「みんな~この不審者さんはロリ―ちゃんが最初に見つけたんだから、勝手に手を出しちゃだめだよ~?」
自分のことをロリ―ちゃんと言う少女は、ニヤニヤ笑みを浮かべながら俺を指さす。
「え~ずるいよ~」
「おうぼーだー!」
「あたしもお兄ちゃんとあそびたいー」
すると、周囲の少女たちが騒ぎ出した。
今にも襲い掛かってきそうで恐ろしい。
くそ、いったいどうなるんだ。
何とかして抜け出さないと。
俺は必死に頭を働かせるが、妙案は思い浮かばない。
「も、もうおしまいだよぉ。るりたちここで死んじゃうんだぁ」
瑠理香ちゃんは、精神的に追い詰められて涙を流し始める。
本当にまずい。
瑠理香ちゃんがこの状態じゃ、俺一人でどうにかするしかない。
「なに必死に考えてるの~? もしかして、逃げようとか考えてる?」
図星を突かれ、俺は一瞬たじろぐ。
だが、ここで引いたらいけないと、本能が叫んでいた。
主導権を握られたら終わる。
「い、いや、逃げるわけないだろ? そもそも、俺は不審者じゃない」
「えぇ、本当に~? ここ中学校だよ~? そこに、お兄さんみたいな人が女の子をおんぶしているなんて、どう見ても攫おうとしている不審さんだよ~?」
確かに、状況だけ見ればそうかもしれない。
昼時の中学校に高校生がいるのはおかしかった。
しかし、瑠理香ちゃんをおんぶしているのは、果たしておかしいだろうか?
いや、おかしくない。
ぱっと見、体調の悪くなった妹を迎えに来た兄が、動けない妹をおんぶしているように見えないだろうか?
そう考えた俺は、自分のことをロリ―ちゃんと呼ぶ少女にこう言い放つ。
「俺は不審者じゃない。俺は、妹の瑠理香を迎えに来ただけだ。おんぶしているのは、妹の体調が悪いからだ」
言い終わると、俺は緊張で額に汗を浮かべる。
俺の言葉に、周囲は一瞬静かになった。
そして。
「へ~そうなんだ? 妹思いなんだね? でもさ、妹ちゃんと、全然顔似てないね?」
「くっ――」
痛いところを突かれた。
確かに、俺と瑠理香ちゃんは似ていない。
だが、完全に兄妹でないとは言い切れないはずだ。
けど、この妙な胸騒ぎはなんだ?
100%兄弟ではないと確信を持って言われた気がする。
ここで誤魔化すのは、逆に悪手か?
俺は唾を飲み込み、覚悟を決める。
「あ、ああ。確かに、血は繋がっていない」
「やっぱりそうなんだ! 嘘ついたんだね?」
ロリ―ちゃんは、ニヤニヤ悪そうな笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてくる。
このままでは、噛みつきの射程範囲に入ってしまう。
なので俺はロリ―ちゃんが目の前までくる前に、口を開く。
「血は繋がっていないが、嘘じゃない。瑠理香は、魂の妹だ! だから妹と呼ぶし、体調が悪くなれば高校を抜け出して、こうして迎えに来る。おんぶもするのは当たり前だ!」
「た、魂の、妹?」
ロリ―ちゃんは、俺の言葉を聞いてポカンとした表情になる。
ヤバイ、勢いで変なことまで言ってしまった。
魂の妹ってなんだよぉおお!!
俺は、自分自身が放った言葉でダメージを受ける。
「へ? 凛也さん、魂の妹って……」
瑠理香ちゃんのそんな呟きが、耳元に届く。
これは、終わったか? な、なんとか瑠理香ちゃんだけでも逃がさないと……。
俺が半分諦め始めたそのとき、ロリ―ちゃんがようやく反応を示す。
「ふ、ふふふ。あははっ! 魂の妹! 魂の妹だって! みんな聞いた?」
ロリ―ちゃんは大口を開けて笑い始めた。
どこか嬉しそうに見えるが、悪い意味でないことを祈りたい。
「聞いた聞いた!」
「私も魂の妹って言われたい!」
「お兄ちゃん最高!」
「濡れた!」
「そこに痺れる憧れるぅ!」
「お兄ちゃんオブお兄ちゃん!」
周囲の少女たちも、嬉しそうな反応を示す。
絶賛されている気がするが、一部変な言葉も混じってないか?
俺はそんなことを考えながらも、内心は不安でいっぱいだった。
「見て見て―! 魂の妹ちゃんがメスの顔になってるよ!」
「なっ、なってないよ!」
すると、俺のせいで瑠理香ちゃんもいじられ始める。
瑠理香ちゃんには本当に申し訳ない。
「あたしも、魂の妹って言われたらメスになっちゃう!」
「うちは、そのままベッドにお兄ちゃんを連れ込んじゃう!」
「私はもう濡れた」
「さっきの決め台詞を録音して毎日聴きたい」
「いくら払えば言ってくれますか?」
こ、これって、不味くないか?
周囲の盛り上がりがどんどん過熱していく。
逆に、危険かもしれない。
早いところ脱出しないと、興奮した少女に噛まれそうだ。
そう思った俺は、言葉を選びながらも、ロリ―ちゃんにこう切り出す。
「な、なあ。そういう訳だから、妹を家まで連れて帰りたいんだ。だから、道を開けてくれないかな? 頼むよ」
「え~? どうしよっかなぁ~?」
ロリ―ちゃんはそう言って、もったいぶる。
これは、このまま帰してもらえそうに無さそうだ。
いったいどうすれば……。
俺が唇を噛みしめて悩み始めたとき、周囲の少女に変化がうまれる。
「かわいそうだよ」
「そうだね。妹想いのお兄ちゃんだもんね」
「ロリ―ちゃん意地悪すぎ」
「これだからメスガキは……」
「私は濡れただけで満足」
そう言って少女たちはモーゼの海割のように、外への道を作り始めた。
「へ? あ、あんたたち! ロリ―ちゃんを裏切るの!」
対象にロリ―ちゃんは怒りを露にする。
「駄目だよロリ―ちゃん」
「ロリ―ちゃん待て!」
「魂のお兄ちゃん。さぁ、行っていいよ!」
「ロリ―ちゃんはあたしたちが押さえておくから!」
「ここは私たちに任せて先に行け!」
「別に、倒してしまってもいいのだろう?」
「そうだ! ロリ―ちゃんを押し倒そう!」
少女たちがロリ―ちゃんの動きを封じると、俺たちを外へと誘導してくれた。
た、助かるのか?
何はともあれ、俺は少女たちに感謝する。
「みんな、ありがとう! 俺は妹を連れて帰らせてもらうよ!」
「うんうん」
「ばいばーい!」
「今度はあたしを連れ帰ってねー!」
俺は最後に軽く頭を下げると、昇降口から外に出た。
「おぼえてなさいよー! ぜ、絶対あんたのこと忘れないんだからねっ!!」
背後からロリ―ちゃんの叫びが聞こえたが、俺は無視して駆けだす。
不思議と、外にいた少女たちも俺たちを遠めに見るだけで襲う気配がない。
そして、俺と瑠理香ちゃんは表門から中学校を出た。
あの地獄の包囲網から、無事に生還を果たす。
……流石に、今回は駄目だと思った。
俺はそんなことを考えながらも、そのまま元来た裏門付近の道を目指す。
「るりの、お兄ちゃん……」
「へ? 今なんか言った?」
「な、何も言ってないです!」
「そ、そう……」
一瞬、瑠理香ちゃんが何か言った気がしたが、どうやら気のせいだったようだ。
それはそうと、あのロリ―ちゃんとか言う少女、何となく瑠理香ちゃんに似ているな。
同じツインテールだし、どこか雰囲気が近い気がする。
もし瑠理香ちゃんが噛まれたら、ロリ―ちゃんになってしまう気がした。
最後まで俺たちを見逃そうとしなかったロリ―ちゃん。
あれが増えると面倒そうだ。
瑠理香ちゃんが噛まれないように、気をつけないと。
そうして走ることしばらく、俺は再び団地エリアまでやってきたのだった。
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