抑えられない戦闘欲に、脳内麻薬が分泌されて俺のテンションは最高潮へと達した。その瞬間、異形の化け物に対し、俺は無謀にも突撃する。
「怖い 苦しい やめて 助けて 痛い 誰か お父さん 来ないで 助けて」
異形の化け物が近づいてくる俺に無数の手足を伸ばす。無理やり継ぎ足した手足は、ものによっては体長以上の長さをしたものもあり、俺の逃げ場を無くすかのようにそれは取り囲もうとする。
「ここだ!」
しかし、俺も簡単には捕まるつもりは早々に無く、継ぎ足し個所を長剣で斬り裂いた。通常の生き物とは原理が違うのか、骨と骨は繋がっておらず、そのまま継ぎ足し個所から先を斬り飛ばす。異形の化け物の青く濁った血が、周囲に飛び散った。
これは、思ったよりもいけるかもしれない。
俺は思わず高揚して口角を上げると、迫りくる腕を対処しながら包囲網から抜け出し、その場から移動しようとした――その時。
「かはッ!?」
腹部にとてつもない衝撃が走る。それは、化け物の足がハンマーの如く、俺を踵で叩きつけているものだった。
まじ……かよ。
一瞬時が止まったかのようにその光景を焼き付けると共に、俺は右方向へと吹っ飛ばされる。
「ぐッ!」
とっさに受け身をとりながら、俺は追撃を逃れるべく即座に立ち上がった。長剣もなんとか落とすことがなく、右手に持っている。
死ぬ。これは本当に……。
俺は攻撃を受けた腹部を左手で抑え、自分の死を予感した。あの衝撃では、内臓が損傷していてもおかしくはないと、そう思ったからだ。
「え?」
だがその時、俺は違和感に気が付く。体に何の異常も無ければ、痛みすらなかったからだ。
な、なにが起きている? いや、そうか。オルガが命の代わりに消費されたのか。
体に意識を向けると、何かが減ったような不思議な感覚があった。自身の持っていた600オルガが、500オルガに減ったという正確なもの。
なるほど。オルガは命であり財産。確か最初にそんなことが書かれていた。攻撃を受ければ、こうしてオルガが肩代わりしてくれるということか。そして、攻撃を受けるたびに現在の所持オルガを確認するのは命取りになる。それをこうして知らせてくれるというのは、なんともプレイヤー想いだな。
そう思うと共に、仮にオルガが0になれば、佐賀さんの仲間だったあのゾンビに群がられた男の如く、生きたまま喰われることになるだろう。つまり、オルガが0の時点で即死ではなく、ただ攻撃からの守りが無くなるだけということだ。それと痛みが無かったのは、おそらく戦闘狂のスキルのおかげか。
戦闘狂は、戦闘中恐怖心、痛覚、罪悪感が麻痺する。故に、俺は痛みがなかった。
痛覚は危険を知らせる重要な感覚だが、同時に動きを鈍らせる。幸い攻撃を受けたときの感覚はあったので、攻撃されたことに気が付かない、ということはないだろう。
俺はそう思いながら、化け物に対峙する。逃げるという選択枠はない。逆に攻撃を受けたことで、より戦闘欲が刺激されていた。
これは冗談抜きで勝てそうにないよな。けど戦いたくて仕方がない。死ぬかもしれないと思うとゾクゾクしてくる。戦闘狂で戦闘センスや感覚が研ぎ澄まされているとはいえ、あの化け物の手数を全て察するのは不可能だ。
先ほどの攻撃でそのことをよく理解していた。現段階ではどう考えても勝ち目はなく、化け物を倒すよりも先にオルガを全損する方が早い。
どうする? 有効そうな道具は持っていない。じゃあ、スキルはどうだ? 暗視は使えそうにないし、戦闘狂は発動済みだ。格上喰いは今は意味はない。だとすれば、残るはあれしかないよな。土壇場で使うことになるとは思わなかったが仕方がない。
死の可能性が濃厚な現状。俺は賭けにでることにした。そして、気合を込めてそのスキル名を口にする。
「守護領域!」
その瞬間、俺を中心に半径5メートルの円が展開された。境界線には、地面からオーロラのような青白い光が波打っている。
あのチュートリアルのような一本道で、亡者の騎士から格上喰いで手に入れたスキルだが、発動者からはこんな風に見るんだな。
俺は鈍足なのかゆっくりとこちらに近づいてくる化け物を注意しつつ、守護領域の効果を思い出す。
名称:守護領域1
レア度:SR
種類:アクティブ
効果
『発動することにより、発動者を中心に守護領域を展開する。守護領域の範囲はスキルレベルに依存し、発動者が守護領域を出るとその効力を失う。またスキルレベルによって以下の追加効果を発揮する。
LV1.守護領域内に許可の無い者が侵入した場合、それを察知する』
つまり、この守護領域内で戦うしかないということか。問題は、察知能力がどこまであるかということなんだが……まさか発動にオルガを消費するとは思わなかった。そんな説明はどこにもなかったはずだ。
そう、守護領域を発動した瞬間、所持オルガが500から250へと消費されていた。これが普通に-250オルガなのか、-50%なのかでだいぶ内容が変わる。
くそ、プレイヤー想いだと思えば、こうした落とし穴もある。最初に気が付かずにオルガを全損させた奴は一体どうするんだ。ああ、そうなればおそらく俺のように何かしらの救済があるのかもしれないな。いろいろ気になることはあるが、今は戦闘に集中しよう。
俺はそう思いつつも、化け物が守護領域内に入る瞬間を今か今かと口角を上げて待つ。
「痛い 怖い 助けて 苦しい 誰か 暗い 水を 助けて」
そして、化け物の体の一部が守護領域内に侵入したその瞬間、脳内に化け物の細部に至るまで守護領域内のどこにいるのかが、手に取るように理解できた。だが、それは容易ではなく、代償に処理能力を割かれてしまい、激しい戦闘を長時間するのはまず不可能に思えた。
なるほど。守護領域内にいる敵が多ければ多いほど、そして大きければ大きいほど負担がでかくなりそうだ。目の前の化け物一体だとしても、戦闘しながらならば十分も持たないだろう。だが、それだけあれば問題ない。
滾る戦闘欲を抑えながら、俺は化け物が完全に守護領域へと入り込む瞬間を待ち、長剣を構える。一歩間違えれば後がない状況に、高揚が表情に出てしまう。そして、化け物が長さの違う複数の手足を一斉に放ってきた瞬間、俺は動き出す。
「そこだ!」
迷いなく、俺は化け物の手足の関節から先を斬り飛ばす。攻撃を紙一重に避ける。まるで演武のように捌いていく。思考が焼け切れそうなほど負担がかかる。だが、俺は止まらない。楽しくて楽しくて仕方がなかった。
「あぁ、楽しい! こんなに楽しいことは他にない! あぁ、本当にどうしようものか!」
「怖い 痛い 止めて 怖い 苦しい 痛い 怖い 怖い 痛い 怖い 助けて」
俺の吐く言葉に、化け物が反応したかのようにそう答える。どことなく逃げ出そうとしているのか、化け物が後退しようとするが、それをゆるはずがない。
「どこに行くというんだ?」
「怖い 止めて 逃げる 死ぬ 痛い 怖い 許して 逃げる 止めて 怖い」
気が付けば、化け物の武器として使っていた手足は無くなり、残るは移動用のものだけのそれは、まるでクラゲのようだった。それに比べて俺は、化け物の青い血を全身に浴びて笑みを浮かべるそれは、狂人そのもの。
「これで終わりか? 何かないのか? あれ以外なにかできるだろ? なあ? 楽しかったのに本当にもう終わりなのか?
俺が化け物にそう問いただすが、最早似たような言葉しか吐かず、逃げようとするだけだった。
あぁ、本当にもう終わりか。楽しかった。
最後にそう思うと、俺はいくつもある化け物の顔全てに剣を突き刺していく。そして、最後の顔に剣を突き刺した瞬間、化け物は終わるを迎える。
「化け物」
それが、皮肉にも化け物から発せられた最後の言葉だった。光の粒子となり、俺の体の中に流れ込んでくる。
格上喰いが発動したのか。耐久力と攻撃力は圧倒的だったし、攻撃速度も速かった。総合力が俺より上なら発動するのかもな。
戦闘が終わった瞬間、俺は燃え尽きたようにその場に座り込む。脳が焼け付くように熱く、最早このまま死んでもおかしくないとさへ思えた。
楽しかったな。こんな幸福な終わり方なら、悪くないかもしれない。
俺の意識がそこで途絶える――と思われたが、何事もなかったように意識が回復する。
「へ? あ……そういうことか」
俺は、何故こうなったのか、瞬時に理解できた。理由としては実にシンプルで、戦闘中は脳内負担をダメージとしてみなされたのか、オルガを全て失ったものの、化け物を倒したことでオルガを獲得し、こうして回復したということだった。
つまり、オルガを全損してから再びオルガを得た場合、数秒から数十秒かけて回復するようだ。ダメージによっては数分、数時間かかるものもあるかもしれない。
ここがゲームだということを改めて感じさせるような出来事だった。
そして、化け物のいた場所には、亡者の騎士の時と同様に、場違いな宝箱が報酬と言わんばかりに鎮座していた。
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