020 暗闇の道中

 よし、外には誰もいなさそうだ。

 あれからメインルームに戻った後、俺が最初に外へと続く梯子を上り周囲を確認した。

 三人はスカートなので、俺が後に回る訳にはいかない。

 そうして暗い山の中に出ると、懐中電灯を点ける。

 最初は光で見つかることを危惧したが、山は想像以上に暗く、懐中電灯を点けなければ何も見えなかった。

「暗いですね」
「これ、少し怖いかもしれません」

 こうした暗闇に慣れていない夢香ちゃんと瑠理香ちゃんは、そう言って俺の服や腕を掴む。

「あたしは普通に余裕。むしろこの暗闇は落ち着くわ」

 鬱実はそう言いつつも、二人のように俺のズボンを前から掴んでくる。

「おい、ズボンを下げようとするな」

 俺はなるべく声を抑えながらも、鬱実の掴んでいる手をはたく。

「そんなぁ。あたしも怖いわ」
「嘘つけ! さっき落ち着くとか言っていただろ!」
「うぅう。凛也君が辛辣ぅ!」

 こんな馬鹿なことをやっていては、コンビニへは永遠に辿り着けない。

「はぁ、特に問題は無さそうだな。そろそろ行くぞ」
「は、はい」
「わ、わかりました」
「凛也君おいていかないでぇ!」

 俺はそう言って、山を下るべく歩き出した。

 暗い山道は当然日中よりも、足取りを遅くさせる。

 また木の根などがあるため、気を抜いて歩けば転んでしまうだろう。

「わっ!?」
「大丈夫か?」
「は、はい。凛也先輩ありがとうございます」

 そんなことを考えていると案の定、俺の服を未だに掴んでいた夢香ちゃんが転びかける。

 俺はとっさに夢香ちゃんの腕を掴み、転ぶことを阻止した。

「お姉ちゃん、運動音痴なんだから足元に気をつけないと転ぶよ」
「そうだよね。ごめんね瑠理香」
「まったくもう」

 懐中電灯を持っている俺の左手側には、そう言って呆れた声を出す瑠理香ちゃんがいた。

 俺とは腕を組むようにして歩いている。

 最初は腕を掴むだけだったが、気が付けば恋人のように腕を組んでいた。

「じゃ、じゃあ、私も転ばないように腕を組むね」
「え?」

 すると夢香ちゃんまでもが、右側で俺と腕を組み始める。

 そうして俺は、左右から岸辺姉妹に挟まれてしまった。

 夢香ちゃんの身長はおよそ150cm台半ばであり、対して瑠理香ちゃんは身長140cm台後半に見える。

 どちらも小柄なので、はたから見たら二人の妹に慕われている兄に見えるだろうか。

「うぅう。あたしの凛也君がロリコンにぃ! 発育が良いのが裏目に出るなんてぇ!」
「おい、俺は別にロリコンじゃないぞ!」
「わ、私はロリじゃないですよね!?」
「え、お姉ちゃん、普通に同級生の子より幼い見た目だよ?」
「えぇ!?」

 ロリ扱いされて困惑する夢香ちゃんだが、正直小動物っぽくて小柄なので、高校では一部の男子生徒の間からロリ扱いされていた。

 おそらく本人はそのことを知らないのだろう。

 今は妹の瑠理香ちゃんという比較対象がいるので、ロリという感じはあまりしない。

 鬱実と二人で並ぶと、その差から幼く見えてしまうのは仕方がないのだが。

 そんなやり取りをしながら、俺たちは山を下りきる。

 ここまでくると街灯が見えてくるので、懐中電灯を消してリュックサックにしまう。

 また流石に危険なので、二人には腕から離れてもらった。

 この住宅エリアを通るのはこれで三回目だが、相変わらず人影はない。

 まあ、深夜なのだから当たり前か。

 コンビニは高校の東側に少し歩くとあるので、まずは南下することにした。

 ちなみに、このまま東に進むとしばらく住宅が続き、幹線道路へと出る。その更に東には川が流れていて、それを越えると隣町だ。

 幹線道路沿いにはいくつか店が並んでおり、深夜でも多少は車の行き来がある。

 わざわざ幹線道路沿いの歩道を進む必要はない。

 なので一度南下して高校まで行き、そこから東へと進むわけだ。

 コンビニまでの地形を思い出しながら、俺は道を歩いていく。

 もちろん、深夜といっても人がゼロとは限らないので、それぞれ警戒をしている。

 これだけ静かだと、逆にシスターモンスターが突然飛び出してこないかという恐怖心もあった。

 瑠理香ちゃんなど、特にそうした恐怖心を感じているように見える。

「大丈夫か? 手でも繋ごうか?」
「あっ、お願いします……」

 思わず、俺は怖がっている瑠理香ちゃんにそう言って手を差し伸ばした。

 握った瑠理香ちゃんの手は、小さくて柔らかい。

 まだ子供なんだなと思ってしまう。

 深夜のコンビニに連れ出したことに、僅かだが罪悪感を覚えてしまった。

 それを近くから見ていた夢香ちゃんは、どこかうらやましそうにしている。

 だが流石に両手が埋まるのは避けたいので、俺は申し訳なく思いながらも、気がつかないふりをした。

「うぅぅ。あたしも凛也君と手を繋ぎたいなぁ」

 背後霊のように後ろから聞こえてきた声も、もちろん聞こえないふりだ。

 それから何事もなく高校へと辿り着き、コンビニのある東へと向かう。

 ここまで誰も現れないということは、シスターモンスターもこの時間には寝ているのかもしれない。

 だとすれば、今後の活動時間は必然的に深夜になってしまいそうだ。

 ゾンビ映画だと、夜の方が危険なことが多い気がするが、この世界の場合はそれが逆のようだった。

「隠れて!」
「!?」

 唐突に聞こえた鬱実の声に従い、俺たちはしゃがんで歩道の街路樹と並ぶように配置されている茂みに身を隠す。

 すると、ヘッドライトを点けた車が静かに通り過ぎていく。

 乗っている人物は確認できなかったが、こちらにも気が付いている様子はなかった。

 気を抜きすぎていたな。見つからなくてよかった。

「鬱実、助かった。ありがとう」
「ふふ、凛也君、あたしに惚れてもいいわよ?」
「誰が惚れるか」
「そんなぁ」

 褒めればすぐに調子に乗る鬱実だが、勘に鋭く深夜での活動にも慣れているようなので、こうした場面では大いに役に立つ。

 まあ、深夜慣れしているのは、ストーキング能力の一つだろう。

 以前深夜、住んでいるアパートで何となく外の空気が吸いたくなってベランダに出たら、電柱の陰に鬱実がいたことがあったんだよな……。

 あれは、今でも思い出すトラウマものの恐怖だ。

 あの頃はまだ今ほど露骨に好意を寄せてきていなかったので、本気で警察に届を出そうか迷った。

 そんな過去を思い出しつつ、俺たちはより警戒度を上げて歩道を進む。

 どうやら先ほどの車が偶然だっただけで、結局最後まで何も出てくることは無く、俺たちは目的のコンビニへとやってきた。

「よし、営業しているようだな」

 少し離れて観察してみると、コンビニは明るくなっているので、営業はしているようだ。

「中に店員もいるわ。あれは、シスターモンスターね」

 鬱実は高そうな双眼鏡を覗き、そう言った。

 どうしてそんな高級そうな双眼鏡を持っているのかなど、最早聞く必要はない。

「まあ、当然だよな。でなければ、営業はしていないだろう」

 車も駐車していないし、他の客もおそらくいなさそうだ。

 念のため店内には客がいるかもしれないので、双眼鏡を持つ鬱実に確認をお願いすると、人影は店員以外には確認できないらしい。

 つまり行くなら、今がベストだろう。

「よし、今がチャンスだな。皆行くぞ」

 俺は一言声をかけると、コンビニへ向けて一歩踏み出した。


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