016 練習相手

 クエストを始めると、視界にはグラウンドの茶色い地面が広がっていた。右方向には巨大な屋敷があり、練習相手というのが富豪か貴族なのではないかと予想してしまう。

 これで相手が貴族の子供とかだったら面倒くさいなぁ……。

 一瞬このクエストはハズレではないかと思ってしまう。

「君が僕の練習相手かい?」
「ん?」

 周囲を見渡していると、屋敷の方からそう声をかけてくる人物がいた。

 白銀の鎧を身につけ、自信のある笑みを浮かべた金髪碧眼の美男子。明らかに貴族のような風貌の青年だ。

「僕はレイディアス・ディロ・エギニア。今回依頼した者だよ」
「お、私はルイン・セイジョウと申します。精一杯務めさせて頂きます!」

 流石に、貴族相手に無礼を働くわけにはいかない。だが、礼儀作法に関して何が正しいのか全く分からなかった。

「ははっ、そう固くならなくてもいいよ。誠意が伝われば、僕はそういうのあまり気にしないから」
「あ、ありがとうございます」

 いやいや、そうは言っても、後ろの老執事がめちゃくちゃ睨みつけてくるんですけど。

 レイディアスはイケメンスマイルで軽く言うが、少しでも無礼な発言をすれば首を飛ばすぞと言わんばかりに、鋭い眼光でこちらを圧を送ってきている。

「じゃあ、さっそく相手をしてもらおうかな。武器はこの中から選んでくれ」

 すると、使用人が木箱のようなものをいくつか運んできた。中には木製の武器が並んでいる。

 ここはやっぱり、使い慣れたナイフ二本にするか。

 武器の選択を終えてレイディアスを見れば、木製の片手剣と盾を既に選んでいる。ぱっと見騎士のようなスタイルだ。

「使用する武器を決めました」
「ふむ、ナイフ二本……手数と俊敏さを生かす感じかな? 良い練習になりそうだ」

 そう予想を立てるレイディアスに、俺は緊張と共に高揚を覚えていた。

 こいつ、強そうだ。

 胸の奥から、何かが沸き上がってくるのを感じる。

「全力でお相手させていただきます!」
「ッ!? ふふ、良いね君。最初は直ぐに終わるかと考えたけど、それは無さそうだね」

 向こうも何かを感じ取ったのか、先ほどまでの柔らかい雰囲気が無くなる。

 自然と場所をグランド中央に移動し、一定の距離を取った。

「いつでも大丈夫です」

 持ってきていたナイフをアイテムポケットに鞘ごとしまうと、木製のナイフを左右それぞれに持ち構える。

「そうかい、これは練習だ。一時間、楽しもう!」

 そして、練習・・が始まった。

 まず動いたのは、レイディアス。盾を構えて迫ってくる。

 左右どちらかに回避……いや、無理だ。やられるイメージしかない。

 左に回避すれば剣撃。右に回避すれば盾による打撃を放たれる予感がした。

 後方なんてもってのほか。だとすれば、前進しかない!

 そう判断すると、自らも駆け出してレイディアスを迎え撃つことにした。

「ふっ!」

 振り上げられたレイディアスの片手剣が振り下ろされる。それに合わせて俺が右手のナイフで受け流そうとした時だった。

「パリィ!」
「なッ!?」

 何かの力によってナイフが弾かれ、俺の姿勢が若干崩れる。

「シールドバッシュッ!」
「ぐぁ!?」

 そこに追撃と加速した盾が俺を左方向に叩き飛ばす。まるで地面を水切りの石の如く数回跳ねて砂埃を巻き巻き起こした。

「ふふ、とっさの判断力は中々のものだ。けれど、素直すぎるね。僕の誘導に対して面白いくらい引っかかってくれた。もしかして、僕の見込み違いだったかな?」
「くっ……」

 俺は歯を食いしばりながらも立ち上がる。

 強い。これでランク1のクエストというのは詐欺だろ。いや、一時間練習に付き合えば最低でも300メニ―貰えるから、ある意味妥当なのか? だとしても、戦闘が苦手な奴からしたら割に合わなそうだが。

 明らかに今日闘ったDランクのオークを超える実力に、俺は嫌味を思い浮かべながら攻略法を考える。

 技術面や身体能力から接近戦は分が悪い。かといってクリスタルブレスを放つ余裕は無さそうだ。くそ、こいつ、俺より強い。

 たった一度のぶつかり合いで、目の前の男が自分より実力が上だということを思い知らされた。

「何を考えているのかな? 練習とはいえ、油断しすぎだよ? ウィンドスラッシュ!」

 やれやれと首を振りつつ、レディアスが片手剣を横に一閃すると同時に、三日月型の何かを放つ。それは、緑色の空気を纏って高速で飛んでくる。

 スキルか!? 受け……いや避ける!

 ラーニングできるのではないかと一瞬思考したが、本能が危険だと呼びかけたのか、俺はとっさに伏せることで回避する……がしかし。

「うぐっ!?」

 確かに避けたと思った直後、頭部から激しい痛みが発した。

 攻撃をくらったのか!?

≪スキル『ウインドスラッシュ』をラーニングしました≫

 ダメージを受けたことを示すかのように、ラーニングを知らせる機械音が脳内に響く。

「あれ、避けられると思ったから放ったのだけれど、一瞬ためらったね? きれいな耳を半ば切り落としてしまったから、僕も一瞬焦ったよ」

 冷や汗をかいたと言いたげにレイディアスは額を拭う仕草をするが、次に驚きの発言をする。

「けど、君はプレイヤー・・・・・だから仮に死んでも問題ないよね?」
「……え?」

 俺がプレイヤーだと理解している? もしかし、ナビ子と同じ存在なのか!?

 プレイヤーという発言に加えて、その実力から俺は目の前のレイディアスがナビ子のようなシステム側の人間、或いはNPCだと考えた。

「さて、何か動揺しているようだけれど、せっかくの機会だ。続けさせてもらうよ」
「はやッ――!?」

 一瞬動揺した隙に、先ほどよりも断然速く、気が付けばレイディアスが目の前に迫り片手剣を振り下ろそうとしていた。

 俺は先ほどの失敗を意識したことにより、滑り込むように前転してレディアスの片手剣を持つ側から抜けようとした――がしかし。

「ぐぅう!?」

 強烈な痛みが臀部、いや尻尾から走った。

「うん? 君、もしかして尻尾や耳の位置を計算して避けていないのかい?」

 レディアスの指摘通り、俺はこの銀色をした獣の耳や尻尾の位置を今日生やしたばかりということもあり、計算に入れていなかった。

 くそっ、というか、この耳や尻尾って、ナビ子の偽装スキルの結果生まれたものなのに、なんで斬られても消えることなく残り続けるんだよ! しかも痛覚まであるし。

 デメリットしか感じない耳や尻尾に苛立ちを覚えながらも、今度は俺からレイディアスに攻撃を仕掛ける。

「良いね。型もなく我流だけれど、獣の様な鋭さがある。攻撃も不規則で読みづらいし、精練されれば、一つの型になりえる可能性を感じるよ」
「くッ!」

 ナイフによる斬撃をことごとく受け流し、紙一重で避けながら言われる誉め言葉に、俺は嫌味かと苦虫を噛み潰したような表情をする。

 攻撃が当たらない。いったいどうすれば――。

「パリィ」
「しまッ」
「シールドバッシュ!」
「ぐぁ!?」

≪スキル『パリィ』をラーニングしました≫

 先ほどのように地面に吹き飛ばされた俺は、脳内に聞こえる声に耳を傾けながらも、視線はレイディアスを離さない。

 夕焼けが徐々に沈み始め、冷えた風を感じつつも俺は立ち上がって武器を構える。

 今は勝てない、どうやっても。だから、これは練習・・だ。俺が強くなるための。

「ふふ、本当に、最高だね。ここまでやられて戦意を喪失するどころか、向上させてくるとはね。いいだろう。残り時間、僕を練習相手・・・・にしてくれたまえ!」

 そうして、残り時間が来るまでの間、俺はレディアスに挑み続けたものの、最後で一撃を入れることすらできなかった。

 くそ、やっぱり無理だったか。だが、学べる部分は多かった。

「とても良かったよ。そろそろまずそうだし、傷だけでも癒してあげよう。まずは、クリーン! そしてヒール!」

≪スキル『クリーン』をラーニングしました≫

 白い光が全身の汚れを消し去り、続いて緑色の光が俺を包んで打ち身や擦り傷を直し、切れた耳や尻尾は再生こそしないものの、傷口が無事に塞がった。

 それと、ついでにクリーンをラーニングできたのはありがたい。欲を言えばヒールも取得したかったが、あきらめることにする。

「ッ、ありがとうございます」
「別に構わないさ。プレイヤーが生き返るとはいえ、このまま死なせるのは悪いからね」
 その言葉を聞くと、俺はレイディアスがナビ子と同じ存在なのか気になった。またNPCであった場合、どこまでプレイヤーについて知っているのかも聞く必要がある。

「あの、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「ん? なんだい?」
「エギニア様は、どこまでプレイヤーについてご存じなのでしょうか」

 俺は緊張しながらも、レイディアスの返答を待った。

「そうだね。僕が、いや全ての知的生命体・・・・・がプレイヤーについて知ったのは、ちょうど一月前だよ。なんの前触れもなく、皆がプレイヤーの知識を脳内に植え付けられ、知ることになった。そう、誰も疑うことすらなくね」

 レイディアスの言葉に、俺は改めてこの世界がゲームなのだと思い知った。NCPに対して一斉に知識の更新が行われたように感じてしまう。

「それからだよ。各ギルドからプレイヤーに対して依頼を申し込むことが可能になったのは。色々と制約はあるものの、死んでも生き返るプレイヤーの存在は、世界の在り方を大いに変えてしまうだろう。こうしてプレイヤーについての知識はあるからこそ、この目で実際に会ってみたかったんだ。僕はこの知識が誰から与えられたのかは知らないし、君たちプレイヤーの真相に迫る知識も持ち合わせていない。申し訳ないが、知っていることはさほど多くはないんだ」
「な、なるほど」

 だからランク1でこのクエストを出したのか。というより、NPCが実際に出した依頼が、プレイヤーのクエストとして表示されるのか。チェインクエストのようにNPC以外にもクエストを出している存在がいるのだろうが、また一つこの世界について知ることができた。

「時間があるときでも構わないから、良ければまた僕の依頼を受けてくれないか? 君の今後の成長について、とても興味があるからね」
「わかりました。私も負けたままでは悔しいので、今度は勝たせていただきます」
「うん。待っているよ」

 そうして、想像以上の収穫を得て、無事にクエストを完遂した。

 _____________________

 ランク:1
 名称:練習相手
 種類:限定
 クリアタイム:1時間

【参加者】
 ○ルイン・セイジョウ

【報酬】
 ○10,000メニ―

 _____________________


目次に戻る▶▶

ブックマーク
0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA