016

 「ここは……天国か?」

 気が付けば、俺は豪華な部屋のベッドにいた。キングサイズの屋根付きであり、まるでふかふかの雲に包まれているような感覚だ。こんなに寝心地のいいベッドなんて知らない。

 だめだ……眠い。眠りたい。でもだめ。試練が……けど、この至福が……でもどうせ眠れやしないし、少しだけ……。

 至福の睡眠効果で翌日まで眠れるはずがないと、そう判断して瞳を閉じた。そして、そのまま意識はなんの抵抗もなく、沈んでいく……。

「……あ? ……は、謀ったなッ!」

 意識が無理やり覚醒され、俺は飛び起きた。時間はおそらく五時間経過している。

 くそッ! あの神わざとだな! 試練の場所に来ると至福の睡眠がリセットされることを知っててこんな最高のベッドを用意したに違いない! 

 完全に出遅れた俺は、ベッドから降りると、まず枕をストレージに収納……できなかった。

「クソガッ!」

 思わず叫ぶ。

 この至高の枕は持ち出し不可だとっ! ベッドも、シーツも掛布団まで!? 

「ふ、ふざけるなあああ!!」

 俺は怒りの声を上げた。すると、狙ったかのように、ひらひらと俺の前に紙が一枚降ってくる。

『この枕は点数で購入可能だよ。試練を用意した君だけに特別優遇・・さ』

 そんなことが書かれており、読み終わると燃えて灰すら残らなかった。

「は、ははは、いいだろ。やってやろうじゃないか」

 異人全体に優遇するとまで言って、この仕打ち。この至高の枕を俺が欲しくないわけがないだろう。点数は当然安くないはず。五時間遅れで巻き返せるか? 

 いや、なにがなんでも手に入れる。そう、他人を蹴落としてでも。最高の睡眠には最高の枕が必要だ。

 俺は防具を他人に見られることなど気にせず、メイン防具のまま部屋を出た。

 至高の枕を手に入れるためには、ある程度の犠牲は仕方がない。

 ん? どこだここ?

 部屋を出ると、そこは酒場だった。背後にはドアがなく、もう後戻りできそうにない。

 ああ、眠るときには戻ろうと思っていたのに! おのれスペード神め!

「ね、ねえ君、ぱ、パンティ、じゃないパーティを組まないかい?」
「あ゛?」
「ひぃ、ひいいっ何でもないです!」

 よくわからないが初心者装備の男が逃げて行った。

 なんなんだ? よく見ると真っ青な顔をした初心者装備のやつばっかりだな。

 さっきの男、パンティがどうとか、いや、パーティか。パーティメンバーを探しているようだったな。今は五時間経っているわけだし、ここにいるのは売れ残りだろう。まあ俺には関係ない。

 そもそもパーティを組む気のない俺は、急いでいることもあり、先に進むことにした。

 出入り口と思われる場所には酒場にしては大きな木製でできている両開きの扉に、『1582号店』という看板がある。

 どうやら異人はランダムに似たような酒場に仕分けされたのかもしれないと、思いつつ扉に近づいたところで、先に開かれる。

「ガハハッ! この俺様にかかれば楽勝だぜ! おい! 今何位か見てこい!」
「ヘイ兄貴!」

 下品な笑い声と共に現れたのは、六人の男女。先頭で笑い声を上げたのは、身長が2m近くある巨漢の男で、金色の短髪に無精ひげを生やしている。

 そしてその男を兄貴と呼んでカウンターに向かった男は、背が低くてネズミみたいな男という感想しかない。

 俺はなにやら騒がしい連中が来たと思いつつ、おとなしく横に逸れて道を譲る。だが、そうは問屋が卸さない。

「あー! 何この子のローブ! メッチャカワイイんですけどっ! ねえサイキョウ! リリアンこれほしーなー」

 突然俺を見てピンク髪のケバイ女がそう言って指さしてきた。

「あん? 仕方がねえなぁあ! おいチビ! そのローブ寄こしな! でないと痛い目を見るぞ! この酒場は町みてえに守られねえからな!」

 どうやらこの酒場は暴力行為が可能らしい。というか、こんなことになるなら初心者装備、いやせめて茶色いローブに変えるべきだったな。

「断る」

 俺はそう言って男の横を通り過ぎた。

「待ちやがれ!」

 そう言って肩を掴もうとしてくるので回避する。思ったよりも回避のスキルは使い勝手がいい。続いて男の仲間が道を塞ぐので、跳躍して空中前転と共に飛び越える。跳躍のスキルも使いやすい。

「待てって言っているだろが!」

 男が叫ぶが、その時には既に俺は扉を開き外に出ていた。

 ん? 男が追ってこないな。まあ、追ってきても全力で走り去るが。

 酒場の外は森の中だった。振り返ると、そこには酒場の扉だけがあり、あれだけ叫んでいた男は出てこない。

 もしかしたら出る場所はランダムなのかもな。そして、順位がどうとか言っていた。点数を稼ぐと順位と共に名前が出るのかもしれない。

 これは困ったな。パーティだと順位は登録したパーティ名かもしれない。念のために一人だけでパーティを作っておこう。

 そう思い俺は異人の称号効果でパーティ作成を念じる。すると、ぱっと見変化はないが、確かに作成できたという感覚があり、その感覚を他人に伸ばせそうな気がした。

 これはパーティメンバーに勧誘するための感覚だろう。そして、パーティを作成した直後は作成した人物が自動的にリーダーとなるほか、パーティ名もリーダーの名前がそのまま適用される。

 さて、パーティ名はどうしたものだろうか。

 一応他に人が出てきたら困るので場所を木陰に移動しながらパーティ名を変更するために表示した。

『スペード神の下僕』

「あ?」

 スペード神の嫌がらせか、パーティ名がそんなふざけたものになっていた。

 却下に決まっているだろ!

『A』

 どうせ至高の枕を手に入れるのだから目立つ。適当に『A』で十分だろう。一瞬『打倒スペード神』とかにしようかと思ったが、それはそれで面倒そうだからやめておいた。

 さて、そろそろ行くか。やはり装備はこのまま行こう。何が待ち受けているのかもわからないし、手を抜いて至高の枕が手に入らないほうが問題だ。

 俺はアクアタートルハンマーを取り出すと、森の中を歩き出した。


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