004 街道と町の門

 あれから廃村を後にした俺は、現在街道へと辿り着いていた。当然、道中にはVRMMO風とうたっていることだけはあり、魔物が一定の範囲にある程度は存在している。

「シャドーネイル」
「キュイッ!?」  

 こうして今も、角の生やした兎、ホーンラビットというネーミングの魔物を倒したところだ。ホーンラビットは息絶えると光の粒子のように消え去り、そこにはドロップアイテムだけが残される。

 こういうところは、本当にゲームのような世界だな。

 そう思いながらも、ドロップしたホーンラビットの角を拾う。どうやら、魔物やアイテムは名称を知りたいと思えば、プレイヤーネームのように文字が浮かび上がる仕組みとなっているようだった。

 ん? そういえば、なんで盗賊の死体は残るのに、普通の魔物は消えてドロップアイテムを残すんだ?

 ふと、俺はそんなことを思う。言動からして、この世界の住民である盗賊達は死亡しても死体は残るが、プレイヤーや魔物は死亡すると、その場から忽然こつぜんと消え去る。 その違いに俺は、違和感を覚えてしまう。  

 何か理由があるのかもしれないが、よくよく考えれば、正直どうでもいいことか。それに確認したのも盗賊達だけだし、後々知る機会があるかもしれない。だから今は特に気にしなくてもいいか。

 俺はそう判断すると、道中で何度か試していたストレージ、真っ黒に染まった謎空間を呼び出す。これはプレイヤーならば誰でも使えるようで、謎の空間にアイテムを収納することができる。ちなみに、キャラクターメイキングの時に選んだ初心者セットも、このストレージの中に存在していた。

 こういったアイテムボックスのような能力は、異世界ではとても貴重だったのだが……なんだか少し複雑だ。
 
 俺はプレイヤーならば誰でも使えるというストレージに対して、軽くため息を吐くと、手に持ったホーンラビットの角を収納した。

 さて、そろそろ行くか。

 俺はストレージを閉じると、人が住んでいる場所を目指して、街道を歩き始めた。

 ◆

 あれって、荷馬車だよな?

 しばらく街道を歩いていると、前方の道を塞ぐような形で、半損した荷馬車のようなものが倒れているのを発見した。俺はそれに警戒しながらも、一度街道を逸れてから先に進む。

 人の気配はしないが、下手に近づくのは止めておこう。魔物というよりは、人的な被害の気がするし。

 荷馬車の周囲に散乱している物品は比較的に新しいが、荷馬車の大きさにしては、その量があまりにも少なく、また血痕が見当たらず血のにおいもしない。

 しかし、少しおかしいな。盗賊にやられたとしても、護衛がいたはずだ。そう考えると、制圧に長けたスキル保持者がいたのかもしれない。普通の盗賊じゃないな。それ以外だと、そもそも荷馬車自体が罠という可能性もある。

 荷馬車に対してそんな不自然なことを思いつつも、結局その時は何事もなく荷馬車の横を通り過ぎた。

 俺もある程度のテンプレというものは知っているが、もう少し早く来ていれば、襲われている荷馬車と遭遇していたのかもしれない。だが、実際には間に合わないのが普通だ。そう、都合よく間に合うことなんて、夢物語でしかないのだから……。

 間に合わなかったというキーワードで、俺は嫌な記憶が一瞬蘇り、苛立ちを覚える。

 くそ、嫌なことを思い出した。今更考えたとしても、それはもうどうにもならないことなのにな。

 そうして、俺は心を落ち着かせるように、ある程度深呼吸とため息を繰り返すと、一人静かに街道を歩き続けた。

 ◆

 そろそろ、町か村が近そうだ。

 周囲を見れば、ちらほらとプレイヤーを見かけるようになった。単独で狩りをする者、複数人で狩りをする者などが幾人もいる。

 どうやら、出現する魔物はある程度決まっているようだな。ホーンラビット、それにスライムか。

 よく注目していれば、魔物は倒されると、しばらくして近くにリポップするようだった。

 こういうところはゲームらしいんだよな。しかしどう考えたとしても、この世界はゲームシステムを無理やり組み込んだような、そんないびつさを感じる。けれど、だからこそのリアルさでもあり、中途半端さでもあるのだろうが、まあ、それ自体が邪神の狙いでもあるのだろう。

 案の定、周囲にいるプレイヤーたちを見れば、どこか夢と希望にあふれたような表情をしている。まるで、邪神が作った世界だということを、忘れているかのように。

 行きつく先の可能性として、地獄というには生易しい世界になる気がするのだがな……。

 ゲームとリアルの融合。そして、まだ見ぬ他の邪神が作ったという世界。その世界との争いを、邪神は楽しみにしているに違いない。負けた世界、負け続けた世界は、実に邪神好みの世界になるだろう。

 死ねないプレイヤーたちと、負ければ切り取られていくという世界。その先にあるのは、僅かな資源の奪い合いと、それによる飢餓地獄でしかない。

 だからこそ、俺は負けたくはない。負けるとしても、奪う側であり続ける。そのことはもう、前の世界で決めたことなのでから。そう、勝てばいい。勝てば豊かになっていく。その豊かで欲に満ちた世界も、皮肉なことに、邪神の好みなのだろうがな。

 俺が苦々しくそう思っているといつの間にか、目の前には規模からしても町と呼べる大きさの門が見えてきた。門の前には、幾人かが既に列をなして並んでおり、俺も早速それに加わることにした。

 なんだか駅の改札を思い出すな。

 僅かに見える前方からは、何やら石板のようなものに人が手を置き、青くなったら町に入ることができるという、なんともゲームらしいシステムだった。

「ヤ、ヤメロ! 俺ハ、プレイヤーダゾ!」
「ん?」

 すると、唐突に近くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。とっさに声のする方に視線を移すと、そこには醜い顔をしたゴブリンのプレイヤー、白星銀河しらぼしぎんがが他のプレイヤーに追い回されている。

「あの魔物は異人か。だが、異人だとしても魔物だしな」
「町に近づくようなら衛兵が始末するだろ」
「だな」

 いつの間にか後ろに並んでいた集団が、そんな会話をしていた。どうやらこの世界の住人からすれば、異人でも魔物は魔物でしかなく、討伐対象ということだった。

 これは、偽装のスキルを取得しておいて正解だったな。おそらく、ヴァンパイアである俺も魔物と分類されるはずだが、Lv10の偽装は伊達ではない。既に道中とがった耳と犬歯を人と同じにし、一応ステータス上も目立たないよう変更をして、また念のために体の魔力反応なども、細かいところまで人に偽装している。

 これでばれたら、人の世界での生活は諦めるしかない。だが、まずこれを見破れる者は早々いないだろう。

「ギャー!」
「うっし! 討伐完了!」
「この世界で魔物プレイとかまじ引くんだけど!」
「はははっ! 確かにな!」

 そうしている間にも白星銀河は討伐され、死に戻りしていった。討伐したプレイヤーもゲーム感覚であり、罪悪感は皆無のようだ。

 俺も人を殺すことについては、今更罪悪感など欠片かけらも残ってはいないが、あまり関わりたくはないな。

 そう思いつつもようやく順番が回ってきたので、俺は石板の上に右手を乗せる。すると、石板は問題なく青色に発光した。

 よし、どうやら上手く誤魔化せたようだな。まあもしかしたら、そもそも犯罪歴などなければ、魔物でも問題なく青色に光ったのかもしれないが。

 石板が青色に光ったことに対して、俺はそんな風に安心をしつつも、歩を進めて門番の横を通り過ぎ、無事に町へと入ることができた。


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