003

 そういえば、今更だがどうして俺はこんなにも冷静なんだ? このゲームに送り込まれた恨みもあるし、現状の不安や恐怖もある。だが、それなのに俺は冷静に物事を判断できた。そう、まるで強制的に冷静にさせられているような違和感がある。

 

 普通ならば慌てふためき、冷静な判断などできない状態に陥ってもおかしくはなく、むしろここまで冷静な方が異常だとすら思えた。

 

 邪神だとかスキルだとかある世界だし、ゲームを円滑に進めるために強制的に精神を安定化させられてもおかしくはないか。というかそうなのだろう。

 

 俺はそう納得しながらも、慎重に先へと進んでいく、すると、ようやく変化が起こる。目の前に突然小型犬サイズの大ネズミが姿を現した。

 

「なっ!?」

「ヂュウ!」

 

 そして大ネズミは敵意むき出しに飛び掛かってくる。俺はそれをまるでスローモーションのように感じていた。いつの間にか逆手で持っていたステンレスのフォークを、相手が迫る瞬間に大ネズミの右目へと突き刺していた。

 

「おおっ!?」

「ヂュアッ!?」

 

 そのことに自分でも驚きながらすれ違うように大ネズミを回避すると、地面に転がる大ネズミに追撃をする。ステンレスのフォークが現在大ネズミの右目に刺さったままなので、それを更に力任せに押し込み捩じると、素早く引き抜き距離を取った。

 

 そこに躊躇ためらいや罪悪感はない。逆に次はどうすのかという高揚感すら覚える。だが、大ネズミはそれで力尽きたようで、光の粒子となってあっけなく消え去った。

 

「え? もう終わり? あれ、俺何言ってんだ……」

 

 自分でも驚きの台詞が出たことに気が付く。

 

 殺しを、いや戦闘を楽しんでいた。それによる恐怖も、罪悪感もない。むしろもっと戦いたくなってくる。くそっ、これがBADスキルである戦闘狂の効果か。今の程度でこの高揚感だとすると、もっと強い奴が出てきた時、俺はいったいどうなってしまうんだろうか……。

 

 俺は戦闘の恐怖よりも、そのことで変わってしまった自分に対する恐怖の方が上回っていた。

 

 だが、戦闘狂が無かったらあの大ネズミを倒すのも一苦労だっただろうし、今は良しとしておくしかないか。

 

 俺はそう自分に言い聞かせ、獲得したであろうオルガを確認する。戦闘前は初心者ガチャ三回で30オルガ、ドアを開くために10オルガ使用していたため、残金は460オルガだった。それが今回の戦闘で465オルガとなっており、初心者のスキルで五倍ということを考えれば、あの大ネズミは本来1オルガということになる。

 

 なるほど。本来の獲得オルガで考えると、通常ガチャを回すのに大ネズミを百匹倒す必要があるのか。効率悪いな。これ戦闘できない奴かだったらどうするんだろうか。

 

 などと考えながら進み、しばらくすると前方に先ほどと同じ大ネズミがいることに気が付く。今度は突然襲い掛かってくることはなく、こちらを観察しているようだった。

 

 あれは……名称か?

 

 こちらも戦闘欲を抑えつつ観察すると頭上にうっすらと文字が浮かび上がっていることに気が付く。そこにはビッグラットと表示されており、大ネズミと大差なかった。

 

 本当にゲームみたいだな。いや、ゲームだったか。

 

 俺はそう思うと同時に、大ネズミ、いやビッグラットに襲い掛かかり、先ほどと同様にあっけなく撃破した。

 

 弱い。弱いな。なんだろうか、このもやもや感は……。

 

 ビッグラットに物足りなさを感じながらも先へと進み、更にもう一匹同様に現れたビッグラットを倒すして進むと、ゴールにたどり着く。目の前には洞窟に場違いな真っ白い木製のドア。

 

 ここまでの一本道を考えると、あれはチュートリアルだったんだろうな。このドアを開ければ、ゴール。ゴールなんだよ。

 

 おそらく目の前のドアがゴールだとわかっておきながら、俺の手は動かない。それよりも、これ見よがしに左側に用意された四角形の部屋。その中央に立ち尽くす存在を無視することが本能的にできそうになかった。

 

 無理だ。無理だぞ。勝てるはずがない。武器はステンレスのフォーク一本だぞ! 

 

 自分に言い聞かせるが、末期の中毒者のように手が痙攣けいれんし、異様なのどの渇きにも似た何か。そして心と体が仲違いしたかのように反発しあう。そう、左の部屋には、これ見よがしに鎧を纏い、右手に盾、左手に長剣を装備した騎士がいるのだ。

 

 戦いたい、戦いたい、戦いたい。

 

 きっと挑めば返り討ちに合うとわかっていながらも、俺の戦闘欲はどんどん膨れ上がっていく。それは耐えがたい精神的苦痛。耐えられるだろうと楽観視していたつけが回ってくる。そして、それは到頭決壊した。

 

「あぁぁぁああ!! もう無理だ! 俺は戦うぞ!!」

 

 その瞬間俺は左の部屋へと飛び込んだ。ステンレスのフォークを片手に、鎧を纏った騎士へと無謀にも挑む。対する騎士も俺が部屋に入ると、先ほどまで置物のように全く身動きしなかったのが嘘かのように動き出す。手には長剣を持ち、俺が来るのを待ち構えている。

 

 なんだこの感覚は、たまらない。こんなの知らいない。最高だ!

 

 戦闘欲を抑えられない俺は、騎士の正面から突っ込む。当然騎士は迎え撃つように長剣を振り下ろす。

 

「ここだッ!」

 

 俺はその瞬間に合わせ、ステンレスのフォークを縦に構え、長剣を受け止めた。ステンレスのフォークの中央は長剣によって押し広げられるが、何とか受け止めると同時に、裏面の丸みで威力を逃がすことに成功する。そして俺はそのままステンレスのフォークをスライドすように前方へと押し出して騎士との距離を詰めると、長剣のグリップを握る騎士の左手を下から蹴り上げた。長剣は騎士の手からすっぽ抜け宙を舞う。

 

「……」

 

 その一瞬の出来事に、騎士はまるで他人事のように無反応だった。しかし、そんなことを俺は気にせず、宙を舞う剣のグリップを掴む。

 

 凄い! 感覚が研ぎ澄まされる! 勝つために必要な動きが思ったようにできるぞ!

 

 俺はそんな高揚と全能感に浸りながらも、手にした長剣を騎士の顔面に突き立てた。騎士の兜は全面が開いた作りとなっており、その素顔は先ほどから変化が無い。長剣を突き刺した今ですらそうだった。しかし、それもそのはずであり、騎士は普通の騎士ではなく、頭上の名称にはゾンビナイトと表示されている。つまり、騎士の顔面は亡者のそれであり、思考力もとぼしかった。

 

「俺の勝ちだ」

「……」

 

 俺がそう言葉を吐き捨てると、騎士は突き刺さった剣と共に光の粒子となる。そして、その光の一部が俺の体に吸い込まれていく。

 

 これは……なるほど、格上喰いが発動したのか。

 

 確かに、身体能力や装備に至っては、騎士の方が総合的には格上だった。しかし、亡者だったためか、思考力が悪く、思ったよりも攻撃が単純で、こちらからの攻撃対処も鈍かったことが、俺の勝機を導いたんだと思う。それと、こいつが役に立った。

 

 俺は今日のMVPであるステンレスのフォークを拾う。中央は歪み、最早性能がた落ちであるが、仮にこれがスプーンやナイフだったら勝てなかったかもしれないと、俺はそう思った。

 

 これはもう武器としては微妙だな。次の武器はどうしたものか……。

 

 そう考えていると、不意に部屋の中央に木製の宝箱が唐突に現れた。

 

「え?」

 

 おそらく撃破報酬だと判断した俺は、一応罠などないか注意しつつも宝箱に近づき、ゆっくりと開く。

 

 これは、カードか?

 

 すると、そこには一枚のカードがあった。イラストは先ほど使っていた長剣に似ている。というよりもそのままだった。

 

 名称:名も無き長剣

 レア度:UCアンコモン

 種類:武器

 

 おお! まともな武器が手に入ったぞ! これはうれしい。

 

 とりあえず今手にあるステンレスのフォークをカード欄に戻すと、早速使用して目の前に鞘に入った長剣が現れる。それを俺は手に取った。

 

 これで戦闘がより楽になるが、この鞘が邪魔だな。

 

 そう思うと、長剣の鞘が目の前から消える。

 

 おお、これは便利だ。

 

 そのことに僅かながら感動しつつ、俺は次に格上喰いの効果で獲得したスキルを確認する。

 

 名称:守護領域1

 レア度:SR

 種類:アクティブ

 効果

『発動することにより、発動者を中心に守護領域を展開する。守護領域の範囲はスキルレベルに依存し、発動者が守護領域を出るとその効力を失う。またスキルレベルによって以下の追加効果を発揮する。

LV1.守護領域内に許可の無い者が侵入した場合、それを察知する』

 

 まじか……予想では剣の扱いが上達するようなスキルでも手に入ったかと思ったが、まさかここまでレア度が高いスキルが手に入るとは思わなかった。というかこのスキル、あの騎士みたいに一か所に留まり続けている強敵なら、結構所持している奴多そうなスキルだな。

 

 その考えは間違っていないだろうと思いつつ、睡眠時や休憩中に役に立つだろうと俺は判断した。

 

 それと、この守護領域というスキルには、レベルの概念があるようだな。使い続けていれば上昇するのだろうか? そして最大値はいくつだ? 10、いや5でもかなり強化されそうだ。案外最大値は2とかかもしれないが。

 

 スキルによってはレベルがあるということに、俺は高揚しつつも、次に獲得したオルガを確認すると、現在の所持オルガは975となっていた。前回の確認時は465だが、その後二匹のビッグラットを倒しているため、騎士、正式名称ゾンビナイトの討伐前は475オルガ。つまり、ゾンビナイトから得たオルガは500となる。

 

 これは凄い。初期オルガと同等だ。しかし、それでも初心者補正が無ければ、たったの100オルガなんだよな。今のところ低いのか高いのか判断がつかない。まあ、しばらくすれば判明するだろう。

 

 そうして、俺はゾンビナイトがいた部屋を出ると、すぐ近くにあるドアの前に立った。

 

 さて、どうしたものか。予定では九時頃には最初にいた部屋に戻る予定だったが、ここまでは一本道だし、あからさまなチュートリアルの雑魚敵に加え、初心者じゃ厳しい強敵。この先に進まなければ間違いなく詰む。ということは、進む以外に選択はない。

 

 そう自己完結すると、俺はまずドアノブの少し上を確認する。だが、予想ではそこに数字が表示されていると思われたが、実際には何も表示されていなかった。

 

 どうやらこのドアは無料で通過できるようだな。

 

 俺はそう判断すると、思い切ってドアノブに触れた――その瞬間、目の前に突如として文字が表示される。

 

 ・チュートリアルクリア +100  

 ・ゾンビナイト撃破   +300

 ・全モンスター撃破   +100

 ・ノーダメージ     +200

 

 合計700オルガ獲得!

 

「え?」

 

 それを確認した瞬間、俺の視界は暗転した。


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