目の前に広がるのは、長く続く街道に草原地帯。討伐目標のオークはおろか、人の姿も見えない。
さて、制限時間は一時間しかないし、さっさとオークを見つけないとな。それと、今度こそクリスタルブレスを実際に使って威力を確かめることも忘れないようにしよう。
前回の盗賊討伐では、クリスタルブレスを使うことなく衝動の赴くまま襲い掛かってしまった。
スキルは習得していれば、大体の使い方が脳内に思い浮かんでくるとはいえ、体感してみなければ窮地の時に失敗してしまう恐れがある。
クリスタルブレスは現状、攻撃手段としては俺の必殺技だ。オークはDランクらしいが、どこまで通用するかによって今後の方針が決まると言ってもいい。そう考えると緊張する。
俺は周囲の確認をしつつ、街道を進んでいく。後方にはうっすらと城壁のようなものが見えたので、そちらにオークはいないだろうと判断した。
時間があればあの城壁がある方に行きたかったが、仕方がない。一時間でここまで戻ってこれる自信もないし。
そうしてしばらく街道を進んでいる時だった。
「た、助けてくれぇ!」
「く、くそぉ!」
「ブヒッ!!」
!?
二人の少年の叫び声が聞こえた。視線を向ければ、二メートルほどある二足歩行の豚から逃げているようだ。
あれはプレイヤー……ではなさそうだな。なら、NPC、ノンプレイヤーキャラクターという奴だろうか。状況からして、助けた方がよさそうだが、それはクエストに含まれてはいない。囮に使うのもありかな。
そんなことを悠長に考えている間にも、少年二人はオークから逃れるために走り続け、到頭俺の存在に気が付く。
「助けてくれ! オークに追われているんだ!」
「助けてください!」
「ブビ? ブブヒィン!!」
「え?」
オークもこちらの存在に気が付いた瞬間、俺の全身に悪寒が走る。
な、なんだいったい!? 嫌な予感がしてならない。
それは、全身を舐められているような、本能的に感じるものだった。
助ける助けないとか最早どうでもいい、一刻も早くあの豚を始末したほうがいい。
即座にそう判断すると、両手の平を前に突き出す。
「そこのお前ら! 死にたくなければ草原に向かって飛べ!」
その言葉と同時に、スキルの発動をイメージした。
「ひぃ!?」
「うぉ!!」
少年二人は、とっさの言葉だったのにかかわらず反応し、それぞれ草原に向かってダイブする。
「ブヒッ!?」
そして、オークは少年二人に見向きもせず俺に向かって走ってきたその時、クリスタルブレスが解き放たれた。
「クリスタルブレス!」
両手の平から放たれたそれは、大小さまざまな鋭いクリスタルを直線状に生み出しては進んでいき、目的のオークへと直撃した。
「ブギャッ――!?」
気が付けば、オークはクリスタルの像と化し、その身体からは槍のようなクリスタルをいくつも生やした。
「はぁ、はぁ、はぁ」
想像以上の威力だったが、消耗が厳しいな。
クリスタルブレスを放つと同時に、身体から多くの何かが吸い取られる感覚がしていた。
この分だと、二発目を撃てば動けなくなりそうだな。それと予想通り、クリスタルブレスと名称がついてはいるが、狙いが付けられるのであれば発動する場所は口でなくてもいいようだ。
肩で息をしながらそう思考しつつも、オークから注意を逸らさなかったが、オークがそこから脱するということは無く、クリスタルの像と化したオークは光の粒子となって消え、ドロップアイテムである魔石だけが残る。
因みに、周囲のクリスタルも同時に消えてなくなった。
ふぅ、何とかなったか。
これでクエスト完了だと、俺はオークの魔石を拾ってズボンのポケットにしまう。
クリスタルブレスの威力や打てる回数など確認できたのは良かった。惜しいのは、オークと直接対決してみたかったということだろうか。
そんな風にもう終わった気でいた直後、世界が止まったかのように灰色に染まる。
「え?」
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ランク:4
名称:残された囮ともう一匹のオーク
種類:チェイン
制限時間:1時間
【概要】
オークは一匹だけじゃなかった。
囮となった先輩冒険者を助けよう!
【報酬】
○CP+5
○2000メニ―
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そして目の前に現れたのは、クエストには続きがあると示すウインドウだった。
左上には制限時間五分と、クエストを受けるかどうかを選択するYes/Noの表示がある。
チェイン? 何か隠された条件を達成したのか? いや、それよりも、問題は報酬だよな。受けないという選択は無い。
報酬には、スキルの装着上限に関係するCPがあった。ただでさえクリスタルブレスにCPを100も使用している以上、逃すわけにはいかない。
そう考えた俺は、Yesをタップしてクエストを続行することを選択した。すると、灰色に染まっていた世界が元の色に戻り、時が動き出す。
「た、助かった! けど、どうか聞いてくれ! この先にもう一匹オークがいて、先輩が囮に残っているんだ! 頼む! どうか先輩を助けてくれ!」
「僕からもお願いします!」
少年二人は頭を下げて俺に懇願する。もちろん、クエストをクリアーする必要があるので、了承した。
「わかった、先輩は必ず助けるよ」
「ありがとうございます!」
「お願いします!」
そうして、俺は少年たちが逃げてきた方角に向かって走り出した。
あの少年たちの先輩は囮になったというが、結局それを熟せずオークが少年たちを追いかけていたことを考えれば、先輩とやらの実力はそこまで高くない可能性がある。
間に合ってくれよ……。
俺は地を駆けつつ事前にナイフを二本抜いておく。
クリスタルブレスを当てれば一発で勝てるだろうが、外せば俺は動けなくなってクエスト失敗だ。それに発動までには若干時間がかかるし、先輩とやらを巻き込む可能性がある。
そこまで思考すると、オークの対処方法も自ずと決めることができた。
肉弾戦、しかないよな。
俺はその瞬間、自分の口角が吊り上がったことに気が付く。胸の内から何かが溢れてくる。
やっぱり、俺は戦うこと……いや、違うな。相手がどんな風に苦しむのか楽しみで仕方がないんだ。
自分の異常性を理解しつつも、目的に向かって走り続けるとようやく獲物が見えてきた。
街道の中心にいたオークは、こちらに背中を見せ拳を振り上げている。
これはまずい!
俺はとっさに右手のナイフを投擲した。
「ブヒィッ!?」
的が大きかったこともあり、オークの背中に上手くナイフが突き刺さる。オークは悲痛の叫びをあげて振り返った。
やはりこの程度では倒せないか。だが、上手く注意を引くことができた。
「ブフィイイイイイイイ!!!」
痛みによる怒りで我を忘れたかのように、オークが拳を振り上げてイノシシの如く突進してくる。
速いッ! が、見切れないほどじゃないッ!
オークの意外な速さに一瞬驚愕するが、それだけに過ぎなかった。
「ブヒィイイイイ!!」
迫るオークの拳が俺目掛けて振り下ろされる中、瞬きすることもなく、すれすれのところで右に姿勢を低く前進するかのように回避し、左手に持ったナイフでそのままオークの右足を切り裂いた。
「ピギィイイイイ!?」
「まだ終わりじゃないぞ」
オークの悲鳴に笑みを浮かべつつ、俺はそのまま背後に回って先ほどの投擲によって突き刺さったナイフを勢いよく引き抜く。
「プギャァアア!!」
次々と襲い掛かる痛みに、オークは耐えきれなかったのか、振るった拳の勢いと足の傷によって自身の重さに耐えきれず前のめりに転倒した。
「面白いくらいに上手く決まったなぁ!」
俺はオークを煽るように声を上げる。
「……た、助け……」
「ん?」
不意に聞こえた声に対して視線を向ければ、そこにはボロボロな姿の青年が地に伏していた。
こいつが、助けるべき先輩とやらか。うん、しばらく放っておいても大丈夫そうだな。それよりもオークを痛めつける方が先決だ。
俺は助けを求める青年に興味を無くすと、立ち上がろうとしているオークに視線を戻す。
「ビギイイイ!!」
完全に怒りに飲まれたのか、オークは足の傷が悪化するのもお構いなしに、声を上げ俺に向かってくる。
あれ、怒りで痛覚が麻痺したのか? それはそれでつまらないな。見たところラーニングできそうなスキルもなさそうだし、適当に遊んで片付けるか。
俺はそう考えると自らもオークに向かい、繰り出される一撃をその都度回避し、お返しとばかりにナイフで刻んでいく。
オークって意外とタフなんだな。しかし、それは俺好みだ。
頭の中で快楽物質のようなものが染み込んでいく。
「これは……たまらないッ!」
「ブヒッ!?」
俺の異様な雰囲気に、オークも怒りより恐怖が上回ったようだ。しかし、それでも今更逃げる余力は残されてはいない。
「あと何回耐えられるかな?」
それからオークが光の粒子になるのには、そこまで時間を必要とはしなかった。
残ったのはオークの魔石に、返り血まみれの俺と、瀕死の状態ながら俺に怯える青年だけ。
結構楽しかったけど、このナイフじゃ力不足だな。あの程度の相手にそこそこ時間がかかっちゃったし。
俺はナイフを振って血を飛ばし、鞘に納め、オークの魔石を拾ってズボンのポケットにしまう。
「先輩! 生きてますか!」
「良かった! 本当に良かった!」
少年二人も息を切らしてやってくると、青年が生きていたことに安堵する。
これで、クエスト完了だな。
俺がそう思うのと同時に、無事にクエスト完了を通告するウインドウが表示された。
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ランク:4
名称:街道に現れたオーク
種類:限定
クリアタイム:16分
【参加者】
○ルイン・セイジョウ
【報酬】
○3000メニ―
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ランク:5
名称:残された囮ともう一匹のオーク
種類:チェイン
クリアタイム:22分
【参加者】
○ルイン・セイジョウ
【報酬】
○CP+5
○2000メニ―
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チェインクエストには驚いたが、CPを増やせたのはでかい。俺の強みはラーニングだが、スキルだけ増えてもCPが足りなければ意味はないからな。
今後はチェインクエストが狙えるようであれば、積極的に狙っていこうと俺は考えた。
さて、ホームに戻るか。
そうして、クリア後の残り時間を少年たちにお礼を言われながらも適当に過ごし、俺はホームへと帰還した。
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