012 チャラ男VS命斗

 観戦席に移動すると、そこはコロッセオのようになっていた。

「まずは逃げずにここまでついてきたことを褒めてやろう!」
「御託はいいからさっさと始めろキンキラ小僧!」

 中央にある円形の地面には、命斗とチャラ男の戦いが間もなく始まりそうだったが、そこで命斗が待ったをかける。

「まあ待て、始める前に賭けをしないか?」
「賭け……?」
「ああそうだ。もしお前が僕に勝てたら、このゴールドアーマーをくれてやろう!」
「まじか!」

 命斗のその言葉に、チャラ男が強く反応する。先ほどまで馬鹿にしていた黄金の鎧、ゴールドアーマーだが、実際自分の物になると話が変わってくるようだ。

「だが、その代わり俺が勝ったらお前の寿命を頂く……なッ!? 寿命は賭けられないのか!?」

 先ほどまで笑みを浮かべていた命斗だったが、決闘の設定ウインドウを出現させて操作し始めた途端、その顔は絶望に変わった。

「な、何故だ!? これでは計画が……」
「おいおい、いったいどうしたんだ? 流石に寿命は無理だぞ! 俺ちゃんだって命は惜しい」
「く、くそ! それなら俺が勝ったらお前は今後奴隷に……え!? 条件が不釣り合い!?」

 何やら賭けとやらが上手く成立しないからか、命斗は途端に焦り始める。当然、なかなか始まらない決闘に野次馬も苛つき始めている。

「さっさと始めろよ!」
「というか有利な癖して賭けの対象不平等過ぎだろ」
「なんか、タイトルで勇者を自称したくせにやってること悪役だな」
「ぶひゅぅ……賭けで奴隷が手に入ると思ったのに、僕ちんのハーレム計画が台無しだぁ……」

 命斗の様子がおかしいな。それに計画? あいつはいったい何をしようとしていたんだ?

 そんな謎を残しつつ、賭けは結果的にチャラ男が勝った場合にはゴールドアーマー、命斗が勝った場合には、チャラ男が一か月の間命斗の寿命を延ばすために全力で手伝うということになった。

 寿命……もしかして。

 ここまで情報が出そろえば、流石に命斗の置かれている状況を理解してしまった。

「ふ、ふははは、なんだこれは! これでは不平等ではないか! 何故この条件で賭けが釣り合うんだ! そりゃ、僕の方が固有スキル、CP、アイテムで優れているだろうが、その代わり寿命があと三年しかないんだぞ! おかしいじゃないか!」
「さ、三年?」

 その瞬間、周囲に静寂が生まれた。寿命が僅か三年しか残されていない。そのことは同情する。しかし、それだけの寿命を使い、いったいどれだけガチャを回したのか、皆が緊張を隠せない。

「ふはは、気になるかい? いったい僕がどれだけの回数ガチャを回したのか。 良いだろう。教えてやる。僕はあの場所で寿命を六十年使った。つまり、僕がガチャを回した回数は、ざっと六十回だ!」

 その言葉を聞いて、野次馬たちはもちろんのこと、対戦相手であるチャラ男は絶望的な表情を浮かべていた。

 六十回……それだけ引けば、いったいどれだけの力が手に入るんだ? 勇者と自称するのもあながち嘘じゃないという訳か……。

 皆がそれぞれ思考を繰り返していると、ようやくチャラ男の口が開く。

「嘘だろ……あのガチャガチャって、複数回引けたのかよ。俺ちゃん一回しか回せないと勘違いしていた……」

 その瞬間、この決闘はガチャガチャを一回しか回していない男VS六十回も回した男の戦いなのだと、皆が理解した。

「ふ、ははは! い、一回? たった一回しか回してないやつが、この僕と戦うのか? そりゃ、賭けの条件があれで釣り合ったのも納得だ! けれど、手加減はしない。僕も命が惜しい。勝ったら死ぬほどこき使ってやる!」
「くそ、こんな奴の使い走りになるのは俺ちゃん御免だ!」

 そして、命斗がウインドウをタップした瞬間、コロッセオ中央上空に、十秒のカウントダウンが始まる。

 10.9.8.7.6.5.4.3.2.1.0!

 全体に鳴り響くブザーの音と共に、決闘が開始された。

「聖剣召喚!」

 まず初めに動いたのは、命斗だ。固有スキルなのか、天の光と共に一振りの長剣が現れる。その作りは純白を基調としているが、金と青色の模様がところどころ施されており、ぱっと見実戦品というよりも美術品のように見えた。

「お前程度など、僕に勝てるはずがないんだ! 身の程をわきまえろ!」
「うるせぇ! まだ負けちゃいねえだろ!」

 チャラ男はそう叫ぶが、額から汗が止まらないように見える。そうしている間にも、命斗は長剣を両手に持って駆け出す。狙いは、当然チャラ男だ。

「勇者の力を思い知れ! オーバースラッシュ!」

 命斗の振り上げた聖剣から眩い光が集まり、それがチャラ男を飲み込むと思われた時、チャラ男が何かを叫ぶ。

「お、オールカウンターぁああああ!!」

 そして、命斗の聖剣が振り下ろされる。その眩い光は対象を起点にして扇状の傷跡を残し、何もかにもを吹き飛ばした。そこに残されたプレイヤーは、ただ一人。

「お、俺ちゃん生きてる!? 俺ちゃん大勝利ぃいいいいいい!!!」

 勝利したのは、まさかのチャラ男だった。

「すげぇ……すべてを跳ね返しやがった」
「チャラ男か……今後が楽しみな男だ」
「私、チャラ男君ちょっと良いかもって最初から思っていたのよね!」
「ぶひぃいい! チートずるいですぞ! 僕ちんだってチートほしぃい!!」

 チャラ男の勝利に、皆が絶賛した。

 あの固有スキル。ラーニングできるか正直微妙だ。仮に俺の所持しているスキルであるクリスタルブレスが跳ね返されてそれを受けたとしても、オールカウンターがラーニングできるとは限らないかもな。

 そうして少し経った後、消し飛ばされたはずの命斗がその場に生き返るように出現した。その体には、特徴的だった黄金の鎧であるゴールドアーマーは無い。

「――ッ!? ぼ、僕は負けたのか!? な、なんで! どうして! 六十回もガチャを回したんだぞ!」

 命斗は頭を掻きむしり、涙を流して叫んだ。対するチャラ男は、さっそく手に入ったゴールドアーマーを装備してウキウキ顔だ。

「へへっ! これで俺ちゃんも最強っしょ! モテモテ間違いなし!」

 この一戦を見終わった俺は、軽く息を吐くと、あることを思う。

 最初は乗り気はしなかったが、結果としてこの決闘を見に来た甲斐はあったな。スキルの相性によって、こうも簡単に予想がひっくり返る。俺も気を引き締めるとするか。

 多くのスキルが手に入る可能性のあるラーニングと、高威力が予想される未だ使用したことのないクリスタルブレス。それだけのアドヴァンテージを持っていたとしても、やられるときは簡単にやられてしまう。そのことを、今回の決闘で学んだ。

「か、返してくれ! 頼む! 俺には時間が無いんだ!」

 すると、命斗がチャラ男の元に駆け寄り、必死に懇願する。

「嫌だね。もうこれは俺ちゃんのものっしょ! 」

 だが、チャラ男も返す気など毛頭ないようで、手首を振り命斗をあしらう。

「く、くそ……そ、そうだ! 僕と君でパーティを組まないか! きっと最強のパーティーになれるはずだ! それがいい! なんたってプレイヤーは一斉にスタートしたんだ! 他の先行者はいない現状、僕と君の力があれば先に希少品を独占することだってできるはずだ!」

 チャラ男がゴールドアーマーを返す気が無いと分かると、命斗は続いてチャラ男をパーティーに誘い出す。

「それも俺ちゃん御免だわ。俺ちゃん今が楽しければ満足っしょ。わざわざ必死こいて冒険して金稼ぎとかマジ勘弁」

 どうやら、チャラ男に命斗の言葉は届かなかったようだ。

 チャラ男のやつ、意外と金欲とかはないのか? というより、ここまでくると命斗が哀れだな。

「な、なんでなんだ……何故上手くいかない!僕は誰よりも優れているはずなのに! 寿命を六十年も削ったんだぞ! こんなことなら、最初の数回でガチャを回すのを止めればよかった! そもそも、五回目以降はほぼハズレばかりだし、今思えばCPや固有スキルの取得数には上限があったに違いない。そうだ、僕は騙されたんだ。僕は悪くない。僕は悪くない。僕は悪くない。僕は悪くないんだぁああああああ!!!」

 よほど精神的に追い詰められたのか、命斗は絶叫して逃げるようにその場から消え去った。

「あいつも、ある意味可哀そうな奴だったんだな。俺ちゃん同情しちゃうっしょ」

 そうして、今回の決闘はチャラ男の完全勝利で幕を下ろした。

 俺も、うかうかしていられないな。チャラ男には現状勝てるビジョンが思い浮かばないし、命斗にしても勝てる可能性は低いだろう。プレイヤー全員がそうだとは限らないが、強者はそれなりにいる可能性は高い。

 この世界では今後何が起こるか分からない。力と金はいくらあっても足りないはずだ。

 俺はそのことを胸に秘めながら、その場から立ち去ろうとしたとき、ある人物が声をかけてきた。

「ちょっと待ってほしいっしょ!」

 それは、やはりというべきか、今回の決闘の勝利者、チャラ男だった。


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