012

 今日も朝がやって来た。絶望の朝だ。どうして起きなければいけないのか。この心地から瞬間的に覚醒させられる地獄。スペード神め。いつか見ていろ。

 俺は、ベッドから渋々起き上がる。寝る前に毎回解いている腰までの銀髪を三つ編みに編んでいく。

 チュートリアルで最も時間がかかったのは、サラマンダーではなく、この三つ編みの編み方だ。チュートリアルでいろいろ説明してくれたドワーフ、ゼブルドが最も丁寧に教えてくれた。

 それも俺が一人で編めるようになるまでだ。正直面倒だが、せっかく覚えたのだから編むほかにはない。

 そうして、準備を整えたはいいが、まだ日が完全には登っておらず、宿屋の朝食を売ってくれる時間までもう少しあった。

 せめて五時間ではなく、七時間だったらちょうどよかったのにな……。

 そんなことを思いつつ、俺は椅子に座ってぼけっと窓の外を眺めていた。朝の冷たい空気が心地よく、きっとこのそよ風の中で眠れたら最高だと思ってしまう。

 このままもう一度眠りたい。ああ、囚われの睡魔姫。一日に五時間しか解放されないあなたはどうしたら自由の身になるのでしょう……。

 そんな馬鹿なことを考えながら、街中に視線を移す。人はまばらにいるが、よく見ると路地裏に人が寝ている。

 もしかしたら稼ぐことのできなかった異人かもしれない。ストレージに物を入れれば盗まれないし、暴力行為は見えない壁が防ぐ。

 いいこと尽くめに見えるが、あのスペード神がそんな楽なこと許すとは思えない。何よりも眠りへの冒涜だ。

 許されるなら路地裏で眠っている男を一発殴ってやりたいとすら思ってしまう。

 睡魔姫が常にそばにいる幸せを知らぬ愚かなやつめ。いつかバツが下るぞ。

 俺は幸せそうに眠る男を恨めしそうににらみつけた。すると、俺の願いが届いたのか、偶然朝の巡回に来た衛兵に見つかり、男はそのまま連れていかれた。

 やはり、睡眠を冒とくしたからだな。眠れるならどこでもいいというのが、そもそもの間違いだと気が付けばいいが……。

 そうして、しばらくして宿屋の朝食販売時間となり、俺は一階に降りた。

 やはり、ここに泊まっている異人は俺しかいないのだろうな。今日までにこの宿では一度も見たことがない。

 俺よりも早く朝食を摂っている冒険者風の者が複数人いるが、全員この世界の住人だと思われる。というのも雰囲気と装備の質が違う。

 異人は大体、調子に乗っているか、高揚して落ち着きがない。また酷く怯えて視線が定まらない者、何か考えすぎで周りが見えていない者が多く、逆に落ち着いている者はあまり見かけなかった。

 そして、数人いれば今現在であればだれか一人は初心者装備を身に着けており、そもそも装備が全て揃っていても質の低いものだ。

 それに引き換え、この店に泊まっている冒険者風の者たちは全体的に装備の質が高い。

 宿は安ければ500フィルって聞いたし、わざわざ2,000フィルで食事別の宿は止まらないか。その分ベッドは最高なんだけどな。

 そんなことを思いつつも俺は朝食を済まし、宿を出た。外出時は必ず鍵を返却する必要があるので、追加料金を支払わなければそのままチェックアウトされる。

 おそらく、もう少し進めば北にある町か村に辿り着ける気がするんだよな。道中のボスも気になるし、今日は頑張ってみるか。

 そうして必要最低限の物を購入し、俺は北門を出た。

 流石にこの時間は人がいないな。けど、用心するべきか。

 武器は初心者用の木槌に、外套には昨日も身に着けていた茶色いローブだ。

 よし、行くか。

 装備し終えると、俺はいつものように木槌を右肩に乗せ、北を目指し走り出した。

 道中は特に問題なく、追いかけてくるモンスターが現れることで、逃走のスキルが発動して更に加速する俺に追いつくことはできない。

 結構頻繁に逃走って使っているはずなんだけど、レベルが上がらないんだよな。追いかけてくる敵の数か、それとも逃げているときの心情なのか。

 そんな思考が頭をよぎるが、ボケっとしている場合じゃないと頭を振ってその思考を飛ばした。

 このあたりでいいか。人は……いないようだな。

 しばらく進んだところで、人とモンスターがいないことを確認すると、俺は装備を入れ替える。

 武器にはアクアタートルハンマーを装備し、茶色いローブの代わりに魔犬の外套に変更した。

 これで良し、先に進もう。

 俺は槌を右肩に乗せ、再び走り出す。その時、外套の能力をその身で感じた。

 おお、すごいな。さっきより若干だが足が速くなった。それでいて負担は全く同じだ。装備の能力というものは侮れないな。

 それに、気になったのだが、このフードはいったいどうなっているんだ? 脱げる気配が一切しない。あと三つ編みがいつの間にか外気に触れている気がするが、三つ編みを外に出す穴はなかったはず……。

 実際何故か向かい風にもかかわらず、フードが脱げることもなく、また三つ編みがフードから穴がないはずなのに外に出ていた。それはまるで、まん丸の獣に生えたしっぽのようにも見えなくもない。

 まあ、いいか。便利なことに変わりはないし。

 俺はそう割り切ることにした。そうして、マッドドールのエリアを超え、ついに未知のエリアに辿り着く。

 ここからは気を引き締めていこう。所見の敵はどう出るかわからないしな。

 走る速度を落とし、周囲に気を配りながら進む。するとその敵はゆっくりと現れる。

 それはマッドドールのような乾燥した泥の質感をしているが、圧倒的に存在感が違った。図体は3m以上あり、それに伴い横幅も広い。

 そして両手は敵を叩き潰すためか、歪に巨大な拳をしている。そのモンスターの名は、マッドゴーレム。

 速度はストーンタートルといい勝負だな。無視しようと思えばできるが、ここは戦うべきだろう。

 そう決断した俺の行動は早かった。鈍足のマッドゴーレムの背後に回ると、槌を右足に叩きつける。

 やはり、属性相性は悪いが、武器相性の良さで相殺できているな。

 振るった槌により、マッドゴーレムの右足は弾け飛ぶ。そして、バランスを崩し地面に音を立てて倒れるマッドゴーレムの頭部を叩き潰した。

 しかし、頭部が急所ではなかったのか、マッドゴーレムの活動は停止していない。それでも、虫の息といっていいものであったが。

 そうして、止めの一撃を胸部に振るい、マッドゴーレムは光の粒子となった。

 耐久力だけならサラマンダー以上だったな。もしかして、一応チュートリアルで出てくる理不尽に普通の異人でも勝てる可能性が与えられた結果かもしれない。

 もしかしたら、俺以外にあれを倒した異人がいる可能性もあるな。

 そんなことを思いつつ、俺はドロップアイテムを拾った。それは掌に乗る四角形の乾燥した泥。名称はゴーレムキューブ(泥)となっている。

 これ、マッドドールの泥と違いがあるのか? まあ、性能は上だと思うし、良しとしておこう。

 ストレージにしまうと、それから数回マッドゴーレムと遭遇したが、マッドゴーレム自体が複数体出ることはなく、取り巻きもマッドドールだけだった。というよりも、マッドドール複数体の方が遭遇率は高い。

 ん? あれはなんだ?

 すると、しばらくして前方に何やら地面から一直線に赤いオーラのようなものが波打つように浮かび上がっていた。

 どう考えても、この先何かあるよな。おそらくボスモンスターのいるエリアだろう。確かチュートリアルでは、ボスモンスターとの戦闘エリアに入ると、基本的に脱出不可能になるらしい。

 この世界のどこかに脱出用のアイテムがあるらしいが、そんなものが今手元にあるはずもなく、実質一度入れば倒すか死ぬかのどちらかしかなかった。

 どうするべきか……正直少し心もとない。せめて、あと一つ装備が欲しいところだ。だとすれば、やることは決まっているよな。

 俺はマッドゴーレムとマッドドールのレアドロップを手に入れるため、行動を始めた。


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