あの化け物、昏き闇の追放者を倒したことにより、俺が発動している守護領域内に現れた銀色の宝箱を見て、俺は一瞬罠があるのではないかと勘ぐってしまう。しかし、そこまで意地が悪くないだろうと自分に言い聞かせる。開けない方が損をするだろうと、そう思ったのだ。
そういえば、佐賀さんはどうしたのだろうか。
ふとその時、化け物との戦闘前に腰を抜かしていた佐賀さんを思い出す。周囲を軽く確認するが、そこに佐賀さんの姿はなく、建物の中や暗がりから相変わらず昏き闇に潜む者、ゾンビたちがこちらの様子を窺っているだけだった。
そうだよな。普通は逃げるだろう。それに、会ったばかりの少年が突然狂喜の笑みを浮かべて、あの化け物に突撃していくのを見れば、見捨てて逃げるのは当然のことだ。
俺はそう納得すると、いなくなった佐賀さんを攻める気持ちは起きなかった。逆に自分に付き合っていたら、あの化け物の攻撃が佐賀さんを襲っていたかもしれない。腰を抜かせていた佐賀さんが攻撃を回避できるとは思えないので、そんな状況でも無事に逃げ出せてよかったと思った。
そういえば、腰を抜かしたというのは精神的な問題でそう思えただけで、実際身体はオルガがある限り正常なはずだよな……このゲーム。まずは心を折るのが狙いのようだ。
この場所に出てくる敵はどう考えても人の心を折り、恐怖を掻き立てるようなものばかり。攻撃しない限りただこちらを見続ける昏き闇に潜む者。そのゾンビたちを奇形の円状に融合したような昏き闇の追放者。こんなところにいれば、先に精神がどうにかなってしまいそうだった。
心を強く持たないと、この先やっていけないかもしれないな。
俺は改めてそう思うと、周囲を経過しながらも宝箱に近づき、ゆっくりと開いていく。
よし、罠はないようだ。それで中身はやはりカードか。
銀色の宝箱の中には、一枚のカードが入っていた。
名称:昏き闇の追放者の仮面
レア度:R
種類:装飾
効果
『昏き闇に潜む者を攻撃した場合、ヘイト連鎖による集団攻撃とはならず、その代わりに集団逃亡に変化する。???と敵対する。その場合、この装備を外しても敵対の対象から外れることはない。装備中に限り暗視能力を得る。この装備はイベント終了時に消滅する』
説明
≪潜む者たちは追放者を恐れている。己も取り込まれるのではないかと。だが、追放者を追放者へと至らしめる存在のことを忘れてはならない。???は追放者を許すことはないのだから≫
そのカードのイラストには、真っ白な仮面に底の見えないような暗い眼窩。そして青く濁った血の涙が左右から流れ一筋の線を描いている。口は赤く嗚咽を連想させるように開口していた。
これ重要アイテムだよな。装備すればあのゾンビたちを安全に倒すことができるのか。だが、その代わり正体不明の存在と敵対してしまう。あの化け物を追放したとなると、相当の強いはずだ。いや、単純に強いと言うには生易しいか。きっと戦えば今度こそ殺されるだろう……。
「どれくらい強いのかな……」
俺は、まだ見ぬ存在を想像して、ついそんなことを呟いてしまった。
くそ……何少し楽しみにしているんだよ俺。絶対遭遇してたまるものか。このアイテムは封印だな。他の利点である暗視能力も既にスキルとして持っている以上意味はない。
俺は自分にそう言い聞かせて、カードをオルガウォッチのカード欄に収納した。ついでに所持オルガも確認すると、現在2500オルガと表示される。一度所持オルガが0にまで落ちたので、あの化け物から一気にここまで増えたということだった。
すごいな。初心者の効果で五倍だとしても、すごい数値だ。いや、本来チームでの分配、ダメージによるマイナスを考えれば、場合によっては赤字というのもあり得るのか。そもそも救済処置が無ければ初心者によるオルガの倍率は三倍だし、案外妥当なのかもしれない。
あの化け物を一人でどうにかしようとした俺がおかしいだけで、本来は数で囲って遠距離で戦うのがセオリーだろう。あの化け物は手足がいくつか長いとはいえ、全てが長いわけではない。足も遅いし、誰かが長い手足を斬り飛ばせば後は簡単だ。そもそも、俺のように近距離で戦う相手ではない。
遠距離攻撃か。俺も一つは持っておきたいな。そういえば、格上喰いで手に入れたスキルは何だろう。相手のスキルの中から有用なものを手に入れるとあるが、果たして……。
俺は期待を胸に、昏き闇の追放者から獲得したスキルを確認する。
名称:並列思考
レア度:SR
種類:パッシブ
効果
『複数の物事を同時に処理する能力が向上する』
これは……かなり使える。守護領域との相性がばっちりだ。あの化け物は複数の融合体と考えれば、並列思考を持っていてもおかしくはない。どうやら格上喰いのスキルは俺にとって有用なものを選んでいるようだ。
より単独で行動しやすくなったな……別に悲しくはない。俺の戦闘狂を考えれば、これでいいはずなんだ。
自分にそう言い聞かせて、俺は今回の戦闘で得たものの確認を終えた。気が付けば、銀色の宝箱も消えている。中身をとれば自動的に消えるのだろうと納得した。
さて、これからどうしたものか。
佐賀さんがいなくなり、また一人になった俺は、このチーム対抗戦でどう行動していくのか、守護領域内で思考し始めた。
時刻は現在14時32分チーム対抗戦が始まってからおよそ2時間半が経過していた。
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