「凛也先輩……瑠理香を、よろしくお願いします」
「ああ、任せておけ」
心配そうな表情を浮かべる夢香ちゃんに、俺は親指を立てて答える。
「凛也君、あいつらに見つかったら逃げることよりも、臨機応変に対応するようにね?」
鬱実は心配しているのか、そうじゃないのか表情からは分かりづらい。
基本的に無表情が多いやつだ。
しかし、長年の経験から心配していることを理解した。
「そうだな。そうしてみるよ」
褐色の少女の時にも思ったが、少女たちの身体能力は高そうだ。
逃げても、追いつかれる可能性が高い。
また逃げることで機嫌を損ね、対話が不可能になる方が問題だ。
鬱実の助言は、意外にも的を射ている。
さて、そろそろ行くか。
準備を終えた俺は瑠理香ちゃんを助けに行くため、秘密基地の梯子に向かう。
まあ、準備と言っても手荷物は無いし、変わった点はブレザーを脱いでいるだけだ。
下手に荷物を持つよりも、身軽になることを選択した。
「凛也君、いってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
最後に聞こえた鬱実の声に答えて、俺は梯子を上る。
ここからが、勝負所だ。
俺が梯子を登りきると、入り口が自動的に締まる。
おそらく、鬱実が閉めたのだろう。
周囲を見渡すが、少女の姿はない。
そのことに安堵すると、頭を切り替える。
中学校は、高校の西側だ。
現在位置から考えると、南西になる。
予想では15分ほどだが、なるべく急いでいこう。
もちろん細心の注意を払いつつ、俺は山を下っていく。
元々人の少ない場所には、少女はあまりいないのかもしれない。
裏山は静かなものだった。
あっという間に山を下り終え、公道に出る。
周囲の住宅も静かではあるが、鬱実が中に人の気配がすると言っていたことを思い出す。
それが息をひそめている住民なのか、それとも少女になってしまっているのかは定かではない。
最悪の状況を考え、俺は気配を消しながら移動を開始する。
といっても、ある程度開けた場所なので、見つかるときは見つかってしまうだろう。
よし、何とか住宅エリアは抜けた。
今進んでいるルートは、住宅エリアを西に抜けそのまま進み、中学校に近づいたら南下する予定だ。
難所としては、今抜けた住宅エリア、次の公園エリア、そして最後に団地エリアになる。
ちなみに公園を南下していくと、商店街だ。
さすがにお昼時なので、商店街は危険すぎる。
普段ここら辺に来ないから、若干の不安があった。
公園を外側から迂回しよう。この時間帯でも人がいる可能性がある。
丁度公園の周囲を沿う形で茂みのような植物が続いているので、俺は見つからないよう屈みながら進む。
ちらりと公園内を覗けば、やはり人影があった。
背丈から見ると、女子大生くらいだろうか?
どうやらベンチで日向ぼっこしているらしく、こちらには気が付いていない。
よし、今なら問題なさそうだ。
俺はそのまま公園を無事に通過した。
思ったよりも、少女たちが少ない。
もっと町中溢れていると思っていただけに、拍子抜けだった。
案外余裕か? いや、油断するな。こういう油断こそ危ない。
元々この時間帯では、ここら辺に人が少なかっただけだろう。
駅周辺やショッピング施設がある場所なら、時間も関係なく、少女たちが溢れているだろうと予測する。
そもそも、高校にはたくさん少女たちがいた。
なら時間帯によっては、この公園にも少女たちが集まってくるに違いない。
今後は、そういうことも予想して行動したほうがよさそうだ。
そんなことを考えながら、俺は団地エリアにやってくる。
ここらへんには団地が乱立しており、たくさんの人が住んでいることが分かっていた。
つまり少女たちとの遭遇率は、かなり高い。
最初に通った住宅エリアと同じように、団地内に籠っていることを祈るしかないな。
ここで馬鹿正直に団地の前を通るわけにはいかない。
俺は団地の裏側へと移動する。
そこは芝生となっており、木と茂みが続いていた。
茂みの中に身を隠しながら行けば、大丈夫か?
小学生の頃、かくれんぼでこうした茂みに隠れたことを思い出す。
そういえば、あの時は誰も見つけてくれず、最後には俺を見つけることを諦めて帰られたことがあったな……。
悲しい過去が脳裏によぎったが、俺は直ぐに思考を引き戻し、茂みの中に入っていく。
やはり、小学生の時とは違って完全に隠れることはできそうにない。
それと枝が邪魔で、進む速度が速いとは言えなかった。
これは、判断を間違えたか? いや、普通に道を歩くよりは見つかり辛いはずだ。
俺はゆっくりと先へと進んでいく。
だがこの時、俺はあることを見落としていた。
それは、団地には様々な人間が住んでおり、十二時に昼食を摂るとは限らないということだ。
「あらぁ? そこにいるのは、弟くんかしらぁ?」
「――ッ!?」
声のする方に視線を向ければ、そこには黒髪ロングで、無き黒子が特徴的な大学生くらいの女性がいた。
先ほど公園で見かけた女生と同一人物に見える。
しかし少女と同様に、女性もある程度同一の姿になってしまうのだろう。
つまり、この女性は先ほど公園で日向ぼっこしていた女生とは別人だ。
「そんなところにいたら、お洋服が汚れちゃうわよ? そうだ! お風呂入っていかない? お姉ちゃんが洗ってあげるから、おいで?」
微笑みながら、俺を誘う女性。
大学デビューしたみたいな爽やかな白いブラウスに、青いスカート。
優しそうな見た目をしている。
だが、近づくわけにはいかない。
あの女性も少女と同じように、隙をみて噛みついてくるのだろう。
しかしこのまま無視をすれば、近くまでやってくるかもしれない。
俺は思考を回転させ、女性に返事をした。
「だ、大丈夫です。今かくれんぼしているので。よ、余裕があれば、後で行きますから……だめ、ですか?」
流石に、この言い訳は苦しかっただろうか。
だが、瞬間的に適切な回答など、そうそうできない。
ましてや、自分の命がかかっていると思うと、逆に緊張して思考が乱れる。
俺は唾を飲み込んで、女性の反応をうかがった。
「……そう。それは残念。お姉ちゃん待っているから、かくれんぼが終わったらおいでね? うふふ、弟くんはいくつになっても子供なんだから」
そう言って、女性はベランダから部屋の中に消えていく。
しばらく見ていたが、戻ってくる気配はない。
また今回はどういう訳か、光の粒子になって消えることは無かった。
はぁ、何とかなったな。
しかしこれで、ある程度会話でやり過ごすことができることが判明した。
これはでかい。
俺は窮地を脱すると、そのまま先へと向かった。
その後は特に誰かと遭遇することはなく、俺は団地エリアの中心付近に辿り着く。
よし、ここまで来れば、あとは南下するだけだ。
団地エリアで時間をかけてしまったが、まだ中学校の給食は始まっていない。
配膳までの時間を考えれば、少しの間待っている方がいいだろう。
給食が始まるのが12時半ということに意識が行き過ぎていて、配膳時間のことを忘れていた。
給食の配膳って、どれくらい時間がかかるんだったっけ?
15分くらいか?
そう考えると、12時45分くらいまで待機していた方が良いかもしれない。
ここから中学校までは目と鼻の先だ。
それに丁度茂みの中だし、隠れるのには絶好の場所だった。
動かなければ、見つかる可能性も低い。
スマホを確認すれば、12時半になったところだった。
俺は、ここで15分ほど待機することを決める。
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