006

 これで本当に金は底をついたな。

 この宿は食事代別で一泊2,000フィルだ。宿泊客には割引があるらしく、何とかわずかな残りで一番安い食事を摂ることができた。

 だが、これで明日稼がなければ飢えることとなる。もう後には引き返せない状況となった。

 失敗すれば後はないが、成功すればかなり生活は楽になるはずだ。必要な物もきっと買えるはず。

 俺は軽く深呼吸して息を整えると、椅子に座り丸形の机に今日手に入れた素材を取り出す。そのほとんどがあのカメの素材タートルストーンだ。

 あのカメはこの掌に収まる大きさの岩しかドロップしないと思われたが、一個だけタートルジュエルという小さな青い宝石をドロップしていた。いわゆるレアドロップというやつだろう。

 それ以外になると、あの異人たちが落としたわずかな素材と狩りの合間に拾った収集品だけになる。

 今思えば、選択肢が増えただけにあの異人たちには感謝したほうがいいかもしれないな。

 そんなことをつい思ってしまう。それだけ、俺は高揚していた。

 おさらいでもう一度効果を確認しておくか。

 明日の生活がどうなるかが、命運を決めるその固有スキルの効果を、俺は呼び出した。

 名称:錬金鍛冶術
 効果:材料を元にランダムでアイテムを生み出す。その場合の質は材料、込められた魔力量、使用者の魔力操作が影響する。またこの固有スキルで生み出されたアイテムは材料にすることはできない。素材を消費することでアイテムの耐久度を回復することができる。その場合の回復量は、素材とアイテムの階級差によって決まる。

 魔力操作に自信はないが、使い続けていればいずれ魔力操作のスキルが手に入る気がする。この固有スキルの凄いところは、素材と魔力さえあれば、全ての工程を飛ばしてアイテムが手に入るところだ。

 よし、問題はなさそうだな。まずは手始めに、在庫の多いタートルストーンどうしを使ってみよう。

 俺は右手と左手に一つずつタートルストーンを持つと、錬金鍛冶術を発動した。

 
すると、素材となった二つが眩く光ったと思えば、机の上に小さな丸い盾が現れる。大きさは鍋の蓋程度であり、模様はカメの甲羅のようだ。その色は素材となったタートルストーンと同じ茶色をしている。

「想像以上だな……」

 つい声に出しながらその盾を手に取ると、あることを思う。

 明らかに素材より大きいよな。それに、使用してない素材はどこから現れたんだ?

 いくら工程を飛ばすといっても限度があると思いながらも、この固有スキルが知られれば大変なことになるのではないかと思ってしまう。

 スペード神が用意したスキルだし、今更どうこう言ってもしかたがないか。というよりも、俺のドワーフ要素はこの固有スキルが原因か? ドワーフは戦闘よりも鍛冶が得意な種族って知識が与えられた知識の中にあるし。

 そんなことを思いつつも、作り出した盾の能力を確認する。

 名称:タートルスモールシールド
 作者:エルル・ショタール
 分類:小盾
 階級:一般
 耐久:130/130
 能力:地属性耐性(微小)

 これは……どうなんだ? 比べるものがないからわからないな。初心者系の装備は比べられそうにないし。

 俺は作り出した盾の能力を見てそんなことを思う。因みに、初心者の木槌の能力はこんな感じだ。

 名称:初心者の木槌
 分類:両手槌
 階級:一般
 耐久:∞/∞

 初心者の木槌は耐久度が無限というだけで、能力すらない。ある意味耐久度無限というのが能力だ。

 それに、何よりも作者という項目が無い。まさか作ったものに作者という項目が増えるとは思ってもみなかったことだ。

 これ、売りに出したら俺だってばれるんじゃ? しかし、作ったものを売らないといろいろそろわないし……どうすればいいんだ?

 俺は頭を抱える。作者という項目をどうにか変更する手段など、俺の与えられた知識にも、そもそもチュートリアルでさえ教えられなかった。

 売れば作者だと知られた場合面倒になる。逆に売らなければ生活は苦しいままだ。

 いっそのこと、装備は売らずに、他の異人のように素材だけ売るか? ……いや、この量の素材を売れば、どのみち面倒になりそうだ……あれ、もしかして面倒ごとは避けられないのか?

 そのまま答えが見つからず、気が付けば数時間が経っていた。

「だぁぁああ、もう無理、今日はもう寝る。なんでようやく眠れる時間になったのにこんなこと考えなきゃいけないんだ!」

 俺は、そう言葉を吐くと、机に出していたものをストレージにしまい、下着姿になってベッドにもぐりこんだ。

 もう寝る。明日の自分頑張れ。

 そうして、この世界に来てようやく念願の眠りについた。

 ◆

「うへ、うへへ……あ? あれ? ね、眠れない!?」

 最高の眠りの途中で意識が突然目覚める。それもまるで0から100に瞬間で切り替わるように。

「ふ、ふざけるな……こんなの生殺しだぁ!」

 外はまだ薄暗い。五時間では圧倒的に足りなかった。今までに感じたことのない至福な眠りだっただけに、目覚めは最悪の一言だ。

 これから毎日続くなんて……眠ってる時が天国なだけに、目覚めが地獄だ。ひどすぎる。拷問だ。

 どうすれば睡眠時間を延ばせる? 固有スキルの効果にはいかなる能力をもってしても眠れないとなっていたし……そもそも眠れるようになる瞬間はいつだ? もしかしてその分昨日は損したのか? 嘘だろ? なんという失態。昨日の俺をぶっ殺してやりたい……。

 昨日の後悔に永遠と苛まれていると、気が付けば外は明るくなっていた。

「ああ、時間を損した気分だ」

 着替えた後の食事は昨日購入した干し肉。固いししょっぱいだけ。とてもひもじい。

 俺は食事を終えると、昨日投げ出したことを今日中にどうにかしなければいけないことを思い出す。

 本当に、昨日の俺はろくなことをしないな……結局、どのみち面倒なことになるならば、町の鍛冶屋で相談してみよう。

 案外どうにかなるかもしれない。確か町の北西に鍛冶区があるとか露店で聞いたな。

 ため息を吐くと、軽く準備をして俺は宿屋を出る。その時ついでにチェックアウトする。料金は先払いで済ませているので、鍵を返却した。

 これでもう後戻りはできない。今日稼ぎがなければ野宿になる。

 宿屋を出ると、それからの行動は早かった。目的地の鍛冶区に来ると、人族がほとんどだったが、中にはドワーフもいる。

 可能性が高そうなのはやはりドワーフだと判断した俺は、見かけたドワーフが入っていた建物に入った。

「あ? ここはお嬢ちゃんのようなのが来る場所じゃないぞ? 異人のようだが、装備ならちゃんとした場所で買いな」

 すぐに入ってきた俺に気が付いたドワーフのおじさんが、そう言葉をかけてくる。見た目は強面だが、言葉にこちらに気を使ってくれているのが分かった。

 因みに髭は鎖骨の辺りまでしかない。ドワーフにしては短いと思ってしまった。

「いえ、購入ではなく、少し相談したいことがありまして」
「相談? 変なことじゃないだろうな? まあ、聞くだけは聞いてやるよ」

 少し言葉は粗暴だが、話を聞いてくれるだけでもありがたい。

「ありがとうございます。実は、作った装備の作者項目を隠すか偽名などにする方法を知りませんか?」
「ん? なんだ。そんなことか。もっと面倒なことかと思ったぞ。鍛冶師ギルドで登録すれば、その登録名が作品の作者名になる。登録以前の物も登録すればその名前で変更可能だ。だが、名というのは鍛冶師にとって大切なものだ。あとから本名に戻すなら、積み上げてきたものが台無しになることを覚悟するんだな」

 そんな簡単な方法があったのか、鍛冶師ギルドのことは知っていたが、詳しいことは知らなかった。

 そもそも、鍛冶師ギルドに加入することで面倒なことになると思っていただけに、見落としていたな。

「助かりました。いずれこの御恩は返しに来ますね」
「ま、待て! 鍛冶師ギルドに入るには推薦状がなければ苦労するぞ! 嬢ちゃんの作ったものを見せてくれ。物によっては俺が推薦状を書いてもいい」
「え? いいんですか?」
「ああ。嬢ちゃんの作品に可能性が見えることが条件だがな」

 なぜここまでしてくれるのかと思ったが、これは渡り船だ。一度も作ったものを見せずに鍛冶師ギルドに登録できるとは思えないし、ここは腹を決めよう。

「これがそうです」

 俺は、ドワーフのおじさんに昨日作ったタートルスモールシールドを見せる。

「なっ!? なんだこれは? いったいどうやって作った!? まるで熟練の鍛冶師が狙って手を抜いたような盾だぞ!?」

 それってどういうことだろうか。もしかしてまずいことになったのか? だが、ここで嘘を言う訳にはいかないよな。

「えっと、スキルで何とか作りました」
「むむむ……つまり、お主の鍛冶師としての腕ではないという訳じゃな?」

 ああ、これは推薦状無理だろうな。なんというか。長年頑張ってきた鍛冶師を馬鹿にしたようなものだからな。
 
「はい。実際私は鍛冶など一切できません」
「そうか……わかった。お主に推薦状を書こう……」
「そうですよね。やっぱりだめですよね……え? 今なんて?」
「だから、推薦状を書くといったんだ。長年鍛冶を続けてきただけに、思うところはあるが、そもそも、鍛冶もスキルの影響が大きい。それに、今までにこんな作品は見たことがない。可能性という点では、文句のつけようがないな。頑固者どもなら帰れというだろうが、儂はそうではない。結局、鍛冶とは人の役に立ってなんぼだ」
「あ、ありがとうございます!」

 まさかこの流れから推薦状を書いてくれるとは思ってもみなかった。

「いいってことよ。それにな、少しして気が付いたが、嬢ちゃんはハーフドワーフだろ。儂の姪っ子もハーフドワーフでな。情が移ったってのもある。あの子も鍛冶の腕事態はなかなか上がらなくてな。その代わり人族の血かそれともその子の才能か、周りのドワーフよりもスキルの成長が早い。それで同世代の奴らよりいいもの作っちまってな。それで妬まれて、いろいろあって結局鍛冶は辞めちまった。だからだろうな。儂はスキルだよりで作ったものでもいいと思っちまうんだ」

 なるほど、だからここまでしてくれたのか。偶然のめぐり会わせというのもあるものだな。

「そんな理由があったんですね」
「ああ、だから、もし儂の姪っ子に会う機会があったら、友人になってくれ話し相手でもいい。同じハーフドワーフで鍛冶に対していろいろある。きっと気が合うだろう」
「はい、その時はよろしくお願いします」
「おう、よろしくな。そして今更だが儂の名はガンバルという。名前の通り頑張りものだ!」

 そうして、ドワーフの鍛冶師、ガンバルさんに鍛冶師ギルドの招待状を書いてもらった。

 こんな出会いもあるものだな。今のところ、俺の出会うドワーフはいい人ばかりだ。それに、何故かいい人の前だと口調が変わる。俺じゃなく私になるし。

 いや、人と状況でうまく切り替えているだけか? 確かに、ガンバルさんに対して、昨日倒した異人たちに向けたような態度はできそうにない。

 なんでだろうか? まあ、便利だし、なによりその方が個人的に違和感がない。

 俺はそう納得して、教えてもらった鍛冶師ギルドの場所に向かった。


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