010

 確か、東は森林が広がっていて、西は平原だったはずだ。森は大型武器が使いづらそうだし、ここは西の平原に行ったほうがいいか。

 俺はそう決断すると、山を下るために元来た道に戻り、そこから西に向かって走る。因みに南は草原であり、一番安全で異人の数が多いので当分行く予定はない。

 北西まで来ると、出てくるモンスターは緑色をした醜い人型のゴブリンと、灰色の毛皮をした狼、ウルフが現れるようになった。しかし、どちらのモンスターも総合的にコボルト程度の能力しかない。

 おかしいな。この距離ならもう少し強いモンスターが出てきそうな気がするが。

 そう思っていると、その原因が発覚した。

「げへへ! 一人旅とは馬鹿なやつめ!」
「有り金と食料全部置いていきな! もちろんその装備もだぜ!」
「おぉ! こいつ異人の女だぜ! 今夜は楽しめそうだ!」

 現れたのは、薄汚い男たち。どうやら盗賊のようだ。しかも、異人でなくこの世界の住人。なるほど。街道が見えると思ったが、モンスターが弱いことをいいことにこの場所を縄張りにしているらしい。

 数は八人……やれるか?

 未だこの世界の住人の強さを俺は知らない。盗賊とはいえ、やって来たばかりの異人よりは強そうに思える。

「囲んでから一斉にやっちまえ!」
「おうよ!」
「この数に勝てるとは思うなよ!」
「そんな巨大な武器とか間抜けにもほどがあるぜ」

 そう言って俺の周りに盗賊たちが円を作って下種な笑い声を上げた。

 「ぎゃはは! もうおしまいだ! 降参しろ!」
「断る」
「あ?」
「なんだって?」
「お前らに降参しするくらいなら死んだほうがましだ」

 降参しても結果は変わらないしな。それに、相手は想像していたよりも油断している。
 
「はっ! そうかよ! だが死なれると困るな。お前はこれから俺たちを喜ばしてもらうんだからよ! 野郎ども! 一斉にかかるぞ! なるべく顔は傷つけるなよ!」

 盗賊のリーダーだと思わしき男の掛け声とともに、一斉に男たちが襲い掛かってきた。だが、円というのは俺の射程範囲だ。

「え?」
「ぎゃばっ!?」
「がぁ!?」
「ぐぼあっ!」
「あがッ――」

 コマのように円状に槌を振り回し、盗賊たちを一網打尽にする。血しぶきと臓物が周囲に飛び散った。

「ひぃぃぁあ!?」
「やめッ――」
「助けてくれぁ!」

 運よく即死を免れた盗賊も止めを刺していく。作業のように槌で叩き潰した。

 連携も取れていたし、身体能力も昨日倒した異人よりも上だったが、問題なかったな。

 そんなことを思いつつも、盗賊の死体が光の粒子になるのを待っていたが、一向にそうならない。

「あれ?」

 もしかして、この世界の住人は死んでもその場に残るのか?

 消えると思っていたからこそ、臓物が散らばっても気にはしなかった。しかし、現状では死体が消えることがない。当然、ドロップアイテムもなかった。

 あの中から所持品を漁るのは嫌だな……。

「そ、そこのお前! 何をしている!!」
「え?」

 すると、この惨状を目の当たりにした通りすがりの武装集団が近づいてきた。

「お前、異人だな? この死体はなんだ!」

 やって来たのは革の鎧に剣や槍などを携えた四人組。脳裏に冒険者という単語が浮かんだ。

「盗賊に襲われまして、相手の数が多く、こちらが一人ということもあって手加減できませんでした」
「そ、そうか……本当にそうか調べさせてもらうがいいか?」
「どうぞ」

 すると、一人が俺の元に残り、三人が何やらルーペのようなもので死体の顔を覗いている。盗賊かどうか確認できるアイテムなのかもしれない。そう思っていると、最初に話しかけてきた剣を持つ男が戻ってくる。

「確かに、盗賊だった。疑ってすまなかったな。この街道は盗賊などがよく出没するんだ。一人で進むのは自殺行為……と言いたいところだが、盗賊八人相手に勝てるなら問題ないだろう。それに、なんというか。あそこまでバラバラならアンデッド化の心配もないだろう。だが、礼儀として死体を片付ける必要がある。疑ったお詫びに手伝おう」
「ありがとうございます」

 どうやら、死体は放置するとアンデッド化するらしい。

 それにしても、この世界の住人の死体が残るということなんて、チュートリアルでも教えてくれなかった。

 おそらくわざとなんだろうな。消えると思っていた死体が残るというのは、思っていたよりも衝撃的だ。

 気の弱い者ならばトラウマになるのではないかと思いつつ、自分だけ働かないわけにもいかないので死体を片付けた。

「そこのお嬢さん、少しいいかね?」
「なんでしょうか?」

 話しかけてきたのは、恰幅のいい男性で、背後には荷馬車が見えることから、もしかしたら行商人かもしれない。

「異人というのはアイテムを時を止めて収納できるというのは本当かね?」
「はい、できますよ」
「おお! それは素晴らしい!」

 ストレージのことは知っていたのだろう。ただ異人に確かめたことがなかっただけで。異人ならだれでも使えるし、ここで嘘を言っても仕方がない。

「ならば、荷運びの依頼を受けてくれないかい? 私たちはこれから先にあるエガルの村を経由して、港町ヘバライに行くつもりだ。そこからまた始まりの町スペードまでの道のりなのだけど。もちろんエガルの村にある冒険者ギルドに依頼を出そう。ここからエガルまでの分もしっかり追加報酬として支払うことを約束しよう。もちろん宿代と食事代もこちらが持つよ」

 確かに、商人からしたらストレージを持つ異人は喉から手が出るほど欲しいだろうな。港町というのは惹かれるが、とても面倒だ。そもそも、俺冒険者じゃなく、どちらかといえば鍛冶師だしな。

「私は冒険者ギルドに登録してないので冒険者じゃないです」
「え?」

 そんな馬鹿なと言いたげそうな表情を、行商人の男はしている。冒険者ギルドに登録していないのがそんなにおかしかったのだろうか。

「まさか盗賊八人を単独で倒せるお嬢さんが冒険者ではないというのは意外だったよ……うーむ。ならエガルの村で冒険者登録をする気はないかい? 異人なら登録料がかからなかったはずだよ。それに、荷運びなら登録したばかりのFランクでも受けられるはずだよ?」

 どうするべきか。いずれ冒険者登録はしようとは思っていたし、ちょうどいいか? それに、盗賊を八人倒したということはすでに知られているわけだし、荷運びということは戦闘をする必要もない。三つほど質問して問題がなければ受けてみてもいいかもしれないな。

 俺は、行商人の男に三つほど質問してみることにした。

「荷運びということは、私は戦いませんよ?」
「ああ、もちろんだとも、最低限の自己防衛・・・・はしてもらうけど、戦う必要はないよ」

 まあ、保険は用意するよな。俺も自己防衛が必要になればしようと思っているし、問題はない。

「私が戦わないことで誰かが亡くなっても責任は取りませんよ」
「ああ、お嬢さんはあくまでも荷運びだからね。故意に・・・死なせなせるようなことがなければ問題ないとも」

 なるほどね。

「では、最後に荷運びということですが、何を運ぶのか明確になっている書類等で全て揃っているか確認でき次第収納いたします。後から何かが無いと言われ、償わされてはたまったものではないですからね」
「あ、いや、書類は……わかった。私も腹をくくろう。大事な書類だが、見せようじゃないか。流石に確認後は返してもらうけどね」

 顔が若干引きずったな。呆れられたか? いや、可能性はなくはないか。なら答えは決まっている。

「わかりました。その依頼、お断りさせていただきます」
「そうか、受けて――え? 断る? なんで?」
「所用を思い出しまして、申し訳ございませんがこれで失礼します」

 俺はそう言って、言葉を失った行商人の男と別れて、始まりの町スペードの方へと歩き出した。

 背後から先ほどの温厚そうな雰囲気が嘘のように、憤怒した声が聞こえたが、聞こえないことにする。

 かなり無礼なことをしたかもしれないな。だが、おそらくあの行商人はなんだかんだで、俺を引き留め続けるだろう。

 ストレージを使える異人は欲しくてたまらないはずだ。それに、行商人たちの進行速度は遅すぎる。更に、金銭は急いで稼ぐほどでもない。身の危険や使用時間を考慮した結果、断るのが最善だと判断した。

 うーん。俺はガンバルさんたちとのやり取りでそれなりに礼儀正しくできると思ったが、自分の利益にならないと判断すれば無礼だと思われても断るような、自己中心的な人物なのだろうか? 

 それとも臆病なほど慎重で合理主義者なのか? こうなるなら最初から断っておくべきだったかもしれないな。

 自分の行動を少々反省しながらも、俺は自分という存在について考える。

 最近思い出す暇がなかったが、元々俺は自分が誰だか知らないんだよな。スペード神ならばそれを知っているのだろうか……。

 結局そのまま、俺は始まりの町スペードに戻ってきてしまった。


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