001 始まりのガチャガチャ

 どこまでも続く真っ白な空間に、俺、清城瑠院せいじょうるいんは立ち尽くしていた。

 夢の世界なのか、はたまた幻なのか、全く見当もつかない。

「ここは……」

 見渡す限りの真っ白な空間。シミ一つないような場所に、ポツンと場違いにも二つのテーブルが並べられている。

 他に調べるものが無い現状、俺は目の前のテーブルに近づく。

「コインと……ガチャガチャ?」

 並べられた二つのテーブルの左側には、黄金に輝くコインが数多く置かれている。

 右側には白く金色の縁が特徴的な箱があり、中央にはコインの投入口と排出口、そしてドアノブのような持ち手があるそれは、いわゆるガチャガチャと類似していたものだった。

 これは……ガチャガチャを回せってことなのだろうか?

 それしか選択枠が無いと確信しつつ、俺はおもむろにコインの一つを手に取る。

「――ッ!? え?」

 それは一瞬の出来事だった。コインを手に持った瞬間、どういう訳かそれが自分の寿命であるという知識が流れ込んでくる。

 コイン一枚につき、寿命一年分だ。

「嘘だろ……」

 本能的に、このコインを使ってしまえば、その分寿命が縮まると理解した。

 枚数は……八十八枚。今俺は十五歳だから、足して百三歳まで生きられるという訳か……。

「……え? 俺そんな長生きなの!?」

 百三歳まで生きられるということに対し、思わず驚きの声を上げてしまった。

 けど、今はその寿命を使ってガチャガチャを回さなきゃいけないんだよな? 百三歳まで生きられると分かっていても、寿命は削りたくないが……。

 しかし、目の前のガチャガチャを回さなければ、永遠にこの空間に閉じ込められるのではないか、という恐怖心もある。

 い、一枚だけ使うしかないか。

 俺は覚悟を決めて、手に持っているコインをガチャガチャに投入すると、一度深呼吸をしてから持ち手を回した。

 三回ほど回したところで、排出口の細長い場所から、一枚のカードが出てくる。俺はそれを取り出そうと触れた瞬間――

≪固有スキル『ラーニング』を取得しました≫

 ――という女性のような機械音声が脳内に響き、カードが光の粒子となり瞬く間に消え去った。

「は?」

 思わず俺は、硬直して自身に起こった出来事を確認する。

 聞こえてきた固有スキル『ラーニング』を取得したという機械音声。そのことはまだ許容できた。

 しかし、取得した固有スキル『ラーニング』の情報が脳内に流れ込んでくると、その冷静さも失われる。

 流れ込んできたラーニングの情報は、自身が受けたスキルを一定の確率で取得することができるというものだった。

 特殊能力に目覚めたのも驚きだが、この力は反則じゃないのか?

 他にスキルを持っている人がいる前提だが、おそらく本来は寿命を削ってガチャガチャを回す必要がある。

 だが、このラーニングという固有スキルがあれば、寿命を削らずに新たなスキルを獲得できてしまう。十分に反則と言えた。

 というか……普通にここまでの内容を当たり前の真実として受け入れられているのも不思議なんだよな。

 不意に俺は、そんなことを思う。

 明らかに非現実な出来事に対して、何故かそれが真実だと思い込んでいる。

 けれど、別にだからどうしたということなんだが。

 元々ガチャガチャを回すしか選択枠が無かった以上、信じようが信じまいが関係なかった。

 そんなことを考えていると、不意に右方向からブオンッ、という効果音が聞こえたかと思えば、白い床に青い魔法陣が出現する。

 もしかして……あれに入れば元の世界に帰れるのだろうか……?

 ガチャガチャを回したことがトリガーになったのか、青い魔法陣はこれぞとばかりに青く光り存在感を示している。

 これで帰れるな。

 俺は魔法陣に向けて一歩前進しようとしたところで、おもむろに足が止まる。

 このガチャガチャって、まだ回せるのかな?

 ふと、そんなことを考えてしまう。

 いや、回せたとしてどうする? 確かに一回目は当たりだったかもしれないが、二度目はハズレかもしれない。

 ガチャガチャは、本来ハズレが大半を占めているという思い込みが、俺の脳内を駆け巡る。

 しかしそれと同時に、当たりが出るかもしれない。寿命もまだまだある。こんな機会二度と無い。

 そんな欲望が俺を悩ませた。

 くそ、どうする? 回すか? 回さないのか?

 俺はしばらく悩んだ末。

≪固有スキル『精神耐性』を取得しました≫
CPキャパシティを+100獲得しました≫

 合計二回ガチャガチャを回してしまった。

 これで切り良く俺の寿命は百歳だ。

 もう一回だけ……いやいや、ダメだ! すでに三年も寿命を削ったんだぞ。普通に考えたら寿命を自ら三年削るとか正気じゃない。

 このまま誘惑に負け続けて、十年二十年と取り返しのつかないことになったら一大事だ。

 俺は後ろ髪を引かれる思いで、青い魔法陣に入ることにした。

 若干その場に残すコインが気になったが、それも問題ないとコインを手にしたときに知識が流れ込んでいたので、そのままにしておく。

 そうして、俺は青い魔法陣に足を踏み入れた。

 さて、ようやく俺も家に帰れるな……ん? 俺の家ってどこだったか?

 ボケが始まったかのように、俺は自分の帰るべき家の場所が思い出せなかったが、その時には既に青い魔法陣が起動し、俺の視界が暗転した。


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