005 最初の町と、浮かれたプレイヤーたち。

  町に入ると、まず見えてくるのは大通りであり、左右には西洋風の建物が並んでいる。人の活気も想像以上であり、大通りを行く人の数は、まるでどこかのテーマパークを彷彿ほうふつとさせた。

 活気がある……いや、ありすぎるのか。プレイヤーの数が特に多い。やはり種族が人であれば、スタート地点は町なのだろう。しかし、あの邪神の声が聞こえた場所にいた人の数を思えば、どう考えてもこの町に収まる数ではない。魔物のプレイヤーは基本町の外だとして、他のプレイヤーのスタート地点は、もしかしたら別の町か村なのかもしれない。

 俺はプレイヤーの数が多いことからそんなことを思うと、次に他の場所に出現する魔物の強さと、運悪くそこからスタートした可能性のあるプレイヤーについて考える。

 プレーヤー自身にLVは存在しないが、仮に強力な魔物がいる場所からスタートしたとしても、やりようによっては死に戻りも可能ではあるし、おそらく抜け道の一つくらいは存在するだろう。まあ、普通に考えたら、籠城するしかないような場所に町なんて作らないだろうしな。ただし、邪神が関係していればその限りではないが。

 ゲームであれば、ある町の外は魔境だった。ということもあるだろうが、スキルにしかLVがない現状でそんな魔境に町を作ってしまえば、その町の住民はすぐに息絶えるだろうし、これは予想なのだが、そもそもそんなほぼ詰んでいるような場所に、邪神がプレイヤーを配置するとは到底思えない。おそらく、一度希望を与えてから、その後絶望を与える。そんな雰囲気を感じてならない。

 俺はそこまで連想したところで、 いつまでもそんなことを考えていても仕方がないと、その思考を飛ばして頭を切り替えた。

 さて、そんなことよりもまずは宿屋を探そう……と思うところだが、まずこのプレイヤーの数では空いていないだろう。空いていたとしても基本は割高か、雑魚寝部屋になってしまうはずだ。それなら人の寄り付かない場所に移動して、木の影にでも潜っていた方がいいだろうし、雑魚寝部屋よりも確実に安全だろう。というかそもそも、ヴァンパイアである俺は夜行性だ。日が昇っている時間が本来寝ているべきなのだろうが、人というのは昼間に活動できる方が当然便利なので、俺はわざと昼夜逆転をしている。

 という訳で、寝床は問題ない……と思っていたんだが、そういえばプレイヤーの頭部には名前が表示されるんだった……この仕様、どうにかして消すことはできないのだろうか。この状態だと、隠密者はもれなく全員失業してしまうレベルだ。でなければ、きっと何か方法があるはず……。

 そう悩みながらも、俺は手持ちの偽装スキルでとりあえず試してみることにした。すると、頭部に現れる名前、プレイヤーネームはあっさりと姿を消し、隠すことができてしまう。それも低燃費であり、影魔法と同時に使ったとしても、特に問題はなさそうだった。

 やはり、偽装のスキルは取っていて正解だったな。隠密者と人型の魔物プレイヤーには、必須のスキルだ。

「お、おい。あのNPCめっちゃ可愛くね?」
「おお! マジだ!」

  どうやら頭部に何も表示されないことで、NPC、つまりノンプレイヤーキャラクターという、ゲームの登場人物と間違えられたらしい。声をかけられても面倒なので、俺は人の波をすり抜けるようにして距離を取った。

「あれ? どこいった?」
「くそっ、もしかしてレアキャラか?」

 そんな声が聞こえたような気がしたが、俺は気にせず先へと進んだ。

 そういえば、町に入るときに何度か確認したんだが、この世界の住民は頭上に名前とかが何も表示されないんだよな。おそらくあの時の盗賊たちも同様だろう。理由は不明だが、偶然ということではないのだろうな。まあ、それは今考えても仕方がないか。

 そうして、その後しばらく町を散策し、ナンパされかけること数回、同じく痴漢されかけること数回と、面倒ごとに悩まされ続けたが、古着屋で地味な茶色いローブを購入し、武器屋と防具屋、それと道具屋で盗賊の装備やアイテムを売却して、ある程度必要なものを見繕い、現在小料理屋で食事を楽しんでいる。料理はホーンラビットの肉を使ったもので、他にもサラダとスープもついてきた。ちなみに、味は思ったよりも悪くはない。

 魔物の肉か……俺の予想は外れたかもしれないな。魔物は数分でリポップしていたし、他の世界に負けてある程度世界が削られたとしても、案外やっていけるんじゃ……いや、食事は偏るし、他の町に散らばっているプレーヤーが集結したらどう考えても行きわたらない。当然狩場は熾烈熾烈な争いになるし、逆に食べ物を得る方法が存在しているだけに、この世界はより地獄へと変わっていくだろう。

 そんなことを考えながらも俺は食事を終え、会計を済ますことにした。

「合計400フィルなります」

 店員に言われた通り、俺はストレージから小銀貨四枚、400フィルを支払ってから、店を後にする。

 さて、町でやっておきたいことはある程度終えたが、なんというか、プレイヤーたちはいろいろと酷かったな。ローブのフードで顔を隠すまで、しつこくナンパされかけるし、堂々と痴漢をしようとする者までいる始末だったぞ。ナンパには殺気を飛ばし、痴漢には手首を叩いた上で、影魔法を使い転倒させて撃退したが、どうにもプレイヤーたちはこの世界で浮かれすぎだ。

 セクハラが可能なゲームの世界ということと同時に、プレイヤーの大部分は、異世界への現実逃避者と、何らかの事情で死亡した者たちということを思い出し、この特殊な状況下で自分が特別な存在ということも、ナンパや痴漢を助長させている原因ではないかと、そんなことをつい思ってしまう。

 これは、必要な時以外は町を離れたほうがいいかもしれないな。邪神はこの世界が不平等だとは言っていたが、まず男女だと明らかに女の方が不遇だ。しかし、だからといって俺がどうこうできることはないし、スキルがある以上、筋力差だけが決め手ではない。女もやられっぱなしということは、まずありえないだろう。

 プレイヤーたちの熱がある程度下がるまで、町から離れていようかと、そう思った時――唐突にそれは起こる。

「放しやがれ! NPCの分際で俺に触るな!」
「黙れ! お前は強姦未遂により牢屋行だ!」

 思わず声のする方に視線を向けると、その場には野次馬たちが集まっており、中央には町の衛兵がプレイヤーの男を取り押さえたところだった。

「強姦未遂だってよ」
「どうやら路地裏で、堂々としようとしたらしいぜ」
「は? 馬鹿だろそれ。ばれないとでも思ったのか?」
「おおかた自分は主人公だから、誰からも感知されない謎のフィールドでも形成できると思ったんだろ」

 周囲はその光景を面白そうに、また嘲《あざけ》るように会話をしている。

「くそが! お前ら殺してやる! 名前覚えたからな! 牢屋なんて死に戻りすれば関係――」

 取り押さえられた男がそう言った瞬間、もう一人いた衛兵がためらいもなく、男の首を剣で斬り飛ばした。

「こ、殺しやがった!」
「まじかよ!」
「おええええッ!」
「ひぃいい!!」

 血しぶきが飛ぶその光景に、野次馬たちは驚愕きょうがくして、恐怖を抑えられない。何故ならば、光の粒子となる直前まで、それは普通の死体となんら変わりがないからだ。

「よく聞け異人ども! 我々町を守る者は、神に代わり、異人を断罪することが許可されている! 異人は死んでも蘇るというが、我々はその場所を牢獄へと指定することができる! また牢獄も特殊であり、蘇る場所が固定され、更にはスキルの使用も不可とする! つまり異人だからといえども、好き勝手出来るとは思わないことだ! 重罪人には当然、死よりも苦しい罰が待っている!」

 衛兵は声を張り上げてそう言い放った。周囲のプレイヤーたちは言葉を無くし、沈黙する。そして衛兵が歩き出すと、割れるように道が広がり、その後ろ姿を静かに見送った。

 なるほど。理由はどうであれ、邪神はある程度の秩序を維持する気はあるようだ。思ったよりも早く、プレイヤーたちは落ち着くかもしれない。

 俺はどこかそう安心すると、その場から立ち去り、一人町を出た。


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