004 学校から脱出

 この学校は、もうだめかもしれないな……。

 下駄箱を目指す俺たちは、一つの教室の前を屈んで通り過ぎる。

 出入口のドアにある小さな窓からこっそり教室を覗くと、大勢の少女たちが授業を受けていた。

 一クラスの男女比はおおよそ半々なので、全員が少女ということはありえない。

 おそらくこのクラスは、全滅してしまったのだろう。

 それよりも、少女たちが普通に授業を受けていることに驚きだ。

 他のクラスも含めれば、数百人規模になるかもしれない。

 その数が一斉に押し寄せたら、ひとたまりもなかった。

 あれ? じゃあ、教室の外を普通に歩いていたあの少女は何だったんだ?

 とても気になる。

 しかし、今はそれどころではない。

 俺たちはゆっくりとその場を後にした。  
 
 そうして他の少女と遭遇することなく、俺たちは無事に下駄箱へと辿り着く。

「よし、靴は無事だな」
「凛也君。急いだほうがいいかも」
「そうだな」

 鬱実の言う通り、そろそろ二時限目も終了する。

 つまり移動教室などがあった場合、大勢の少女と鉢合わせする可能性があった。

 さて、このまま馬鹿正直に外に出るか、それともどこかの窓からこっそりと出るべきか。

 俺がそのことについて悩み始めたとき、夢香ちゃんが近くにやってくる。

「り、凛也先輩、外、近くには誰もいなさそうです。
「本当か? というか、確認に行ったのか? 危ないぞ」
「す、すみません。私の下駄箱は出入口に近かったので……」

 飼い主に褒められようとして、虫を持ってきた猫を叱ってしまった感じになってしまった。

 夢香ちゃんがシュンとする。これはいけない。

「い、いや、助かったよ。近くにあの少女がいないのであれば、そのまま外に出よう」
「凛也君。あたしも見てきたよ? 近くにあいつらはいないわ」

 俺が夢香ちゃんをフォローすると、鬱実も期待するように報告に来た。

「そうか」
「凛也君があたしだけに、塩対応ぅぅぅ」

 こいつは、褒めた方が面倒だからな。これでいい。

 それから俺たちは靴に履き替えると、注意しながら外へと出る。

 二人の言った通り、近くにあの少女はいない。

 しかしグラウンドの方を確認すると、遠くに少女たちが体育の授業を受けているのが確認できた。

 ここからなら早々に気が付かれることはないだろうが、念のため注意して進む。

 鬱実の秘密基地は学校の裏山にあるので、当然裏口の方が近い。

 俺たちはまるで特殊部隊のように隠密を心がけて、学校の裏口を目指す。

 校舎裏を回り、順調に目的の裏口が近づく。

 少女たちは真面目に授業を受けているのか、周囲にはいない。

 また窓から顔を出す者もいなかった。

 これなら問題なくいけそうだ。

 俺がそう思った時だった。

「あっ……」

 学校と道路を挟むフェンス越しに、誰かと視線が合う。

「あら? こんなところで逢引きかしら? 若いっていいわねぇ」

 それは、初老の女性だった。

 この人物はあの少女と同じ存在なのか、それともただの通りすぎなのか、俺はとっさの判断ができない。

「えっと……」

 俺が何か言う前に、初老の女性はそのまま歩いていく。

「あの人、まだこの状況を知らないんじゃ……」
「じゃあ、引き留めないと」

 夢香ちゃんの言葉に、俺はハッとして初老の女性に声をかけようとした。

「ダメ」
「えっ?」

 だが、そこで鬱実が止めに入る。

「何で止めるんだ? あのままだと、あの人が危ないだろ」
「それでもダメ。あたしたちに余裕はない。助ける人はもっと厳選するべき」
「厳選って……」

 俺は鬱実の言うことを頭では理解できたが、感情では納得できない。

 現状あの初老の女性を説得して、秘密基地まで連れていくことが難しいことも理解はしている。

 今の状況を教えるだけでもと思ったが、それであの初老の女性が助かるとは思えない。

 どうすればいい? 

 思考がグルグルと回り、混乱してくる。

 そうして悩んでいる間に、初老の女性は見えなくなってしまった。

「凛也先輩……」

 夢香ちゃんが心配して声をかけてくる。

「行こう……」

 俺は、断腸の思いで先へと進む。

 夢香ちゃんと鬱実は、何も言わずについてきた。

 俺は二人を見て軽く深呼吸をすると、頭を切り替える。

 少しずつ俺は、冷静さを取り戻していく。

 すると改めて、先ほどいた初老の女性への対応に、自分の浅はかさが浮き彫りになる。

 くそっ、何を悩んでいるんだ。俺は主人公ではない。

 漫画のように、見知らぬ他人まで助けようとしてどうする。

 自分たちの生存まで危ぶまれている状況下で、まだ平和ボケをしていたのかもしれない。

 俺がまず助けなければいけないのは、現状この二人だ。

 鬱実は変な奴だが、一応親しい間柄? かもしれない。

 夢香ちゃんは、当然救う対象だ。

 俺にいつも料理部で作ったお菓子を持ってきてくれるし、慕ってくれているのを日々感じている。

 学校の友人がおそらく手遅れである以上、この二人をまずは優先しなければならない。

 それで他人まで救おうとするのは、結果的にこの二人を危険にさらす。

 物資の問題もあるだろう。

 ゾンビものであれば、食料を確保するのは至難だ。

 人が増えれば、当然消費量も増す。

 鬱実の助ける人を厳選するというのは、あながち間違いではない。

「鬱実、さっきは助かった」
「う、うん」

 俺が不意にお礼を言うと、照れたように返事をする鬱実。

 いつものように変な返しをしてくると思った俺は、不覚にも鬱実の返事にドキリとしてしまった。

 このことは、墓場まで持っていくことを誓う。

 そうして、俺たちは無事に学校の裏口に辿り着いた。

「さて、ここから学校外になるわけだが……」
「おそらく、あいつらがいる可能性があるよね?」
「そうだよな……」

 この学校だけが特別おかしいとは思えない。

 道中、下手をすれば複数の少女と鉢合わせをする可能性もあった。

 裏山は学校の目と鼻の先とはいえ、多少公道と住宅街を通る必要がある。

「二人とも、ここからも慎重に進もう」
「は、はい」
「わかったわ」

 そうして俺は、注意深く裏口から顔を出して、周囲の確認をしてみる。

 よし、人影はない。

「行くぞ」

 俺たちは、公道を進む。

 思ったよりも、静かだな。

 元々車の通りは少ないが、一台も見かけない。

 また道を歩く人影もなかった。

 みんなやられてしまったのか? それとも、避難したのだろうか……。

 そう考えるとあの初老の女性は、まだ襲われていないという意味で言えば、運が良かったのかもしれない。

 周囲を見渡せば住宅が多く、この静けさはまるでゴーストタウンのようだと感じてしまう。

「な、何だか怖いです……」

 夢香ちゃんも周囲の雰囲気から、俺と似たような印象を感じ取ったようだ。

「そうね。でも、家の中には人がいるみたい? 気配を感じる」
「気配を……感じるんですか?」
「そう、他人の気配を感じ取る能力は、必須能力」

 それはストーキングする上での必須能力なのか? と質問しそうになったが、俺は口を閉ざす。

 現状、鬱実の特殊なストーキング能力は役に立っている。

 その対象が”俺”という事実が無ければ、もろ手を挙げて喜ぶところだ。

「人が家の中にいるなら、その分注意していこう」
「そ、そうですね」
「あたし、凛也君のために頑張るよ?」
「あ、ああ、頼む」
「ふふっ」

 俺たちが警戒しながら進むことしばらく、無事に住宅エリアを抜け、何事もなく裏山の入り口にまでやってくる。

 ここまで来れば、大丈夫だろう。

「案外、何とかなったな」
「そ、そうですね」

 夢香ちゃんと俺はそう言って、息を整える。

「凛也君と夢香ちゃん。こっち」
「ああ」
「は、はい」

 そうしていると、鬱実が俺たちに手招きをして、どんどん先へと進んでいく。

 俺たちは追うように鬱実へとついて行く。

 当然と言えば当然なのだが、俺の住んでいるボロアパートは直ぐそこだった。

 この状況が解決したら、引っ越そう……。

 俺は心に強く誓った。

「ここ」
「ん?」
「どこですか?」

 辿り着いた先を鬱実が指さすが、そこには茂みしか無く、秘密基地らしき物は無い。

 もしかして、秘密基地は嘘だったのか?

 俺がそう思った時だった。

 鬱実が何やら小さなリモコンを取り出して、ボタンを押す。

 すると、茂みの根元の地面が僅かに動き始める。

「ここだよ?」

 そして鬱実が茂みを手で動かすと、そこには地下へと続く梯子はしごがあった。

「まじか……本格的すぎるだろ……」
「す、すごいです」

 明らかに入り口部分からして、高校生が作れる秘密基地のレベルを遥かに超えている。

 鬱実、お前はいったい何者なんだよ……。

「先に行くね?」

 そう言って、鬱実は梯子を一人で降りて行く。

「お、俺たちも行くか」
「は、はい……」

 俺と夢香ちゃんは戸惑いながらも、鬱実を追って梯子を降りることにした。


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