015 スターちゃん

 ゼニスケは、スターちゃんと名乗る少女へと変わってしまった。

 更に生放送を続けながら、画面に向けて手を振っている。

 画面の端には、スターちゃんに興味がないのかのように、先ほどの女性が離れていくのが映っていた。

『今日はちょうど手に持っているコン〇ームが似合いそうな、お金持ちのお兄ちゃんを探すことにするよー! どこかにいないかなぁー?』

 そう言って、スターちゃんはゼニスケの生放送を引き継ぐように、喋り始める。

『拙者が立候補するでござる! 【¥1,000】ポン助』
『スターちゃん可愛い! 【¥500】厳選ドブ水』
『僕のところに是非!! 【¥2,000】バナナはおやつに入りますか?』

 すると、チャット欄に投げ銭をする者が現れ始めた。

 チャットはコメント、投げ銭額、送り主の順番になっている。

 もちろんこうした言動をする者は少数派だが、俺はそれを見て呆れてしまう。

 投げ銭をしている奴らは、この状況を理解していないのか? 実質目の前で人が死んだようなものだぞ!?

 噛まれたゼニスケという男の精神が死に、スターちゃんに成り代わっている。

 この恐ろしさが、分からないのだろうか?

『スパチャありがとー! お金くれる人はスターちゃん大好き! もちろん、あとでお兄ちゃんたちのところに行くからね。待っててね! まずは最初にお金をくれたポン助お兄ちゃんのところから行くよー』

 投げ銭に反応して、スターちゃんがにこりと笑う。可愛らしいが、同時に恐ろしさを感じた。

「ちなみに先に言っておくと、この人たちは後でスターちゃんに噛まれるわ」
「え?」

 鬱実の言葉に、俺は思わず声が出てしまう。

「今回の動画で分かるけど、一度目をつけられたら必ずこいつらはやってくるわ。だから、安易にまた会う理由を作ってはだめよ」
「まじか……」

 俺はそれを聞いて、団地エリアの女性のことを思い出す。

 そういえば、行きにまた会うような約束をした。その結果、帰り道で遭遇したのではないだろうか。

「ね、ねえ凛也さん、あのロリ―ちゃんという子、最後に絶対許さないとか言っていませんでしたか?」
「あ……そういえば、言っていたな……」

【おぼえてなさいよー! ぜ、絶対あんたのこと忘れないんだからねっ!!】

 瑠理香ちゃんの言う通り、中学校を出るときこんなことを言われた気がする。

 鬱実の言うことが本当だとすれば、いずれロリ―ちゃんと再開する可能性は高かった。

 だとすれば、高校で出会ったあの褐色の少女はどうなのだろうか。

 【は、はい! 罰ゲームおしまい! つ、次はもっと過激なことしちゃうからね! バイバイ!】

 罰ゲームでキスされた時、確かにそう言っていた。

 次と言っていたが、褐色の少女は去るときに光の粒子になって消えたんだよな。

 直感だが、同じ褐色の少女とはもう出会わない気がする。

 会ったとしても、それは個体の違う褐色の少女だろう。

 光の粒子になって消えた姿は、表現的に倒したというのに近い気がした。

「瑠理香、それって本当なの?」
「う、うん、どうしよう……」
「大丈夫だ。おそらくロリーちゃんは、俺を狙ってくるはずだ。そのとき、俺が何とかするよ」

 俺が考えごとをしている間に、瑠理香ちゃんが不安そうにしていたので、そう励ました。

「り、凛也さんは、怖くはないんですか?」
「え? ……そりゃ怖いけど、瑠理香ちゃんを守るためなら、頑張るよ」
「凛也さん……」
「むぅ」
「あ、あたしの凛也君が、他の女の子を守るって……はぁはぁ」

 俺は瑠理香ちゃんにそう返答したが、心の中はそれどころではない。

 なんで俺、こんな状況下で勇敢に行動できるんだ?

 噛まれれば実質的に死ぬ。

 当然俺にも、それは適用されるだろう。

 であるならば、動けないのが普通だ。

 そもそも瑠理香ちゃんを助けに一人で向かった事すら、今考えればおかしい。

 俺は、そこまで他人のために命を使える人間だっただろうか?

 漫画の主人公だと、心のどこかで思っていた?

 分からない。

 でも動けないより、動けるならそれでもいいのか?

 逆に恐怖で動けなかったら、ここに瑠理香ちゃんはいないし、もしかしたら既に俺は噛まれていたかもしれない。

 もしかしたら俺は元々そういう人間で、こうした緊急時に初めてそれが発揮された可能性もある。

 なら、これ以上深く考えても無駄かもしれない。

 俺は、勇敢に行動できる今の自分を良しとした。

「そろそろ、動画を再生してもいいかしら?」
「ん? ああ、止めていてくれたのか。再開してくれ」

 どうやら、鬱実が動画の再生を一時停止にしていたらしい。

 話に夢中になっていて、気が付かなかった。

 そうして、途中まで見ていた動画が再び動き出す。

『スターちゃんの処女は拙者のものでござる! 【¥3,000】ポン助』
『スターちゃん今何色のパンツはいてるの? 【¥1,000】不審者の極み』
『ていうか、普通にゼニスケの精神どうなってんの? 【¥300】シメサバ』

 すると、再び投げ銭チャットが飛び交う。

 その中の一つに、俺も気になっているものがあった。

「あたしのパンツの色は黒よ」
「そっちじゃねえよ!」

 俺の考えを読んでいるようで、まったく読んでいない鬱実の言葉に、俺は思わず声を上げる。

『またまたスパチャありがとー! みんな大好き! スターちゃんのパンツの色はピンクに黄色の星がらだよー! それとゼニスケ? 誰それ―? どこのお兄ちゃん?』

 動画はそのまま再生されているので、スターちゃんが投げ銭に対して回答していた。

 だがこれで、元の人格が消えていることは確定したようだ。

 噛まれれば死ぬとは思っていたが、実際に本人の口から言われたという意味はでかい。

 動画を見ていた何人かは、死を実感したのだろう。この状況の確信に迫る投げ銭が増える。

『普通に、何で噛みつかれると女の子になるんですか? 【¥500】三日店長』
『お兄ちゃんと呼ぶのはなぜ? 【¥300】ためぞう』
『同じ姿の女の子がいるみたいだけど、パターン決まっている感じ? 【¥1,000】ナメクジハンター』

 おお、こういった投げ銭はありがたい。俺も気になっていた。

『え? 噛みつくと女の子になっちゃうのは、仲間を増やすためだよ? 本当はお兄ちゃんに噛みつきたくないけど、本能だから仕方ないよね? 一応我慢はできるよ?』

 噛みついて少女が増える理由は、普通に仲間を増やすためのようだ。

 これは、何となく予想はできていた。

『お兄ちゃんと呼ぶのは、お兄ちゃんがお兄ちゃんだからだよ?』

 これは、意味が分からない。

 しかし、お兄ちゃんと呼ぶのは当たり前のことなようだ。
 
『うん、パターンは決まっているよ? だってノーマル妹・・・・・だもの。スターちゃんもノーマル妹だから、他にもスターちゃんはいるよー』

「は? ノーマル妹?」
「普通の妹ということでしょうか?」
「それなら、レア妹とかいるのかな?」

 ノーマル妹という衝撃の発言に、既に動画を見ていた鬱実以外の俺たち三人は、当然驚く。

『あなたがノーマル妹であれば、ノーマル姉もいるの? そもそも、あなたたちは何者? 何か名称はあるの? 目的は何? 【¥10,000】氷帝様の便女』

 続いても気になる質問が投げ銭されたが、この”氷帝様の便女”というのは……。

 俺は先に一言いうために、動画を一時停止にする。

「鬱実、これ、お前の質問だよな?」
「ふふ、流石凛也君、匿名でも分かっちゃうのね? もうっ、あたしのこと好きすぎなんだからっ」
「いや、普通わかるだろ! この名称はあとで変えておけよ! 絶対だからな!」
「うぅぅ。凛也君が辛辣ぅ!」

 鬱実のアカウント名はあとで変えさせるとして、気になる質問なのは確かだ。

 一度溜息を吐くと、俺は気を取り直して再び動画を再生させた。


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