残り:15:19:22
酒場を出て残り時間を確認すると、あと十五時間と少しといったところだった。長いように見えて、あまり時間は残されてはいない。
あと十五時間、まずは先頭集団に追いつくことを目指した方がいいはずだ。
ちまちま数の少ないモンスターを探して狩っているよりも、そのほうがいい……と思っていたのだが、この場所といい、こいつらはなんだ?
扉の先は、森の中ではなく、何もない部屋だった。広さだけはあり、壁には光る石が等間隔で埋め込まれている。
そして、周囲には異人が数多くいた。特徴としては、初心者の装備が多いというところ。
「見つけた! 無理やりにでもついていく! 一度餌付けしたなら最後まで面倒をみて!」
「お前は……物乞い少女か」
そう言って俺のローブを逃がさないとばかりにしがみついているのは、先ほど酒場で出会った物乞い少女だった。
「た、確かにそうだけど、私は物乞い少女じゃなくて、ラクシュって名前があるんだよ!」
「そうか、ではラクシュ、そろそろ放せ。明らかに何か起こる。そのままだと邪魔だ」
まさに俺がそう言った瞬間、脳内に元凶と思われる少年と老人の声が重なって聞こえてくる。当然、それはスペード神だ。
『やあ、未だにパーティも組めず、無謀にも一人で挑もうとした諸君たち。君たちは戦力と見なされず、またパーティを組める友もいない。かわいそうに、このままでは無駄に死んでしまうところだったんだよ?』
スペード神の声からは、笑いを堪えているようなものであり、当然周囲の異人たちからヤジが飛ぶ。
『まあまあ、落ち着きたまえ。だが、君たちは何もせず、ひきこもる者たちとは違う。蛮勇だが戦う意思を見せた。まあ、偶然この場所に来た者もいるけれど、それは運が良かったね』
何が運が良かっただ。明らかに俺は狙って連れてこられたとしか思えない。
『それで君たちには、チャンスをあげようと思う。これを乗り越えれば、試練が無事に終わった場合、きっと他の異人たちに追いつけるはずだよ。さて、肝心のルールだけれど、まずグループに分かれて制限時間まで拠点を防衛してもらう。次にいくつかのグループと合流してボスモンスターと戦ってもらう。そして最後に、ボスモンスターを倒した他の合流グループとデスマッチをしてもらって、生き残ったグループが勝者として認められるというわけさ』
……どう考えても、俺の正体がばれてしまう。いや、それが目的か。要するに、いつまでも単独行動するなという警告なのかもしれない。全く面倒極まりない。そして、力を隠せば至高の枕は当然手に入らないだろうし、スペード神がより面倒な手段に出てくるかもしれないな。
『それと、今回ドロップアイテムはないからね。陣営を強くしたいのになんで? って思っている人が多いけれど、そもそも見込みのある人たちはちゃんとパーティ組んで試練に向かっているんだよね。そもそも、チャンスを与えるのだってタダじゃないんだよ。だからチャンスがあるだけ感謝してほしいくらいだ』
なるほど。神たちにもルールがあって、こうしたチャンスを与えるためにはポイントのようなものを消費するのだろう。
だが、いくらチャンスだといっても、陣営が試練を超えられなければ意味がない。それだけが不安だ。そもそも、未だに試練を超える方法すらわかってはいない。
このチャンスが終わった時、果たして残り時間は残っているのだろうか。
『おや? このチャンスすら乗り越えられるのかさえまだ決まっていないのに、陣営が試練を乗り越えられるかどうか心配しているようだね? ふふ、勝算が無ければこんな無駄遣いをしないよ。それに、陣営にどれくらい人がいると思っているんだい? 未来の英雄候補は既に頭角を現しているんだよ。今回の試練でよりそれに近づくだろう』
どうやら俺の杞憂だったらしい。それにいつの間にか、俺でなければ試練を超えられないと、どこかで思っていたのかもしれない。
こんな考えでは、いつか危ない目に会うかもしれないな。他にも、スペード神はその英雄候補を育てたいという算段があるのかもしれない。
『では、ある程度納得できたところで、残り時間が15:00:00になったら開始するよ。それまでに準備や、同じグループになりたい人とパーティを組んでおくといいよ』
そうして、スペード神の説明が終わった。
「ご飯の人! お願い! パーティ組んで! このままじゃ絶対死んじゃう!」
やはりというべきか、物乞い少女、ラクシュがそう言ってしがみつく手を強める。
どうしたものか、どのみちグループ分けされれば知らない奴と組まされるわけだし、少しでも知っているものと組んだ方がいいのかもしれない。
「わかった。だからそもそも手を放してくれ」
「本当に! 言質取ったからね! 使えなくても追い出さないでよ!」
「……ああ」
少し早まったかもしれないと思いつつ、俺はラクシュにパーティの参加申請を送ると、即座に受諾された。
どうやらパーティが同じだと、何となくそこにいるというのが分かる気がする。おそらく、距離がある程度離れても同様だろう。
「ありがとう! 私がんばるよ!」
そう言ってラクシュが抱き着いてくる。とても暑苦しい。
「おい、お嬢ちゃんたち。俺たちとパーティ組まないか?」
「うひょ! 一人は美少女でもう一人は巨乳だぜ!」
「はぁ、はぁ、ロリ美少女……」
すると、初心者装備をした男が三人現れた。なんというか、この負け組集団の中で自分たちが上位者だと言わんばかりの雰囲気を感じる。
「結構だ。他を探してくれ」
「そ、そうだスケベ共! 男なんて信用できない! 男とパーティ組むくらいなら死んでやる!」
おいおい、その理屈だとお前は死ななければいけなくなるぞ? 俺が男ということは黙っておこう。
「なんだと! 優しくすれば付け上がりやがって!」
「開始まであと十分くらいある! 無事でいられると思うなよ!」
「ろ、ロリ美少女と十分コース……はぁはぁ」
こんな時に面倒なことを起こすとは、流石売れ残り共だな。まあ俺も人のことを言える立場ではないが、相手をするのも馬鹿馬鹿しい。それにここは人の目が多すぎる。こいつらを倒した方が面倒そうだ。
「掴まれ」
「ふぇ? ひゃあああ!?」
「ま、待ちやがれ!」
「追うぞ!」
「ぼ、ぼくちんのロリ美少女がぁ!」
俺はラクシュをお姫様抱っこすると、そのまま跳躍して人の少ないところに着地すると、健脚と逃走のスキルを使用して一気に距離をとり、何度も右折と左折を繰り返して難なく逃げ切った。
幸いこの場所は広さだけはあり、人も多く開始時間までもうあの男たちとは出会うことはないだろう。
「ご、ご飯の人、あ、足早いんだね」
「……俺の名前はエルルだ。その呼び名はもうよしてくれ」
そう言って俺はラクシュを下した。
「か、かわいい子が俺なんて使っちゃだめだよ!」
「……気にするな」
こいつには丁寧に話せる気が全くしない。それに人称を直す気もさらさらない。
「なんという残念美少女。せめて僕とかは?」
「それだけは拒否する。それにだったらお前もその前髪を切った方がいい」
エルル・ショタールという名前だけに、『僕』という人称を使えば、いろいろ大切なものを失ってしまう気がしてならなかった。
「い、いやだよ! これは私のアイデンティティ! これだけは死守させてもらうんだから!」
「わ、わかった。別にそのままでかまわない」
「本当に?」
「ああ」
「はあ、よかった」
そこまでして前髪を守りたいのか。全く理解できないが、別に気にするほどでもないし、そのままでも構わないが。
それからしばらく何度かパーティの誘いが来たが、全て断った。理由として、まず男をラクシュが嫌がり、女性でも上から目線だったり、何か邪な雰囲気の者しか声をかけてこなかったからだ。
流石売れ残り異人の集まり、まともそうな人の方が少ない。
「ルルちゃん、変なのはパーティに入れちゃだめだからね」
「お前がそれを言うのか……というかルルちゃんって……」
「うん。エルちゃんだとかぶりそうだからルルちゃんだよ。それと私のことは気軽にシュシュちゃんとでも呼んでね」
「……」
これは本当に面倒なやつを拾ってしまったのかもしれない。この試練が終われば縁を切ろう。
俺は強くそう思った。そうして、到頭時間が来る。その瞬間、視界が暗転した。
コメントを残す