017 夕食の時間

 無事借りた木製のナイフ二本を返却してホームに帰還すると、いつもの通り汚れが消え去り、更には多少斬り飛ばされた耳や尻尾が再生していることに気が付く。

 もしやと思って直接確かめてみたが、本当に再生しているとは……だから斬り飛ばした張本人であるレディアスも平然としていたのか? 何はともあれ、再生してほっとした。

 そんなことを思いつつ、ブーツを脱いで六畳間に上がると、スマホを呼び出す。

 NPCのことやクエストのこと、得るものは大きかった。その中でも、チュートリアル以降初となるラーニングはでかい。

 スマホを操作して、自分のスキル画面を呼び出す。

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 CP 130/135

 固有スキル
【ラーニング】【精神耐性】

 装着
【クリスタルブレス/100】【偽装/30】【】【】【】

 控え
【ウインドスラッシュ/20】【パリィ/10】
【シールドバッシュ/10】【クリーン/5】【】

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 一時間練習したこともあり、現状使い道はあまりないだろうがシールドバッシュもラーニングできた。

 今回ラーニングして気が付いたことは、必ずしも一回目でラーニングできるとは限らないということだ。

 そう考えると、チュートリアル時のクリスタルブレスは運が良かったことになる。

 オークを一撃で倒すことのできる威力は、流石クリスタルドラゴンのスキルと言えた。

 しかし、そのクリスタルブレスは現状使いづらいのも事実であり、コスト面でも今後使用するのは考えなければならない。

 ここは、クリスタルブレスを控えに回すべきだな。レディアスのような相手の場合、とてもじゃないが撃つ隙なんてなかった。それなら、使い勝手のよさそうなスキルを選ぶべきだ。

 そう考えた俺は、自分のスキル構成を次のように変更する。

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 CP 75/135

 固有スキル
【ラーニング】【精神耐性】

 装着
【偽装/30】【ウインドスラッシュ/20】
【パリィ/10】【クリーン/5】【シールドバッシュ/10】

 控え
【クリスタルブレス/100】【】【】【】【】

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 シールドバッシュは使わないだろうが、控えを空けるために移動した。ラーニングした場合、そのスキルが控えに収まるからだ。

 つまり、現状俺はあと四つしかラーニングできない。

 ラーニングは強力な固有スキルではあるが、このようなシステム面である意味制限がかかる。

 装着や控えの枠を増やす方法は知っているが、代償はでかい。

 その代償とは、CPを消費して枠を増やすというもの。装着の項目は初回10CPであり、増やすたびに必要CPも10CPずつ増加していく。

 控え項目の場合も、初回5CPから始まり、増やすたびに5CPずつ増えていくというものだ。

 CPは現状ほとんど手に入らない。もしかしたら今後何かCPが必要になる場面や、強力なスキルをラーニングした時のことを考えて、余裕を残したほうがいいだろう。

 特に、所持しているスキルを消す方法が見つかれば、CPを消費しなければいけない可能性もあるしな。

 現在、スキルを消す方法を俺は知らなかった。ナビ子に質問可能だった時に、そこまで気が回らなかったことに苛立ちを覚えるが、最早仕方がない。

 あの時少なからず混乱していたからな。今思えばどうして訊かなかったという内容もあるが、それは諦めるしかないか。

 そうしてスキル構成にひと段落つけると、俺は机に置かれたカンテラに明かりをつける。

 カンテラの中央には光の玉が浮かび、暗い部屋を優しく照らした。

 このカンテラが無ければ、光源はスマホくらいだったな。

 そんなことを思いつつ、次にあることを試してみる。

「クリーン!」

 右手をかざし、スキルを発動した。対象は雑巾で拭いたとはいえ、未だ汚れの目立つ机。一瞬光りを放ったかと思えば、そこには汚れなど一切見当たらない清潔な机が現れた。

「おおっ!」

 思わず喜び声を上げる。クリーンの発動にはクリスタルブレス同様体の内から何かが抜けるような感覚がしたが、比べるのも馬鹿らしいくらいの差だったので問題は無い。

 これはうれしいが、掃除したのが無意味になったな。

 そんなことを思いつつ、他にも椅子や木製の棚に加え、汚れて干していた雑巾にもクリーンを発動してきれいにした。

 因みに雑巾は乾いていたのでそのまま木製の棚に収納しておく。

 さて、そろそろ夕食の時間かな。

 時刻は午後七時過ぎ。レイディアスとの練習もあって空腹だった。

 机に携帯用マジックコンロを置くと、裏面から乾電池のように緑色をしたオークの魔石を入れ、五徳ゴトクの上にフライパンをセットした。

 ようやく、あのホーンラビットの肉を食べられる。

 アイテムポケットから取り出したのは、ホーンラビットの肉五百グラム。それを事前に購入していた皿の一つに乗せる。

 いつ見ても、ウサギ一羽から取れる肉の量じゃないよな……。

 ホーンラビットの肉はブロック状をした五百グラムの肉であり、ウサギの部位を考えればかなりの量だった。

 そこは、ゲームの世界だと割り切るしかないか。それとも、ホーンラビットというのは巨大モンスターなのか? いや、それならあの盗賊が狩れるわけないよな。

 思考が脱線しつつも、大きな肉を食べやすい大きさにカットすることにした。

 使用するのは、戦闘で使用しているナイフだ。クリーンを発動して清潔にしておく。

 カットしたあとは、塩をまぶしてっと。

 肉のカットが終わると100メニーショップで購入した百グラムの塩を肉に塗し、フライパンの上には初心者救済用なのか三百グラム100メニーの食用油を引いていく。

 よし、これで準備万端だ。欲を言えば胡椒が欲しかったけど仕方がない。

 節約のためにあえて買わなかった胡椒に今更後悔しつつも、俺はフライパンに火をつけ、少し待ってから肉を一枚ずつ敷いていく。

 ジュウジュウと食欲をそそる音と肉の匂いによだれが零れそうになりながらも、順番に焼いていく。

 新しい皿をもう一枚用意して、焼けた端からフライパンから移動し、どんどんホーンラビットの肉を焼いていった。

 はぁ、もう待ちきれないな。

 俺は使い終わったフライパンを流しに置くと、生肉を置いた皿と共にクリーンで清潔にした。クリーンがあれば洗浄要らずで購入した食器用洗剤とスポンジが無駄になったが、今はそれどころではない。

 よし、食べるぞ!

「いただきます!」

 木製の棚から取り出した新品の箸を手に、ホーンラビットの肉を一枚掴む。そして口へと運んで肉を噛みしめた。

 旨い! 淡泊で鶏肉に近い印象だが、十分にいける。少々焼き方に問題があったのか、それとも肉の性質なのか分からないが、少々肉質が固い感じだ。でもそれは些細なこと。今の空腹感からすれば関係ないおいしさだ。

 食はどんどん進み。五百グラムあったホーンラビットの肉は見る見るうちに無くなり、すべて平らげた。

「ごちそうさまでした」

 最後に皿と箸にクリーンをかけ、後片付けを済ませる。

 ラーニングしたスキルで一番良かったのはクリーンかもしれないな。

 それから食後の休憩がてら椅子に座り、非常に濃い一日の出来事を思い返す。

 ガチャガチャから始まり、チュートリアル。盗賊の討伐にチャラ男や命斗などのプレイヤーたち。オークとチェインクエスト。そしてレイディアスとの練習。思えばとても充実していた。

「はは、これがあと八十五年か」

 残りの寿命を思い、つい楽しくなって声に出してしまう。

 最初はラーニングなんてチートじみた固有スキルかと思ったが、この一日でプレイヤーではチャラ男と命斗、NPCではレディアス。三人も俺より強いやつがいる。

 それを想像するだけで、これからが楽しみで仕方がない。

 他にもまだ見ぬ強敵がたくさんいるはずだ。そんな奴らを倒し、悲痛の表情を見てみたい。

 歪んだ欲望だと理解しているが、心の底からそう思ってしまう。強い敵が悲惨な最期を遂げるのに興奮を覚える。もちろんそれは俺の手によってだ。

 その時、ふとある言葉が脳裏を過った。

『く、狂ってる。普通じゃない。人殺し、異常者……快楽殺人者サイコキラー……』

 しくもそれは、盗賊の男が俺に向けた言葉。

 快楽殺人者サイコキラーか。確かに、そうかもしれないな。

 俺は誰かを殺すことにひどく快感を覚える。

 は、はは。認めようじゃないか。俺は快楽殺人者サイコキラー。今は勝てない相手だとしても、いずれラーニングの力で欲望を叶えて見せる。

 快楽殺人者サイコキラーとラーニング。それが俺を俺だとたらしめる衝動と能力だ。

 ◆

 それから何事もなかったかのように、俺はやることもなかったため寝ることにした。

 床に敷かれた段ボール箱の上で横になり、フード付きローブを掛布団とする。

 明日は何をするかな。クエストに行ってもいいし、まだ見てないショップを巡るのもいいな。他にはバトルを覗くのも楽しそうだ。

 次に何をしようかと考えていると、次第に意識は薄れていく。そして。

「プレイヤーの諸君! 初日はお疲れ様! 突然だが、イベントの開催を宣言するぜ!」
「は?」

 気が付けば、俺は巨大なスタジアムの観客席に座っていた。周囲には数えるのも馬鹿らしいほどの人人人、おそらくプレイヤー。

「寝ていたって? それはすまなかったな!」

 そしてスタジアムの中央ステージには、一人の男がマイク片手に立っている。その上部には巨大なモニターがあり、その人物が黒帯の道着に素足という装いをした黒髪黒目の三十代ほどの男だと確認できた。

 因みに筋骨隆々であり、客席からでも雰囲気でその強さの片鱗を感じ取れるほどだ。

 なんだあいつは? イベントだと?

「俺様はイベント担当のベント! ああ? 名前が安易だって? ナビ子よりましだろ! がはは!」
「それは聞き捨てならないねッ!」

 すると、どこからともなくナビ子が手にマイクを持ちベントの隣に現れた。

「おお、ナビ子じゃないか! 地獄耳だなぁ!」
「もう、ひどいなぁ。私は今回ゲストできたんだよ! 君一人じゃ華が無いからねッ!」
「そりゃ、確かに! というわけだ。俺様とナビ子で今回のイベントを進めるぜ! 全員強制参加だから頑張れよ!」

 どうやら、イベントに拒否権はないようだ。

「でもでも、安心していいよ。参加するだけで1000メニーとパン三日分をプレゼントするからねッ! 初心者救済だよ! 既に所持金尽きてクエストも上手くいかない人にはまさに救いだねッ!」
「そうだぜ。これはある意味救済だ。だが、優秀な奴には豪華賞品もある。トップ目指して頑張れよ! 詳細やルールは追って説明する。まずは三十分ホームに戻すから悔いのないように準備してくれよ! がはは!」

 その言葉を最後に、俺はホームに戻ってきていた。スマホを見れば、深夜零時を過ぎている。

 どういう訳か、眠気が一切ないな。身体に疲労や不調もない。

 突然の出来事だったが、俺は思ったより冷静だった。

 初日から、いや二日目からいきなりイベントか。強制参加とはいえ、出るからには良い順位を狙いたいな。

 プレイヤー全員が参加となれば、チャラ男や命斗と同等か、それ以上の強者に出会えるかもしれない。

 俺は今から高揚しつつも、与えられた三十分で準備を済ませた。


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