016 少女たちの正体

 『一万円!? 氷帝様の便女お姉ちゃん? ありがとー!』

 鬱実が投げ銭した一万円に、スターちゃんが目の色を変えて喜ぶ。

 そして、それを見た視聴者からも反応があった。

『氷帝様の便女www』
『俺も氷帝様の便所になりたいw』
『どうせ便女とかいいつつ男だろ』
『アッー!』
『あたしは巨乳女子高生。超美人。氷帝様はイケチン。男でもいちころ間違いなし』

 当然笑われている訳だが、おい鬱実、余計なコメントをするなよ……。

『自分で超美人の巨乳とかww……俺の便女にならない?』
『イケチンは笑う』
『イケチン……ごくり……まじで氷帝様紹介してくれ……』
『駄目。あたしは氷帝様専用。紹介はいいよ。氷帝様とのエッチな動画を送ってね。はぁはぁ』

 コメント欄が鬱実のせいでカオスになり始めているんだが……。

『ちょっと! ここはスターちゃんの放送だよ! 氷帝様で盛り上がらないでよね! ……でも、スターちゃんもイケチン氷帝お兄ちゃんに会いたいなぁ』

 は? 鬱実のせいでスターちゃんに目をつけられたのだが。これ、大丈夫か?

 俺が鬱実を見ると、何故か視線を逸らされる。

「おい……」
「だ、大丈夫よ。たぶん、おそらく……」
「大丈夫じゃないだろそれ!」
「き、きっと、その前に他の人がスターちゃんを倒してくれるはずだわ」

 珍しく、鬱実が慌てていた。本当に悪いと思っているのかもしれない。

「はぁ、まあなってしまったことには仕方がない。今後は気をつけてくれ」
「うぅ。凛也君があたしにやさしぃ。今夜は初夜? 初めてが起きちゃう?」
「調子に乗るな! お前は反省しろ!」
「うぅ、凛也君が辛辣ぅ!」

 少し甘やかすと、この調子だ。

 だが、しおらしい鬱実は鬱実じゃないしな。これでいいか。

 スターちゃんがやってこないことを祈ろう。

 そうしている間にも、動画は続く。

 どうやらようやく、鬱実の質問に答えるようだ。

『それじゃあそろそろ、質問に答えるねー。ノーマル妹と同じように、ノーマルお姉ちゃんがいるよ。そしてスターちゃんたちは、”シスターモンスター”っていうの。目的は、仲間を増やすことだよ。あとは、お兄ちゃんと愛し合うことかな?』

 スターちゃんは自分たちのことを”シスターモンスター”と言った。

 目的は仲間を増やすこと、つまり侵略ということだろうか。

 いずれ地球の人類は、全員シスターモンスターに成り代わってしまうかもしれない。

 そしてここまでの回答を見るに、シスターモンスターになった瞬間から、スターちゃんはそうした知識を保持している。

 自分たちが何者で、何を成すかを分かっているということは、それだけスムーズに侵略が進むということを意味していた。

 ゾンビものであれば、ゾンビは本能だけで動いて人々に襲い掛かる。

 だからこそ、人々は映画の中でも生き残ることができたのだろう。

 しかし、シスターモンスターは知恵を持ち、目的も共有している。

 果たして、人類は生き残れるのだろうか?

 俺は、思わず冷や汗をかき始める。

 想像以上に、この世界の状況は悪かった。

 それから動画内で鬱実は、スターちゃんに投げ銭を行って様々な質問をし始める。

 質問を端的にまとめると、こんな感じだった。

 Q.シスターモンスターはどこから来たの?
 A.そんなことは知らない。

 Q.シスターモンスターがコンビニの店員をしていたり、生放送をしているのはなぜ?
 A.言っている意味が分からない。働くのは普通だし、生放送をするのはお金を稼ぐため。

 Q.シスターモンスターは普通に生活しているの?
 A.当たり前。食べるためには働く必要がある。

 Q.シスターモンスターはどうしたら倒せる?
 A.意味が分からないと言いたいところだけど、普通に満足すれば、たぶん倒せるかも? けど暴力は絶対に効かない。銃も同様に私たちには意味がない。

 Q.光の粒子になって消えるのはどうして?
 A.満足したら消えるのは当然のこと。消えた後はどうなるのか知らない。

 Q.ノーマル以外のシスターモンスターもいる?
 A.ノーマル以外には、ユニークとスペシャルがいる。ユニークはオンリーワンの個体。スペシャルはそれに加えて、特殊能力を持っている。ちなみに特殊能力の詳しいことは何も知らない。

 Q.シスターモンスターのお兄ちゃんの定義は?
 A.十歳以上の男性。それ以下の年齢は保護対象。またお姉ちゃんモンスターが呼ぶ弟くんも同じ条件。

 Q.保護とは一体どのような感じ?
 A.十歳以上になるまで普通に育てる。それまでは噛みつく欲求は生まれない。

 Q.人類の全てをシスターモンスターにする気なの?
 A.分からない。けど、結果的にそうなる可能性は十分にある。しかし、お兄ちゃんが絶滅してしまうのは、どうにかして避けたい。

 鬱実がここまで質問をすると、スターちゃんが質問は一人十回までと言って、以降鬱実の質問に答えることは無かった。

 他の視聴者はどうかと見てみれば、投げ銭する人は次第に減っていき、コメント欄に変化が生まれ始めている。

『お兄ちゃんと遊んでいるところが見たい!』
『今日の弟くんはどんな子かしら』
『お兄ちゃんのエッチな動画希望!』
『あなたもスターちゃん? スターちゃんもスターちゃんだよー!』

 どうやら、視聴者もいつの間にか噛まれ始め、シスターモンスターになっているようだった。

 そうしている間に気が付けば、スターちゃんがどこかのアパートに辿り着く。

 インターホンを鳴らすが、誰も出ない。

 すると、困ったスターちゃんの元に誰かが近づいてくる。

『あらあら、どちら様かしら?』

 それは、またもや見たことのある女子大生の女性。おそらくこの女性が、スターちゃんの言っていたノーマルお姉ちゃんということだろう。

『ここに会う約束をしていたお兄ちゃんがいるはずなの。絶対にいるはずなんだけど、出てこないんだよね。困ったなー』
『それは大変ね。どうぞ、このカギを使ってちょうだい。私も、そろそろ気になっていたところなの』
『ありがとー。でも、先に約束したのはスターちゃんだから。譲ってね?』
『はぁ、仕方ないわね』

 そんなやり取りをして、スターちゃんが女性から鍵を受け取る。

 もしかしたら、この女性は元々このアパートの管理人だった人だったのかもしれない。

 そして、スターちゃんが部屋のカギを開けて中に入る。

『ヤッホー! ポン助お兄ちゃん元気ー? 約束通り、スターちゃんが遊びにきたよー!』
『ひぃ!? す、スターちゃんが拙者の部屋に!? ど、どうやって!?』

 スターちゃんの登場に、怯える三十代でガリガリの眼鏡男。

 この人が、最初に投げ銭をしたポン助という人だろう。

『んー? だって行くって約束したでしょー? 約束したら、お兄ちゃんの居場所が何となく分かるんだー。これはスターちゃんのお兄ちゃん愛が成せる技かも?』

 そう言って、スターちゃんがポン助に近づく。

 結果は当然ながら、ポン助がスターちゃんに噛みつかれ、この世に新たなシスターモンスターが誕生してしまう。

 そこまで見たところで、この動画は終了する。録画したのはここまでのようだ。

「これは、まずいな」
「そうですね……」
「えっと、どうしよう……」

 俺たちは、途方に暮れる。

 この世界が、破滅に向かっていることを理解したからだ。

 逃げてもいずれ、噛まれてしまうだろう。

 映画のように、都合よく特効薬を研究する科学者がいることを願うしかない。

 更に最悪なことに、会う約束をすると相手の居場所が分かるという事だった。

 約束をしたわけではないが、俺はあのロリ―ちゃんに目をつけられている。

 もしかしたら、この秘密基地の居場所を知られているかもしれない。

 目をつけられているのは俺だけだし、この場所を去るべきだろうか……。

 そんなことを考えていると、動画が終わってから口を閉じていた鬱実が、俺の思考を読み取ったかのように気が付く。

「凛也君はここにいて。絶対に、一人でどっか行っちゃだめよ」
「なっ、いや、でもな……」
「へっ? 凛也先輩。駄目ですよ! 出ていくなら私たちもついて行きます!」
「そうだよ! 凛也さんはここにいてください! きっとどうにかなりますから!」

 三人に引き留められ、俺はどこか嬉しい気持ちと、情けない気持ちに挟まれる。

「いや、でもここにロリ―ちゃんがやってくる可能性があるんだぞ?」
「来たとしても大丈夫。ここの扉は簡単には開かない。それに、満足させれば倒すことができるわ」
「そうですよ! あの褐色の少女の時みたいに、倒すことは可能です!」
「凛也さんは、中学校から逃げるときも上手く突破できたし、ロリ―ちゃんが来ても返り討ちにできますよ!」

 鬼気迫る引き留めに、流石の俺も考えを改める。

 ここで俺だけ去ろうとしても、それが返って皆を危険にしてしまいそうだな。

 きっと、俺がこっそりこの秘密基地を出たとしても、三人は俺を探しに外に出るかもしれない。

 そもそも、ストーカーである鬱実から逃げることは難しそうだ。

「わかった。残るよ。安心してくれ」
「凛也君」
「凛也先輩!」
「凛也お兄ちゃん!」
「……ん? お兄ちゃん?」
「あっ……」

 最後に勢いあまったのか、瑠理香ちゃんが俺をお兄ちゃんと呼ぶ。

 瑠理香ちゃんは顔を赤くして、焦り始めた。

「大丈夫。お兄ちゃん呼びでもいいぞ。俺は瑠理香ちゃんの魂のお兄ちゃんだからな」
「えっと、いいんですか?」
「ああ、いいぞ」

 俺がそう言うと、瑠理香ちゃんは顔を赤くしたまま、にこりと微笑んだ。

「はい、凛也お兄ちゃん!」
「おう!」

 思わず、俺も笑顔を浮かべてしまう。

「瑠理香ったらいつの間に……」
「うぅ、あたしの凛也くんがロリコンにぃ!」

 暗かった雰囲気が、いつも通りに戻った気がした。

 それはそうと、俺はロリコンではない。

 だがここでそれを言うと、この雰囲気に水を差すことになるので、俺は黙っていることにした。


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