住宅エリアはその後何事もなく、裏山まで俺たちはやってくる。
そのころには瑠理香ちゃんも少しずつ歩けるようになり、ようやく背から降りた。
いや、鬱実がうるさいので、結果として降りてもらうしかなかったのだが。
「お姉ちゃん!」
「瑠理香!」
そして秘密基地内に戻ってくると、夢香ちゃんと瑠理香ちゃんは再会を喜び、抱き合った。
涙を流す二人を見ると、助けた甲斐があったというものだ。
「ねえ凛也君。あたしたちも抱き合おう?」
「はぁ、断るに決まっているだろ……」
「うぅ、凛也君があたしに塩対応ぅ!」
鬱実は相変わらずだが、俺は疲れたということもありそう言ってソファに腰かけた。
「凛也先輩、本当にありがとうございました」
「いや、俺も瑠理香ちゃんを助けたかったし、気にしないでくれ」
俺の前まで来て頭を下げる夢香ちゃんに、右手を上げて気にしないよう軽く返事をする。
しかし、瑠理香ちゃんはそれでは収まらない様子だった。
「いえ、妹の命の恩人です! 凛也先輩がしてほしいことがあったら、何でも言ってください! 私にできることがあれば、どんなことでもしますから!」
あまりの気迫に、俺は少々たじろぐ。
だが、そこに入り込んでくる者がいた。
「じゃあ、凛也君にあげるお菓子に、自分の体液を入れるのを止めてくれないかしら? 最初は興奮したんだけど、慣れたら普通に嫌なだけだったわ」
「え?」
「は?」
鬱実が突然、とんでもないことを口走る。
お菓子に体液? え? もしかして、夢香ちゃんがよくくれたお菓子って……。
「きっと今ではエスカレートして、下半身から洩れた〇液を入れているに違いないわ。私ならそうするもの」
追撃とばかりに、鬱実がとんでもないことを口に出した。というか、お前は入れるのかよ! やってないよな? 本当にやってないよな?
俺は別の意味で心配になってくる。
「ま、まだそこまでしてません!」
「「まだ?」」
鬱実の言葉へ反射的に反論した夢香ちゃんだったが、そこで墓穴を掘ってしまう。
「あっ……いえ……これは……」
夢香ちゃんの言葉が徐々に小さくなっていく。
そこへ、トイレから戻ってきた瑠理香ちゃんが現れた。
「あれ? お姉ちゃんどうしたの?」
「る、瑠理香……」
「?」
状況が理解できないのか、瑠理香ちゃんが首をかしげる。
体液を入れられていたことには、正直ドン引きだ。俺にそのような性癖は無い。
しかし夢香ちゃんはいい子だ。それだけは分かる。
おそらく、魔が差したのだろう。
男どうしで缶ジュースを飲み回ししたと思えば……いや、なんか違うな。
とにかく、この状態はまずい。
こんな状態で関係がこじれれば、グループ崩壊の危機だ。
俺はそう思い、ここで一旦この話をうやむやにすることに決めた。
「別に何もないぞ。夢香ちゃんにお礼を言われただけだ。気にしないでくれ」
「そうなんですか?」
「ああ」
「り、凛也先輩……」
瑠理香ちゃんは少し違和感があるようだが、納得したようだ。
対して夢香ちゃんは、熱い視線を向けてくる。おそらく感謝しているのだろう。
そして鬱実は、何故か息を荒くしていた。これはいつものことなので、気にしない。
「さて、流石に腹が減ったし、遅い昼食にしようか?」
「は、はい! 凛也先輩の為に、できる限りのことをしました!」
夢香ちゃんはにこりと笑みを浮かべると、キッチンがある部屋へと向かっていく。
どうやらこの秘密基地には、キッチンまであるらしい。
それと俺たちが戻ってくるまで、二人とも昼食を摂らずに待っていたようだ。
別に先に食べてもらっていても良かったのだが、そういう心遣いはうれしい。
そうして、奥から料理が運ばれてきた。
出されたのはカレーライスだ。
俺たちはソファにそれぞれ席に着く。
俺の横には鬱実が座り、正面には瑠理香ちゃん、その横が夢香ちゃんだ。
「非常食類しかなかったので、レトルトで申し訳ないです」
「それは、あたしに言っているの?」
「い、いえ、そういう意味じゃないです。すみません」
料理好きの夢香ちゃんは、純粋にそう思ったのだろう。
決して、置いてあった食材に文句を鬱実に言ったわけではない。
また鬱実も、実際には気にしていないのだろう。
それなりに鬱実とは一緒にいるので、それが分かった。
しかし、若干空気が悪くなったのは確かだ。
「別に気にしてないよ。俺、カレー好きだからレトルトでも大歓迎だ。それと、鬱実も責めている訳じゃないと思うぞ。こいつは、ただ単に気になっただけだ」
俺はそう言ってフォローをする。
「り、凛也君があたしにやさしぃ! 今夜、何か起きちゃう? 起きちゃう?」
「起きねえよ! そもそも、鬱実に優しくした覚えはない!」
「うぅ! 凛也君があたしに辛辣ぅ!」
鬱実がいつものように絡んでくるので、俺は声を上げた。
すると、それを見て瑠理香ちゃんが笑い出す。
「あはっ、あ、ごめんなさい。何だかおかしくって」
「そうだな、こいつは可笑しなやつだ。だから、普通の人と同じ思考を持っていると思わなくていいぞ」
俺は、夢香ちゃんを見ながらそう言った。
「凛也先輩、ありがとうございます」
「気にするな。それよりも、そろそろ食べようか」
「そ、そうですね」
そうして俺たちはカレーを食べ始める。
食料の問題もあるので、おかわりは止めとこう。
何はともあれ、瑠理香ちゃんを無事に助けることはできた。
これからは、生き残ることを第一に考えよう。
一瞬、両親のことが脳裏を過る。
実は瑠理香ちゃんを助けに行く前に、両親に連絡をしていた。
しかし返ってくるのはどちらも少女と女性の声。
俺の両親は、既に噛まれた後だった。
小さいころから放任主義で、俺にあまり関心がない。正直普通の家族とは少し違うと思う。
だからだろうか、俺もそこまでの悲しみは無い。
それよりも、妹を心配する夢香ちゃんの方を優先した。
あとは、鬱実の方はどうなのだろうか?
鬱実は世界が変わっても、これまで通り変わらない。
そこが鬱実らしいのだが、自身の両親には連絡をとったのだろうか?
このことについてどこまで踏み込んでいいのか、俺は躊躇ってしまう。
自分から言わないということは、それなりに覚悟しているのかもしれない。
それとも、ここまでの秘密基地を用意できるほどだ。
鬱実の両親は既に安全を確保している可能性もあった。
そっちの方が、可能性が高そうだ。
俺が見ていないだけで、しっかり連絡をとったのかもしれない。
「凛也先輩、どうしたんですか?」
「いや、なんでもないよ」
考え事にふけっていたせいか、食べるのが止まっていた俺を心配して、夢香ちゃんが声をかけてきた。
今は、考えるのを止めよう。
俺はカレーを口に運び、共に出されていた水を飲む。
軽く息を吐くと、長かった一日の半分がようやく終わった気がした。
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