020 数百の矢の雨

 流石にあの数が一気に来るとすれば、避け切れる自信がないぞ。

 俺は頭上の光景に思わず舌打ちをしてしまう。更に、数百の矢は直ぐには落ちてこず、姫紀の作り出した光の結界が消えるのを待っているようだった。

「この試練を考えた奴は、クリアーさせる気が無いと見えるな」
「確かに、この子の結界が消えるまで動きそうにないさね」

 結界を懸命に張る姫紀の額には、玉のような汗が流れている。残り時間はあまり無さそうだ。

 どうする? あの数が一度に来れば、流石に避け切れない。パリィするのにも限度がある。

 試練で多くのEPを手にするためには、全滅するわけにはいかなかった。

 勝つために必要なのは、俺個人の勝利ではなく、パーティでの勝利か。

 出来れば自分一人でどうにかしたかった。だが、そうも言ってはいられない。目指すのはイベント一位なのだから。

「なあ、キャサリンさん。一つこの状況から生き残る可能性があるんだが、賭けてみないか? そのためには姫紀、君の助けも必要になる。そのままでいいから、とりあえず聞いてくれ」

 俺は、二人にある作戦を伝えた。

「なるほど。あたしゃは賛成するよ。どのみち、このままじゃ無理そうさね」
「……」

 キャサリンは俺の作戦に賛成し、姫紀は結界に集中しながらも、僅かに首肯する。

「それじゃあ、勝つために作戦を実行しようか」

 たとえ俺がやられたとしても、パーティメンバーの誰かが一人でも生き残ればこちらの勝利だ。

 そうして、作戦を実行するためのフォーメーションを作る。形はまず初めに姫紀がそのまま岩の隙間に隠れ、そこを守るように俺が立つ。そして、その俺を守るようにキャサリンが周囲を警戒するといった感じだ。

 形はこれでいいとして、問題は上手く行かどうか……いや、ここまで来たら成功させよう。こういった一方的に攻撃されるのは趣味じゃ無いが、たまにはこういうのも悪くはない。

 俺の心は落ち着き、目も前の試練を突破するべく、二人に指示を出す。その間に、俺もとあるスキルを控えから移して装着しておく。

「では、始めるぞ。準備はいいな? 姫紀、頼む」

 その瞬間、姫紀は光の結界を解除すると同時に、パーティメンバーへと代わりに光の防御幕を展開した。

「聖なる光りよ! 皆を守って!」
「防御はあたしゃに任せな!」

 そして、遥か上空に浮かぶ数百の矢はが、次々に狙いを定めて降下してくる。このままでは、数秒も経たず矢の雨に射られるのは避けられない。だが、それを許すはずがなかった。

 一番重要なポジションだよな。無事に乗り越えてみせるぞ!

「クリスタルブレス!」

 俺は、頭上に両手を向けると、全力をもってクリスタルブレスを放った。直線上に進むクリスタルの奔流は、美しい花のような結晶を生み出しながら次々に矢を飲み込んでいく。

 くっ、消耗が激しい。長くは持ちそうにないぞ。

 射線をずらしながら発動し、多くの矢をクリスタル化させ、そのまま盾として利用する。だが、断続的に使用するそれは前回よりも消耗が激しく、ぎりぎりの状態だった。

「踏ん張りな! あたしゃの命を懸けてあんたを守るよ!」
「ルインさん……頑張って」

 キャサリンが上空以外から来る矢を自らの守りも考えず、剣と盾で弾いていく。そして姫紀は、聖なる祈りを使い俺に何かを送り込んでいた。

 これは……力がみなぎってくる。

 姫紀の力なのか、クリスタルブレスの威力は上がり、身体の内から何かが溢れてくるようだった。

 これなら、行ける!
 迫りくる矢は次第に数を減らし、残りわずかというところまで来た――その時。

「す、すまないさね」
「ッ!?」
「キャサリンさん!」

 自らの守りを疎かにしていた付けが回ってきたのか、キャサリンが脱落してしまった。

 まずいッ!?

 そして守りが無くなったことにより、周囲から俺に向かって矢が次々に飛んでくる。

「ぐぁ!?」
「ルインさん!」

 クリスタルブレスを瞬時に切ることができず、俺は胴体に矢をいくつも受けてしまった。

 くそ……ここまで来て。

 俺は到頭力尽き、光の粒子となって消え去った。

 ここは……。

 脱落すると、そこはやられた場所と寸分変わらないところであり、俺は半透明でそこに立っていた。周りには、キャサリンと奥平もいる。

 身体は……動かせないか。それに、声も出せない。そうだ、姫紀はどうした?

 やられた場所の目の前ということもあり、姫紀の状況がよく見えた。姫紀は、泣きながら光の結界を自分の周りに展開してやり過ごしているようだったが、その結界も長くは持ちそうにない。

 現実はそう甘くはないかッ……。

 俺は下唇を噛みしめる。何とか体の一部を動かすのがやっとだった。つまり、姫紀を救う手段はない。

 そして、その時は訪れる。

「あっ……」

 姫紀の結界が破れ、その身を貫いていく。過剰なまでの矢の雨に、俺は腸が煮えくり返る。なぜ自分は助けられなかったのかと。不十分な作戦を実行させた自分が憎かった。

「子供は、救われなければならない」

 自分でも気が付かない内に、そんな言葉が口から零れた。

 これで、終わりか……。

 そう思った時、奇跡が起こる。

「ぶひゃ?」

 奥平が、再び復活した。

 なっ!? 

 半透明の奥平の身体を、矢が通り過ぎていく。

「ぶひゅひゅ! 最後に笑うのは僕ちんなんだなぁ!」

 奥平は、どこか勝ち誇ったように声を上げた。矢は姫紀の時に多く消費したのか、奥平が透明化が切れるよりも先に無くなりそうだ。しかし、現実はそう甘くはない。

「そ、そんなの反則なんだなぁ!」

 矢が一本だけその場で静止し、奥平の透明化が切れるのを今か今かと待っていた。

 まずい。最後の最後でこれかよ。

 最早手はない。奥平は両手を前に出し、どうにか一撃死から逃れようとあがいているようだった。そして、奥平の透明化が解けた瞬間、最後の矢が奥平の脳天目掛けて飛来する。

「い、イターシャなんだなぁ!」

 は!?

 もうだめかと思われた時、奥平にも奥の手があったのか、なぞの呪文と共に両手から一瞬炎が舞い上がり、炎は最後の矢を飲み込んで灰と化す。

「ぼ、僕ちん大勝利ぃいいいいいいいい!!」

 は、ははは。嘘だろ。

 まさかの大どんでん返し。役に立たないと思われた奥平が、最後の最後で全てを持って行ってしまった。

 

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 第一の試練『千の矢』コンプリート!

 獲得EP
 ・矢の回避+1EP×1,000=1,000EP
 ・コンプリートボーナス+1,000EP 

 獲得合計2,000EP

【コメント】
 え? 嘘でしょ? この試練コンプリートしたの?
 全滅前提の試練だったんだけどな~。
 相当良い固有スキルに恵まれていないと無理でしょ。(笑)
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 すると、目の前にクリア画面が出現した。合計2,000EPを手に入ったことはうれしいが、最後のコメント内容はかなりふざけてた。

 なんだろうか。このコメントを用意しているの存在は、ナビ子とベントとは何となく違う人物な気がする。まあ、今はどうでもいいことか。それよりも、コンプリートしたことは素直にうれしい。

 途中何度も無理だと思われた完全クリアに、俺は素直に喜んだ。そして、クリア画面の確認を終えると、少しして元居た待合室のような場所に転移した。


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