008 本当の自分

 前方に発見した盗賊は、周囲をはばかることもなく談笑しながら歩いている。片方が背中に何か茶色い袋を背負っていた。何か良いものを手に入れたのかもしれない。

 こちらには……よし、気が付いていないようだな。

 これ幸いだと、俺は引き続き気配を消して後を付けることにした。盗賊を討伐することがクリア条件だが、目的は別にもある。

 それは、盗賊の潜伏している小屋で必要物資を手に入れること。クエストで手に入れた物は、基本的には持って帰ることが可能になる。

「……」

 後は盗賊についていくだけ。小屋が見えたら隙をついてクリスタルブレスで一掃すればいい。そのはずだ。そのはずなのに。

 なんだ……何かが体の中に滾ってくる……。

 このクエストを受けるときにもこの感覚はあった。しかし、今感じているのはその時よりも遥かに濃度が高い。

 盗賊を見ていると、今にも飛び出したくなる……俺はいったいどうしたんだ?

 この感覚を説明するのならば、腹を空かした猛獣が獲物を前にしているような気分だろうか。

 落ち着け。今飛び出したら意味がないだろ。せめて……小屋が見えるまで我慢だ。

 既に俺の脳内に当初の作戦は無く、盗賊に飛び掛かるのを我慢することで精いっぱいだった。

 そして、その我慢もようやく終わりを迎える。盗賊が小屋に辿り着いた。

「もう我慢しなくていいよね?」

 俺は気が付けば飛び出していた。

「ごぁ!?」

 袋を背負った盗賊の脳天に棍棒を叩きつける。

「なッ!? 女――?」
「キヒッ!!」

 もう一人の盗賊も仲間がやられたことに気が付き、俺の出現に驚愕を隠せない。更に盗賊は既に負傷していたのか、片腕に包帯を巻いていた。

「ぐぅ!?」

 その結果俺の対応に遅れた盗賊は、目に見た急所である包帯を巻いた片腕を棍棒で叩きつけれ苦痛に悶える。

「死ね! 泣き喚めろ! 命乞いをしろ!」
「ひぎぃ!? や、やめでぐれえええええ!!」

 包帯を巻いた盗賊の悲痛の叫びに高揚しながら、俺は無事なもう片方の腕と両足を棍棒で叩き潰した。

「さて……君は……もうだめだね?」

 俺は首をぐるりと回し、最初に攻撃を加えた盗賊に目をやると、その脳天に追い打ちをする。

 グシャリと何かが飛び散り、周囲を赤く染めた。どうやら、人間は光の粒子にならないらしい。

「これはイイッ!」
「ひぃいいいいい!!? 許してくれ! 抵抗はしない! 捕まってもいい! 欲しいものは何でもやるから殺さないでくれ!!!」

 それを見たもう一人の盗賊は、股間を濡らして泣き叫び命乞いをする。

「は、はははっ! なんだこれは! 俺はいったい何者なんだ?」

 記憶のない俺はいったい何者だったのか、このような状況ながら自分でも気になって仕方がなかった。

 そこに盗賊が怯えながらも、ついそれに対して答えてしまう。

「く、狂ってる。普通じゃない。人殺し、異常者……快楽殺人者サイコキラー……」
快楽殺人者サイコキラー? はは、確かに、今の俺はそう呼ばれるに相応しいな! 殺すのが楽しくて楽しくて、仕方がない!」

 まさしく、今の俺は快楽殺人者サイコキラーと呼べるような精神異常者だった。盗賊も本能的にそれを感じ取ったからこそ、その言葉を口にしたに違いない。それだけの雰囲気を、俺は纏っていた。

「は、ははは……こんなことなら、盗賊にならなければよかった……今日は肉が取れたんだ。久々だったんだ……肉、食いてぇなぁ……」

 それが、盗賊の最後の言葉になった。

 ◆

 戦闘が終われば、先ほどの感情が嘘のように冷えていく。

「……俺って、記憶を無くす前は快楽殺人者サイコキラーか何かだったんだろうな」

 どこか上の空で、俺はそう呟く。

 俺の人生……きっとろくでもなかったに違いない。

 十五歳という年齢を考えれば、益々その異常さが際立った。

「まぁ、仕方がないか」

 簡単にそう切り替える。その切り替えの早さも異常だと気が付かないまま。

 _____________________

 ランク:2
 名称:盗賊の生き残り討伐
 種類:限定
 クリアタイム:1時間03分22秒

【参加者】
 ○ルイン・セイジョウ

【報酬】
 ○1,500メニ―

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「あ……」

 すると、クリア条件を満たしたからか、目の前にクエストクリアの通知ウインドウが出現した。

 盗賊を殺すことに夢中で、必要物資を集めていないことに気が付き、俺は慌てだす。

 しかし、少ししてウィンドウが消えたかと思えば、視界の隅に残り時間が表示され、十分の猶予があり、俺は息を吐くように安堵した。

 良かった。これで必要物資を集められる。

 ひとまず俺は、盗賊の死体をそのままにして小屋に入った。

 元々は廃れた狩猟小屋だったのだろうか、そこまで物があるわけではないようだ。

 それでも、盗賊が持ち込んだであろうものがいくつかあり、近くに打ち捨てられるように置いてあった大きめの袋へと無造作に放り込んでいく。

 これじゃあ、どっちが盗賊か分からないな。

 そう思いつつも、一通りめぼしい物を手に入れた俺は、続いて外に出て盗賊の死体を物色する。

 しかし、あまり良い物は持っていないようで、ベルトと一体化した鞘付きのナイフが二本と、少しばかりの金銭だけだった。

 ナイフは左右の腰に装備して、金銭は一つの袋にまとめてポケットに入れておく。

 後気になったのは、盗賊の一人が所持していた袋の中身である。

 中を開けば、およそ五百グラムほどある肉のブロックが入っていた。

 これは……何かモンスターのドロップ品だったのかな? 一応食品だし、アイテムポケットにしまっておこう。

 そうして、目ぼしい物を一通り手に入れた俺は、右手に棍棒。左手に大きめの袋を掴み、その時を待った。

 ちなみに、大きめの袋はさすがに様々な物を入れ過ぎたためか、アイテムポケットに収納することはできなかった。

 今回のクエストは、大成功だったな。それと、俺が何者だったかの一端を知ることができたし。

 そして時間が訪れると俺の視界は暗転し、ホームへと移動した。


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