることになった。
だが、そんなことは今更どうでもいいと、エフィンはせっせと売れそうな物をゴミ山から探し始める。
このゴミ山は一般のごみが多く、鉄などはなかなか見つからないそこで、まだ使えそうな道具などを探すのだ。
エフィンはまだ8歳なので重い物は運べず、小さな道具や稀に見つかる鉄などを集める。
途中穴あきの袋を2つ見つけ、それを二重にすると、そこに売れそうなゴミを詰め込む。
それを数時間ほど行うと、いつもならそれを定時に来る男に売るのだが、前世の記憶があるエフィンは今回そうしない。
何故なら大よそではあるが、男たちが売りに行く場所を予想できたからである。
場所は鍛冶屋か中古の道具などを扱う店などが予想できた。
スラムの子どもたちは、皆男たちに売るだけであり、どこで鉄くずなどが売れるという事は知らないでいる。
何故なら男たちは子供に鉄くずなどの売却先を喋らず、食い下がった子どもは痛めつけるのだ。
その子どもは運が悪いと怪我が原因で死んでしまうことも多々あったりする。故に子どもたちは売却先を聞かない。
そして、何よりもスラム街から子どもたちは出ることは少ない。これも男たちに大人になる前にスラム街から出ると、ひどい扱いを受けたり、奴隷として売られると言われているからだ。
当然それを無視して外に出て行く子どもがいるが、戻ってこないこともあり、戻ってきたとしても、暴言や暴力を受けたなど仲間に話した結果、あながち男たちの言葉が嘘ではないと判断されたためである。
しかし、それについてエフィンは何かしら裏があると思っていた。
まず帰ってこない者は男たちに消された可能性と、戻ってきた者の言動はそうなるようなことを行ったあるいはそうなるよう誰かが頼んだなどが考えられる。
男たちからしたらゴミを漁る子どもたちは金づるであり、手放すわけにはいかないからだ。
他のスラムに住んでいる人間もそのことについて誰も教えたりはしない。
皆ぎりぎりなのだ。そのことを教えた結果、生きていけなくなる可能性もあり、そもそも善人気取りの人間は、スラム街では生きてはいけない。
そういう考えに至ったエフィンは、スラム街から出ることにし、まずはゴミ捨て場で拾ったボロボロのフードを自分だと気づかせないよう羽織る。
幸いフードはボロボロでエフィンの腕力でも千切れたので丈を合わせられた。
そして、ある程度ゴミを集め終わったエフィンは、スラム街の外へと歩き出す。
ただ1つ不安なことがあるとするならば、道具のなどを売れる場所が見つかったとして、果たしてまともに買い取ってくれるのかである。
下手をすれば足元を見られ以前と同様かそれ以下の値段で買い叩かれる恐れがあり、最悪の場合は門前払いされるであろう。
しかし、エフィンが今後生活していくためには、スラム街の外で売るしかないのも事実で、いつものように男たちに売っていれば、また難癖をつけられただ同然で持っていかれ、また衰弱してしまうのが落ちである。
故にエフィンは引けないのだ。
そう思いながらエフィンが歩くことしばらく、ようやくスラムの外へと無事に出る。
町は賑やかであり、その人の多さは今世で初めての経験だったが、前世の記憶があるためにエフィンはあまり驚かない。
それよりも漁ったゴミを買い取ってくれる店を探す方が先決だった。
まず大通りの店は買い取ってはくれないだろうとエフィンは思い、次に貴族が住む場所の店だが、そこは論外である。
そうなると残すは、町の奥にある武器など直接作っている鍛冶屋ならば、可能性があるかもしれないと、エフィンはその場所を町の人に聞いてみることにした。
どのみち見られている以上、スラムの男たちに気がつかれるのも時間の問題だと思ったからだ。
それに、エフィンには悠長に広大な町の中を探し回るほどの余裕はない。
エフィンはそう覚悟を決めると、近くにいた人のよさそうなおばさんに声をかける。
「あの、ちょっといいですか」
「なんだい?」
エフィンの声におばさんが気づき、返事をして声のする方へ振り返った瞬間、優しい声だった返事とは真逆の視線をエフィンへとむけてきた。
それでもエフィンは構わず続きを口にする。
「鍛冶屋が密集している場所ってこの町にありますか?」
その言葉に物乞いでもされると思っていたおばさんは多少怖い顔から少しだけましになる。
「それならあっちの方だよ。それよりスラムの子どもが町に出てくることはあまりお勧めしないよ。さっさと帰った方がいい」
おばさんは鍛冶屋が密集していると思われる場所を指差した後、そう言ってお礼も聞かないうちにそそくさと去っていった。
よほどスラムの者と関わるのが嫌だったらしい。
そのことが場の雰囲気からエフィンも感じ取れた。
しかし、そんなことはどうでもよく、エフィンは、逆に最初から鍛冶屋の場所を教えてもらい運が良いと思いながら、その場所へと移動を開始し始める。
と言ってもその場所までには距離があり、道行く人はエフィンを見て皆良い顔をしない。屋台の人や物売りに限っては、子を守る獅子のような形相でエフィンを睨み付けていた。
流石にエフィンも居心地が悪く、さっさと抜けようと急ぎ足で通りを抜けようと歩くが、その結果思いもよらない事態を招く。
「いってぇな!」
「あっ……」
エフィンの目の前に突然男が現れ、それに対処できずぶつかってしまったのだ。
ボロボロのローブは視界が悪いのもあるが、早歩きで余計に周りを見ていないのが原因だった。
目の前の男は、身なりから冒険者と思われ、鉄の鎧と鉄の大剣を持つ屈強な男であり、とてもじゃないがエフィンの適う相手ではない。
「あ? きたねえ身なりだな。スラムのガキか? なんでこんなところに居やがる」
「えっと、それは……」
前世の記憶があるとはいえ、エフィンは子どもであり、突然強そうな大男が現れれば怯えてしまうのは仕方のないことであり、そもそも前世でも虐められていただけに強そうな相手には弱気になってしまう。
「はっきり言いやがれ!」
「ひっ、え、えっと、拾ったものを売ろうと思って……」
エフィンは少し涙目になりながら大男にそう答える。
「拾った物を売りに? ちょっとこっちにこい!」
「え?」
大男はエフィンの手を取ると、路地裏まで引っ張っていった。
それに対してエフィンはこれから何をされるのかとただただ恐怖するだけだ。
もしかしたら拾った物を巻き上げられ、暴力を振るわれるのではないかとエフィンは思っている。
そうなる前に何とか逃げる方法を考えようとするが、その手は強く握られており、エフィンの力ではどうすることもできない。
更にはその状況に町の人は何とも思わないのか、助けようとする人は皆無である。
エフィンは思った。やっぱり碌なことが無いと、所詮どうやっても自分は不幸になる運命だと、エフンンの瞳からは光が消えかかった。
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