013 チャラ男の告白

「……何か用?」

 俺はいつの間にか観客席まで移動してきたチャラ男を前にして、若干嫌な予感がしつつもそう返事をする。

「俺ちゃんが勝つところ見た見た? ちょーかっこ良かったっしょ? つまり、どんな奴が来ても俺ちゃんなら君のこと守ってあげらちゃうわけ! だから俺ちゃんと一緒にイイとこ行こうぜ! あとあと、いい加減君の名前を教えてほしいっしょ!」

 チャラ男はサムズアップしながら、キメ顔でそう言った。

 いやいや、流石に無理。強いのは理解したが、そのチャラチャラした性格は俺と合わない。それに、何故か見られるだけで身の毛がよだつ。

 そう思いつつも、名前くらいは教えるべきだろうと名乗ることにした。

「一緒に行くのは無理だけど、名前くらいは教えるよ。俺の名前は清城瑠院せいじょうるいんだ」
「くーッ、俺ちゃん振られちゃったかー! でも、名前を教えてくれたってことは一歩前進っしょ! 名前もるいんちゃんにぴったりでかわうぃーね! でも、そんな君が俺なんて言葉使っちゃダメっしょ! 俺ちゃんのお勧めはあーしだぜ! るいんちゃんには是非使ってほしいっしょ!」

 断られたことにもめげず、チャラ男が言葉をまくし立てるが、それも俺の次に放った言葉で一変した。

「いや、俺だし、人称であーしは流石に使えないな」
「え? 男? ……まじで?」
「ああ、言うタイミングを逃していたけれど、俺は男だよ」
「は、ははは……お、男。俺ちゃん、男をナンパしてたわけ?」
「そうなるな」

 その瞬間、チャラ男は膝と両手を観客席の床につき、『orz』という感じに項垂れた。

「男……ちょータイプだったのに……男、男、男の子、男の娘? ……男の娘でも童貞って卒業できるのか?」
「は?」

 何かとてつもない言葉を耳にしてしまった。チャラ男が童貞。そして、男である俺で童貞を卒業できるかというおぞましい発言だ。

 な、何を言ってるんだこいつ!? そもそも、プレイヤーは記憶を失っているんじゃないのか!? なんで自分が童貞だと分かるんだよ!

 俺は嫌な汗を流して、後ずさりする。

「……決めたッしょ、俺ちゃん。顔が好みなら男でも全然余裕だわ!」
「――ッ!?」
「あっ、ちょっと待つ――」

 俺はその瞬間、我慢できずその場から逃げ出して、ホームへとワープした。

 ◆

「……鳥肌が収まらないんだが」

 チャラ男の男でも全然余裕という言葉と、舐めるように全身を視姦されるような感覚に、俺は若干のトラウマを植え付けられてしまった。

 今度からは、早めに男と言おう。それと、男でも全然余裕とか言う奴にも気を付けるか。
 俺は溜息を吐くと、ブーツを脱いで窓辺にある椅子に腰かけた。ついでに、ぐ~ッとお腹が鳴く。

 そういえば、腹減ってたんだっけ。

 スマホを呼び出して確認すれば、時刻は既に午後二時に迫ろうとしていた。

 はあ、先ほどのことは忘れて、食事にしよう。ちょうど、決闘前命斗に貰った弁当と飲み物があったはずだ。

 俺はそう思い、アイテムポケットから焼肉弁当とオレンジジュースのペットボトルを取り出した。

 よかった。割りばしはついているようだな。もしもの時は素手で食べることも考えたぞ。

 割りばしを割って手に持つと、さっそく焼肉弁当を食べることにする。

 ん? 温かいな。アイテムポケットに入れていると、温度がキープされるのか? それとも、時間が止まるのだろうか。

 焼肉弁当を命斗からもらってからそこそこの時間が経過している。それを考えると、未だ温かさを保っていることに、俺はそう解釈をした。

 まあ、今はそれよりも食事だ。

 俺は、焼肉弁当の蓋を開けると、さっそく肉を口に運ぶ。

「うまい!」

 広がる肉汁と、甘じょっぱいタレが食欲を刺激する。

 これは牛肉か? 旨味が口の中に広がってたまらないな!

 それからご飯を掻き込み、オレンジジュースを飲む。

 くーッ、この柑橘類の甘みと酸味がたまらない。

 俺は焼肉弁当とオレンジジュースに大満足しながら、昼食を終えた。

 ふう、食べた食べた。にしても、序盤でプレイヤーが買うような弁当じゃないよな。これ。命斗はガチャガチャでお金も手に入れていたのだろうか?

 俺は、食後に弁当をくれた命斗のことを思い出していた。

 そういえば、命斗は最後結構重要なことを言っていたよな。ガチャガチャは多く回した方が有利だと思っていたが、デメリットの方が大きいのかもしれない。

 命斗が言っていたガチャガチャについての言葉を思い出す。

『な、なんでなんだ……何故上手くいかない!僕は誰よりも優れているはずなのに! 寿命を六十年も削ったんだぞ! こんなことなら、最初の数回でガチャを回すのを止めればよかった! そもそも、五回目以降はほぼハズレばかりだし、今思えばCPや固有スキルの取得数には上限があったに違いない。そうだ、僕は騙されたんだ。僕は悪くない。僕は悪くない。僕は悪くない。僕は悪くないんだぁああああああ!!!』

 つまり、こういうことか。

 ・ガチャガチャは五回目以降はほぼハズレ。
 ・ガチャガチャで手に入るCPや固有スキルにの数には上限がある。

 これはかなりの朗報だった。

 俺はあのときガチャガチャを三回だけ回した。結果として得られたのは、ラーニング、精神耐性、CP+100だ。確かに、これらは大当たりといって違いないだろう。

 欲に溺れてガチャガチャを回し過ぎると、割に合わない結果になるという訳か。三回で止めておいてよかった。

 若干あと二回は当たりが出た可能性が脳裏によぎるが、あの時それをしてしまえば、五回では済まずに十回、二十回と回す回数が増えていただろうと、その欲望を振り払う。

 いや、よく考えろ。寿命が明確に・・・・・・決まっている・・・・・・。そのことが重要である可能性は高い。

 今後、何か寿命を代償にしなければいけない場面が多々現れるだろう。実際短期間で多く死亡したり、安全エリアで重犯罪を犯した場合寿命を削られるとチュートリアルで教わった。

 そう考えると命斗の寿命三年というは、状況によっては一年も経たずに失う危うさを秘めていることになる。

 俺は幸い寿命があと八十五年あるが、多いからといって油断できないな。俺も、寿命を延ばせる場面があれば、優先的に伸ばしていこう。

 俺は、そう決意を固めた。

 ◆

 食事の後は、プラスチックの弁当容器を軽く蛇口で洗い、置き場所が無いのでそのままシンクに置いておく。ついでに空いたペットボトルに水を補給してアイテムポケットに収納した。ここまでで2メニ―を使用。

 そしてトイレで用を足し、流すのにも1メニー必要だったので支払っておく。

 さて、これからどうするかな。これからのことを考えればお金は必要だし、クエストに行くべきか、それとも使用費は必要だけれど直ぐに戦えるバトルに行くべきか。

 クエストの場合は、少々時間はかかってしまうが、クリアーすればアイテムを持ち帰ることもできるし、失敗しなければ罰金もない。

 バトルはまだ利用したことは無いが個人利用の時とは違い、本来は参加費を払ってランク別の試合に出ることになる。勝てば賞金が手に入るが、負ければ当然参加費分損をしてしまう。

 またバトルは観客も入るため、手の内が知れ渡ってしまう可能性があった。

 俺の場合最初は大丈夫だろうが、その内相手のスキルをラーニングして使っているのに気が付かれる可能性がある。それに現状、この世界はまだ未知数だ。加えてナビ子がわざわざ偽装をラーニングさせてくれたということは、なるべく隠せという意味があると考えられる。

 だとすれば、バトルは観客を制限できる個人利用までにしておく方がいい。

 実際、決闘を観戦するときに利用した機械には、いくつか選択するタイトルに鍵マークがあった。あれは観客が来れないように制限をかけていたのだと思われる。

 ただ、個人利用でもお金がかかることには変わらない。俺の所持金は昼代としてチャラ男にもらった1,000マニ―を足して5,496メニ―。決して多くは無い。

 一日の食費や必需品の購入。その他必要経費、何かあったときの貯金を考えれば、最低でも日収5,000メニ―は欲しい。

 そうと分かれば、俺が選択すべきはクエストだな。

 食後の休憩も終えたので、俺は早速準備を始める。今回武器は盗賊から奪ったナイフ二本を持っていくので、棍棒は置いていくことにした。

 続いてアイテムポケットには水の入ったペットボトルと、現状部屋に置くことのできないホーンラビットの肉五百グラムの二枠を使用し、空きは三枠。

 ズボンのポケットに入れていた小銭袋は木製の棚に置いておく。

 この小銭、どうやらメニ―じゃないようなんだよな。いろいろ念じたりして試してみたけれど、何も反応ないし。もしかしたらクエスト中限定の金銭なのだろうか。

 そう考えると、念のため少し持っていくことにした。

 小銭袋を空けると、小さな銅貨が十四枚、中ぐらいの銅貨が四枚、大きな銅貨が六枚、小さな銀貨が三枚入っている。その中から俺は、一番価値のありそうな小さな銀貨三枚を小銭袋に入れてポケットにしまい込む。そして残りは置いていく。

 これで良し、クエストを始めるか。

 俺は玄関でブーツを履くと、青い魔法陣に乗ってクエストを選択する。

 今回は、何を選ぶかな。できればまた討伐系が良いけれど。

 選択できるクエストは、子供でもできそうな簡単なものから、危険なものまで幅広い。俺はその中から、報酬の高い物を探す。

 お、これなんかよさそうだ。

 _____________________

 ランク:3
 名称:街道に現れたオーク
 種類:限定 
 制限時間:1時間

【概要】
 本来この街道に現れるはずのないオークが迷い込んできたようだ!
 一匹だけとはいえ、オークはDランクモンスター。
 素人に毛が生えたレベルでは数人がかりでも勝てないだろう。
 十分に注意してくれ!

【報酬】
 ○3000メニ―
 _____________________

 敵は一匹のオーク。クリスタルブレスの実践に持ってこいのクエストだ。

 心配事は勝てるかどうかという問題だが、今後自分の指標を知る上でも、苦戦しそうな相手に挑んでみる価値はあるだろう。

 最悪死んだとしても、クエストの失敗による罰金で済む。

 多くの利益を得るためには、時にそれに見合うリスクを負う必要がある。

 そういう建前を思い浮かべるが実際のところ、俺は根本的に強い相手と戦ってみたいという欲求があるようだ。

 盗賊と戦った時のあの高揚が、今でも忘れられない。

 よし、始めるか。

 そうして、俺はオーク退治のクエストを選択した。


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