008

 さて、称号もそうだが、まさか鍛冶師ギルドでこの名前が通るとは思わなかったな。というのも、この世界で異人は同じ名前を使えない。

 上と下の名前の組み合わせ次第では可能だとはいえ、この名前、ジャック・ジョーカーは、スペード神や他の陣営のことを考えれば、遊戯で使うトランプということを多くの異人が連想できただろう。

 つまり、似たような名前は多くなるはずだ。まあ、一度決めたらおそらく本名は変更できないことを考えると、そんな安易な人は意外と少ないかもしれないが。

 つまり、木を隠すなら森の中ということ。トランプに関連した名前はいずれ増えるだろう。なら多少なりとも俺だとばれにくくなるはずだ……そんな気がする。

 まあ、今はそんなことよりも、先に稼がなければならない。同じ品質の物を複数納品するのはまず無理だ。

 錬金鍛冶術は基本ランダム作成だし、普通の長剣とか逆に作れない気がする。どうしたものか。

 問題を解決すれば、また違う問題がやってくる。偽名をクリアすれば、次は販売経路だ。

 とりあえず、俺の作った装備を買い取ってくれるところを見つけるのが先決だよな。鍛冶師ギルドは高ランクじゃないと一品物の販売先を紹介してくれないらしいし。

 そう悩んでいると、いつの間にか露店市に来ていた。

「お、昨日のかわいい嬢ちゃん! 一本どうだい?」

 話しかけてきたのは、昨日情報集めなどを兼ねて訪れた露店の一つだ。香ばしい匂いの肉を串に刺して焼いたものを売っている。

「あ、今お金に余裕ないのでまたの機会にします」
「なんだ金欠か。異人はみんなそうらしいな。よし、未来の英雄に一本奢ろうじゃないか!」

 そう言って店主のおじさんが焼いた串肉を渡してきた。

「あ、ありがとうございます」
「いいってことよ! お嬢ちゃんは可愛いから特別だぜ!」

 頬を染める店主のおじさんに、これは俺が男だといえないなと思った。

 そうして食べ終わった串をストレージにしまうと、何となく露店市を練り歩く。

 俺もこうやって露店が出せれば楽なんだろうけど、それじゃあ偽名にした意味がなくなるんだよな。

 誰かに販売を頼むとしても、信用できなければそこからばれるわけだし、難しい。

 物を売るということの難しさを感じながら、特に何事もなく、いや、数回ナンパを受けたが、俺は露店市を後にした。

 やはり、背に腹は代えられないか、鍛冶師ギルドに登録できたことの報告と一緒に、それとなくガンバルさんに俺の作ったものを買い取ってくれそうな場所を聞いてみよう。

 若干情けなくも思いつつ、再び俺は鍛冶地区にやって来ると、ガンバルさんの鍛冶場に向かった。

「ん? 嬢ちゃんじゃねえか。どうしたんだ?」

 鍛冶場に入ると、早速ガンバルさんが出迎えてくれる。

「ガンバルさんのおかげで無事に鍛冶師ギルドに登録できたことを報告に来ました」
「おお、そりゃあよかった! そうで、他に何か用があるんだろう? そんな雰囲気を感じるぜ」

 どうやらガンバルさんは、俺が何かお願いをしに来たということを見抜いているようだった。実際そうなので、俺は端的に聞いてみることにする。

「実は、作った物を売る場所を探しています。私のスキルだと普通の剣とかの方が作りづらいので……」

 ある程度スキルのことを説明する。既にガンバルさんはあの盾を見ているし、言いふらすような人ではないと思うので問題はない。

「なるほど。確かに鍛冶師ギルドに入ったばかりの嬢ちゃんがあの盾のような一品物を売りさばくのは手間がかかるだろうな。それに、偽名を付けるほどだ。安易に嬢ちゃん自身で売りに行けないのだろ?」
「はい、その通りです」

 ガンバルさんの言った通り、なるべく俺が作ったとばれたくない。

「わかった。俺が推薦状を書いたのだし、ある程度の面倒を見る義務はあるしな。今から馴染みの店に案内する。ついてきてくれ」

 そうして、俺はガンバルさんに案内されて、人通りの少ない街角のとある建物にやって来た。入口の上には木製の看板で、ダグール武具店と書かれている。

「ここの店主とは昔から友人でな、気難しい奴だが、俺と似たような考えを持っている。だからきっと嬢ちゃんの作った物も買い取ってくれるだろう」

 そう言ってガンバルさんは先に店の中に入っていくので、俺もその後に続く。

「ガンバルか、この時間に来るとは珍しいな。それに、その子はなんだ?」

 すると、寡黙そうな低い声が聞こえてきた。その声のしたほうに視線を向けると、そこには筋骨隆々の大男がいる。どうやら獣人のようで、人相はゴリラという動物を与えられた知識から連想した。

「この嬢ちゃんは儂の弟子みたいなものじゃ。儂のように一品物専門でな。量産品は作らん」
「……あのガンバルが弟子?」

 店主の男はまるで狐に化かされたような、間の抜けた表情をした。

「なんだ? そんなにおかしいことじゃないだろう。儂に弟子入りを申し込むやつは、今まで気が合わないやつしかいなかっただけだ。それに、この嬢ちゃんは正確には弟子ではない。鍛冶師ギルドの推薦状を書いただけじゃ」
「それでも、珍しいことに変わりないがな。それで、用件はなんだ? 別にあいさつに来たわけじゃないのだろう?」

 ガンバルさんの友人ということだけあって気が知れているのか、店主の男は端的にそう言葉を切り出した。

「ああ、その通りだ。実はこの嬢ちゃんの作った物を買い取ってほしいんだ。できれば定期的にな」
「ほう、お前がそこまでするのか」
「将来性はかなりのものだ。損はしないと思うぞ?」

 ガンバルさんの言葉に店主の男は少し考えこむと、口を開く。

「わかった。まずはその品を見せてもらおう。お嬢ちゃん。いいか?」
「はい、よろしくお願いします」

 俺は緊張しながらも、スモールタートルシールドをストレージから取り出し、店主の男に手渡した。因みに、作者名は事前にジャック・ジョーカーに変更している。方法は自分の作った物ならば念じるだけで本名か偽名のどちらかを選択できるというものだ。

「……見た目は完璧だ。なのに中身がそのレベルに見合っていない。初心者に売ることを目的にわざと性能を低くしたのか? いや、それだと見た目もそれに合わせたほうがいい。観賞用か? ならこの性能は無駄になる……まるで狙って手を抜いたような盾だな」

 寡黙だと思っていた店主は、盾を見た途端饒舌にそう喋り始めた。

「お前もそう思うか? だが、わざとではないそうだぞ?」
「どういうことだ?」

 ガンバルさんはそう言って俺に視線を向ける。

 ここは自分で言うべきだな。ここで買い取ってもらうには、最低限は正直に説明をするべきだろう。

「それは私から説明します。その盾は私のスキルで作り出したもので、そこに鍛冶の腕は一切ありません。なので、見た目だけはよくできています」
「……なるほど。この盾をどこからともなく取り出したことも驚いたが、異人は特殊なスキルを持つ者がいるという伝承も本当だったのか。それに、スキル依存か。ガンバルが手を貸すわけだな」

 店主の男はどこか納得したようにそう言った。

「そういうことだ。それで、嬢ちゃんの盾は買い取ってくれるのか?」
「はは、愚問だな。こんな面白そうな盾を買い取らないはずがないだろう。それにガンバルの一品物の性能が高すぎてうちじゃ扱えなくなってから、どこか物足りなかったところだ」

 店主の男はニヤリと笑みを浮かべると、カウンター越しに右手を俺に伸ばす。俺はその理由が分かり、その手を握る。

「よろしくな。俺はこの店。ダグール武具店を営んでいるダグールだ」
「こちらこそよろしくお願いします。異人のジャック・ジョーカーです。本名は、エルル・ショタールといいます」

 少し迷ったが、本名を明かすことにした。初めての取引相手であるし、誠実に向き合いたいと思ったからだ。

「そういえば儂、嬢ちゃんの名前知らなかったな」
「そういうところは相変わらずな。それと、偽名を使っているということは、正体を隠したいという訳か。なるほどなら名前で呼ばないほうがいいな」
「そうだろうな。儂も今まで通り嬢ちゃんと呼ぼう」

 そうして、俺は無事にスモールタートルシールドを買い取ってもらえた。初回ということもあり、少々色をつけてもらい、ダグールさんは3万フィルも出してくれた。簡単に作り出しただけに多く感じたが、本来鍛冶系スキルがあっても手間と材料費がかかることを考えれば、3万フィルなどあっという間になくなるのだろう。それに比べて俺は材料があれば一瞬で作り出せる。錬金鍛冶術はずるいなと思いつつも、それと同時にありがたいとも思った。


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