何故鬱実がここにいるのか、そしてどうやってシスターモンスターたちを追い払ったのか理解できない。
しかし、俺を助けてくれたことは事実だった。
「帰りましょう?」
「あ、ああ……」
何か言われるかと思ったが、鬱実はそれだけ言うと、俺の持っている荷物を半分手に取り、先を歩いていく。
その後ろ姿に、俺は何も言えなかった。
現在地は秘密基地からそこまで距離は離れてはいない。
また不思議とシスターモンスターたちはいなかった。
俺、何やってるんだろうな……。
お兄ちゃん保護法を甘く見ていた。
禁止されていても、バレなければシスターモンスターたちが捕まることは無い。
そのことを理解していたシスターモンスターたちは、俺のような奴が現れる機会を待っていたのだろう。
これじゃあ、もう外へ出ない方がいいかもしれない。
お兄ちゃん保護法があっても、十分に危険だ。
商店街でこれなら、人の出入りが多い駅周辺はもっと危ない。
今後も、深夜にコンビニへ買い物に行く程度が安全だろう。
俺は改めて、シスターモンスターの脅威を理解した。
そうして、俺と鬱実は無事に秘密基地へと戻ってくる。
「凛也お兄ちゃん!」
「凛也先輩、無事ですか!?」
「あ、ああ、心配をかけた」
どうやら、俺に危険が迫っていたことを、二人は知っていたようだ。
「鬱実さんが、急に凛也先輩が危ないって言って、一人で出て行ったんですよ」
「うん。あんな険しい顔した鬱実お姉さんは、初めて見ました」
「そうだったのか……」
鬱実は遠くにいる俺の危険を知るすべを持っているらしい。
いつもならドン引きしたが、今回ばかりは感謝の気持ちしかなかった。
きっと鬱実が来なければ、俺はあそこで終わっていただろう。
「鬱実、今回ばかりは本当に助かった。ありがとう」
「うん……」
俺がお礼を言うと、鬱実はいつもとは違い、ふざけることが無かった。
そのしおらしい姿に、俺は一瞬ドキッとしてしまう。
いつもこんな風だったら……って、俺は何を考えているんだ。
「えっと、危険は犯したけど、実は皆に買ってきたものがあるんだ」
俺は誤魔化すようにそう言って、買ってきた物をテーブルに広げた。
常備薬に服と靴。この秘密基地で不足していたものだ。
「わぁ! ありがとうございます! るり、服が欲しかったんです!」
「私も、そろそろ服をどうにかしていたいと考えていたので、助かります!」
夢香ちゃんと瑠理香ちゃんは、俺の買ってきた服に大興奮した。
「もちろん、鬱実の分もあるぞ」
「えっ、あたしの分も買ってきてくれたの?」
「ああ、一人だけ仲間外れだと悪いからな」
「ふふ、ありがとう」
「あ、ああ」
そうして、一時は命の危険もあったが、三人の喜ぶ姿を見れたことで、俺は買いに行って良かったと思った。
次がいつになるか分からないが、また買ってこよう。
痛い目を見たばかりなのにも関わらず、俺はつい、そんな風に考えてしまった。
◆
「もしもし、漢田さんですか? 凛也です」
『あ、凛也か、連絡をよこすなんて、珍しいじゃないか。どうした?』
あれから暫くして落ち着くと、俺は自室で漢田さんに連絡を取っていた。
もちろん、今回あったことを教えるためだ。
「実は商店街に行ったのですが、帰り道で複数の女性、シスターモンスターに囲まれまして」
『なに!? 大丈夫だったのか!?』
「はい、何とか仲間に助けられました。それで、そのことで漢田さんにお知らせておきたいことがありまして――」
俺は、漢田さんにできる限りのことを伝える。
お兄ちゃん保護法があっても、過信はできないということを。
「――ということなんです」
『……なるほど。そりゃあ、大問題だな。だが、俺様たちのチームは大所帯だ。危険だと分かっていても、食料の配給には行く必要があるし、必要な物を買いそろえなきゃならない』
「それは、そうですね。出過ぎたことを言いました」
確かに、漢田さんたちのチームは数十人規模だ。
俺たちのようにコンビニでまかなえる数ではない。
『いや、勘違いしないでくれ、凛也の情報には感謝している。知っているだけでだいぶ違うからな。俺様たちのチーム内でも、緩んできたやつが出てきた。あ、緩んだってのは、気持ちの方な。だから、教えてくれたのは正直助かった。あんがとよ! 何かあれば、今度は俺様たちが力になるぜ!』
「は、はい! その時は、よろしくお願いします!」
『おうよ!』
そうして漢田さんへの連絡は終わり、一息つく。
既に知っているかと思ったが、念のため伝えておいてよかった。
数少ない生存者の知り合いなので、漢田さんには是非これからも生き残ってもらいたい。
もちろん、俺たちも最後まで生き残る。
生きている限り、諦めない。
抜け道はあったが、お兄ちゃん保護法で世界が少し良くなったのは事実だ。
これから何かが変わって、自由に生きられる日が来るかもしれない。
その日のために、俺たちは生き続ける必要がある。
俺は改めて、気合を入れ直した。
それから暫くして一日が終わり、俺は自室のベッドで横になる。
この秘密基地での生活もずいぶん慣れたものだ。
部屋も今では綺麗に片付いており、清潔になっている。
まあ、夢香ちゃんと瑠理香ちゃんが掃除を手伝ってくれたのだが。
ちなみに、そのとき鬱実には断っている。
何が起きるかなんて、目に見えていたからだ。
そんなことを思い出すと引きずられるように、今日の鬱実の姿が思い浮かぶ。
俺を助けてくれた鬱実は、とてもしおらしかった。
いつもの態度と違い、調子が狂う。
それだけ、鬱実に心配をかけたということになる。
あいつは、いつもみたいに変なことを言っている方がいいな。
しおらしい鬱実にはドキッとしたのは事実だが、いつもの鬱実の方が好ましかった。
はあ、今日はもう寝よう。
これ以上考えていると、眠れなくなりそうだった。
俺はゆっくりと瞳を閉じる。
だがそんな時、背を向けているドアから僅かに開く音が聞こえた。
誰だ……って、こんな時に入ってくるのは、鬱実しかいないよな。
いつもの調子に戻ったのか? なら、変なことをしたら脅かしてやろう。
俺はそう思い、寝たふりを始める。
すると、少しずつ鬱実が近づいてきた。そして、俺の掛布団に手をかけると、鬱実がそのまま入ってくる。
「今日だけ、お願い……」
「――ッ」
背中に抱き着くように横になった鬱実が、俺の耳元でそう呟く。
それに対して、俺はとっさに何も言えなかった。
「ありがとう」
俺の無言を承諾と受け取ったのか、鬱実はそれ以降何も言わなくなる。
背中には、鬱実の豊かな胸が押し付けられ、しばらくすると小さな寝息が聞こえてきた。
……本当に、何もせずに眠ったのか? それに、何かおかしい。
俺は、自分の心臓がいつもより速く動いていることに気が付く。
くそっ、今日は助けてくれし、特別だ。
俺も、もう寝よう。
そう考えて眠りにつこうとするが、この日はなぜか、俺は中々眠ることができなかった。
そして次の日になって目が覚めたときには、隣に鬱実の姿は無く、昨日のことは夢なのかと思ってしまう。
まじか、あれは夢だったのか? だとしたら……はぁ。
俺は重い溜息を吐くと、いつも通りに着替えて準備を終え、メインルームに向かった。
「は?」
ドアを開くと、目の前には冗談のような光景が見える。
『あたしは昨夜、凛也君の部屋に夜這いを仕掛けて、凛也君が眠っていることを良いことに同じベッドでそのまま寝ました』
そんな言葉の書かれた札を首から下げた鬱実が、正座で座っていた。
「あ、凛也先輩、起きたんですね。もう、聞いて下さい。鬱実さんったら、凛也先輩と同じベッドで寝ていたんですよ! なにもされませんでしたか?」
「そうなんだよ。これは協定違反! るりとお姉ちゃんは、毎朝凛也お兄ちゃんが襲われていないかチェックしているの。そしたら、凛也お兄ちゃんの寝ているベットに、鬱実お姉さんが寝ていたんだよ!」
夢香ちゃんと瑠理香ちゃんは、そう言って怒り心頭のようだ。
「い、いや、全然気が付かなかったなぁ。起きたら別に変わったところが無かったし、添い寝していただけかも?」
「り、凛也君!」
俺は頭をかきながら、鬱実をさりげなく庇った。
「それはありえません! あの鬱実さんですよ! 証拠を隠滅したに決まってます!」
「もしもお兄ちゃんの貞操が知らないうちに奪われていたら、流石に許せないよ!」
て、貞操って……。
「いや、そこまでされたら流石に起きるから大丈夫だ」
「でも、起きないように睡眠薬を使われている可能性も……」
「鬱実お姉さんならありえる……」
どんだけ信用がないんだよ……。いや、普段の行いを考えれば妥当か。
「うぅう。二人があたしに辛辣ぅ!」
とうとう鬱実が騒ぎ出すが、いつもの雰囲気が少しずつ戻ってきた。
それが何だかおかしくて、俺はつい笑ってしまう。
「もう、凛也先輩! なに笑っているんですか! 凛也先輩の貞操が奪われたかもしれないんですよ!」
「そうだよ! 凛也お兄ちゃんの初めては、るりと交換するはずだったのに!」
「ちょっ! 瑠理香! 何言ってるの!?」
「ふふふ、残念だったわね。凛也君の初めては、あたしのものよ」
「あー! やっぱり襲ったんだ!」
「これは……許せませんね……」
俺が笑っている間に、何だか空気がおかしな方に向かっていた。
やばい、これは止めないと!
その後、俺は昨夜鬱実が来たのを知りつつ、助けられた恩もあったので知らない振りをしたことを白状することになる。
だが代わりに、俺の貞操が無事だということは何とか信じてもらえた。
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